どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

よみがえった良心

2022年01月08日 | オー・ヘンリー

     最後のひと葉/オー・ヘンリー・作 金原瑞人・訳/岩波少年文庫/2001年初版

 

 ジミー・ヴァレンタインは、四年の懲役を十か月で釈放され、自分の部屋にもどると、東部一の泥棒道具をスーツケースからとりだします。特注の鋼鉄でつくったドリル、穴あけ機、金ねこ、締め具、らせん錐など最新式のものでした。

 刑務所長に、金庫破りなんかやっていないと うそぶいていたジミーでしたが、釈放の一週間後、インディアナ州リッチモンドで800ドル、それから二週間後は1500ドル、そしてジェファソン・シティ銀行から5000ドルが消えていました。驚くほどに似かよった手口に、以前ジミーを捕まえたベン・プライス刑事が動きます。

 ジミーがつぎに目をつけたのが、アーカンソー州の田舎町エルモアの銀行でした。その銀行の前で出会った娘を見たとたん、われをわすれ、まったくの別人になったジミーは、銀行の前の石段でぼうっとしている少年から娘のことをききだします。娘の名前はアナベルで、父親アダムズは銀行の持ち主。

 ジミーは、刑務所の靴工場ではたらいた経験を活かし、名前をラルフ・D・スペンサーとかえ靴屋をはじめます。

 靴屋をはじめてから一年後、ジミー(ラルフ氏ですが)の靴屋は大繁盛し、町の人たちとのつきあいもうまくいって、アナベルとの結婚を二週間後にひかえていました。

 金庫破りを考えなくなったラルフは、商売道具を友人に譲って、世界でいちばんすてきな女の子と結婚し、店を売り西部で暮らすことにしていたのです。

 一方、ベン・プライス刑事は、こっそりエルモアへやってくると、目立たないように町を探って、知りたい情報を手に入れると、通りの向かいにある靴屋をじっくり観察していました。

 ジミーが結婚式のときに着る服をあつらえ、アナベルへ贈り物を買うつもりで、一年ぶりにエルモアの町を離れよとした日、ジミーはスーツケースをもち、アナベルの父、アナベル、アナベルの姉と二人の子と銀行にむかいます。エルモアの銀行ではつい最近、アダムズ氏が自慢する新しい金庫室をつくり、だれでも見ていってくれと勧めていました。

 ここで事件が発生します。アナベルの姉の九歳のメイが、茶目っ気を起こし、五歳のアガサを金庫室に閉じ込めると、数字の刻んであるつまみを回してしまったのです。最新式のドアで、鉄のかんぬき三本、開閉の時間設定も可能という金庫があけられなくなって、大騒ぎ。アナベルの姉は気も狂わんばかり。

 自分の尊敬している男に不可能はないと信じているアナベルは、ジミーに、助けをもとめます。

 このときベン・プライス刑事は、銀行の入り口のカウンターにひじをつけ、何気なく奥をのぞき込んでいました。

 ジミーが金庫にむかって自分自身の記録を破る十分後、金庫に閉じこけられていたメイは、救出されました。

 ジミーが入り口に向かうと、ドアの前には大きな男。ベン・プライス刑事の姿をみたジミーは、逆らうことなく捕まろうとします。ところが刑事は、ジミーが思ってもいない反応をみせました。

 「だれかとおまちがえじゃありませんか。スペンサーさん。おあいしたことはないはずですが。さあ表で、馬車がまっているんでしょう?」

 

 正体がばれることを恐れず、婚約者にいいところを見せようと、金庫をあけるジミー。そして、もう金庫破りはしないだろうと見抜いた刑事の粋な計らい。映像表現ならどんな風な表情でしょうか。


二十年後

2022年01月04日 | オー・ヘンリー

         最後のひと葉/オー・ヘンリー・作 金原瑞人・訳/岩波少年文庫/2001年初版

 

 夜の十時前、冷たい風がふいてほとんど人通りがない通り。パトロール中の警官が金物屋の店先で、壁によりかかっている男に声をかけると、男は問わずがたりに言い訳をはじめます。

