リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

ブサール先生の教え(9)

2022年08月04日 08時36分28秒 | 音楽系
「シェイクを付けするあまり、フレーズの姿が見えなくなるようなことがないようにしたいものです」

ブサールの論文ではレリッシュとシェイクという装飾音の名前が出てきます。これらは左手だけで音を出す装飾だと思われます。旋律の音価を細かく分けて弾くディミニューションとかディヴィジョンというものとは異なります。

これらは具体的にどういう装飾であるのかはわかっていません。ブサール自身同論文で「それらは口で言ったり書いたりして表すことができない」と書いています。1669年に出版されたドニ・ゴーティエの曲集にも同様の記述が見られます。

そういった装飾をつけすぎないようにすべきだという主張ですが、この「フレーズの姿が見えなくなるような」装飾こそ後のフレンチ・バロック・リュート曲の装飾みたいなものだと推測されます。

ブサールが生きた時代は、今でいうルネサンス後期の時代ですが、タブに装飾の記号はそんなに多く付けられていません。VARIETIE OF LUTE-lessons の曲集には装飾の記号は全く見つかりませんし、同時代の印刷された曲集ではまず見当たりません。(印刷技術の制約もあったのでしょう)手稿本では、印刷本では装飾記号が全くついていない曲に装飾がついている曲もありますが、後の時代のバロック・リュート曲と比べると随分装飾の数は少ないです。

ブサールのこれらの記述から、彼の時代は過渡期で旧主派たるブサールは左手の装飾を多用する新しいスタイルに抵抗を示しているという構図が見て取れます。