どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

雨の夜のお客・・イラン

2024年11月05日 | 昔話(中近東)

     世界名作おはなし玉手箱/齋藤チヨ/すずき出版/2000年

 

 雨の夜、ひとりぐらしのおばあさんのところへやってきたのはスズメ。おばあさんは、ぬれた羽に小さなタオルをそっとかけてやりました。だれかが戸を叩いて、おばあさんが戸口に出てみると、よたよたメンドリ。それから、カラス、ネコ、犬、雄牛がつぎつぎにやってきました。

 次の朝、おばあさんがゆっくり寝てめをさますと、どうでしょう、動物たちはみんなで、忙しく働いていました。
 スズメとカラスは、サモワールに火をつけて、お湯を沸かしています。犬は裏庭を掃いています。牛はぬれて でこぼこになった屋根をローラーで平らにならし、メンドリは牛の手伝いをしています。おばあさんは小さな家の中で、みんなが忙しく働いているのを見てうれしくなりました。そしてベールをかぶって、みんなのパンを買いに出かけました。おばあさんがおつかいから帰ってくると、みんなはサモワールを囲んで、朝ご飯を食べました。お茶を飲んでいるときまっくろ雄牛がいいました。「夕べ、ぼくたちは、どこへも行き場がなくて、おばあさんの家に泊めてもらったけれど、また、どこかにいかなくちゃならないんだね・・」

 動物たちは、おばあさんのことがとても好きになっていたので、ここをでていくのがさみしくてたまらなくなりました。

 「みんなが、ずっとここにいられたらいいのにね。でも、この家は、みんなで暮らすには小さいから、スズメひとりでも残ったら、あとのみんなは、でていかなくちゃならないんだろうね」と、おばあさんがいうと、牛は「小麦の脱穀をすることができるよ。おばあさんぼくにいておらいたくない?」といいました。おばあさんは牛の気持ちがわかったので、いいました。「家は狭いけれど,一緒に暮らそうか」
 すると、スズメは小さな卵を産むことができるといい、ネコは、ネズミを捕ることができる、カラスは、朝みんなを起こしてあげられる、メンドリは、おおきな卵を産むことができる、犬は泥棒を追っ払うことができるといいました。

 おばあさんは、みんなで力を合わせて、小屋をつくるようにいい、動物たちは小屋をつくり、みんなで幸せに暮らしました。

 

 争いも、だましあいもない世界に、ほっとする話。


馬に話し方を教える・・トルコ

2024年09月01日 | 昔話(中近東)

   三分間で語れるお話/地球をぐるっと77編/マーガレット・リード・マクドナルド・著 佐藤涼子・訳 出久根育・画/編書房/2005年

 

 あるとき、ホジャはおうさまのところに伺い、馬に話し方を教えたいと申し出ました。興味をもった王さまへ、「少し時間はかかります。六年あればきっと、教え込むことができます。が、馬に食べさせたり、そのほかの世話に金貨が十枚必要です」と うけあいました。

 立派な馬と金貨百枚をもらったホジャへ、友だちがいいました。「もし、六年たって、馬が口をきかなかったら、王さまは、おまえさんの首をはねてしまうだろう」。

 「心配無用」と、ホジャが答えました。

 「六年のうちには、いろんなことがおこる。わしが死ぬかもしれん。王さまが死ぬかもしれん。あるいは馬が死ぬかもしれんからのう」

 

 いまのごじせい、なにがおこってもおかしくない時代。地震などの災害、気候変動、もしかすると戦争。先のことはわからない時代になりました。


天からふってきたお金・・トルコ

2024年08月27日 | 昔話(中近東)

     天からふってきたお金/アリス・ケルジー・文 岡村和子・訳/岩波書店/1964年

  トルコでは、みじかいお話六百ほどあつめた「ナスレッディン・ホジャ物語」が、何回も出版されているようです。実在の人物のようで1208年の生まれ。

 ホジャのとなりの金持ちの商人ディン・ペイは、ホジャが、「ああ、神さま、わたしはお金がいりようなのです。どうか一千クルシュをおさずけください」「ハ百クルシュではだめですし、九百九十九クルシュでもだめです。きっかり一千クルシュの大金がいりようです。それより、すこしでもすくなかったらおことわりもうしあげます。」と祈っているのを聞いて、みょうなことをいっているのものだなあと、思ったのです。

