令和元年9月24日(月)
久しぶりに矢掛町の大通寺を訪ねました。お寺の前の田んぼの稲は黄色く色づき、畦の彼岸花がところどころに咲いてその存在感を示しています。
仁王門から山門につづく参道の両側には白やピンクのハギが小さな無数の花を咲かせ、来訪者を迎えてくれます。
山門前には、立派な桜の木が枝を垂らし、春にはさぞ華やかだろうと想像しながら立派な山門を潜りました。
大通寺遠景
畦に咲くヒガンバナは美しい
仁王門 両側に仁王像がにらみをきかせています。
白とピンクのハギ、無数の小さな花を咲かせています。
山門と子宝観音
それにしても、感心するのがこれだけ広い境内で掃除が隈なく行き届いていることです。その大変さを察しながら、受付に到着すると、「こちらへどうぞ!」すぐに住職が出てこられました。玄関先には「拍子木をたたいてください」とあったのに気付かず、呼び鈴を押してしまいました。
上がり口から、幾分暗めに感じる座敷の開け放たれた戸口の向こうに、明るく照らされた石の庭が見えています。何と美しいことか、まるで一幅の絵画を見ているようです。縁側に敷かれた赤い毛氈もアクセントになり、庭園に花を添えています。
境内 右が本堂、左が坐禅堂
受付 拝観申し込みは、拍子木をたたいて知らせる。襖一枚分の庭園が見える。
座敷の向こうに見える庭園。本当に美しい。
縁側には鑑賞者用のイスが三脚用意してあり、しばしの間、鑑賞に酔いしれたいと思いつつ、住職の詳しい説明に耳を傾けていました。
このあと、西側の庭園にも案内していただくと、先ほどとはまったく違う趣がありました。座禅堂にも案内していただきました。同じ禅宗でも、流派によって、座布団や座り方が微妙に違うとのことです。
書院表の庭園。石組みが美しい。
スイレンが咲いていました。
ムラサキシキブが可憐な実をつけていました。
山側から見たところ(通常は入れません)
さらにもう一枚
禅堂衆寮より西方池を望む
石橋
池のコイ
最後にもう一度、額縁の庭園を見る
この庭園は、平成24年に築庭200年を迎え、記念講演会とシンポジウムが開催されました。
造られたのは、寛政5年(1793)から文化10年(1813)の江戸時代後期で、矢掛の住人の文人画家中西源兵衛によって作庭されました。何と完成まで21年も要したことになります。
昭和の庭師、重森三玲のお弟子さんである、京都にお住まいの斉藤忠一先生が、昭和52年と54年の二度にわたり修復をされたと聞きました。住職が京都までお願いにあがったとか。私も仕事の関係で斉藤先生とはお付き合いがあり、共通の話題で、話は多いに盛り上がりました。最後にはお茶とお菓子まで出していただき、一般には立ち入れないようなところからも特別に撮影をさせていただきました。
こうして1時間があっという間に過ぎたのでした。
住職のお話の中で、「掃除は、創寺にして創自なり」と伺いました。なるほど、と感心しながら、帰りには、出口(仁王門)までお見送りを受け、恐縮して大通寺をあとにしたのでした。
(宿場町矢掛の古い町並み)
矢掛の町並み 通りに奴のマンホール
妻入り五軒並び
矢掛のイメージにぴったり
人一人やっと通れる細い路地
完璧に残されている町屋が美しい
地の野菜料理のお店
このあと、矢掛の町並みを歩いてみることにしました。残念なことに2箇所で電気工事が行われており撮影条件としては今ひとつでした。気付くことが1つ。町並みに不釣合いな派手な看板が見受けられました。何か規制する手立てはないものかと、少々心配になりました。電線の地中化、重伝建への申請(2020年)の計画もあると聞いています。
美しい町並みが、後世に残されていくことを祈念して止みません。
(洞松寺 曹洞宗の古刹)
見事な山門
地蔵さま
見事な伽藍です。
とてもきれいに掃き清められています。
(福武家住宅)
道路側から見たところ。裏門です。
裏手に回ったところで、芙蓉の花が咲いていました。
高い土塀が続く
