エリアーデの本を読んで思ったこと。
旧約聖書の「創世記」。神の言いつけにそむいて「知恵の実」を食べたアダムとイブは、木の葉を身につけるようになる。
なぜ、そうなるのか。それは、「知性」の正体が、「隠す」ということだからだ。物事の表面を飾り立てて、本質を見えにくくする。もっともらしい説明をつけて、注意を逸らせる。それが「知性」だと、この神話は語っているのだ。
「王様は裸だ」と叫んだ少年には、「知性」が欠けていた。
「知的な」という表現には、トゲがある。それは、「もったいぶった」、「まわりくどい」、という意味を含んでいる。