 こっけいなホジャが好きだったディン・ペイは、あることを思いつき、きっかり九百九十九クルシュの金貨を袋にいれ、ホジャへ投げ入れました。ホジャは神さまにお礼もいわずに、せっせと金貨をかぞえはじめました。なんどかぞえても九百九十九クルシュしかありません。「一千クルシュよりちょっとでもすくなかったら、ホジャはいただきません。」といっていたのに、ホジャは、神さまに一クルシュ貸したことにして、はらまきにおさめてしまいます。

 ところがディン・ペイは、ホジャをからかろうとしただけなので、金貨を返すようにいいます。が、「あなたが?上からおとしなすった? そんなばかな! このお金は、神さまがくださったんだ。それにまちがいない。わしの祈りが通じて、天からおちてきたんです。」と、ホジャはうけつけません。

 ディン・ペイが裁判所で決着をつけようとすると、いつも裁判所でしゃべりまくるのがすきなホジャは、「妻がつくろっているので、上着がない。上着なしでは法廷にはでられない。」「裁判所まで歩いていったのでは時間がかかる」といいだしました。ディン・ペイはしょうがなく、上着を貸し、馬まで用意しました。さらに「くらやたづなもない」というので、ディン・ペイは、それも用意し、すっかり支度を整えて、裁判所まででかけました。

 裁判所で、ホジャは、「ディン・ペイさんは、世の中のありとあらゆるものがじぶんのもだとおもいこんでおられる。わたしの金のことも、そうだといわれた。ためしに、たとえば、わたしがいま着ている上着が誰のものか聞いてみてください。」「馬まで、じぶんのものというでしょう。」と、申し立てます。

 裁判官は、金貨の袋を上からおとしたことは、おかしな気がしたが、たづなまで自分のものだというのは、これはあきらかにおかしいと、金貨、馬はホジャのものだと裁定します。

 ところが、家に着くと、ホジャは、金貨も上着も馬もディン・ペイに 返すといいだしました。さらにホジャは、「裁判所へ戻って、いまのはじょうだんだんだ、証拠がそろっているからといって、いつもその証拠どおりでないと、よくいってきかせてくるつもりです。」と、いいました。

 ホジャは、えらそうにふんぞりかえっている裁判官をだましてやろうと、策略していたのでした。

 

 ホジャにつきあわされたディン・ペイさんは、災難でした。


ホジャのピクニック・・トルコ

2024年08月17日 | 昔話(中近東)

    天からふってきたお金/アリス・ケルジー・文 岡村和子・訳/岩波書店/1964年

 

 ホジャが大事にしているヒツジをみて、アメフットが、「ざんねんですなあ。あすは、この世の終わりだというのに、こんなヒツジを役にたてないでしまうとは!」「だから、いまのうちに、このヒツジを蒸し焼きにして、食べてしまえば、世の終わりがきても、むだにしないですむというものです。」

 ホジャは、しんじられませんでしたが、町中の連中も、「いまのうちに、やいてくってしまうのがいちばん」と、いかにもかなしそうなかおをしていうので、一大決心をします。あすの朝、「川岸で、ヒツジの肉をたらふくたべよう」。

 友人をたくさん招待し、いよいよ焚火で準備。友人たちは、肉を焼いているうちにひと泳ぎしようと、着物を脱ぎ捨て、川で泳いでいました。

 ホジャは、「いまにも、この世の終わりくるかもしれん。たった今かもしれんし、一時間後かもしれん。この世の終わり・・・この世の終わりだ」と、独り言。

 ホジャが、なげきかなしんでいるのを耳にすると、泳いでいる連中もすこしばかりはずかしくなりました。ほんとのことを話そうと意見が一致しました。そうすれば、みんなでわらって、たのしいピクニックができるというものです。ところがどうしたことでしょうか、おいしいそうなやき肉のかおりにまじって、あまりかんじのよくない、きみょうなにおいがただよいはじめました。はらぺこだったみんなは、おおあわてで岸にはいあがり、ホジャのところへかけつけ、じぶんたちの服を着ようとしました。すると、草の上に服なんて、一枚もありません。服は、全部、焚火の上にのせられて、ぶすぶす燃えていたのです。みんなは、口をあんぐりあけ。ホジャを見たり、くすぶっている着物やくつのほうを、うらめしげにながれるばかりです。

 ホジャは、にっこりわらって、「わしは、このあたりを、きれいさっぱりそうじしておこうとおもって、片づけたんだが、もうすぐ、この世の終わりがくるんなら、こんなものじゃまだってことに気がついたもんで、燃やしたわけさ。」。

 

 みんなは、ホジャをだましたつもりでしたが、ホジャは ちゃんと仕返しをしました。だが、ホジャの大事なヒツジがどうなったかは不明です。


三つの金曜日・・トルコ

2024年08月11日 | 昔話(中近東)