 男の名前はボブ。二十年前の同じ日の今夜、ジミー・ウェルズと再会の約束をしたというのです。

 ジミーは根っからのニューヨークっ子。ボブはひと財産をつくろうと西部へ。二十年後のこの日のこの時間に、どんな暮らしをしていようが、どんなに離れたところにいようが、ここで再開をしようと約束していたという。どんな友情があったのかは一切ふれられず、ボブが十八、ジミーが二十歳のときの約束。

 西部でうまくいったのかねと尋ねる警官に、ジミーが、おれの半分ぐらいでも成功してくれてればいいんだけど、と答えるボブ。

 ボブが、霧雨のなか、葉巻をふかしながらまっていると、約束した時間からニ十分ほど遅れて、背の高い男があらわれます。

 ボブは、ジミーが五、六センチほど背が高くなったようなきがします。二十年前に一緒に食事をしたレストランは、五年ほど前に取り壊されていて、別のところにいこうと、通りの角まで来ると、電灯の明るくともったドラッグストアがたっていました。その光のなかで、ふたりは同時に相手の顔をのぞきこみます。

 西部からきた男がふいに立ち止まって腕をふりとどき、嚙みつくようにいいます。「おまえはジミ-ではない。いくら二十年たったからといって、鼻が二センチも低くなるはずがないだろう」

 

 ここまでからどんな結末が予想できるでしょうか。ボブの西部での成功にふれられていますが、ジミーの正体は明らかにされていません。

 作者のトリックに騙されながら、余韻を楽しむのが短編の楽しみです。


運命の衝撃

2020年06月17日 | オー・ヘンリー

      魔女のパン/オー・ヘンリー ショトストーリーセレクション 千葉茂樹・訳/理論社/2008年

 

 伯父の命令にさからって、ある女性とつきあったことから、あととりにすることを取り消され月々の背活費もすっぱり切り上げられ、にっちもさっちもいかなくなったバランス。

 ポケットにはペニー硬貨のひとつもなく、アパートも引き払る羽目になったバランスがむかったのはマジソン・スクウエアの公園。

 この公園であったのが、若いようにも、老けているようにもみえ、かび臭いにおいを身にまとい、ひげも髪も伸び放題の男。

 あいさつがわりに、マッチを借りたいといってきた男が誰かと話さずにはいられないと調子で話し出します。

 明日の十時にダウンタウンのどでかい弁護士事務所にいくという。そこで伯父貴のあとがまにすわって、三百万ドルを引き継ぎ、その上毎年一万ドルもらえることになって、おそろしくておそろしくてたまらないという。朝までに、木が倒れてきたり、馬車にはねられるかもしれない、屋根から石が落ちてきて頭にあたるかもしれない。

 金とは縁がないってわかっているときは、噴水の水がはねる音を聞いたり、馬車がいったりきたりしているのをみているだけで幸せだった。もうちょっとで金に手がかかると考えただけで、十二時間も待つなんてとてもじゃないけど耐えられない。

 目が見えなくなってしまうんじゃないか、心臓発作をおこすんじゃないか、金を手にするまえに、この世界がおわってしまうかも・・。

 ベンチで一晩過ごした男が弁護士事務所にむかうと・・・。

 オー・ヘンリーの結末がハッピーエンドでおわるはずがないと考えているとまさしく、そのとおりになります。

 この浮浪者はアイドといいましたが、伯父のボールディングが今回の件を考え直し、相続権を移すという話はなかったことにしてほしいといわれるはめに。でもバランス氏は、伯父さんからすぐもどってきてほしい、例の娘さんの件も考え直すといわれ、気を失ったようですよ。

 一万ドルは少なそうにもみえますが、20世紀初頭のストーリーというのを考慮すると大金になりそうです。ただバランスもアイドも相続財産で楽しようとはいただけません。

 お金がない生活の方が幸せといえる心境になりたいものです。


アイキーのほれ薬

2020年06月13日 | オー・ヘンリー

     魔女のパン/オー・ヘンリー ショトストーリーセレクション 千葉茂樹・訳/理論社/2008年

 

