ほっぷ すてっぷ

精神保健福祉士、元新聞記者。福祉仕事と育児で「兼業」中。名古屋在住の転勤族。

旅の初めに一杯

2012-03-30 19:06:26 | Private・雑感
夕方6時過ぎからビールを飲んでいる。
今夜は暑い。ベトナムで数少ない3連休の前日で、すでにもう多くの人が
連休入りしていると思う。
会社もそんな雰囲気だし、久しぶりの夜行&ひとり旅を前に、
私もそわそわしていたので会社を早く出てきた。
が、電車は10時だし、用意する気にもなれない(悪い癖)。
とりあえず、シャワーを浴びてビールを開け、
旅に持っていく本を選んだ。

ひとつは、マー・ヴァン・カーン(1992)『夏の雨』、
もう一冊は伊藤千尋(2011)『新版・観光コースでないベトナム』

帰りの日は9時間くらい、日中に電車に乗っているので、
読めるかなと・・・ベトナム人が超うるさかったりして。
インドで電車にひたすら乗った日を思い出したりしてます。

社会人になってから、車で出かけることが多かったので、
しかも海外でゆっくり電車の旅とかしてないので、
久しぶりになってしまっています。
寝台ではないから、辛いんだろうな・・・。

Se gap lai.

マイナー言語を学ぶ

2012-03-29 22:11:59 | Private・雑感
28歳になって、英語以外の語学を真剣に学んでいる人は少ないだろう。でもきっと、中国語は多いのかな。でもまあ、中国語も漢字を使う上に身近な国と言うこともあって、もともと「雰囲気」の基礎知識はあるはず。ところでベトナム語は?その他メジャーではない言語を学ぶのは、あまりにも手探りで、先生のところから帰ってくると、水泳のあとみたいに全身が疲れている。

それでも、心地よい疲れだ。ベトナム語のモチベーションは、今のところ日本語ぺらぺらに近いベトナム人の同僚に追いつきたいというのと、充実した旅がしたいということ。今日は、初めてタクシーの運転手とベトナム語会話ができたので、高校生のようにうれしくなってしまった。

明日、この時間にはひさしぶりの電車の旅に出かけているはず。ちょっとテンションの高い夜です。


ベトナム家事情

2012-03-28 22:58:52 | Private・雑感
例によって、事情と言えるほどのものではないが、聞いた話。

ベトナムの建物は、「ペンシル型」とよく表現される。フロア当たりの面積が100m2ほどと狭く、4、5階建てと上に長い建物が一般的。ビルでも、住宅でも。こういう住居を、みな借りているのか、買っているのかという話になり、ベトナム人の同僚に聞いてみた。

「95%以上は買っている」というのが答え。ハノイ近郊でも、500,000USD(100m2、4F建て、車の入れる道路に面している、という条件で)ほどするという。日本円にしても、日本の田舎の戸建て住宅ぐらいになる。高い。

家は、親が買ってくれたり、自分で買ったりする。両親が買ってくれたら、自分たちは子どもが独立するときのための家を買うべく、節約に節約を重ねる。
家を買うためにいろんなものを我慢する光景は日本でもよくあるが、ベトナムで一番違うのは、金利が高い=銀行ローンを組むと大変な高金利を払うことになる、ということ。だから貯めて貯めて、若い時代を我慢して過ごす、、のだとか。まあ、私の同僚は「僕はそんなのつまらないから、両親と同居して、お金はおいしいものを食べたり旅行行ったりというのに使うよ」と言っていたけど。

銀行に借りられずに建てるから、たいして広い家は買えない。最初はよくても、子供が生まれたら狭い。でもそこで育つのだ。大学を出るまで、二人でひとつのベッドに寝ていた、と同僚の話。

保育サービスや日用品などの流通網の発達など世の中が便利になったから、核家族化が進んだ、(もしくはその反対の因果関係)という見方があるけれど、金融サービスも役割は大きいのかもしれない。親が家を買う資金のスポンサーだったり、貸主だったりすれば、自然と親子関係は切っても切れなくなる。ベトナムは家族を大事にする国だというけど、こういう背景もあるのかもしれない。

ベトナムの新卒就職事情

2012-03-25 15:49:39 | Private・雑感
「事情」というほど書き込めるわけじゃないのだけど、
ベトナムの教育政策を研究している人に教わったので、メモ。

ベトナムも、中国と同じく大学生の就職率が低くなっているらしい。
80%?だったかな、頑張って大学に行っても、就職できるわけではない。
急に大学卒が増えても、高度教育が必要な職は急には増えないというのが理由。
大学の学費は、半年で60万ドンぐらい(1年で、だったかも)と、ベトナム人にとっても安い。
もちろんほとんどが国立だしね。
でも、ハノイでの生活費が彼らにとっては高い。
ハノイ国家大学には、12人が2段ベッドを並べて生活する寄宿舎があるという。
日本でいうと・・・70年代くらいなのかな、調べてみます。

