6月23日(日)小牧城を訪れました。何日か前に偶然小牧城ののことをテレビで放映していたのを思い出したからです。

小牧山は、織田信長が美濃を攻めるために新しく本拠地として築城した城です。信長の居城として4年間活用されましたが、岐阜の稲葉山城が陥落すると、そこに移住したため小牧城は4年でそのつとめを終えることになりました。

その後、豊臣秀吉と徳川家康が戦った小牧・長久手の合戦の舞台となり、小牧城は家康の本陣となりました。この戦いは家康の勝利でしたが、結果的には和睦として終わったようです。
テレビ放映では「佐久間」と書かれた石垣のことを話していましたので、ぜひ見たいと思っていました。佐久間で思い出すのは、佐久間大学で、桶狭間の戦いのときに丸根砦を守っていて、今川側に責められて戦死してしまった人です。小牧山築城にかかわっていた佐久間氏は佐久間信盛というそうです。佐久間大学とはいとこの関係になります。

小牧山は、織田信長が美濃を攻めるために新しく本拠地として築城した城です。信長の居城として4年間活用されましたが、岐阜の稲葉山城が陥落すると、そこに移住したため小牧城は4年でそのつとめを終えることになりました。

その後、豊臣秀吉と徳川家康が戦った小牧・長久手の合戦の舞台となり、小牧城は家康の本陣となりました。この戦いは家康の勝利でしたが、結果的には和睦として終わったようです。
テレビ放映では「佐久間」と書かれた石垣のことを話していましたので、ぜひ見たいと思っていました。佐久間で思い出すのは、佐久間大学で、桶狭間の戦いのときに丸根砦を守っていて、今川側に責められて戦死してしまった人です。小牧山築城にかかわっていた佐久間氏は佐久間信盛というそうです。佐久間大学とはいとこの関係になります。