 リドル家の下宿人マゴーワンと薬剤師のアイキーは、ロージーという娘にぞっこん。

 アイキーは内気な性格で引っ込み思案とおそれから彼女への思いをとじこめ、打ち明けることはできませんでした。

 ある日、マゴーワンは、ためしてみたい薬があると相談をもちかけます。今夜ロージーと駆け落ちして結婚することになったが、彼女の気が変わらないか心配していたのです。そしてもう一つ、親父さんが、一緒に外にでるのを許してくれないというのです。

 アイキーは特に危険なしに二、三時間ぐっすり眠りこける薬を処方し、液体に溶かして飲ませるよう注意を与えて、マゴーワンにわたしました。その一方下宿屋の主人リドルをよびだし、マゴーワンとロージーの駆け落ちの計画を明かしてしまいます。

 マゴーワンはアイキからみれば恋の略奪者。

 ロージーがほれ薬ならぬねむり薬で眠り、父親のリドルがあらかじめ知らされてショットガンをかまえて待っているとなれば、アイキーのライバルは、もう袋のネズミ、失敗はまちがいありません。

 ところが次の日、アイキーがマゴーワンにあうと、彼は勝利の笑みを浮かべ、喜びに顔をてらせながらアイキーの手をにぎります。

 マゴーマンは、彼女を目の前にし、「あの娘を本気で自分のものにしたいんなら、彼女のような育ちのいい娘に、いかがわしい薬なんかつかっちゃだめだ」、そして義理の息子として父親に愛されたいと思って、すきを見て、ほれ薬を親父さんのコーヒーに入れていたのです。


魔女のパン

2020年06月05日 | オー・ヘンリー

      魔女のパン/オー・ヘンリー ショトストーリーセレクション 千葉茂樹・訳/理論社/2008年

 

 ミス・マーサーの小さなパン屋さんに、ちょっと気になりはじめたお客がいました。

 週に二、三度やってくる彼が買っていくのはいつも売れ残りのパン。焼きたてはひとつ五セントで、古パンはふたつで五セント。

 着ている服はどれもくたびれていているか、しわだらけだが、それでも、こざっぱりしていて礼儀正しい中年のお客だった。

 あるときミス・パーサーは彼の指が赤や茶色に汚れているのに気がつき、この人はきっと貧しい絵描きだと思いました。小さな屋根裏部屋で古パンをかじりながら絵をかいて、パン屋にならぶ上等なパンのことを思い浮かべているにちがいなかった。

 絵描きかどうかたしかめようと、昔、特売で買った一枚の絵をカウンターの奥の棚に飾り、客の反応を見ると「立派な絵をもっています。ただバランスはいまひとつ、遠近法もただしくはないですけれど。」という。

 眼鏡の奥で輝く瞳のなんとやさしそうなこと!天才というものは認められるまで苦労はつきものなんだと思い込んだミス・マーサー。

 マーサーは四十歳。銀行口座には二千ドルの預金があり思いやりのある心をもっていました。

 彼は古パンを買いつづけました。ところが、最近彼がやつれ、気落ちはじめたように感じ、ミス・パーサーはなにか栄養のあるおまけをつけてあげたいと気をもみながらも、実際に行動に起こす勇気はでませんでした。

 いつものように店にやってきた彼に古パンをわたそうとしたときに、消防自動車の警笛と鐘がなり、彼がドアに駆け寄った瞬間、マーサーは古パンに深い切れ目を入れ、そこに気前よくたっぷりのバターをおしこみ、ぎっと上からおしつけて元通りに見えるようにしました。