ついでにメモ。
日本は、ベトナムの「地域研究」では世界でも大きな拠点のひとつらしい。
あんまり、ベトナムに関するいい研究本ないなあと思ったのだけど、
アマゾンにないだけで、図書館にはあるのかもしれません。

大泉啓一郎(2011)『消費するアジア』

2012-03-25 15:49:39 | Book
家の本棚からくすねてきた本。
東アジア(特に中国、タイ、その他ASEAN)の都市化、都市と農村の格差、
これが経済や政治に与える影響について書かれている。
都市化が急速に進むアジアの国では、国ごとの単位ではなく、都市の単位で
経済発展段階(GDPなど)や競争力、政策を見ていかないと中身が見えず、
都市化の規模や影響は日本人が考える以上だし、それは日本人が言うほど
楽観視できるものではないよ、という趣旨。

具体的にメモしたのは、
・「中間層」というと5001ドルから3万5000ドルだが、その中でも
 5001~15000の層が急速に伸びている
・世界では、毎年タイ一国の人口(6500万人)と同じだけの「都市人口」が
 増えていて、アジアの寄与率は高い。インドを除くアジアでは、2010年で49%(!!)
 ちなみに、1950年には16%だった。
・農村から都市への流入要員は、よく開発経済学で用いられるように、「期待賃金」が高い
 ということだろう。期待賃金が高いことは、高い賃金の職を得られる可能性があるというだけで
 必ずしも得られるとは限らない。それがインフォーマルセクターの存在につながっている
・急速な少子化は農村部でも進んでいる。これは農村部の「余剰労働力」が小さくなるという
ことであり、工業部門での労働力不足、経済発展のストップ要員になる可能性がある。
・都市内の所得格差も大きいが、都市と農村の所得格差も大きい。国が社会保障制度
(所得再分配制度)を整える前に、都市と地方の所得層があまりにも開いてしまった結果、
統一的な制度が導入しにくくなっている(あからさまに都市所得の農村への移転になってしまうため)。
ちなみに、日本が皆年金制度を導入した1960年、日本の都市/農村の比率は3倍だったが、
2009年でのその比率は27倍にもなっている。

とくに一番最後のポイントに納得。「経済発展のスピード」」がもたらす影響は、
GDPの数字を見てもわからない。でも、アメリカ、イギリス、日本、タイでは、
同じ10000ドル/人としてもそこにいたるスピードが違うために中身は違ってくるはずなのだ。
所得移転を伴う制度の創設のしやすさも、そのひとつということか。

日本人の集まり

2012-03-25 08:34:23 | Private・雑感
どこの国に赴任した人もそうだと思うけど、
海外に来ると「(日本人)異業種交流会」にいとも簡単にめぐり合い、
面白い付き合いができる。
同じバーに集まった人とか、同い年の人の集まりとか。
勉強になるし、刺激にもなる。
工場の立ち上げ方、東京のガス管事情、政府の絡むプロジェクトでどううまくやっていくか。
物事はディテールこそ面白い。

ただ、知ったかぶりになってしまう気も。
やっぱり、大人数で集まる場所は、時々でいいわ。

ベトナムの自動車産業(メモ)

2012-03-10 23:12:25 | Private・雑感
なぜベトナムで自動車産業が育っていないのか。育っていないというのは、ナショナルブランドがない、トヨタなど海外の完成品メーカーに卸せる部品を作っている部品会社がほとんどない、ということだが、タイやインドネシアと異なる状況の理由は何か。

1時間ほどしか調べてないですが、メモ書き程度に書きますと

1.ベトナム戦争による出遅れ
 1975年にベトナム戦争終結、その後カンボジア侵攻があり、89年まで引きずった。産業化政策はこの後、90年代から。タイやインドネシアから他国より20年以上出遅れている

2.明確な国産車育成政策なく
マレーシアでは83年から「国産車構想」があり、プロトンが市場のかなりを占めている。ベトナムは2000年を越えてから国産車構想が言われることもあった・・・が実際のところどんなもんか、よく分かりません。韓国メーカーとローカルの合弁が、ベトナムメーカーの看板を掛けてやっているみたいだけど。とりあえず、メインにはなっていない。

3.産業が育たないうちに自由化の波の中へ
完成輸入車や部品の輸入規制(高い関税)をしてはみたものの、国内に拠点を作った海外メーカーが使えるほどのローカル企業はない。だから部品を輸入して、その分車は高値になってしまう。それでも、輸入規制は海外メーカーにとってローカル企業を使ったり、技術供与をして育てたりするインセンティブにはなっただろうが、1人前になる前にその輸入規制を大幅に緩和しなければいけない事態に。ASEAN内での関税撤廃(?)や中国―ASEAN間の輸入税引下げ(2015年までに5%に下げる)などで、タイや中国からリーズナブルで「使える」部品がベトナムの海外メーカー工場に入りやすくなる。これで現状が改善するきっかけを失ってしまう

