友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

どちらも似た者親子

2023年07月21日 18時03分17秒 | Weblog

 昨日の朝、エレベーターで小学生の男の子と一緒になった。「早いね」と言ってから、1学期の終業式の日と気が付いた。「今日から夏休みか、何するの?」と聞くと、「かき氷食べながら、ユーチューブ見る」と言うので、「ユーチューブはいかんな」と冗談で言うと、「いいの、いいの、もう終わったんだから」と言う。

 私の小3と中2の孫娘たちも夏休みか。どんな計画を立てているのだろう。中2の孫娘は7月5日が誕生日だったから、カミさんが「プレゼントは何がいい?」と尋ねても音沙汰無しだった。通知表がどうのとか、成績のことに質問が及ばないように警戒しているのだろう。あの子なりに苦悶している様子が見て取れる。

 その中2の孫娘から今、カミさんのところに、「シャツとネックレスと付け爪の3点をお願いします」とメールが来た。「付け爪っていいのだろうか?」と私に聞くので、「両親がよければいいんじゃーない」と答える。孫娘の母親は高校生の時に髪を染めて、生徒指導部に私が呼び出されたことがあった。

 中2ともなると、夏休みの間はおしゃれしたいのかも知れない。そうやって女の子から女性に成長していくのだろう。私たちの中学時代とは全く違うし、違って当たり前なのかも知れない。孫娘は小学生の時は、「6年から心入れ替えて頑張る」と言い、中学生になった時も、「これからは頑張る」と言っていた。

 頑張っているつもりでも、成果が出ないこともある。まあそこそこに生きていければいい。次女の小3の娘は母親に似て世話好きだ。父親が9月から大阪に転勤になると、昨日伝えたそうだ。「学校は3月まではこちらに通えるから」と話すと、「エッ、それまでママとふたりで暮らすの!」と怪訝な顔をしたそうだ。

 父親がいない不安よりも、母親とふたりだけになることの不安の方が大きいのだろう。自由気ままにさせているようで、細かいところまで注意する母親のプレッシャーが想像できるようだ。どちらも似た者親子という訳だ。

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こんなに狂った社会はもう嫌だ

2023年07月20日 17時39分27秒 | Weblog

 孫娘がメールで、「次男の命名の書を書いて」と言って来た。「了解」と言ったものの、墨汁が無くて今日になってしまった。筆も紙も文鎮も、全て孫娘が小学校の時に使っていて、家を出る時に置いていった物だ。

 私はレタリングは得意だったが、書道の経験は無い。何とか形になるようにと2時間も頑張ったのに、1枚も満足した書にならなかった。レタリングはなぞることが出来るが、書は一発勝負で思いっきりが必要である。

 何枚も書いていけば、そのうち上手く書けるだろうと思ったのも間違いだった。ジムから戻ったカミさんに、「どれがいいだろう?」と尋ねると、「字に勢いが無いから、もう一度書いたら」と、呆気なく言われてしまった。

 明日は、病院を退院し施設に移った先輩を見舞いに行く予定でいる。先輩は自分の小遣いから百万円を寄贈したい、そればかりを口にしている。けれど先輩のカミさんも子どもたちも「どこにそんなお金があるの」と、反対している。

 お金は持っていると思うが、家族は先輩が勝手なことをしないかと心配しているのだろう。家族に分かってもらえるように、説明できるような人では無いからややこやしい。とりあえずは見舞いに行って、先輩の様子を見て来よう。

 社会のため、地域のため、自分のお金を寄付したい、それが本人の名誉欲のためであったとしても、なかなか出来ることでは無い。中学しか出ていないのに、町会議員までやった、男の意地がそこにあるように思う。

 曾孫たちが大人になる頃は、どんな社会になっているのだろう。誰もが認められ、それぞれに生きていけることを願うばかりだ。幼い子を殺してしまったり、我が子を餓死寸前にまで追い込んでしまう、こんなに狂った社会はもう嫌だ。

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美しい脚を見せて歩いている

2023年07月19日 17時57分15秒 | Weblog

 「雨が降ってくる前に、松坂屋美術館へ行かない?」と、カミさんに誘われて出かけた。卒業生の幾人かが観て来たことをFacebookに載せていたので、私も行ってみたいと思っていた。『川瀬巴水 木版画』は江戸時代の木版画の伝統と技術を受け継いだものだ。