 ひからびたパンと水だけの食事を用意し、パンを薄く切るとそこには!ささやかないたずらに気がついた瞬間の彼を想像していたマーサーの前にふたりの男が。

 じつは、彼は建築家で、賞金つきの市庁舎の設計図に必死でとりくんできて、ようやく最後のペン入れをおえ、鉛筆の下書きを古パンで消そうとしたのでした。バターのおかげで折角の設計図が何の価値もなくなっていたのです。

 

 マーサーの一方的な思い込みが、彼の賞金の夢を奪ったのかも。


警官と讃美歌

2019年05月14日 | オー・ヘンリー

     赤い酋長の身代金/オー・ヘンリー ショトストーリーセレクション 千葉茂樹・訳/理論社/2008年


 公園のベンチで、新聞を利用して一夜を過ごそうとしているソーピーにとっては、冬将軍の挨拶状は至極迷惑。
 今年もその時期がやってくると、ブラックウエル島刑務所が、彼の別荘地。

 慈善団体や自治体の施設もあるが、慈善でほどこされる寝床には、いつも入浴の義務がついてまわり、パンをひとつもらうたびに、根掘り葉掘り質問されるのは、ソーピーの誇り高い魂にとって耐えがたい苦痛。

 法律のお世話になって刑務所にはいるほうがまし。

 まずは高級レストランで、散々おいしいものを食べて、金がないと宣言すること。上着は見苦しいものではなく、うまくいくと目論見どおりいくかも。ところがすり切れたズボンとぼろぼろの靴のせいで、入店お断り。

 それではと、きらびやかに陳列されたショーウインドウに敷石を投げつけるが、駆けつけた警官は、窓ガラスをこなごなにした人間が、いつまでも現場にいるはずがないと、路面電車に乗ろうと走っている男をおいかけはじめます。

 気取りのないレストランで、ステーキ、パンケーキ、ドーナツとパイを食べて、無銭飲食を告げると、ふたりのウエイターから店から放り出されてしまいます。

 ショーウインドウの前に立つ、品のいい服を着たおしとやかな若い女性を「女たらし」をよそおって、遊びに誘うと、「ええ、いいわよ」と彼女は楽しげ。「ビールをたっぷりおごってちょうだい、わたしも 声をかけようとおもっていたんだけど、おまわりがみているんだもの」

 女をふりはらってにげだし、やってきたのは讃美歌がながれてくる教会。

 そこでソーピーに不思議な変化が。退廃的な日々、恥ずべき欲望や枯れてしまった希望、破綻した才能や生きる原動力になっているあさましい動機などをふり返って、恐怖を感じたのです。

 なんとしても泥沼からはいあがり、なんとしても自分をしっかりとりもどそうというというソーピー。

 明日は仕事をさがそうとすると、だれかがソーピーの腕をつかみます。ごつい顔の警官でした。

 何もしないソーピーに治安判事は、三か月の禁固刑を命じます。


 わざと捕まろうとしても捕まらず、人生をやり直そうと決意したとたんに刑務所おくりになるのは、人生そのものかも。


一枚うわて

2019年05月07日 | オー・ヘンリー

       人生は回転木馬/オー・ヘンリー ショトストーリーセレクション 千葉茂樹・訳/理論社/2007年


 オ・ヘンリー(1862~1910)の時代も今も、強盗、詐欺師の類はなくなることもない。

 ハナミズキの苗を、スモモ、サクランボ、桃といつわって一仕事した詐欺師のジェフが、うっかりその町に着いて、住民におわれて逃げた先でであったのが、強盗のビル。

 ビルも、目をつけた家の娘となかよくなり、家にいれてくれたらこんどは合鍵を作って強盗に入ろうとしたが、ほかの女の子と路面電車にのっているところを見られて、鍵をあけてくれるはずだったのに、へそを曲げた娘に大声をあげられ、散々苦労してにげかえっていました。

 このふたりがあったのが、リックス。シカゴにある豪壮な家具つき事務所を舞台に、フロリダ州の湖の底の土地を住宅地といつわって、資本家から散々ぼったくった男。この詐欺がばれて、くつ下とイギリス製のマリファナタバコ一ダースだけをもって、西部へ逃げざるをえなかった男でした。