    天からふってきたお金/アリス・ケルジー・文 岡村和子・訳/岩波書店/1964年

 楽しいトルコのホジャ話。

 金曜日はマホメット教徒が寺院にお祈りに行く日。ホジャは、ずっとむかし僧院でべんきょうしたことがあったので、金曜日になると、きまった時間に説教壇にのって、アラーの神さまの話をしなければなりませんでした。

 しかし、いくら、ホジャでも いつもいつも話すことがあるわけではありません。

 一回目は、「みなさんには、わたしが、これからなにを話そうとしているか、おわかりかな?」と、問います。本人が何を話そうかわかっていないわけで、ほかの人にはわかるはずがありません。そこでホジャ、「ほんとうにわからんですな? では、こんな大切な話を、なんにもわからんあなたがたに、はなしたところで、なんにもならない。むだというものだ。」と、説教壇をおります。

 しかし苦手な金曜日は、すぐにやってきます。このときも、「わたしが、これから、どんな話をするか、みなさんにはおわかりかな?」と問います。この前のことがあったので、みんなは、「はい、わかります。」と、こたえました。すると。ホジャは、「なに、みなさんには、わたしがいおうとしていることが、わかっておられる?」と、不愉快な表情を浮かべ、「それじゃ、わたしが話をするまでもない」と、さっさと説教壇をおりてしまいます。

 つぎの金曜日も、「わたしが、なんの話をするか、みなさんにはおわかりかな?」と問い、この前の金曜日のことをかんがえていた人たちが「わかりません」、この前の前の金曜日のことをかんがえていた人たちは「わかります」と、こたえると、ホジャはこたえます。

 「わかっている人と、わかっていない人がおるようだ。では、わからない人は、わかっている人からきいてください。」というと、鼻歌を歌いながら、説教壇をおりていきました。

 

 ホジャさん、つぎの金曜日は、どうしたことやら!。


だれが姫の病気をなおしたのか・・イスラエル

2024年01月20日 | 昔話(中近東)

       新編世界むかし話集⑦/インド・中近東編/山室静・編著/文元社/2004年

 

 イスラエルの昔話といいますが、アラビアンナイトの「空飛ぶじゅうたん」と酷似しています。    

 出だしは、両親がなくなった三人兄弟が旅をするところからはじまります。

 一番上の兄は、アメリカにいって、小さい飛行機を作ることに成功します。二番目の兄は、インドにいって、どんな遠くの国でおこったことも映る鏡、末の弟はアフリカへいって、食べたらどんな病気でも治るというリンゴを手に入れました。

 二番目の兄が、魔法の鏡で、遠い国のお姫さまが、重い病気になっているのをみつけ、一番目の兄の飛行機でかけつけ、弟のリンゴでお姫さまの病気をなおします。

 王さまは、姫の病気を治したら、娘を三人の兄弟のひとりと結婚させると約束していました。夫を選びなさいといわれた姫は、あなたがたがきめてくださいと兄弟に言います。

 「飛行機がないと、遠い都まで、とてもくることができなかった。」「魔法の鏡がなかったら、お姫さまが病気だったこともわからなかった」「リンゴがなかったら、姫の病気はなおらなかった」

 兄弟は、議論しますが、決められません。王さまはユダヤ人の顧問官の意見を聞きました。顧問官は、上のふたりに、この旅で何かを失ったのか尋ねます。飛行機も魔法の鏡もそのまま。末の弟のリンゴの一部がなくなったことを聞いた顧問官の審判は、末の弟が名誉にあたいすると裁定し、お姫さまと婚礼をあげます。そしてあたらしい国王は、兄さんたちを大臣に任命します。

 飛行機が出てくるので、これって昔話?と、疑問がわきます。編著者が、五百余りの昔話のほとんどを一人で訳したとありますが、さすがに重訳があります。訳される段階で、もとの話が微妙に変化してくるので、どこかの段階で、飛行機は、別のものに置き換えられてもおかしくありません。せめて「空飛ぶ船」とするのが、ふさわしいのでは?。


モスルの旱魃

2024年01月16日 | 昔話(中近東)

       新編世界むかし話集⑦/インド・中近東編/山室静・編著/文元社/2004年

 

