労災保険制度は、昭和22年(1947年)、労働基準法の制定とともに設立された。こうやって見ると、労働者の保護に関する法律はことごとく戦後に作られている。失業保険も同年、労働組合法は昭和24年(1949年)。これらをエンジンに労働組合が活発化し、過激化し、使用者との協調を全体方針にしないと立ち行かなくなり、生産性運動をきっかけに戦わなくなっていった。他の社会保険、社会保障制度に比べて歴史が浅いと言えると思う。
●労災保険制度の設立と意味
労災保険がない時代、労働災害が発生すると、被災労働者や(亡くなった場合は)その遺族は、雇い主を裁判で訴えなければ補償を得ることが出来なかった。これは民事裁判で、民法709条の不法行為か、労働契約法5条の安全配慮義務違反での請求になる。この場合、雇い主の過失による災害であること、災害と傷病の相当因果関係について挙証責任を負うのは労働者側。特に疾病への影響などは専門知識が必要で、勝訴のハードルはかなり高かった。また、勝ったとしても雇い主に賠償能力がないことも多い。特に大規模災害の場合、多数の労働者に補償しなければならず、結局救済されないという事態になる。この、「請求の難しさ」「救済されない場合」から救うために、無過失責任の労災保険がつくられた。
対象:労働者を使用する全事業者、ただし公務員、個人経営の農林・畜産・水産事業でごく小規模なものは任意適用。中小事業主や一人親方などは特別加入制度がある。
負担:事業主が支払う。賃金総額に保険料率を乗じて算出。
保険給付:業務災害に関する保険給付、通勤災害に関する保険給付、二次健康診断給付。
※精神的な損害に対する「慰謝料」は給付対象ではない
※労働者が故意に負傷、疾病、傷害もしくは死亡を行ったり、その原因となった事故を生じさせたときは給付を行わない
給付決定:労働者の請求→労基署長が判断→もし不服なら審査請求、再審査請求→これにも不服ならば労基署長を相手に行政訴訟
●認定基準は「業務遂行性」と「業務起因性」
給付対象は「業務上」の負傷や疾病なので、この「業務上」は「業務起因性」を意味する。「業務起因性」の要件として「業務遂行性」がある。
「業務と疾病の発症との相当因果関係は、当該疾病が『業務に内在する危険の現実化』として発症したと認められるかどうか」という視点も裁判で使われている。
業務遂行性=労働者が事業主の支配下にあり、かつその管理(施設管理)下にあって業務に従事している際に生じた災害であれば、当然「業務遂行性」が認められる。休憩、始業前、事業場外、出張中でも認められる。
地震や落雷、通り魔、けんかなどの私的逸脱行為などは、業務起因性がないとされる。
●過労死を労災認定とする基準
過労死=脳血管疾患、虚血性心疾患
行政の判断1,2,3
裁判例の立場
①業務による負荷が過重と言えるものであったか
②基礎疾患がその自然的進行によっては発症を引き起こさない程度であったか
③ほかに確たる増悪要因はなかったか
●過労自殺
過労自殺=業務による精神疾患→自殺
※「労働者が『故意に』負傷、疾病・・・原因となった事故を生じさせたときは給付を行わない」とあるとき、自殺は『故意の死亡』と言えるが、給付対象になるだろうか
→業務上の精神障害によって正常な認識、行為選択能力などが著しく阻害されている状態での自殺が認められる場合には故意には妥当しない、とした。
★「業務により精神障害を発病させるほどの強い心理負荷がかかったか否か」の判断に置いて、誰を対象・基準に判断するか
→判例によって異なる
例)平均的労働者=通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者、同種の労働者の中で性格傾向が最も脆弱である者・・・
●通勤災害は「就業に関する住居と就業場所の往復」が基本
●民事訴訟との関係
併存主義=労災申請と同時に民事訴訟を提起することもできる
※ただし、労災保険でカバーされている範囲は訴訟での補償を求めることはできない。それ以外の慰謝料とか、労災補償範囲を超える賃金の補償などが対象
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労災保険の授業を面白いと感じたのは、日々取り扱っている医療保険、介護保険と同じ「社会保険」であり、理念から制度に落とし込む過程が興味深いからだろうか。ほかの労働法の授業は、判例をもとに解釈を繰り返すもので、文学的側面が強いと感じる。