おおぐいのダチョウ/脚本・絵 降矢 洋子/童心社/2006年(12画面)
ナイジェリアの昔話です。
毎日、一わのダチョウがあらわれて、みんなのヤムイモ(主食)をぱくぱく食べて大きくなっていきます。
おかげで、広い畑で働くこどもたちは、腹ペコ。
親方にうったえても、むかしからあったことだと とりあってくれません。しかし「おなかがすいて 畑なんか耕せないよ」という子どもたちの言葉に、親方が畑に行ってみると、ダチョウは親方をギロリとにらみ、ヤムイモを とってしまいます。
相談をうけた村長は、村の男たち全員で、どろぼうダチョウを退治することにしました。
ところが、ダチョウは
♭ヤムの かわ むいて
ヤムの かわ むいて
♭それ それ いそいで
おいらの くちに・・
と歌いながら、猛スピードでやってきて 男たちを 蹴散らし あっという間に ヤムイモを たいらげてしまいます。
村長は、あれを退治できるのは、むかしいた神業の腕を持つ猟師だけだろうと 嘆きます。
さて、神業の腕を持つ猟師の息子アデバーヨが、苦しんでいる村人を助けたいと、父の墓で祈り、目を開けると一本の弓と三本の矢が墓の上にありました。
弓と矢でダチョウをたおせという父の意志をさずかったアデバーヨは、ダチョウのところへむかいます。
一本目の矢を射ると、ダチョウは
♭ヤムの かわ むいて
ヤムの かわ むいて
♭さあ さあ いれましょ
おいらの くちに・・
と歌いながら、ヒョイと かわします。
二本目が おばけダチョウの しっぽを かすめると アデバーヨの正面から襲ってきました。
けれども三本目の矢は、みごとに ダチョウのしんぞうを つらぬきました。
村人は、小山のように 大きな ダチョウを やきとりにして みんなでたらふく 食べてしまいます。
ダチョウのかなりこわい絵と、歌のコミカルな感じにギャップがあって、しっくりきません。昔話の内容がやや物足りないのは、枚数に制約があって、省略された部分があるからでしょうか。
子どもたちが畑仕事の主力であったのが垣間見られます。
丘の上の《人殺しの家》には《人殺し3人兄弟》が住んでいました。彼らは12通りの「殺しのメニュー」を用意していましたが、12年前にセールスマンがやってきたのが、唯一のお客でした。そのセールスマンも、しばらくメニューを眺めた後、ゆっくりとそれをテーブルの上において、さようならも言わず、出て行ってしまったのです。
兄弟は、メニューが少ないのではと、もっとすごい殺し方を9通りもの新しい殺し方を考案します。
巡回にやってきた巡査が兄弟に同情し、《人殺しの家》はアチラという看板をつくってあげますが、お客さんが来ませんでした。
看板に「あなたを、もの凄いやり方で殺す《人殺しの家》はアチラ」という説明をつけますが、やっぱりお客さんはやってきません。
次に戸別訪問することにしましたが、一人は夫婦喧嘩にでくわし、「人殺しーっ」「人殺しーっ」の叫び声に、誤解されてはたまらんと逃げ出してしまい、もうひとりは、お嬢さんがスリッパで走ってきた油虫を目の前でバシッと叩き殺すと、ドキリとする間もなく気絶してしまいます。
「寂しいなあ」「つらいなあ」「ふしあわせだなあ」と嘆いているところへやってきたのは、一人のお婆さん。
殺しのメニューをみることなく「ぜんぶやってみてもらいたいんだよ」と、にっこりわらったお婆さん。これがなかなかのお婆さん。
ワニのいる水槽に投げ込むと、お婆さんはワニの横腹にがっぷり食いつきます。
二本のダイナマイトを飲み込んでもらい、スイッチを押すと、ダイナマイトが耳から飛び出し、そのままぽトンと地面に落ちます。
五寸釘をいっぱい植えこんだベッドの上に、お婆さんを寝かせて、その上に大きな石をドスンドシンと乗せていくと、お婆さんは石の下で、気持ちよさそうに眠ります。
ギロチンの刃は折れ、首吊りロープも切れ、毒薬は美味しそうに飲んでしまいます。
殺しのメニューを全部やり終え、「お婆さん、ごめんなさい」「私たちには、才能がなかったんです」と謝る兄弟に「一生懸命やってくれたんだから、文句をいわないよ」と、帰っていくお婆さんを、抱え込んで歩きだすと、村の教会の前で、お婆さんは立ち止まって、いちど大きく息をつくと、そのまま崩れるように倒れてしまいます。
牧師が「お婆さんは今、神様に天国へ召されたのだよ」というのを聞いた兄弟は「俺たちの殺し方がまるっきりだめだってわけじゃないけど、なんていったって神様にあっちゃ、かなわないさ」と納得します。
最近、別役さん(1937.4.6-2020.3.3)のことをお聞きすることがないと思っていたら、昨年の三月に亡くなられていたんですね。この時期、新型コロナの報道一色で知りませんでした。