 イスラエルの昔話とされる話。

 北バビロニアのモスルの町では、ユダヤ人と回教徒が、もう何代にもわたって平和と相互理解のうちに、となりあって暮らしていました。

 ある年のこと、この地方には少しも雨が降らず、空は大地をうるおすことをやめました。今年は旱魃になるらしいと、人々が心配していると、食料品の値段があがってきて、小麦の値段は、一週間、一週間ごとにあがりました。全回教徒がモスルの大寺院に参拝してお祈りをささげましたが、無駄でした。回教徒たちは、じぶんたちの祈りがきかれないのをみて、ユダヤ人の隣人のところにやってきて、きみたちも神に祈ってくれるよう訴えました。

 モスルの町のユダヤ人は、みなシナゴグ(ユダヤ人の会堂)にあつまって、それから彼らの先祖や賢いラビたちの葬られている旧墓地にいき、祈りを捧げました。「助けたまえ、われらの主よ、そしてこの土地に雨を恵みたまえ。どうしてわれわれとわれわれの子どもたちは、われらの回教徒の隣人とともに、死なねばならないのですか?」

 彼らが祈ったり訴えたりしているあいだに、空は重たい黒雲におおわれてきて、みるみる雨が降りそそぎはじめたのです。回教徒たちはこれを見ると、ユダヤ人たちを肩車して、歌ったり踊ったりしながら、彼らの家まで送っていったのです。

 それからというもの、モスルのユダヤ人と回教徒とのあいだには、ただ平和と愛情だけがあることになったのです。

 

(2004年の出版でありながら、イスラム教徒を回教徒と訳している理由がよくわかりません)

 イスラエルとパレスチナ(ハマス、ヒズボラなど)の戦争は、大量の虐殺をうんでいる。ユダヤ人とイスラム教徒が平和に暮らしていた昔話から、学んでほしいと思うが・・・。


掃除夫とカディ・・トルコ

2024年01月10日 | 昔話(中近東)

        新編世界むかし話集⑦/インド・中近東編/山室静・編著/文元社/2004年

 

 昔、田舎に妻とこどもをのこし、イスタンブールで掃除夫をしていた男は、いくらかのお金を儲けたら、家に帰ろうと思っていました。つつましい生活をし、日々の暮らしにわずかなお金を使うほかは、もうけたお金は残らず蓄えました。五、六年たつと何とか五百枚の銀貨を残すことができました。ところが、だれか悪い人間にその金を盗まれないか心配になりました。

 さて、この町のカディ<裁判官>は評判がよく、ぜったいに信用できる人と、彼にはうつりました。そこで彼はカディのところへ出かけ、「なにかの不幸で蓄えが失われはしないかと心配でたまりませんので、故郷の村へ帰るまでの間、あずかってほしい」といいました。カディは、家族のもとへ帰る時が来るまで、安全に保管しておいてあげようと約束します。

 それから二、三か月して、同じ故郷からでてきた知り合いから、一緒に帰らないかと誘われました。掃除夫は、もうすこし金をこしらえようとしますが、そうすると一人で旅することになって、仲間がいるほうがこころ強いと思い、あと二年も町に残ることはないように思え、友だちと一緒に故郷へ帰ることにしました。そこで掃除夫は、さっそくカディのところへでかけ、あずけた銀貨を返してくれるよう話しました。するとカディは、たけり狂ってどなり、「おまえのいう銀貨とは、いったい何のことだ」「ほうりだされんうちにとっととでていけ!」といいだします。ようは、ねこばばするつもり。

 裁判官相手に、だれが掃除夫の訴えをきいてくれるでしょう。彼はもういちどさいしょからやりなおすことにしますが、いくら働いても心がなぐさめられません。深いため息をつき、ときに涙をながしていました。

 ある日、彼が裕福な商人の家のごみをあつめていたとき、ふとその家の奥さんが目をとめました。奥さんは、男の全身にあらわれている深い悲しみと絶望に同情し、彼にその理由をたずねました。そして掃除夫の話を聞くと、一つの計略を立てました。

 奥さんは掃除夫に、これこれの時間にカディのところへ行って、前のことは知らないふりをして、まるではじめて要求するように、お金を返してくれるようにといいます。つぎの日、奥さんは、高価な宝石類をいれたバックをもってカディのところへいき、「私の夫はしばらく前からエジプトへ商用でいっておりますが、仕事が長引いているので、私にもこいというのでございます。私も行くつもりですが、気になるのは、この宝石類で、危険な長い旅に持っていくのも心配です。それで、留守の間、誠実なあなたに、この宝石類をあずかってくださいませんか」と、いいました。そのとき、掃除夫がはいってきて、「あなたさまがあずかってくれた銀貨五百枚をかえしてほしい」というと、目の前の高価な宝石に心をうばわれていたカディは、すぐに、秘書をよんで、掃除夫に金を渡すよう命じました。

