ほっぷ すてっぷ

精神保健福祉士、元新聞記者。福祉仕事と育児で「兼業」中。名古屋在住の転勤族。

社労士の通信講座

2013-09-30 22:45:36 | Public

 テキスト類が届いてしまった。圧倒される。労働基準法から始まり、全部で10科目(10冊)をこなさなければいけないらしい。試験まで11ヶ月。1科目に1ヶ月掛けると後々大変なことになるから、1ヶ月で2冊やるのが良いとガイダンス本に書いてある。しかもそれぞれ、「通読、過去問との突き合わせ、CDを聞く、過去問を解く」をやると良いと。今はまだCDが届かない時期なので割り切れるが、後々通読とCDを分けるのは難しいだろう。1週間で通読(+CD)、1週間で過去問と突き合わせ&解く、というイメージ、だとたぶん過去問はあまり解く時間がなさそうだが、やりながら考えよう。

10月 労働基準法 労働安全衛生法
11月 労災保険法 雇用保険法
12月 労働保険徴収法 健康保険法
1月 国民年金法 厚生年金法
2月 社会一般 労働一般
3、4、5月は2回転目→5月に中間試験

というのが理想。理想をイメージすることは大事だ、と言い聞かせる。ちょうど明日から10月。出産まではとりあえずこの調子(できればこれプラスαのスピード)で頑張ろう。
 今日、POSSEの新しい号も一緒に届いた。前回号と併せてしっかり読みたいなと思っていたところではあるが・・・。


いつ生まれるのか

2013-09-30 11:00:22 | Private・雑感

9月30日。秋の風が吹く、気持ちの良い晴れの日。明日から37週、「正期産」に入る。つまり、それ以降生まれても「早産」ではなくなる。いつ生まれてくるのだろう、と少しそわそわしてきた。人並みに、怖さもある。でもまあ、なるようにしかならない。
 All aboutに載っていた、ある病院の統計によると、出産予定日に対して、実際の出産日の分布は
 37週 3.7%
38週 12.5%
39週 30.8%
40週 34.9%
41週 18.1%
だったそうだ。初産は遅れやすいという話もある。なんとなく、緊張するのは39週に入ってからで良さそうだ。毎週健診もあることだし。でも、3週間早く生まれたという友人の話を聞いたり、私自身が2400g台でやや早く生まれてきたらしい(何周目だか知らないが)ということを考えたりして、やはり若干の緊張は残る。

 日中も家の中で過ごしやすくなってきて、昼を前に「どこかに避難しないと!」という感じではなくなってきた。編み物を始めてしまったおかげで飽きる時間も少ない。さて、勉強と編み物と、本の部屋の片づけ、合間に生協のネット注文登録と、イトーヨーカドーのネット宅配リサーチをやろう。今夜は彼が泊まりでいない。夕飯は、何となくカツ丼が食べたいと思っていたので、バローにトンカツを買いに行こう。まずはお勉強。


吉とでるか凶とでるか。

2013-09-27 14:00:15 | Private・雑感

 9月27日。昼まで勉強しつつ、生協の宅配を待つ。先週加入し、今日が初めての宅配日。彼が一人暮らしの時に買った一人暮らし用の冷蔵庫では入りきらないか、と心配したが、入った。昨日、卵や肉を使い切る煮物を作ったのが良かった。豚の細切れを買ったのだけど、スーパーでは冷凍物を解凍して打っているものを、生協では冷凍のまま配達される。豚こまの冷凍って、意外と見慣れてなくて、こんないでたちか・・・とどうでもいいことを思った。

 今日は、ちゃんと勉強したら、ついにアレに手を出してしまおうと決めていた。編み物だ。大学2年生くらいまで、たまに思い出したようにやっていたが、その後読書や勉強時間を意図的に優先するという目的で、封印していた。この産前休暇もその方針ではあったのだが、勉強だけ、というとなんともダレてしまう、というのがこの3週間の実状。勉強と読書のサンドイッチ、というのも味気なさ過ぎて私には難しい感じ。なので、ついに、何年ぶりかの編み物解禁に至り、これをもって勉強を頑張ろうという、合理的なような矛盾しているような舵取りとなりました。
 目指すは、赤子をつつむ「おくるみ」というやつ。抱っこするときに背中から包むタオルケットみたいなもの。いつごろ出来るかな~でも、目標をつくると頑張ってしまうから(=勉強を頑張らなくなってしまうから)やめておくことにする。