長屋門の見事な構え
少し朽ちた土塀
高札がありました。
池の中央の小さなお堂の屋根にアオサギがいました。
このあと、矢掛町のもうひとつの曹洞宗の寺院、洞松寺を訪ねたあと、最後に向かったのが、福武家住宅です。パンフレットに電話番号の記載がないので、住所でナビをセットしやっと到着することができました。道路側から見ると、大きな木戸がありましたが、これは裏口のようです。
付近の畑に、芙蓉が幾輪ものかわいいピンクの花をつけていました。
玄関口に廻ると、そこは立派なお屋敷、その昔、大庄屋だったそうです。しっくいの土塀には、驚いたことに狭間が設けられていました。ここから賊を追い払ったのでしょうか。
来月放映される、NHKの横溝作品のロケ地として使用されたと聞きました。この福武家、年に一度だけ公開日があるようなので、機会があればぜひ訪ねてみたいと思いました。
住宅の裏手の大きな池の中央にある小さなお堂?の上に停まっている一羽のアオサギがとても印象的でした。(おわり)
岡山県の代表的な日本庭園
(大名庭園関係)
岡山後楽園(岡山市)特別名勝 日本三名園
衆楽園(津山市)国の名勝 津山藩二代藩主・森長継が京都から庭師を招いて作庭
近水園(岡山市)県の名勝 旧足守藩主・木下家の庭園 小堀遠州の作と伝えられている
(神社仏閣の庭園)
頼久寺庭園(高梁市)国の名勝 作庭家、茶人である小堀遠州初期の作
曹源寺庭園(岡山市)岡山藩主池田家の菩提寺 心字池に映る枝垂れ桜は美しい
大通寺庭園(矢掛町)県の名勝 江戸時代に作庭された石組みは素晴らしい
安国寺庭園(津山市)元禄時代の造園で石林園と呼ばれる美作地方屈指の名園
安養寺庭園(美作市)客殿裏の枯山水の築山と前庭の亀島の作者は伝小堀遠州
吉備津神社庭園(岡山市)時代の異なる二つの庭園がある
(その他 茶道等関係)
華鴒園 (井原市)華鴒大塚美術館の日本庭園、上田宗箇流家元の設計・監理
田中苑(井原市)田中美術館の前庭 苑内に茶室不老庵がある
久しぶりに矢掛町の大通寺を訪ねました。お寺の前の田んぼの稲は黄色く色づき、畦の彼岸花がところどころに咲いてその存在感を示しています。
仁王門から山門につづく参道の両側には白やピンクのハギが小さな無数の花を咲かせ、来訪者を迎えてくれます。
山門前には、立派な桜の木が枝を垂らし、春にはさぞ華やかだろうと想像しながら立派な山門を潜りました。
大通寺遠景
畦に咲くヒガンバナは美しい
仁王門 両側に仁王像がにらみをきかせています。
白とピンクのハギ、無数の小さな花を咲かせています。
山門と子宝観音
それにしても、感心するのがこれだけ広い境内で掃除が隈なく行き届いていることです。その大変さを察しながら、受付に到着すると、「こちらへどうぞ!」すぐに住職が出てこられました。玄関先には「拍子木をたたいてください」とあったのに気付かず、呼び鈴を押してしまいました。
上がり口から、幾分暗めに感じる座敷の開け放たれた戸口の向こうに、明るく照らされた石の庭が見えています。何と美しいことか、まるで一幅の絵画を見ているようです。縁側に敷かれた赤い毛氈もアクセントになり、庭園に花を添えています。
境内 右が本堂、左が坐禅堂
受付 拝観申し込みは、拍子木をたたいて知らせる。襖一枚分の庭園が見える。
座敷の向こうに見える庭園。本当に美しい。
縁側には鑑賞者用のイスが三脚用意してあり、しばしの間、鑑賞に酔いしれたいと思いつつ、住職の詳しい説明に耳を傾けていました。
このあと、西側の庭園にも案内していただくと、先ほどとはまったく違う趣がありました。座禅堂にも案内していただきました。同じ禅宗でも、流派によって、座布団や座り方が微妙に違うとのことです。
書院表の庭園。石組みが美しい。
スイレンが咲いていました。
ムラサキシキブが可憐な実をつけていました。
山側から見たところ(通常は入れません)
さらにもう一枚
禅堂衆寮より西方池を望む
石橋
池のコイ
最後にもう一度、額縁の庭園を見る