 ある日、銀行から五千ドルをいただいてきたビルは、リックスには百ドルを気前よく、分け与えます。 そして詐欺をするにも元手が必要だろうとジェフにも分け与えようとします。しかしジェフは、汗水たらしてかせいだ金をまきあげるようなことはしない、有りあまった金をつかいたがってるまぬけどもからしかかせがない、強盗を尊敬できないと、ことわります。

 ビルは銀行強盗でえた金で、とばく場をひらくことに。ジェフは師匠のモンタギューから、金を借りて、町でたった一軒のトランプを売っている店に行って、全部買い占めます。そしてとばく場が開くのを待って、トランプを全部、その店に返します。ジェフはすべてのカードに印をつけておきました。

 ビルがトランプを買った店は、ジェフが印をつけてかえしたカード。勝負の結果はあきらかで、とばく場は閉店になります。

 ジェフは、とばく場で得た五千ドルを、年内にはまちがいなく五倍にあがると見込まれる金鉱山の株券に投資します。ところが、その株券はリックの会社のものでした。

 いずれもひとくせのありそうな面々。詐欺師のジェフのやり口も、インチキな薬を売りこんだりといろいろでてきます。

 今も高利がうたい文句の詐欺商法がはびこっています。儲け話にのりたくなりますが、考えるとそんなにうまい話があるはずがありません。しかし、儲けたいという心理がある間は、詐欺は、なくなることはなさそうです。


人生は回転木馬

2019年05月01日 | オー・ヘンリー

     人生は回転木馬/オー・ヘンリー ショトストーリーセレクション 千葉茂樹・訳/理論社/2007年


 離婚したいと治安判事のところにやってきた山男のランシーと女房のアリエラ。

 治安判事ウイダップの前で、お互いの悪口をいいあう二人。

 治安判事は離婚証明を発行すると裁定します。ランシーは、熊の毛皮一頭分とキツネの毛皮二頭分売ってこしらえた五ドル紙幣がありがねのすべてといいます。

 治安判事は手続手数料は五ドルと言いながら、何食わぬ顔で紙幣をポケットにねじこみます。

 判事が離婚書類をわたそうとすると、アリエラが声をあげて判事の手をとめ、慰謝料がほしいといいだします。何しろ女ははだしで、ホグバック山の弟のところにいくにもいけない状況です。

 判事は、離婚証明には、五ドルの慰謝料が必要と裁定します。

 金がないため、翌日まで時間がほしいとランシー。

 判事が夕食の待つ家に向かう途中、強盗にあい五ドルを、強盗のいうように銃の先に突っ込みます。

 翌日、ランシーは五ドルを慰謝料として妻に手渡します。その紙幣は、まるで銃口につっこまれていたかのように巻き癖がついていました。

 目的は達成されたはずですが、ここで終わってはあまりにも平凡。

 ここからがオー・ヘンリーの世界で、売り言葉に買い言葉ではじまった離婚劇も、いったん成立して、別れ際にいろいろ話し合っているうち、互いに相手のことが心配になり、よりをもどします。
 長い人生には山あり谷あり。

 離婚が成立している以上、夫婦のようにふるまうことは許されないという判事に、もういちど結婚式をあげる手数料として五ドルを判事にだして、ふたりはかたく手を握り合い、牛車にのりこみ、山に向かって出発します。

 じつはこの判事、離婚手続料も慰謝料もランシーに決めさせて、自分では金額をいいだしません。「何食わぬ顔で紙幣をポケットにねじこみ」とあるので、自分のポケットに入れつもりだったのかも?

