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TPPと私たちの食・農・くらし 鈴木宣弘東京大学教授 相互扶助組織を壊して農業・農村から収奪

2016-05-06 08:29:09 | TPPと私たちの食・農・くらし
相互扶助組織を壊して農業・農村から収奪
端的に言うと、新旧プレイヤーの市場争奪戦である。ただ、サッカーの試合に例えると、地域の農業と生活を守ってきた既存のプレイヤーと、その市場を奪いたい新規プレイヤーが試合をしているが、レフリーはすべて市場を奪いたい側のプレイヤーが兼務しているという反則ゲームが行われているようなものである。
地域農協の販売力を強化して農業所得の向上を図ることが重要な課題であることに誰も異論はないが、今回の全中の監査権限の剥奪や全農の株式会社化や准組合員の規制は、農家の所得向上の取組みを促進することと、何もつながっていない。なぜなら、今回の農協「改悪」の最大の謳い文句が「農産物の販売力の強化による農家の所得向上」でありながら、実際に意図されているのは、この全くの逆だからである。「農協改革の目的は単協の自由度を高めて農産物の販売力を強化することだ」と喧伝しながら、本当の目的は①結集力を削いでTPP反対などを封じ込める、②農協からビジネスを奪う、ことである。販売力強化でなく弱体化が目的だ。
地域農協の自由度はすでに十分にある。いまの農協法の枠組みの中で、全国の農協は、創意工夫をして自由に販売戦略を立てている。全中や県中、全農に縛られているわけではない。よく話題になる福井県のある農協のような徹底した独自販売路線ではないまでも、実際には、多くの農協は、独自販売と系統販売をうまく組み合わせて、農家の手取りが最大化できるように工夫している。全中の監査権限が、それを妨げているという事実はない。
TPPやそれと表裏一体の規制改革、農業・農協改革を推進している「今だけ、金だけ、自分だけ」しか見えない人々は狙っている。「農協解体」は、350兆円の郵貯マネーを狙った「郵政解体」と重なる。米国金融資本が狙っているのは信用と共済の計140兆円の農協マネーであり、次に農産物をもっと安く買いたい大手小売や巨大流通業者、次に肥料や農薬の価格を上げたい商社、さらに農業参入したい大手小売・流通業者、人材派遣会社などの企業が控える。だから「農協が悪い」を大義名分にして、市場を奪おうとしている。
JAバンク、JA共済の「JAマネー」の奪取は日米金融・保険業界の「喉から手が出るほど」ほしい分野で、これを実質的に切り離されたら、代理店の手数料だけでは、営農指導などの非営利(本来的に赤字になる)部門を持つ個々のJAは存立不能である。それぞれの事業は単独では成立し得ない。
市場奪取には、准組合員が問題になる。結論は先送りされたが、単に先送りされただけだ。「岩盤規制の撤廃」と言いながら、ここについては「規制強化」である。彼らの主張の本質は「いかにして自分達が市場を奪取できるルールに変更するか」なのだということがわかる。農協は総合力で地域を支えているから信頼を得ている。准組合員が増えるのも、地域の人々が利用したいと思うからで、それを否定される筋合いはない。そんなことをしたら、困るのは地域住民である。預金や共済を無理やり解約させるというのか。准組合員比率が高いのは東京や神奈川などの都市近郊はもちろんだが、農協なしでは生活が成り立たない純農村にも多くなっている。農協を利用したい地域住民の自由な選択を規制で奪ったり、唯一の生活の支えである農協のサービスへのアクセスを奪うことは許されないはずである。
共同販売、共同購入が崩されたら、「対等な競争条件」どころか、農家が個々に分断されて、さらに農産物を買いたたき、資材販売で価格つり上げをしようとする企業の独壇場にしてしまう。それは農協組織のない途上国の農村で、いまも現実に起こっている事態であり、農村の貧困が解決されない根本的要因である。戦前の日本も同じだ。そこに逆戻りすることなる。独占禁止法の適用除外のミルク・マーケティング・ボード(MMB)が解体された英国の農村が「草刈り場」と化し、EUで最低の乳価に暴落した事実も忘れてはならない。生産者サイドの独占を許さないとしてMMBを解体し、独占禁止法上の例外規定も有しない協同組合に委ねたことが、大手スーパーと多国籍乳業の独壇場につながった。「対等な競争条件」にして市場の競争性を高めるというのは単なる名目で、実際には、まったく逆に、生産者と小売・乳業資本との間の取引交渉力のアンバランスの拡大による市場の歪みをもたらした。
結果的に農協を独禁法の適用除外にならなくするような農協改革論には、それによって市場支配力をさらに強化して、「買いたたき」の利益を拡大しようとしている人々の思惑があると見るべきである。肥料、農薬などの生産資材の適正価格による共同購入も破壊し、市場を奪って価格の「つり上げ」につなげられる。これは、明らかに競争条件を不平等にしてしまうが、これが彼らが声高に主張するequal footingの正体なのである。JA改革の目的は単協の自由度を高めて農産物の販売力を強化することだと喧伝しながら、本当は結集力を削いで、さらに買いたたこうとしている。某新聞は2015年1月4日の1面の冒頭に農産物価格が下がるのがメリットと正直に書いていたのが、笑うに笑えない。
小泉改革での郵政民営化の流れも思い起こしてみよう。TPPでもそうだが、米国政府及び企業がしばしば使うのが、「対等な競争条件を」(level the playing field)である。TPP推進と表裏一体の関係にある日本国内における規制改革会議や産業競争力会議、国家戦略特区などの規制改革の議論でも、equal footing(対等な競争条件)が旗印になっている。この「対等な競争条件」の主張が、実は名目であって、要するに、自分たちに都合のいいルールにして「市場をよこせ」ということだということが露呈した象徴的な事態が、かんぽ生命をめぐる動きである。
350兆円の郵政マネーの奪取を目論んだ米国の郵政民営化要求に応えて小泉改革で生まれたかんぽ生命だが、「対等な競争条件」にしたのに、今度は、かんぽ生命がA社と競合しないように、日本のTPP参加承認のための「入場料」として、かんぽ生命が「がん保険に参入しない」ことを約束させられ、さらに事態は急転して、2013年7月24日、「これからは全国2万戸の郵便局の窓口でA社の保険を販売する」とまで宣言させられ、全面的に市場を明け渡すという「乗っ取り」を完全に認めてしまった。A社にとって「対等な競争条件」は名目で、競争せずして自分が市場を奪取できれば最高だったのであり、完全に思うつぼにはまり、日本の地域住民の公益のため郵便局を米国企業の私利の道具として差し出してしまった。これは、「米国企業による日本市場の奪取」というTPPの正体を露骨に象徴する事態である。それでも米国は「対等な競争条件の確保はまだこれから」と言っている。
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