この庭園は、平成24年に築庭200年を迎え、記念講演会とシンポジウムが開催されました。
造られたのは、寛政5年(1793)から文化10年(1813)の江戸時代後期で、矢掛の住人の文人画家中西源兵衛によって作庭されました。何と完成まで21年も要したことになります。
昭和の庭師、重森三玲のお弟子さんである、京都にお住まいの斉藤忠一先生が、昭和52年と54年の二度にわたり修復をされたと聞きました。住職が京都までお願いにあがったとか。私も仕事の関係で斉藤先生とはお付き合いがあり、共通の話題で、話は多いに盛り上がりました。最後にはお茶とお菓子まで出していただき、一般には立ち入れないようなところからも特別に撮影をさせていただきました。
こうして1時間があっという間に過ぎたのでした。
住職のお話の中で、「掃除は、創寺にして創自なり」と伺いました。なるほど、と感心しながら、帰りには、出口(仁王門)までお見送りを受け、恐縮して大通寺をあとにしたのでした。
(宿場町矢掛の古い町並み)
矢掛の町並み 通りに奴のマンホール
妻入り五軒並び
矢掛のイメージにぴったり
人一人やっと通れる細い路地
完璧に残されている町屋が美しい
地の野菜料理のお店
このあと、矢掛の町並みを歩いてみることにしました。残念なことに2箇所で電気工事が行われており撮影条件としては今ひとつでした。気付くことが1つ。町並みに不釣合いな派手な看板が見受けられました。何か規制する手立てはないものかと、少々心配になりました。電線の地中化、重伝建への申請(2020年)の計画もあると聞いています。
美しい町並みが、後世に残されていくことを祈念して止みません。
(洞松寺 曹洞宗の古刹)
見事な山門
地蔵さま
見事な伽藍です。
とてもきれいに掃き清められています。
(福武家住宅)
道路側から見たところ。裏門です。
裏手に回ったところで、芙蓉の花が咲いていました。
高い土塀が続く
長屋門の見事な構え
少し朽ちた土塀
高札がありました。
池の中央の小さなお堂の屋根にアオサギがいました。
このあと、矢掛町のもうひとつの曹洞宗の寺院、洞松寺を訪ねたあと、最後に向かったのが、福武家住宅です。パンフレットに電話番号の記載がないので、住所でナビをセットしやっと到着することができました。道路側から見ると、大きな木戸がありましたが、これは裏口のようです。
付近の畑に、芙蓉が幾輪ものかわいいピンクの花をつけていました。
玄関口に廻ると、そこは立派なお屋敷、その昔、大庄屋だったそうです。しっくいの土塀には、驚いたことに狭間が設けられていました。ここから賊を追い払ったのでしょうか。
来月放映される、NHKの横溝作品のロケ地として使用されたと聞きました。この福武家、年に一度だけ公開日があるようなので、機会があればぜひ訪ねてみたいと思いました。
住宅の裏手の大きな池の中央にある小さなお堂?の上に停まっている一羽のアオサギがとても印象的でした。(おわり)
岡山県の代表的な日本庭園
(大名庭園関係)
岡山後楽園(岡山市)特別名勝 日本三名園
衆楽園(津山市)国の名勝 津山藩二代藩主・森長継が京都から庭師を招いて作庭
近水園(岡山市)県の名勝 旧足守藩主・木下家の庭園 小堀遠州の作と伝えられている
(神社仏閣の庭園)
頼久寺庭園(高梁市)国の名勝 作庭家、茶人である小堀遠州初期の作
曹源寺庭園(岡山市)岡山藩主池田家の菩提寺 心字池に映る枝垂れ桜は美しい
大通寺庭園(矢掛町)県の名勝 江戸時代に作庭された石組みは素晴らしい
安国寺庭園(津山市)元禄時代の造園で石林園と呼ばれる美作地方屈指の名園
安養寺庭園(美作市)客殿裏の枯山水の築山と前庭の亀島の作者は伝小堀遠州
吉備津神社庭園(岡山市)時代の異なる二つの庭園がある
(その他 茶道等関係)
華鴒園 (井原市)華鴒大塚美術館の日本庭園、上田宗箇流家元の設計・監理
田中苑(井原市)田中美術館の前庭 苑内に茶室不老庵がある