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友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

穏やかな日差しの成人式の日

2021年01月09日 17時20分10秒 | Weblog

 穏やかな陽射しが成人式を見守るようだった。けれど、外に出てみると身を切るほどの冷たさだ。式を終えた新成人たちが、小学校の体育館から出てきた。女性は振り袖、男性は背広が圧倒的だが紋付き袴もいる。知り合いの子も、もう子ではないが、クリーム色の着物に黒っぽい袴姿だった。

 名残惜しいのかすぐに解散せずに、近くの公園に移動していった。新成人だけでなく、両親と思われる大人たちも周りを取り囲んでいる。この日の記念のために、何枚も写真を撮っり合っている。知り合いの子は3人の仲間とタバコを吹かしている。もう堂々と板についている。

 90歳過ぎの女性に、「来週伺います」と返事をしたが、日時が決まっていなかったので電話をするけど出ない。心配していたら電話がかかってきた。「13日の2時ごろはいかがですか」と言うだけの電話だったのに、結局1時間も立ったまま話を聞くことになった。ひとり暮らしの人はどうしても長話になってしまう。

 やっと電話がつながり、やれやれと思ったら、玄関に人が来た。読売新聞の勧誘員だった。27歳と若い。勧誘員に対応する人は珍しいのか、「よい人に出会えてよかった」と世辞を言う。新聞は主張が大事であること、その主張に共鳴できなければ購読はしないこと、新聞の形態は必ず変わっていくので次を考える必要があると持論を展開する。

 読売新聞は私の考えとは違うので購読していないが、青年の熱意を買って半年だけ契約する。中日、朝日に続いて読売も購読することになり、カミさんは呆れ果てる。山極前京大学長の講演会に行っていれば、こんなことにはならなかったからこれも運だ。山極さんの『スマホを捨てたい子どもたち』を聴きたいと思ったが、誘った友だちも「行かない」と言うし、カミさんも「こんな時に」と否定する。

 年寄りの私が聴いても何の役にも立たない。私が出席することで若い人の貴重な席を奪ってしまうのも罪が重い。そう思って名古屋へ出かけなかったが、気になっていた13日の連絡も出来たし、前途のある青年と話も出来た。これで良しとしよう。

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