 ブログついでのメモ。最近、産業競争力会議などの政府機関が、雇用に関する規制緩和を盛んに議論している。なんとなく、「規制を設けずに、労使で(労働時間の形態などを)決める」という風に落ち着けようとする場面が多い気がする(詳しくは今度、新聞記事などを参考にまとめてみたい)。だけど、労働組合がない場合はどうするの!?けっこうそういう企業あるよ!?と思う。そこで、きっと非常に非現実的なんだろうけど、こんなことを考えてみた。労使交渉のエージェンシーを許し、労使交渉のプロ機関(コミュニティ労働組合や社労士法人など?)が労働者から委託を受けて、労働条件悪化を防ぐ。今も、コミュニティユニオンなどが駆け込み寺的にこういう機能を果たしているのだろうけど、それをもっと積極的に、一般化する。労働組合は、ただあるだけではだめで、労働法制や労使交渉のノウハウが必要だ。でもこれから「労組頑張れ」と言ったところでノウハウはない。


ドイツの85兆円

2013-09-27 08:39:58 | Private・雑感

 残暑が続いている。それでも今日は、風が強く、昨日のように思わずクーラーを付けずに昼を過ごせている。午前中は勉強する気になれず、掃除を少し頑張ってやった。ご褒美においしいパンが食べたくて出かけたが、羽島ではこのレベルかな、という感じのパンしか見つからず。

 パン屋で今朝の日経新聞を開く。投開票の終わったドイツについての連載(上)が印象に残った。EUの統合の道を、進める、少なくとも維持するには南部加盟国への多額の支援が必要だ。EU内の再分配。ドイツはなんと、これまでに85兆円を払っているという。それでも、ナチスの経験から、ドイツが統合ヨーロッパで唯一の主導国となるには難しいだろうという見方もあるとか。
 85兆円を拠出するのに、どんな形であれ国民を説得し、今また信任を得たメルケル首相。今の日本には、財政状況的に総額で年間一般会計予算に匹敵するような額を国際的な目的で拠出することは難しいだろうが、もしそれが日本にとってもどうしても必要だというときに、国民を、議会を説得できるような政治家がいるだろうか。

 それと、ふと、現在のドイツとオランダやフランスなどナチス侵略を受けた国との間で、日韓の歴史認識問題のような壁はあるのだろうか。日本は特に、歴史認識の共通化を怠ってきたから、韓国や中国の独自解釈、日本の独自解釈、という見方を許してしまっているところがあると指摘される。それをドイツはまじめに取り組んできたということなのだろうか。もしくは、日本の場合は島国で、細々した島の領土問題があるがゆえに、今も対立が残っているということなのだろうか。

 

 

 


社労士の勉強スタート

2013-09-24 21:01:50 | Private・雑感

やろうやろうと思っていながら、先月25日の体当たり受験以降手を着けていなかった社労士の本格的な勉強。3連休の初日に通信教育を申し込み、もちろんそれはまだ手元に届いてはいないけれど、勉強を始めました。「労務管理その他一般常識」と「社会保険に関する一般常識」を、とりあえずテキストを読んでみている。ほかの分野に比べると細かすぎない内容なので、進められるかなと。

いくつかブログなどをみると、社労士に受かろうと思ったら一日3時間勉強しなくてはいけないらしい。それを目標にやっているのだけど、私など、確実に入院や1、2ヶ月(どれくらい?)の寝不足の毎日が待っているので、それがない今はもっとやらなくてはだめなんだろう。と、分かってはいる。

それとは別に、いよいよ今日から妊娠10ヶ月に入った。ふつうに座っていても、前のめりにならなくてもお腹がつっかえる感じ。今日も県立看護大の図書館に来ているが、そろそろ、あまり出歩かない方がいいような気がしてくる。が、家の中にいると暑いし飽きる。ソファから立ち上がれない。みなどうしているんだろう。明日は病院の日。明日は大垣市民病院にがっかりさせられないといいけれど。明日以降は週に1度の健診になるんだなあ。

3連休中に、デジカメを買った。1年前に登山中の水濡れで壊れて以降、持っていなかった(仕事では職場のものを使っていた)。その経験からして、山のおじさんたちが持っている完全防水のデジカメにも目移りしたが、当分は山には行かないし、山で気をつければいいし、だいたい川遊びの時にはおじさんたちの写真をもらえばいいし・笑。今回は生まれてくる子のために、綾瀬はるかが宣伝しているやつを買いました。1600万画素で1万円なんて、驚きの時代。コモディティ化というやつか。