 川瀬巴水氏は明治16年に生まれ、昭和32年に亡くなっているから、大正から昭和にかけて活躍した木版画家だが、私は知らなかった。出口の傍に、アップル・コンピューターのスティーブ・ジョブズ氏がお気に入りの作家で、作品も購入しているとの表記があった。

 展示作品は思った以上に多くて、ゆっくり拝見していたら疲れてしまった。ゆっくり観たのは、どのように作品を作り上げていったのか、その技法に興味が湧いたからだ。確かに、川瀬巴水氏がいなくてはこれらの作品は生まれない。

 しかし、木版画の場合は、原画を描く人の他に、木版が掘る人と色をつけて摺る人が要る。掘る人も巧みな技術を要するが、濃淡で表現する遠近は摺る人の力量にかかっている。木版をタワシで擦るのは禁止だったようだが、それを使っていると説明されていた。

 木版画の木版そのものが観たかった。雨のしずくの線はどのようにして描かれたものなのか、そんなことばかり考えていた。「疲れたわね。松坂屋で食べていきましょう」とカミさんが言う。レストランの前には平日なのにたくさんの人が並んでいる。

 Facebookで裸に近い格好の女性を見かけるが、まさか現実にそんな人はいるとは思わなかった。腰かけて順番を待つ若い女性の中に、太腿に刺青をした人がいた。刺青をする人はヤクザという認識は、年寄りだけのようだ。

 あんなに綺麗な脚に、なぜ刺青なんかするのか、親はどう思っているのだろう。とてもその列に並ぶ気になれなくて、他を探した。寿司屋に入ったが、そこは年寄りばかりで、なぜかホッとした。

 松坂屋を歩いていると、圧倒的に高齢者が多い。けれど、外に出ると夏姿の若者が目立った。女性たちはミニスカートか短パンで、美しい脚を見せて歩いている。夏が来た。

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それも恋、あれも恋、それでいい

2023年07月18日 18時12分54秒 | Weblog

 小説『J』を読んで、愛し合うとはどういうことなのだろうと思った。瀬戸内寂聴さんは多くの男性と交遊があり、肉体関係もあったようだ。けれど、井上光晴氏との恋愛のように、家族ぐるみの付き合いになっている。

 『J』を読むと、彼女が愛したであろう男性が恨んで自殺した話は無い。余りにも淡々と経過していくことに、やはり若干の違和感が残るのは、私が古い人間だからだろう。昔の芸術家たちが「愛の完成」を目指して、情死したことを思い出す。

 中・高校生の私はキリスト教に興味を抱いていた。それは仏教が葬式の時にしか役に立っていないことや、お経が何を言っているのか理解できなかった反動だった。ドストエフスキーやトルストイ、ジイドなどの西洋の小説に魅かれていた。

 白樺派の作家、有島武郎はクリスチャンだったし、『惜しみなく愛は奪ふ』という題名に魅かれて読んだはずだが、今では何も覚えていない。それどころか、有島武郎が夫のある夫人と情死したことも、そうだったかという程度の記憶である。

 有島武郎は裕福な家に生まれ、札幌農学校に進み洗礼を受けている。アメリカに留学し西欧にも足を伸ばし、明治40年に帰国、「白樺」に参加する。明治42年に結婚、子どもも生まれるが、大正5年妻に先立たれ、父も亡くす。

 そこから本格的な作家活動に邁進、広く知られるようになる。『婦人公論』の記者、波多野秋子は実践女学校を卒業、卒論は「ルターの宗教改革」だったから、武郎とは話が合うはずだった。ふたりは知り合い、すぐ恋に落ちたようだ。

 けれど、ふたりの密会は秋子の夫の知るところとなり、姦通罪があった時代だから、武郎は夫から脅迫される。「愛を金で買うことは出来ない」と、自分が支配層に生まれたことに負い目もあって、大正12年武郎は死を選ぶ。

 「私たちは最も自由に歓喜して死を迎える」と、書き残すのも白樺派の小説家らしい。愛を成就させるとはそういうことと思っていたので、瀬戸内寂聴さんのように渡り歩く恋が受け入れられなかった。でも、それも恋、あれも恋、それでいいではないかと思えた。