 二人が、よりをもどす心理描写が巧みです。

 この本は、図書館の児童書コーナーにありましたが、夫婦間の微妙な関係は、大人でないとわかりにくいストーリーでしょう。

 おたがいの欠点を口にしてしまえば、夫婦関係はうまくいきません。けれどもさんざん悪口をいっていまえばすっきりして、良い点もみえてくるのかも。


最後の一葉

2018年03月23日 | オー・ヘンリー

 「最後の一葉」は、オー・ヘンリーの短編のなかでも、知らない人がいないほど有名というのですが、はじめて読みました。

 以前、おはなし会で「心と手」を語られた方がいて、オチの巧みさに、ずっと心に残っていました。

 途中、保安官と護送される若者が手錠をかけられている手のところで、結末は予想できるのですが、そこにいたるまではどんな展開になるのか予想できませんでした。

 「最後の一葉」も余韻がのこる短編です。

 登場人物は、若い画家志望の二人、スーとジョンシー。落ちこぼれの老画家ベアマン。医者。

 スーとジョンシーはワシントン・スクエアの西側にある、芸術家が集まる古びたアパートの三階に住むルームメイト。

 11月、芸術家村には冷たい訪問者が忍び込み、ジョンシーは肺炎でベッドに横たわります。窓から見えるのは冬枯れのさびしい裏庭と5,6メートルはなれたとなりのレンガの壁。壁にはふるいツタのつるがのびています。

 スーは、医者から「このままでは彼女が助かる見込みは十分の一。それも本人に生きる意思があればの話だ」と告げられます。
 人生に半ば投げやりになっていたジョンジーは、窓の外に見えるレンガの壁を這う古いツタの葉を数え、「最後の一枚が落ちるとき、わたしは死ぬの」とスーに言い出します。

 彼女たちの階下に住む老画家のベアマンは、もうじき傑作を描くというのが口ぐせだが、実際に大作にいどんだことはありません。ジンを飲んで酔っ払うと、これから傑作を描くぞといきまき、他人のあまさをひどくばかにしています。
 一方では三階に住む、二人の若い画家をまもるたのもしい番犬だともいいはっていました。

 ジョンジーが「葉が落ちたら死ぬ」と思い込んでいることを伝え聞いたベアマンは「馬鹿げてる」とののしります。

 その夜、一晩中激しい風雨が吹き荒れ、朝にはツタの葉は最後の一枚になっていました。その次の夜にも激しい風雨が吹きつけますが、翌朝になっても最後の一枚となった葉が壁にとどまっているのを見たジョンジーは自分の思いを改め、生きる気力を取り戻します。

 元気になったジョンシーにスーはいいます。

「ベアマンさんが、今日病院で亡くなったの。肺炎にかかって、たった二日だったって。おとといの朝、管理人さんが一階の部屋で苦しんでいるベアマンさんをみつけたの。靴も服もびしょ濡れで、凍りそうになっていたらしいわ。あんな嵐の晩にどこにいってたのか、だれにもわからなかったんだけど、そのうち明かりがついたままのランプと、倉庫から引っぱり出したはしごがみつかったの。それに、ちらばった筆と、緑と黄色の絵の具をまぜたパレットも。ねえ、窓の外をみて、ジョンシー。あの壁の、最後のツタの葉を。いくら風が吹いてもとっともゆれないでしょ。不思議に思わなかった?ああ、あれがベアマンさんの傑作なのよ。最後の一葉が落ちた晩、ベアマンさんがあそこを描いたのよ」


 ベアマンが二人をまもる番犬だというあたりに、若い画家によせる思いがあふれているようです。傑作を描く描くといいながら、画家としての将来を見切っていたベアマンが自分の命とひきかえに、生きる希望を残したといえば格好がいいのですが、あくまでもスーが間接的につたえるだけで、本人がどう思っていたのかがわからないのが、この小説のたくみさでしょうか。