最近見た映画、「凶悪」「アメイジング・グレイス」など

2013-09-23 20:27:44 | Movie

9月23日、3連休の最後の日。連れも3連休だったので、出掛けたり家を片付けたりと充実。今頃になって、自分の足から足首というものが消えていることに気付いた。普段、どれだけ身体のラインを気にせずに生きてきたかがよく分かる。

今日は最近観た映画のメモ。

「凶悪」
2013年/日本 ★★★★

実話を元にした映画。2005年の「茨城上申書殺人事件」 がベースになっていて、実際にあった「死刑囚から雑誌(新潮45)への新たな殺人事件に関する告発」がストーリーの基になっている。といっても、この事件、そして新潮45のスクープは今まで知らなかった。日本の中に、確実に自分の知らない世界-暴力世界-があることを教えてくれる。現代の観客は、尼崎連続殺人事件という日常的な暴力や殺人が実際に起きていたことを経験していて、この映画の内容を受け入れる素地はあると思う。(当時大いに騒がれて知っている人も多いのだろうけど)。原作がkindleで売られているようで、手を出したいような出したくないような・・・。

それにしても、「生命保険」というのは残酷な仕組みだ。「殺せば金になる」のだ。人を救っては来た仕組みではあるが、モラルハザードが生まれるのも仕方がない気がする。今朝の日経新聞にも、ちょうど東南アジアで、中所得層が安心して消費しながら内需型の経済成長を遂げるためのひとつの助けとして、損害保険が紹介されていた。ベトナムでは第一生命が少額掛け捨て型生命保険で善戦している。果たして、このモラルハザード故の「凶悪」は他国では起きないとは思えない。。

「アルバート氏の人生」
2011年公開/アイルランド ★★★

公開当時観られず、DVDで鑑賞。生まれながら母親に捨てられ、養母も死に、14歳の時から男の子に扮してホテルで働いてきたアルバート氏。19世紀のアイルランドの貧困、そこで女性が1人で生きることの難しさが学べる。ストーリーに派手さはなく、最後まで見続けるのに少し難がある感じもあるが、勉強にはなる部分があった。最後のシーンで、アルバート氏が好きになった若い女が、自分勝手な男の子どもを身ごもり、その子を抱きながら、ホテルの使用人は彼女に父親のいない子どもがいることを弱みに取られてただ働きをしていることを打ち明ける。おそらく、当時父親のいない子どもは奪われ、救貧院に入れられる、という行政措置のようなものがあったのだろう。カトリックの信仰が強い地域でもある。ただ、この映画の原作は短編小説らしく、実際に女性が男装をして生きた例があったのかどうかということはよく分からない。(※当時のアイルランドの状況を、映画の公式HPが載せている。映画中はほとんど描かれないところ。勉強のために下にコピペしておくことにする)

「アメイジング・グレイス」
2006年/イギリス ★★★★★

この映画を観るのは2度目か3度目。家のテレビに録画が残っていたのを一気に観てしまった。イギリスの政治家、ウィルバーフォースが、若くして首相になったピットらと奴隷解放に奔走する物語。映画を見終わって、子どもの名前を思いつく。自分の好きな映画の5本の指に入るかも知れない。

「ブラス!」
1996年/イギリス ★★★★

イギリスの廃坑になりそうな炭坑の町。ブラスバンドの葛藤とコンテストでの健闘を描く。見るのは2回目。すっかり夏休みを満喫している感じ。。昔見た記憶が薄れていたのと、労働問題を扱う映画として時々名前が挙がるのでもう一度観てみた。音楽映画の色合いの方が強いが。ウィキペディアで知ったのだが、映画は実際の廃坑になった町とブラスバンド、そのブラスバンドのコンテストでの優勝から着想を得ているとのこと。このエピソードが1992年らしい。1992年!日本で炭坑街が消えたのはいつだろう、少なくとも90年代では無いと思う。その佐は何なのだろうか。労働組合運動か?興味がわいたので、今度調べてみることにする。

「終戦のエンペラー」
2012年/アメリカ ★★★(3.5)

アメリカ人から見た日本の終戦の決断。天皇の戦争責任について。当時その判断資料を集めるよう指示された米軍の軍人を主役に描く。8月中に見た。夏休みにはよい映画。

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(アルバート氏の人生、HPよりコピペ)