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新しい時代の女性を描く作家

2023年07月17日 18時17分27秒 | Weblog

 延江浩氏の『J』を読み終わった。「J」は瀬戸内寂聴さんのことだが、主人公の母袋晃平がよく分からなかった。寂聴さんの愛人で、SEXの相手として描かれているが、彼の思いは描き切れていないように感じた。

 本の帯に「母袋はJのことをよほど誰かに話したかったのだろう。私(作者のこと)は仰天し、痺れながらも手帖を取り出した。贅沢な恋愛をさせてくれたJと別れ、ただの男になりさがって家庭に戻り、かつての恋人の死を知った母袋の声はしとしとと降る小雨のように寂しげだった」とある。

 もちろん作者は、母袋のことよりもJについて書きたいのだから仕方がないが、それでは母袋はただの添えものになってしまう。本の最後に参考文献が47点もあるが、それだけ瀬戸内寂聴さんについて読み調べている。そのせいか、本の構成は短い章でつながっている。

 「母袋が付き合ったJは、比類なくドラマチックな展開と力強さに満ちた私小説を著した。緊張を孕んだ状況を設定した上で、読み手に、お前ならどうすると選択を迫り、人生の渦に誘いこんだ。Jは、自分の伝記を書かれるようなことがあれば、噂話の類があたかも真実らしく語られるのではないかと危惧もしている」。

 「文字の向こうでJがにやにやしている。油断ならない女である。人生で会った男を喰い、文章にしてしまったのだから。『ならば今度はあなたが生贄になる番です』と私は考えた。『あなたをむさぼり喰って、この手で文章にして差し上げよう』」と、本の意図を書いている。

 私は瀬戸内寂聴さんの作品は、『美は乱調にあり』しか読んでいないので、新しい時代の女性を描く作家くらいの認識しかなかった。テレビで見る寂聴さんは、法衣を着て、人を笑わせる、憎めない、おちゃめなおばあちゃんでしかなかった。

 もちろん、作家の井上光晴氏との不倫のことは、井上氏の娘である作家の井上荒野さんの『あちらにいる鬼』を読んで知っていた。家族ぐるみの付き合いになっていて、こういうのも不倫なのかと思ったが、寂聴さんと男の関係は皆、よく似ている。

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災害を乗り越えるために

2023年07月16日 17時17分43秒 | Weblog

 真夏になった。防災訓練が行われた午前中はまだ、そんなに暑くなかった。地震体験車の周りに大勢の人が来ていた。知った顔は年寄りばかりだ。地震を体験した人は、「見ているよりもきつかった」と、揺れる恐怖を話していた。

 鉄棒で逆上がりをしようとした男の子が祖母に、「今はダメ」と叱られ、ふてくされてひとりで築山に登って行った。ちょっと可哀想になって、私も後から登って行った。大きなケヤキの樹に蝉の抜け殻があった。

 男の子を呼んで、「ここに蝉の抜け殻があるよ」と声をかけた。男の子は知らない年寄りが何を言っているのかという表情だったが、私が指さす樹木を見つめ、抜け殻を落ちた枝で落としていた。

 樹木の下にはたくさんの穴がある。「ここから蝉が出てきて羽化したんだよ。蝉の卵はこの樹に産み付けられ、幼虫は何年も土の中で過ごして出て来たんだ」と話すと、男の子は「でも、1週間しか生きられない」と言う。

 男の子は「赤アリはいないの?」と聞いて来る。「虫を集めている」とも言う。「友だちにヘビを飼っている子がいる。学校で捕まえたの」とも。親しくなったからか、別れ際に「おじいさん、白アリ見つけたら教えてね」と言われてしまった。

 地震体験車に乗り込む子どもたちは、「平気、平気」と言っていたが、車から降りてきた時は、「怖かった」と目を丸くしていた。恐怖を体験することは大切だと思うけれど、マンションではまずジッとして我が身を守り、外に飛び出さないことを伝えて欲しかった。

 南海トラフ地震が起きる可能性は高い。でも、火災が起きればもっと危ない。火を消し、玄関扉を開け、収まるのを待つ。ケガ人や困っている人がいないか、近所の安否確認をする。みんなで助け合うしか災害を乗り越える方法は無いと思う。

 訓練が終わって家に帰り、ベランダに出たら庇に虫が止まっていた(写真)。大きなカミキリムシのようだ。あの男の子だったら、すぐに答えてくれるだろう。末は昆虫博士かも知れないから。