 老画家と未来のある若い画家の対比。ツタの一枚の葉が老画家にとっての最高傑作だったのにちがいありません。

 「馬鹿げている」といいながら、若い画家の父親のようなベアマンは、口下手な昔気質の老人のようでした。


賢者の贈り物

2016年07月03日 | オー・ヘンリー

    オー・ヘンリーショートストリーセレクション マディソン街の千一夜/千葉茂樹・訳 和田誠・絵/理論社/2007年


 オー・ヘンリーの作品の中では、一番知られているようですが、クリスマスプレゼントが底流にあるので、時期的には12月に聞けたらぴったりのようです。

 しかしやや長いでしょうか。

 絵本もあり、英語の授業で取り上げられていたようで、大人の方に受け入れられていました。

 クリスマスプレゼントのため、二人にとってかけがえのないものをお金に変えて、それぞれがプレゼントを用意するのですが・・・。

 貧しい若い夫婦のピュアな思いやりがすれ違うことになるのですが、いつまでも残る読後感です。

 オー・ヘンリー(1862~1910)は、いくつかの職業を転々とし、銀行で働いているとき、横領の罪で起訴され、いったんは逃亡しながら懲役8年の有罪判決で服役したという経歴の持ち主。
 (もっとも彼自身は何も語っていないため真相はよくわかっていないようだ。)

賢者のおくりもの  

都会の敗北

2016年06月19日 | オー・ヘンリー

       オー・ヘンリーショートストリーセレクション マディソン街の千一夜/千葉茂樹・訳 和田誠・絵/理論社/2007年

 ロバート・ウオームズリーが結婚したのは、アリシアという由緒正しい家柄の娘で、高潔にして、冷涼、純白で近寄りがたい女性。
 ロバートはニューヨークで大成功し、すっかり上流階級の一員として都会に暮らしていましたが、ニューヨーク州北部の田舎町の出身。

 ある日、アリシアはロバートの母からの手紙をみて、ぜひ一度農場にいってみたいといいだします。

 ロバートは乗り気ではありませんでしたが、田舎にいったとたん、彼の血の中に眠るむかしの生活がよみがえります。
 弟と取っ組み合いをしたり、妹をキリギリスでおどろかせたり、草の上でとんぼ返りをうってみせたり。

 ロバートは自分の本当の姿をアリシアにみせてしまったことから、非難を浴びせられるのを待ちますが・・・。

 オー・ヘンリーのアリシアのえがきかたがなんともいえません。

 夏の熱波の中でも北極の幽霊のごとく涼しげで、ノルウエーの雪女のように白く、うすいモスリンの服を身にまとっています。
 田舎にいっても、うすいグレーの極上の夜会服姿。
 ロバートが信じがたい荒々しいさわぎをしているときも、彼女は身じろぎもせずにいます。その姿はだれにも心の内をさとられることなどない、黄昏の細身の白い妖精のよう。

 彼女が貴婦人のように描かれれば描かれるほど、最後のセリフがいきています。


それぞれの流儀

2016年06月10日 | オー・ヘンリー

     オー・ヘンリーショートストリーセエレクション マディソン街の千一夜/千葉茂樹・訳 和田誠・絵/理論社/2007年


 おはなし会で、オー・ヘンリーの短編が話されていたのに刺激されて、さっそく読んでみました。
 ショートといっても大分長いのですが・・・。

 「それぞれの流儀」も楽しい。

 ホームレス同然の暮らしをしている元警部と伯父から家を追い出された大富豪の息子。
 その日に食べるものにも事欠く生活。

 元警部「一皿のビーフィシチューのために人殺しだってやるし、浮浪者からウエハースだって盗む。一杯のチャウダーのために宗教を変えたっていい」

 若い男「ぼくだってウイスキー一杯のためにユダ役を演じてもいい」


 この元警部のところに耳よりの話をもってきた同僚。警察内部の権力争いに偽証してくれたら金をくれるという。食べるものにも事欠いている元警部だが、友だちを裏切ることはできないと、きっぱり断ります。

 大富豪の息子にも耳寄りの話がもちこまれます。しかしこの男も伯父からすすめられている婚約話が継続しているときくと、大邸宅に帰ることを断ります。よほど嫌な相手だったようです。

 そして二人ともパンの無料配布の長い列に並びます。

 どん底の生活のなかで、どんなことでもやるというほど追い詰められていたのですが、人としての矜持を失わない二人の男に、おもわず拍手です。