本作での舞台となっている、19世紀のアイルランド。映画の中でも描かれていた通り、当時のアイルランドは大飢饉に見舞われ、生きる事が精一杯の時代だった。
1801年のグレートブリテンおよびアイルランド連合王国の成立以降、アイルランド島は全土がロンドンの連合王国政府および連合王国議会による直接的な統治下に置かれていたが、イングランドのように製造業が発展せず、国民の大半は農業に依存していた。

さらにアイルランドの農民は兄弟全員が土地を分割相続できたため、農地の細分化が進んだ。また、小作農家たちは以前は主に麦を栽培していたが、地主に地代を納めなくてもよい自分らの小さな庭地で、生産性の非常に高いジャガイモの栽培を始めた。それによって、ジャガイモが貧農の唯一の食料となってゆき、飢饉直前には人口の3割がジャガイモに食料を依存する状態になっていた。しかし1845年から1849年の4年間にわたってヨーロッパ全域でジャガイモの疫病が大発生し、壊滅的な被害を受けた。

この不作を飢饉に変えた要因は、その後の政策にあるといわれている。ヨーロッパの他の地域では在地の貴族や地主が救済活動を行ったが、アイルランドの貴族や地主はほとんどがブリテン島に在住しており、自らの地代収入を心配するあまりアイルランドの食料輸出禁止に反対するなどして、餓死者が出ているにもかかわらず食料がアイルランドから輸出されるという状態が続いた。連合王国政府も、緊急に救済食料を他から調達して飢え苦しんでいる人々に直接食料を配給することを、予算の関係などから躊躇しただけでなく、調達した食料を(安値で)売るなどの間接的救済策に重点を置いた。さらに、政府からの直接の救済措置の対象を土地を持たない者に制限したため、小作農が救済措置を受けるためにわずかな農地と家を二束三文で売り払う結果となり、これが食糧生産基盤に決定的な打撃を与え、飢餓を長引かせることになった。

最終的には、人口の少なくとも20%が餓死および病死、10%から20%が国外へ脱出した。また、これにより婚姻や出産が激減し、最終的にはアイルランド島の総人口が最盛期の半分にまで落ち込んだ。さらにアイルランド語話者の激減を始め、民族文化も壊滅的な打撃を受けた。アイルランドにおいては歴史を飢餓前と飢餓後に分けるほど決定的な影響を与えたため、”Great Famine”(大飢饉)と呼ばれている。

飢饉の発生した直後、1851年に行われた調査では、アイルランドの人口は6,552,385人であった。10年でほぼ150万人が亡くなったと考えられる。現代の歴史家と統計学者は、病気と飢餓のせいで80万人から100万人が亡くなったと考えている。加。さらに、グレートブリテン及びアイルランド連合王国のグレートブリテン島(現・イギリス)への移住、ゴールドラッシュが発生していたアメリカ合衆国、カナダ、オーストラリアなどへの移民は、合計200万人以上にのぼったとされる。

アイルランドは19世紀の人口に比べて20世紀の人口が減少している、西欧では唯一の国である。近年は経済成長などもあり増加傾向にあるが、2007年時点でアイルランド共和国と北アイルランドを合わせた全島の人口はいまだに約600万人と、大飢饉以前の数字には及んでいない。

 

 


立て直すべきは民主党か、連合か

2013-09-20 21:07:41 | Private・雑感


 あと数日で臨月。手足がむくむので、腕時計も指輪もつけない生活。家でお昼ご飯を食べ、暑い時間には図書館へ。今日は岐阜県立看護大の図書館。

 昨日、連れに付き合って(彼もまた仕事の付き合い?みたいなもので)岐阜にミュージカル「はだしのゲン」を観に行った。その帰りに立ち寄った、彼オススメのオイスターバー。「これから、民主党、連合はどうしていくべきか」と、誰に頼まれたわけでもないけど話題になった。

 「民主党には必死さが足りない。山口県の民主県連が全市町村に党支部を作ったが、安倍首相のお膝元でそれができるのだから、全国でそれくらい展開して行かなくてはだめだ。結局民主党の失敗は、頭でっかちで中央で組織していったから崩れるのも早かったのであって、地方から長期的に立て直さないと」
 というのが彼の意見だった。こないだの参院選で共産党が票をのばしたのは、志井さんが「自民党へのまっとうな対案が支持された」と言っていたけど、そうではなく、地方での野党としての身近さだと私も思う。