 

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明日はマンションの「防災訓練の日」

2023年07月15日 17時15分42秒 | Weblog

 先輩が運転免許証を返納したと、カミさんから聞いた。この頃滅多に会わなかったが、昨日は会うことが出来たので確かめてみた。「車も無くした」と言うので、「じゃあー、井戸掘りも解散ですか?」と訊いてみた。

 「そういうことになるな」と惜しむように言う。先輩は井戸掘り仲間で作るNPOの代表理事でもある。NPOはそう簡単には解散できないと聞いているが、先輩は知っているのだろうか。

 パソコンで「NPOの解散」を調べてみた。社員総会で解散を決議し、県庁の機関に解散届を提出しなくてはならない。また解散したことを官報公告に掲載してもらう費用も掛かる。30万円ほど残っている資金を、どう処分するかという問題もある。

 それに、井戸掘りの為に買い揃えてきた機械や器具などを、どう処分するかの問題も残っている。1度、みんなで相談しなければならないが、余りそんな問題意識は無いようだ。みんなでやってきたことなので、みんなで相談するのが手順なのに。

 先輩ももうすぐ85歳を迎える。腰を痛めたと言うが、歩き方はヨボヨボしていて、とても井戸掘りを続けられるような状態ではない。豪快に酒を飲み、大ぼらを吹いていた面影はもう見当たらない。

 人はいつまでも若くはいられない。必ず歳を重ね、身体も衰えていく。私も79歳となり、「いつお迎えが来てもいい」と覚悟しているが、惨めな死に方だけはしたくないなどと、やっぱり世俗の欲から逃れられない。

 瀬戸内寂聴さんをモデルとした『J』は、全体の半分近くまで読み終えた。あまりにも赤裸々な生き方に圧倒されている。男とか女とか、性で生き方が違うように思っていたが、そんなことは無いと言い渡されているようだ。

 どんな風にこの小説は終わるのか、気になって仕方ない。明日はマンションの「防災訓練の日」、読書の時間は削られるが、友だちからの呼びかけもあり参加するつもりでいる。

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綺麗で色白で品があった

2023年07月14日 17時38分02秒 | Weblog

 朝から曇っているが、雨が降ってくる気配はない。室内の気温は29度、湿度は69%もある。我が家は12階の端なので、風の通りはいい。カミさんはきっと、「蒸し暑いけど、夜になればもっと涼しくなるわよ」と、エアコンのスイッチは入れないだろう。

 燃えるゴミを持って集積所へ行く。エレベータ―で同年くらいの女性と一緒になる。「蒸し暑いわねえー」と挨拶される。「梅雨明けまではこんな日が続くんですかね」と答える。「蝉が鳴いてたじゃーない。蝉が鳴けば梅雨明けだったのに、変なお天気で嫌になっちゃう」と暑さを恨むように言う。

 確かに子どもの頃は、蝉が鳴けば梅雨明けの印象だった。長雨が続いても、夕立が来て雷が鳴ると、蒸し暑さからギラギラした、暑い暑い夏になる。子どもたちは手製のタモを持って、蝉を追いかけた。額から汗をいっぱいたらし、それでも平気な顔で遊んでいた。ハンカチを持っている子はいたのだろうか。

 集積所に入ろうとすると、中でスズメがバタついている。誰かと一緒に入って来て、エサを突っついて閉められてしまったのだろう。扉を大きく開いてやると、アッという間に飛び去って行った。カラスは校舎や電線の上で、よく見かけるから増えているのだろうが、スズメはカラスに追いやられたのだろうか。

 気候変動は様々な生き物に影響を与えて来た。生き残ったものが今日の世界を支配している訳だから、人間がその頂点にいることは確かだ。胞子植物よりも種子植物が勢いを増したように、恐竜が絶えて新しい動物が生まれたように、人間の世界もまた別のものに置きっ代わることになるのだろうか。

 いくら暑いからと言っても、そんなに急激な変化は無いだろう。『J』は瀬戸内寂聴さんの話だった。スラスラと読み進むことが出来るが、区切りのいいところまでにしている。37歳の男は「J」を、「テレビや週刊誌で見るよりずっと綺麗だった。色白で品があった」と見ている。