 カディが、「掃除夫が受取証も証人もなしに、一生の蓄えをわたしの手に託し」たと、自分がいかに信用できるか話しているとき、奥さんの女中がはいってきて、旦那様がかえってきたとさけびました。と、奥さんは宝石をかきあつめてバッグにおしこみ、あわてて、カディに別れをつげると、家に帰って急ぎました。一瞬のあいだカディは、なにがなんだかわからないでいましたが、ペテンがペテンで報いられたのだと気がつくと、ひげをかきむしってくやしがりました。


ジャスミンむすめ・・イラク

2023年09月25日 | 昔話(中近東)

    大人と子どものための世界のむかし話16/アラブのむかし話/池田修・康君子・編訳/偕成社/1991年初版

 

 強欲な金持ちの商人が、むすめたちをよんで尋ねます。「みんなからうらやましがれるほどの地位についているが、どうしてこれだけの財産があつまったかわかるかね。」

 うえの二人は、「おとうさまが頭がよくて、骨身をおしまずおはたらきになったからですわ」と、おせじをいいますが、末のむすめは、「まずしい人たちから、ようしゃなくとりあげたからです・・」と答え、家から追い出されてしまいます。ここまでくると、末のむすめが主人公になると思うと、ちょっとちがった展開で、むすめがうんだ女の子が中心になって話が続きます。

 すえのむすめが、おちちをあたえようと、赤ん坊のベッドに近づくと、ベッドの中はむせかえるほどによいかおりのジャスミンの花と、まばゆくひかる黄金でいっぱいになっていました。このむすめはやがて<ジャスミンむすめ>とよばれるようになります。

 ある日、とおい外国からバグダートにやってきたひとりの若者が、ジャスミンむすめと結婚を承諾してくれるよう、父親に申し出ます。父親から承諾された若者は一足さきにじぶんの国へ帰って婚礼の準備をすることになりました。このとき、はめていた高価な指輪をジャスミンむすめにおくり、ジャスミンむすめは若者に、ジャスミンの花束をおくりました。

 若者よりおくれて出発したジャスミンむすめの隊商には、おばがつきそっていました。おばは、若者からもらった指輪を見て、若者は身分の高い大金もちのむすこにちがいないと考え、ジャスミンむすめとおなじ年頃の自分のむすめを結婚させようと思っていました。

 おばは、砂漠の旅をつづけているうち、ジャスミンをラクダの背からつきおとし、かわりにじぶんのむすめをのせて、さっさといってしまいます。

 ジャスミンむすめは、まずしい若者にたすけられ、その若者の家で朝をむかえると、むすめの寝床はジャスミンの花と黄金でいっぱいになっていたので、その一家から、いつまでもとどまってくれとたのまれます。

 一方、ジャスミンむすめをおきざりにしたおばは、じぶんのむすめと、花婿のすむ町につきました。結婚式の夜、若者は、はなよめにじぶんのおくった指輪をみせてくれるようにいうと、はなよめはなくしてしまったといいはり、かれることのないジャスミンは、一年のうち、きまった季節の数日間だけしか咲かないと言いのがれます。若者は、はなよめがジャスミンむすめでないことを知りましたが、ほんとうのはなよめのゆくへがわからないので、しかたなく、にせのはなよめと結婚式をあげました。

 ジャスミンむすめは、泊めてもらっている家の主人に、はなむこがすんでいる都にいってジャスミンの花を売ってほしいとたのみました。この花は、たしかにはなむこのところで買い取られますが、はなむこはまったくしらんかおしているばかり。

 じぶんのはなむこである若者に、なにごとかおこったのではないかと考えたジャスミンむすめは、じぶんをかわいがってくれた一家に、別れを告げ、都に向かい、やわらかなこもの着物をきて、はなむこの家の門までいきました。ジャスミンむすめが、門の前で、美しい声でうたうと、若者は、「あの声には、ききおぼえがあるぞ。」とつぶやき、.おこもすがたのジャスミンむすめは、その家においてもらうことになりました。

 ある日、若者が旅に出ることになり、召使に旅のたべものをつくるようにいいつけると、できあがったのはパンケーキ。おこもすがたのむすめが、できあがったパンケーキになかに、若者からもらった指輪をそっとさしこんでおくと、おこもがジャスミンむすめとわかった若者は、あらためてジャスミンむすめをはなよめとしてむかえいれます。

 

 「美しい」といっても受け取り方はさまざま。それにくらべ、ジャスミンというネーミングは、魅力的な女性を想像させてくれます。でてくる若者の正体も不明で、大金持ちとか王子でないのも好感が持てます。