 でも私としては、どちらかというと連合から変わっていかなくてはいけないのでは、と思っていた。細分化した野党に合併を促し、民主党をつくったのは連合だ。それに、民主党が再建されなくても、労働者視点の政策が実現していくのであれば、働きかける相手が自民党でも何でも良い、という気持ちがある。「でも、そちらの方が民主党を再建するより難しい」というのが彼の意見。いろいろとはなしているうちに、「結局、連合は「労働組合を必要としない人たち」の集まりなんだ」と行き着いた。本当に労働組合、労働政策を必要としているのは、(私の会社を含めて)労働組合のない、もしくはあっても機能していない中小零細企業の正社員や、散り散りに存在する派遣・契約社員なのだ。連合が、大企業正社員の利益を削ってでも彼らの利益になるよう動くのは非合理的なのだ。

 それでも、長期的に連合や民主党が自民党に対峙していくすべがあるとしたら、まともなシンクタンクをつくり、政策を勉強しなければいけないだろう、ということも話した。「民主党は、確かに政権交代前には必死だったし、今はそのころの必死さはないが、その必死だったときに作った年金などの政策に足を引っ張られて、三等合意から離脱するなど、今、意味不明な行動にでている。出発点の掲げる政策が間違っていたことは致命的だった」と思うからだ。

 今日は9月20日金曜日。さて、少しは勉強するか。


久米郁男(2005)『労働政治 戦後政治のなかの労働組合』

2013-09-19 08:27:29 | Book

 労働者のどのような利益がどのように政治に反映され、実現されるのか。これが「労働政治研究」だという。この本は、労働組合の、特に統一を目指す過程を追いながら、どのように規制改革に賛成する労働団体(連合)ができあがっていくのか、彼らはなぜ労使交渉よりも政府に働きかける政治団体化していくのかを説明する。団体名がいろいろと出てきて、労働政治の初心者には内容を租借するのに苦労したところも多いが、その構図としてこんな風に捉えた。団体間の距離として「民間使用者組合-民間労組」「民間労組-官公系右派組合」は近かったけれども、「官公系右派組合-官公系左派組合」は非常に遠かったということだ。企業別組合で歴史が築かれたことで、「民間使用者-労組」が近すぎた、ことも日本的特徴なのだろう。

 ブログでは特に、規制改革の賛成・推進の姿勢について書き留めておきたい。本の中で、中曽根政権・村山政権のころの行政改革に対して「物足りない」と言うほど推進派であったことを紹介している。なぜそのような姿勢だったのかは、端的に言えば民間セクター主導の団体が力を持っており、彼らが連合の結成を主導したからだ。具体的には、IMF-JC(金属労協、全日本金属産業労働組合協議会)が1960年代後半に結成され、かれらが労働政治の中心を担っていく過程を指す。
 IMF-JCの顔ぶれが、電機、自動車、造船、機械金属産業の労組であり、いずれも民間輸出セクターであることが、国内の規制改革に寛容であることの理由だろう。行政改革は、彼らの所属企業が納める税金を削減しうるだろうし、もしくはそれら産業への補助金を増やす方向になるかもしれない(とまでは本で丁寧に書いてあるわけではない)。IMF-JCはIMFという国際労働組合団体の日本組織であり、IMFはどうやら各国の輸出条件としての労働者賃金整備に力を入れる団体だったらしい。日本の場合、結成当時の60年代後半には、賃金水準の低い日本の労働環境に対しアメリカが「ダンピングだ」と非難していた。この非難をかわすことは、すなわち賃上げを求めて活動することでもあった。加入労組の産業の拡大もあり、春闘のリーダー的存在となっていった。
 このほかにも、共産系、反共系などの国際団体への加入や反発が、国内統一労組団体の設立を阻んだり、後押ししたりしした場面があり興味深かった。

 連合が規制改革路線に肯定的な理由はほかにもある。それは、「連合」になったときに、どうしても相容れない左派(自治労と日教組)は参加しなかったからだ。統一への綱引きで、最後までもめたのが、この両組合を含む総評系官公労と、右派の友愛会議(旧同盟)系全官公、つまり公的セクター組合の左派VS右派だったという。(連合結成を受けて総評も官民統一組織として「全労協」全国労働組合連絡協議会を結成した)

