友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

みんな立派な評論家である

2010年11月10日 21時26分41秒 | Weblog
 日本シリーズは大接戦の末にロッテが優勝した。カミさんが願ったように、リーグ戦で第3位のチームが初めて日本一になったのだ。それだけに違和感を持つ人もいて、「1位同士の決勝戦で日本一を決めて欲しい」と言う。クライマックスシリーズは観客が多いからというのであれば、セ・パ上位3チームによるクライマックス決定戦があってもよいのかもしれない。こんなことをプロ野球に関心がない私が言うのは不見識かな。それにしても、日本シリーズの後半は見ている方も疲れた。カミさんは午前零時近くまで戦った延長戦を2日間も続けて見ていたから、根っからスポーツが好きなのだなと思う。

 テレビを見ながら、「このピッチャーは替えた方がいい」とか「ここは続投させなきゃー」とか「やっぱり、この子がラッキーボーイになる」とか、まるで野球評論家である。それがいちいちズバリと当たる。そういえば、カミさんのお父さんもテレビを見ながらよく評論していた。警察官であった義父のそんな言い分を聞いていると、軍人と警察官の違いがよくわかった。軍人はたとえば2・26事件のように、政府を転覆させるような思想を持つが、警察官はたとえどんな政府であろうと現状維持を最大の仕事としている。義父が特にその傾向が強かったのかもしれないが、現状を壊そうとする行為は犯罪であるという信念を持っていた。

 だから一緒にテレビを見ていると面白かった。義父は気に入らない事件の犯人や金をもらったような政治家は「死刑!」とよく言っていた。それなのに、東大全共闘の山本何某を見た時は「コイツはエライ奴だ」と言う。今日、尖閣諸島での中国漁船の衝突事故のビデオ流失事件の犯人は海上保安庁の職員であったとテレビが報じている。義父は生きていたなら何と言うだろう。「コイツは死刑だ」と言うのだろうか。それとも「政府の弱腰外交へのカツ!」と言うのだろうか。名乗り出た職員は、政府の対応に対する批判としてビデオを流失させたのだろうか、それとも何の信念もなく面白がってやってしまったのだろうか。もし、後者のようなことであれば、義父は躊躇なく「死刑!」と宣言したであろう。

 日本シリーズの翌日、夕暮れ時だった。犬を散歩させていた高齢の女性が立ち話をしていた。「だいたい落合がアカンわ。前の試合でも打たれていた浅尾をなんでまた使うんかね」。「私ゃぁー落合はスカンね。目ばっかりギョロギョロさせて、何にも考えてないと違う」。「絶対に中日が勝っとたのにさ。落合の選手起用が勝てんかった原因だがね」。「私もそう思うね」。どうやら中日ファンだが、落合監督嫌いのようだ。それでも、もし中日が優勝していたらきっと落合監督は神様のように言われていたであろう。みんな立派な評論家だから。

 国家の機密がインターネットに流失する。アメリカでも軍の機密事項がネットに流れた。機密流失が問題になっているけれど、これだけのインターネット社会だ、阻止することは不可能だろう。となれば、機密など無くし全ての情報は公開し、みんなで考える方向へ向かうのではないだろうか。
コメント (1)
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