魚のむすめ‥トルコ

2020年01月06日 | 昔話(中近東)

        ものいう馬/こだまともこ・訳/ほるぷ出版/1979年

 

 両親がなくなって、ひとりぼっちになった若者が、屋根裏部屋で発見したのは網でした。

 父親が漁師をしていたことも知らなかった若者は、魚をとりはじめます。

 ある日、とても美しい魚をとりますが、あまりにきれいなので、売るのも食べるのもおしくなって庭に井戸を掘り、中にいれておきました。

 いつものように海にでかけ、帰ってみると家の中はきれいにかたずいていました。

 次の日も、夕方家に帰ってみると、また家の中がきれいに掃除されていました。

 コーヒー店にでかけ、客からふしぎな出来事を確かめてみてはどうかといわれ、ものかげにかくれてようすをうかがっていると、井戸の中の魚がぴょんと飛び出し、美しいむすめになりました。

 若者はすばやくとびだし、むすめのぬいだ魚の皮を、火に投げ込んでしまいます。

 むすめは若者をとがめますが、すんでしまったことは、しかたがないと物分かりがはやく、おまけに若者のよめさんになってもいいといいます。

 さっそく結婚準備をはじめた若者でしたが、この美しいむすめの評判をききつけた王さまが、「四十日の間に、金とダイヤモンドでつくった宮殿を海の中にたててみよ、もしできなかったら、むすめはわしのものじゃ」と、無理難題をいいだします。

 むすめのいうとおりにすると宮殿はすぐにできあがります。

 次に王さまは「浜辺から宮殿まで水晶の橋をかけよ」と命令します。

 さらに「国中の者が、みんなはらいっぱいたべても、まだあまるだけのごちそうを用意せよ」「たまごから、ロバが生まれるのを見たい」との命令。

 海の大男からたまごをもらって、若者がいすの上にたって、たまごを放り上げると、殻がわれてロバが飛び出し、王さまの上になっさかさまにおちてきました。

 王さまをたすける必要はないのですが、若者が王さまを助けてあげると 「生まれて一日しかたっていないのに、歩くことができて、おしゃべりもできる赤ん坊をつれてくるように」と命令します。

 王さまの難題の解決は、すべてむすめの指示です。

 「生まれて一日しかたっていないのに、歩くことができて、おしゃべりもできる赤ん坊」が、王さまのところにいくと、赤ちゃんは、いきなり王さまの顔をぴしゃりとたたき いいます。

 「どうして、たったの四十日で、金とダイヤモンドの宮殿ができるんだい? どうして、たった四十日で、水晶の橋をかけられるんだい? どうして、ひとりの男が、国中の人が食べられるだけの ごちそうをつくれるんだい? どうして、たまごから、ロバがかえるんだい?」

 ひとこというたびに、赤ちゃんは王さまの顔をぴしゃぴしゃたたきました。

 昔話ですから無理難題でも実現するのが当たり前とおもっていると、ラストのオチが痛烈です。


アレクサンダーと命水・・イラン

2019年01月17日 | 昔話(中近東)

       世界の水の民話/外国民話研究会/三弥井書店/2018年


 いにしえの王や皇帝がおいもとめた不老不死の薬。

 あのガイウス・ユリウス・カエサル、ナポレオンからも大英雄とみなされてアレクサンダーを模した二本角アレクサーダーが永遠の命を手に入れるため<命水の泉>をもとめて旅に出ます。

 <命水の泉>は、ガーフ山の中の<闇>という洞窟の中。洞窟の入り口までは70年かかります。
 到達から逆算して10歳、20歳の若者を随行者としてつれていくことに。

 随行者の中に、年をとった父をもつ若者がいましたが、父親は一緒につれていけと息子にいいます。

 この父親の知恵で、闇の中を前進して、泉に到着しますが、たくさんの泉で、どこの泉から水を汲めばいいかわかりません。
 ここでも、年取った父親から「干し魚を泉になかに投げ入れて、魚が生き返った泉が命水の泉だ」といわれて、そのとおりにすると魚が生き返ります。

 若者が、そのような策を考えられるはずがないと、アレクサンダーが問い詰めると、若者は、本当のことをはなします。

 命水を手に入れたアレクサンダーは、来た道をもどっていく途中で、水を飲んで永遠の人生をはじめようとしますが、どこからか「こんにちわ。アレクサンダー。命水おめでとう」という声。よくみると一匹のハリネズミがいました。