 実は著者は、本を貫く大きな問いとして、「80年代に規制緩和や行政改革に積極的であった民間の労働組合が、彼ら主導で連合を結成したにもかかわらず、90年代以降は改革に積極的でなくなったのか」と設定している。これに対する答えとして、「労働戦線の統一を急ぐあまり、共産系労組の排除という組織問題の解決で満足し、民間労組主導でやってきた路線を連合内で十分に貫徹させなかった」と書いている。ただ、読んでいる限り、また自分の実感からして、現在の連合はやはり改革志向であり、非常に民間労組、というより民間企業の志向に近いと感じる。なので、問い自体があまり共感できなかった。とはいえ、連合が民間企業指向になったのはなぜか、というシンプルな問いを考えるのに十分な歴史本だった。

以下はメモ。 これらの団体の実態を考える資料 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3814.html

<戦後のナショナルセンター>

産別会議(全日本産業別労働組合会議):左派・共産党支持、戦後初期の最大ナショナルセンター
1946年設立、共産党の影響を受けて組織された、資本主義経済体制の変革(議会制民主主義の否定)、官公庁系労組・民間大企業も加入、1947年に2.1ストを計画、失敗、産別民主化同盟を経て新産別に
※戦後、民間労働者に比べて官公庁と公共企業体の労働者の待遇改善は、財政状況やインフレ抑制政策のために遅れており、これげあえ過激路線の原因となった

新産別(全国産業別労働組合連合):右派・共産党の指導に反発して組織されたが、総評との合併には躊躇。共産党には反発するが、社会主義勢力には親近感、ゆえに国際反共団体「国際自由労連」への加入は躊躇したため

総同盟(日本労働組合総同盟):右派・社会党支持
資本主義経済体制内での労働者の地位向上・利益の追求、左派は総評設立に合流、右派は同盟に

総評(日本労働組合総評議会):右派→左派・社会党支持
GHQの支持も受け1950年に設立、社会民主主義から左旋回「ニワトリからアヒルへ」、体制変革を目指すように。1952年の電産・炭労争議で強行を貫き敗北、第二組合が組織されていった。企業収益の枠組みを越える分配を要求。官公労組の比率が高かった?1955年ごろから路線変更、1961年から66年まで「春闘」確立、右派は同盟にも流れていった

全労会議(全日本労働組合会議):右派・生産性向上と産業発展
総評に反発した繊維、海員、放送、演劇の産別が組織

同盟(全日本労働総同盟):右派=民社党支持
1964年設立、産業民主主義、労働組合主義

民間労組
全民労協(全日本民間労働組合協議)
1975年の春闘、賃上げの自粛、賃上げ以外を求めて政府との政治的交渉=雇用維持のための補助金、減税など労使協調で要求

IMF-JC(金属労協、全日本金属産業労働組合協議会):右派、行革推進派
1964年結成、電機労連、造船総連、全国自動車、全機金など民間輸出志向セクターが参加。アメリカからのダンピング非難を回避する目的も。賃上げと両立する要求。必ずしも産別の統一要求にこだわらず、各企業ごとの柔軟性を重要視

<連合結成後の支持政党の分裂>

1989年、連合の誕生
1993年、非自民連立政権
1994年、自社さ連立の村山政権 →連合支持の議員が与野党に分裂
1996年、橋本政権、社会党が社民党へ、組合出身議員は民主党結成に参加し連立与党から離脱
1998年、民主党結成 

 


「東京労働大学」修了と労働問題について

2013-09-18 08:22:47 | Private・雑感

 ブログ更新ついでに、最近の悩みを書いてみる。つい最近、東京労働大学の修了通知が届いた。4月中旬に開催されていることを知り、上司の許可をとって4月最終週から週2回ほど東大に通った。初めての妊婦生活で、妊娠5ー7か月にこうやってちょっと無理をしながらも新しいフィールドをがんばって学んだことは少し誇らしい。おなかの子が大した不調を訴えなかったことに感謝したい。労働分野への関心は深まったが、さてこれをどう生かそうかというのが8月から考えていることだ。

