(1)最近は「教育」とは何かを考えさせられることが増えた。初等、中等義務教育で教員の長時間労働のへい害が指摘されて、あれこれと外部発注、委託を増やすことが報じられている。
政府は長時間労働による過労死問題を受けて、働き方改革関連法を施行して長時間労働の規制強化、対策に乗り出している。
(2)本来、働き方などは労使間の自由、自主、自立性の関係問題であり、政治が口出しするような問題ではないが、労使関係の立場の力関係が働いて企業、事業利益優先のために長時間労働が強制されて過労死が社会問題となって、一体国民は何のために就職して労働しているのかわからない社会思想体系になってしまっている。
(3)そういう意味からも働きたい時に働いて、遊びたい時に遊ぶという若者層の自由な生き方のフリーター理念は、働く意味、働き方を考えさせられる自由、自主、自立の生活スタイルでもあり(もちろんやむを得ずにフリーターということもある)、進歩した考え方であるともいえる。
こういう進歩した若者層の働き方改革は国、社会にとっては成長戦略の力にならないので、ある意味勝手に正規雇用に振り替えるなどと便宜をはかっているが若者層からしてみればありがたいことなのか、よくよく考えてみるのもいいだろう。
(4)もちろんこれで日本の国、社会として将来の持続可能(sustainability)な成長、安定がはかられるのか問題もあきらかだが、フリーターなど非正規雇用スタイルをいかした、前提とした労働社会制度を変革、改革、革命社会に結びつけて「文化」、「資本」として有効に機能すれば、それはそれで新時代をつくり上げることもある。
(5)そこで冒頭の教育論だが、戦後の団塊世代を抱えた義務教育は1クラス50人以上で10数クラス体制が続いた。教員は教室内に専用の仕事机を置いて昼食も生徒と一緒に食事をしていた。
授業後も生徒が机、いすを動かして教室、廊下、校庭を区分けして清掃をして夕方に帰宅した。
(6)教育を考えるときに、よく学校で学んだことは社会に出たら使いものにならないと比喩的に言われることがあるが(もちろん比喩にすぎない)、知識欲、学習欲とともに教員と生徒の日常生活を通した交流、休み時間の共有作業、協力、働く大切さを実体験して学ぶ一体性が子どもの成長に重要な役割を占めてきた。教育思想のバランスの良さが根底にあり、発揮されてきた。
(7)中教審は義務教育での教員の今日的長時間労働の負担軽減として、部活指導、校内清掃、休み時間の対応、授業準備資料を外部発注、委託して教員の長時間労働を短縮する働き方改革の実施策を文科相に答申した。
団塊世代の1クラス50人以上で10数クラス体制時代と今日的な1クラス20~30人で数クラス体制時代と教員の仕事、任務がどう増えて変わったのかわからないが、まるで高利益追求、効率化主義の企業抜けかけ論理のような中教審の教育理念で、これで生徒の成長を促すまともな教育ができるのか、必要なのは「考え方改革」(innovation of thinking method)なのは言うまでもない。
政府は長時間労働による過労死問題を受けて、働き方改革関連法を施行して長時間労働の規制強化、対策に乗り出している。
(2)本来、働き方などは労使間の自由、自主、自立性の関係問題であり、政治が口出しするような問題ではないが、労使関係の立場の力関係が働いて企業、事業利益優先のために長時間労働が強制されて過労死が社会問題となって、一体国民は何のために就職して労働しているのかわからない社会思想体系になってしまっている。
(3)そういう意味からも働きたい時に働いて、遊びたい時に遊ぶという若者層の自由な生き方のフリーター理念は、働く意味、働き方を考えさせられる自由、自主、自立の生活スタイルでもあり(もちろんやむを得ずにフリーターということもある)、進歩した考え方であるともいえる。
こういう進歩した若者層の働き方改革は国、社会にとっては成長戦略の力にならないので、ある意味勝手に正規雇用に振り替えるなどと便宜をはかっているが若者層からしてみればありがたいことなのか、よくよく考えてみるのもいいだろう。
(4)もちろんこれで日本の国、社会として将来の持続可能(sustainability)な成長、安定がはかられるのか問題もあきらかだが、フリーターなど非正規雇用スタイルをいかした、前提とした労働社会制度を変革、改革、革命社会に結びつけて「文化」、「資本」として有効に機能すれば、それはそれで新時代をつくり上げることもある。
(5)そこで冒頭の教育論だが、戦後の団塊世代を抱えた義務教育は1クラス50人以上で10数クラス体制が続いた。教員は教室内に専用の仕事机を置いて昼食も生徒と一緒に食事をしていた。
授業後も生徒が机、いすを動かして教室、廊下、校庭を区分けして清掃をして夕方に帰宅した。
(6)教育を考えるときに、よく学校で学んだことは社会に出たら使いものにならないと比喩的に言われることがあるが(もちろん比喩にすぎない)、知識欲、学習欲とともに教員と生徒の日常生活を通した交流、休み時間の共有作業、協力、働く大切さを実体験して学ぶ一体性が子どもの成長に重要な役割を占めてきた。教育思想のバランスの良さが根底にあり、発揮されてきた。
(7)中教審は義務教育での教員の今日的長時間労働の負担軽減として、部活指導、校内清掃、休み時間の対応、授業準備資料を外部発注、委託して教員の長時間労働を短縮する働き方改革の実施策を文科相に答申した。
団塊世代の1クラス50人以上で10数クラス体制時代と今日的な1クラス20~30人で数クラス体制時代と教員の仕事、任務がどう増えて変わったのかわからないが、まるで高利益追求、効率化主義の企業抜けかけ論理のような中教審の教育理念で、これで生徒の成長を促すまともな教育ができるのか、必要なのは「考え方改革」(innovation of thinking method)なのは言うまでもない。