 ハリネズミから、命水を飲むとこんな姿になると聞いたアレクサンダーは、命水をどうしたのでしょうか。

 往復140年で、随行者の命も保証がありません。命水を飲んでハリネズミになる道を選んだかは、さだかでありません。

 皮肉なことにアレクサンダー大王は33歳で亡くなっています。


まっとうな答え

2018年09月01日 | 昔話(中近東)

      お静かに、父が昼寝をしております/ユダヤの民話/母袋夏生・訳/岩波少年文庫/2015年



 イランにすむユダヤ人の間で語られたもののようです。

 寒波に襲われた町の様子を見てまわっていた王さまが、薄手のボロを着たユダヤ人にあいます。

 ストーブにあたらせながら、男に質問し、正しく答えたら財布の金を半分やろうともちかけます。

 人類の祖先アブラハムの母親の名前を聞かれた男は即答します。

 半分はお前のものだという王さまに、男は今度は私に質問させてください、質問に正しく答えたらお金は返すが、そうでなかったら、もう半分のお金もください、といいます。

 承知した王さまに、男は「わたしの母親は四か月前に亡くなりました。母親の名前は、なんという名前だったでしょう?」と、尋ねます。
 もちろん、王さまは、男の母親の名前などわかるはずありません。

 男は全部のお金を受け取って、意気揚々と家路につきます。


 ユダヤ人のかしこさをしめしている話ですが、この王さまもなかなか太っ腹で、ユダヤ人だからといって排斥しない王さまです。

 イランとイスラエルの間は、なかなか大変ですが、イスラム教徒とユダヤ教が共存していた時代があったことに思いをはせてほしいものです。


バラ姫・・トルコ

2018年04月20日 | 昔話(中近東)

       世界むかし話 中近東/こだま ともこ・訳/ほるぷ出版/1988年初版


 昔話では、生まれたとき、とびっきりの贈り物をするのが妖精です。

 三人の妖精が、木こり夫婦の赤ちゃんにおくったもの。一つは娘が悲しむとき涙のかわりに真珠がこぼれるというもの。二つ目は、娘がほほえむと、あたりにはバラの花がさきみだれ、三つ目は、娘が歩くと、足元にはみどりの若草がもえでるというもの。妖精は名付け親にもなり、バラ姫という名前もおくります。

 月日がたち、バラ姫のうわさを聞いた、ある国のお妃が、ぜひとも息子の王子と結婚させたいと思います。

 王子は夢の中で、バラ姫とあっていました。

 王子は、バラ姫と結婚させてくれるよう木こり夫婦にいうと、夫婦は、ふってわいた幸運に喜んで、お嫁にやる約束をします。

 結婚式の日に、バラ姫をむかえにいったのは、バラ姫と、にていた娘がいる貴婦人。貴婦人は、みんなをだまして、自分の娘と王子を結婚するよう悪だくみを考えます。

 貴婦人は朝からバラ姫に塩からいものしか食べさせず、花嫁の馬車には水差しと、人が一人入れるくらいの大きなバスケットを積み込みます。
 宮殿にいくとちゅうで、バラ姫は、喉が渇き、水差しの水を飲ませてくれるよう貴婦人にいいます。すると水一杯の代償は目玉です。
 しばらくいくと、また喉が渇いて、水一杯の代償も目玉。そして貴婦人はバスケットにバラ姫を押し込み、高い山のてっぺんにはこんで、捨ててしまいます。

 やがて貴婦人の娘と王子は結婚しますが、王子は、真珠のなみだも、バラも咲かず、みどりの草もはえないことに疑問をもちます。

一方、バラ姫は、バスケットの中から聞こえる泣き声をききつけたごみそうじのおじいさん(急にごみそうじのおじいさんがでてきて、とまどうのですが、山の上でごみを拾っていたのでしょうか?)にすくわれます。
 悲しくて泣いてばかりしていたバラ姫でしたが、楽しかったころを思い出して、微笑むとバラが一輪さきます。
 娘のために季節外れのバラを買うことにした貴婦人は、バラ姫の目玉とひきかえにバラを手に入れます。もういちどおなじことがあって、バラ姫は、両方の目玉をとりもどします。
  (目玉をとりもどすというのは、いかにも昔話です)

 物語はまだまだ続くのですが・・・・。

 この物語には、やや長い前段があります。バラ姫の母親は、じつは王さまの末娘でした。上の姉は40歳と30歳の姉。一番上の姉にいわれて「わたしは、およめにいくのを、もうそんなにまっていられないのです。どうぞおわすれなく」と、王さまに手紙を書きます。