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恋多き男性もいただろうに

2023年07月13日 17時25分35秒 | Weblog

 朝7時、雨の降る中、カミさんはゴルフに出かけて行った。けれど雨は止むことなく、次第に雨の量は多くなってきた。すると10時頃、カミさんが「ゴルフ場がクローズになった」と言って、帰って来た。

 「湿気は多いけど、気温は低いからエアコン、止めるわね」と言う。どうぞ好きなようにしてくれ。「午後は太極拳教室に行きたいから、車使うなら午前中に行って来て」と指示する。今日はいつもの喫茶店でエッグサンドとコーヒーで食事をし、書店に寄って銀行にも行く予定でいたが、全てダメになった。

 そこで急いで書店と銀行へ行く。店員に欲しい本の名を見せて探してもらう。延江浩氏の『J』が見つかったが、宇野千代さんの『色ざんげ』は取り寄せてくれることになった。『J』は瀬戸内寂聴さんをイメージして書かれた小説だ。

 「老いてこそ身体も心も業火のごとく燃える愛の軌跡。かつてない<老いの自由>を描き切った痛切な純愛小説」と帯にある。高齢者の恋愛がどのように成立するのかと興味が湧く。瀬戸内さんの作品は『美は乱調にあり』を読んでいるが、内容まで覚えていない。

 瀬戸内さんが95歳で書いた、最後の小説『いのち』は買ったまま書棚に並んでいる。『J』を読み終わったら、次こそ読んでみようと思っている。瀬戸内さんは99歳で亡くなり、宇野さんも98歳と長生きだった。

 そんな長寿のふたりは恋多き女性であった。長寿であるがため、若い時の写真よりも高齢になってからの写真が多い。宇野さんの私のイメージは、メガネをかけたおばあさんというもので、若い時の写真を見たら、恋多き女性が理解できた。

 それに二科会を代表する画家・東郷青児と同棲していたことや、東郷との恋物語を表してのが『色ざんげ』であることも知り、ぜひ読んでみたいと思った。瀬戸内さんや宇野さんのように、恋多き男性もいただろうに、男性が書くとウソっぽくなってしまうのだろうか。

 高齢になって小説を書こうとしている、中学からの友だちの奮闘に期待したい。

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油彩画に突き進んだ方がよい

2023年07月12日 17時51分07秒 | Weblog

 孫娘から早朝にメールが来ていた。「2時50分に破水して、3時34分に生まれました。元気な男の子。2990gです」。母子ともに元気な様子でよかった。メールに気付いた午前7時、「おめでとう」のメールを送る。

 上の子にそっくりな顔をしている。孫娘からも、「全く同じ顔って思った(笑)もう初授乳してしっかり飲んでくれたよ」とメール。この様子だと退院も早そうだ。病院は面接時間を厳しく制限しているから、ジジババは家に戻ってから見舞いに行くことにする。

 そうなると今日はフリーになる。カミさんが「今日はどこへ行くの?」と訊いてくる。そう思って昨日、調べておいたが、孫娘の出産のことで、どういう展開になるのか分からなかったので黙っていた。

 稲沢市の荻須記念美術館に行き、次に一宮市の三岸節子記念美術館に行く、その途中で食事をするコースを考えていた。荻須美術館では磯野宏夫展が8月20日まで開かれている。磯野さんは私より1つ歳下、アクリルで描いた「森」をテーマにした、王子製紙のカレンダー原画が展示されているので観たいと思った。

 ところが、昨日の時点では「設備不調のため休館」となっていた。そこで三岸美術館へ行く。安藤正子展『ゆくかは』とあるが、どういう絵なのだろう、そう思いながら入館する。第1展示室に入って、圧倒された。余りにも精密なのだ。紙に鉛筆で描いているから、納得だった。

 しかし、次の3点はパネル張りカンヴァスに油彩で描かれているので、精密だけでなく量感もある。『ゆくかは』とは鴨長明の「方丈記」の出だしの文章だが、日常の繰り返しの中に作品のテーマを見つけようとしているのかも知れない。

 人生を悟るには安藤さんはまだ若い。私の娘たちよりも若い1976年生まれ、愛知県立芸大を卒業し、現在は同大学の準教授という秀才である。いろいろやってみたい気持ちは分かるが、作品を観た私の感想は、油彩画に突き進んだ方がよいと思った。

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