 労働経済学の分野で、研究したい、気もする。この一年、働きながら博士課程で論文を進めたり、研究機関で何かしら論文を書いたりしている近しい友人たちと付き合ったことが大きい。と同時に、世の中の経済学者は、私のようなメディアの人間にとって「明らかにして欲しいこと」を研究していない、という感触もある。そういう、政策課題にドンピシャな、制度の問題はやりがいがありそうだ。ただ、問題はそういう現実的な、メディア的に使えるトピックは論文になりにくいということ。経済学で扱うには抽象化して、モデル化しなければいけないから当然そうなるわけだが、そうすると研究として評価されることはない。現実的で、論文になりうる、「定量的に分析できる」テーマを見つけるのは、今の私には非常に難しく思える。今のように、ただそういう分野の本をまじめに読んでいるだけでは(私の知識レベルや能力では)絶対に見えてこないので、指導してくれる場所を見つけなければいけない。

 労働分野に関わる実務で食べていく、という方向もある。考えているのは社会保険労務士だ。とりあえず資格を取って、キャリアをそちらの方向に舵を切っていくというやり方。こちらの方が現実的だ、というやや消極的な理由もあるが、「労働問題は研究者が議論する領域ではほぼ答えは決まっていて、結局どう実行していくかが大きな課題なのではないか」という思いもあるからだ。「労使交渉」という民間での取り決めが労働環境の実態を大きく規定している一方で、労働組合という機能が大きく低下している現状で、労働組合をどうするか、あるいは労働組合の機能を誰がどう代替するか、という実務的な問題こそ大きいとも思う。本当にそうか?と言われるとちょっと自信はない。私の感触だ。でも、社労士をとったからといって、そういう実務についたからといって、うまくキャリアを形成できるのかも不安。誰かモデルケースがあるわけではない。

 何はともあれ、この1年は育児が中心になることは明らかだし、それさえ十分にできるかだいぶ不安はある。その中で、誰の指南もなく労働経済学の勉強を進めることは、かなりハードルが高い。到達点もはっきりしないし、その道筋もどうすればいいか分からない。その点で、1年間の育休期間を使って資格をとるのであれば、到達点や道筋の点で現実的に思える。そうだよね、やっぱり。そう思っているので、この1年は社労士資格に邁進するべし。今日は9月18日。


井上志津(2004)『仕事もしたい 赤ちゃんもほしいー新聞記者の出産と育児の日記』

2013-09-17 08:18:25 | Book

 こんな本や出産・育児本、そのほかは新聞ばかりに目を通す毎日。「毎日」といっても産休に入って1週間半、岐阜に越して来て1週間ちょっとしか経っていないが、間延びした時間を過ごしている実感はある。夫と私がこれまでに買ったたくさんの本が並ぶ家の2階の自宅図書館にも、岐阜県図書館にも、手元にも読みたい本はたくさんあるのに集中力が続かない。それと、頭の奥には出産への不安もあるのだと思う。その割に、こんなエッセイは通読してしまった。何が書いてあるというわけでもないし、それを分かっているのだが。

 著者は毎日新聞の女性記者で、希望していた学芸部に配属されてまもなく妊娠が分かる。夫も同じ会社の記者。電車通勤や臨月での夫の異動、女の子が産まれてから・・・というさほど変哲のない展開。我が家も、おなかの子は女の子らしいし、夫の仕事も新聞記者だから、なんか知り合いのブログを読むかのように読んだ。
 その中で、何か書き留めておくとしたら、彼女の第一希望で、産休・育休前に就いていた映画担当の仕事が復帰時にははずされ、その理由として上司に「井上さんは本当は映画担当ではなかった」「デスクの指示は独断であって、デスク会で了承されていなかったため無効」「担当でもないのに試写に行っていたからよく思われていない」と言われていること。休業中にもいくつか記事を頼まれたことについては、「育児に飽きて書いているのだと思っていた」とも言われたこと。私の前の職場が新聞社だっただけに雰囲気が良く分かる。あり得る話で、人に一番やる気をなくさせる対応だ。

 組織のマネジメント、仕事の配分がしっかりなされていないことのツケを記者に押しつけ、理由にもならない理由で片づけようとする。まるで我が事のようにうんざり、げんなりしてしまった。

 それにしてもやっぱり、出産・育児では体力も時間も使うのだから、今の時間をもっと大切に、有意義に使わないとなあ。ハードルを上げすぎず、ブログを書いていくことにしよう。育児が始まっても、できればこの著者のように文章を残しておきたいとも思った。自分にとって、何か残るかもしれない。最近ツイッターを読みながら思うが、自分で発信しない限り(人のつぶやきをリツイートしているだけでは)、絶対にフォロワーはつかない「当たり前の話なのだが、ちょっとした発見。今日みたいに、ポメラを持って出かけよう。