 王さまは、矢を放つようにいい、「矢が落ちたところにいる男が、おまえたちの夫じゃ」といいます。
 その結果、一番上は大臣の息子、二番目は大僧正の息子、三番目は木こりと結婚することになったのでした。
 手紙を読んだ王さまが、姉がじっと我慢してたのに、末娘が辛抱できないというのは罰があたったのだといって、宮殿を追われ、木こりと結婚したのでした。

 昔話にはあまり登場人物の年齢がでてこないと思っていると、思いがけず年齢がでてくるものがありました。姉妹が40歳、30歳というのもびっくり。
 前段が長く、後半も長いという構成は、アラビアンナイトの世界を思わせます。


じゅうたんを織った王さま・・トルコ

2018年04月14日 | 昔話(中近東)

       世界むかし話 中近東/こだま ともこ・訳/ほるぷ出版/1988年初版


 都で、毎晩だれかが姿を消してしまう出来事がおきます。
 王さまのところには、夫や妻をさがしてくれと何人もの人が押しかけてきました。

 王さまは、それまでも百姓の粗末な服を着て、自分の国でなにがおこっているかを知ろうとしていました。

 王さまが粗末な服で市場に出かけてみると、聖人のような恰好をした男が、美しい歌声をひびかせていました。歌い手があとずさりすると、聞いていた人々も、まるで呪文をかけられたように、歌い手のあとをついていきます。やがて人々が古い砦の大きな門にはいると、門はしまり、荒くれ男たちがおそいかかります。

 荒くれ男たちの目的は、奴隷市場で売り出すことでした。

 みんなと一緒についていった王さまもつかまってしまいますが、もっと金が儲かる方法があると、親分にいいます。
 王さまは、自分はうでのたつ絨毯職人で、奴隷市場で儲かる三倍もの金を手にいれることができるといいます。

 親分は、王さまに絨毯を織らせますが、それは見事なものでした。王さまは子どもの頃から、職人に絨毯の織り方をならっていました。

 だれが高価なものを買えるんだという親分に、絨毯はお妃のところへもっていくように話します。

王さまの言う通り、お妃は、親分の言い値の倍で買うことにします。

 ところが親分が、古い砦にはいると、あとをつけてきた兵隊たちが、おそいかかり、手下もろともつかまってしまいます。

 じつは、王さまは、絨毯に王家に生まれた者だけが知っている古いペルシャ文字を織り込んでいたのです。

 もちろん、お妃は、そのことを知って、王さまを助け出したのです。

 絨毯の国ならではの昔話です。王さまがうでのたつ職人であったというのも、ほかには見られません。

 これまでの昔話には、人身売買はでてこなかったのですが・・。


ごちそうをたべた上着・・トルコ

2017年09月06日 | 昔話(中近東)

    天からふってきたお金/アリス・ケルジー・文 岡村和子・訳/岩波書店/1964年

 ホジャさん、こんどは何をしでかすと思うと・・・。


 ハリルさんのごちそうによばれたホジャ。ブドウ畑で働いていたホジャは、そのままの格好でハリルさんのところにでかけます。

 ハリルさんの家ではお客がいっぱい。ごちそうに呼ばれたはずなのに、ホジャはテーブルに案内されません。

 せきばらいをして注意をひこうとしますが、いっこうにききめがありません。

 美しく着飾ったお客を接待するのにいそがしいハリルですが、ホジャは無視されます。

 そこでホジャは家に帰って、服を着替え、再度ハリルのところにでかけます。
 すると今度は、食道の一番良い席に案内されます。

 ホジャはみんなが自分をみていることをたしかめると、おいしそうな肉を上着のポケットにいれます。
 そのあとも「上着くん、さあ たくさんたべろ」といいながら、ピラフ、チーズ、イチジクを上着のポケットに入れてしまいます。

 ハリルが上着にいれるのは、どういうわけかたずねると・・・。

 汚れた服を着てたら、わしをテーブルに案内してくれなかった。よそゆきの服に着替えたら、たいそうなもてなしじゃないか。ということは、君がよんでくれたのは」、わしという人間ではなくて、わしの服だったんじゃないのかい?。

 

 外観で人を判断するなというもっともな話。それにしても、ご馳走を上着に食べさせる?ホジャさんの皮肉は、なかなかのものです。

 

 ところで、ホジャが一般的かと思うと、ナスル・エド・ディンという名前ででてくるのが、「ナスル・エド・ディンの晴着」(新編世界むかし話集⑦/山室静・編著/文元社/2004年)。もてなすのがハリルと同じ名前なので、どなたかが、とんちやユーモアのある話を、ホジャという名前で代表させたのかもしれません。