 ・・・ということなのかな?あんまりいい資料はなかったので拡大解釈もありますがメモとして、ね。輸入規制の撤廃や条件の一本化は、それぞれの国にとってかなり暴力的な措置にもなりうるということか。関税撤廃の風は、日本の高度成長期より強そうだが、それは今の新興国にとって致命的なこともあるのかもしれない。

ハノイの学生的な夜

2012-03-10 10:50:54 | Private・雑感
久しぶりに、友人の誕生日パーティーなんてものをやった。ハノイで。
肉がおいしかった。みんなでちょっと贅沢しちゃったなあ。
楽しかった。

ベトナムの伝統医学近代史を研究している女の子がいて、
昔日本の東洋医学(針や灸など。彼らは西洋医学との対等性を意識してか「統合医学」と
言ったりする)の人とかかわったりして、夢は広がる世界だなと考えていたことを
思い出した。面白そう。

ベトナムで車を売る仕事にかかわってる同い年の男の子。
「なぜベトナムで車産業が育っていないのか、国産車がないのか」というのは
ベトナムに来た日から(空港から町に出るまでのタクシーでガイドさんにその
事実を聞いた時から)調べたいなと思っていたテーマ。まあ彼はよく知らなかったし
興味もなさそうだったが。

レンタル工場でベトナム拠点を準備しているのも同い年の子。
忙しそうにしてるみたいだったけど、今度営業に行こうっと。

夜9時からアルゼンチン牛を食べた後、通称「24時間通り」へ。
路面店や喫茶店が並んでいて、ハノイで唯一24時間営業が
許可されているところなんだそうな。すなわちこの場所以外は
12時?過ぎには閉まるんだって。なんでそうなったんだろう。
三重では大晦日に24時間パチンコ屋が開いているけど、
そんな感じかな?(三重はどんな経緯だったかな、政治的既得権益的な
感じだったと思いましたが)

そんなわいわいやって、夢も見たりしたので、
それに明日は3.11で、当時の自分を思い出したりもして、
ブログを書きたくなってしまいました。
でも、ブログのハードルを下げていこうとは思ってるんだよね。

今日のハノイは寒いです、体感は15度~17度くらいかな。
みなさん、よい一日を。

Tran VAn Tho(2010)『ベトナム経済発展論』

2012-03-03 16:04:58 | Book
第1章経済発展と体制移行の歴史的視点

 経済発展を3段階で説明するとき、ベトナムは後発的ではあるが2段階目にいる。ただし、そこから一人当たりGDPが1万ドルを超えるような、先進国に行けるかどうかは、多くの「第2段階目の国」にとって分岐点である。人口2000マンに以上の国で見ると、2段階目で停滞しているのがアルゼンチン、メキシコ、ベネズエラ、ブラジル、ペルー、フィリピンといった国。一方、成長が続いているのがマレーシア、タイ、中国、インド、ベトナムである。後者はみなアジアの国々で、ベンチマークとなったのは1980年代中ごろ。1985年に日本が変動相場制に移行し、急激な円高を理由にアジアに工場を展開したこと、中国、ベトナムが市場開放政策に転換したことなどが大きい。

 さて、ベトナムは今後、このまま成長国の国々を追いかけることができるだろうか。ベトナム(と中国)には、一党独裁を続けてきたことによる「漸進主義の制約」がある。
 体制移行の観点で経済成長を見ると、2種類に分けられる。「制度的基盤」(一党制支配、国家的所有)と、「計画経済」(生産財の行政的配分、価格決定、マクロ経済政策など)の2つの要素を、2つとも改革するか、制度的基盤を残したまま計画経済を変えるか。
 制度的基盤ごと改革したのが、東欧やバルト三国だ。これは「急進主義的移行戦略」と言うこともできる。結果としては、生産の急激な低下、平均余命の短縮、貧困の増加となった。市場をサポートする制度の発展が自由化と民営化に追いつかなかったともいえる。
 ベトナムと中国は、政治体制を固守し、社会的政治的安定を保ちながら改革を進めることができた。これは「漸進的移行戦略」と言える。ただし、現在となっては、漸進主義的に進めてきたがために、既得権益が拡大し、さらに次へと制度を進化させるのに制約となっている。

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 人口規模が大きく(8600万人)、国土の広さも(日本人から見て)広大ではなく、親近感の持ちやすい国でありながらベトナム語という言語や一党独裁体制などの理由で中身が見えにくい国――多くの日本人にとってはそんなイメージじゃないだろうか。ベトナムの中にいてもそう。(国が何を考えているか、またいつ、どのように制度を変えるか分からない、というリスクがあり、それをヘッジする意味での保険の需要があるんじゃないか―と思うくらいだ。)
 というわけで、本で得られる知識は本で得たほうが確実性が高いので、『ベトナム経済発展論』を少しずつメモしながら読んでいくことにします。(著者は、Tran Van Thoというベトナム人経済学者、著書は日本語)