銀のくじゃく/作・安房直子 絵・高橋和枝/偕成社文庫
春から夏への時期の、蝶の世界へ引き込まれそうになった”ぼく”の話。
風もなく鳥もなかかず、物音ひとつしない夕暮れ、いつも気になっていた緑の蝶を捕まえようと、そっと近寄って白い網が蝶の上にかぶさったとおもったとき、蝶はまいあがっていました。
木陰から木陰へ、植え込みからつぎの植え込みまで蝶の後をおいかけると、いつのまにか走れば走るほど庭はひろがり、見たこともないバラのアーチをくぐり、ひまわりの花畑をなんかかを走っていました。
波だつ緑のおくで、蝶はときどき、ほほっとわらいました。その声は一ぴきだけでなく二ひき三びきも。
とうとうつかまえたとおもったとき、手にはかしわの葉がいちまいだけ。
うす暗い森のなかで、たき火がパチパチ燃えていました。そのまわりには緑の服を着た女の人が五・六人。女の人の手のグラスには、あわだつ緑色の飲みものが、なみなみとつがれていました。
女の人がグラスを持った手を、ぼくのほうにのばして、飲む?と、目でききました。
ぼくは、きゅうに、のどがかわいてきて、おもわず手をのばしました。ぼくの手が、その人のすきとおった緑のそでにふれたとき、ぱらぱらと花粉のような粉が、こぼれおちました。
ぼくは「いらない!」とさけびました。この飲みもをのんだ者は、たぶん、もう帰れなくなるのです。そう、このふしぎな夏の森で、ちょうのおばさんのとりこになってしまうのです・・・。
女の人たちがわらいはじめると、いつまでもわらっているのでした。そしてたき火が大きくもえあがり、森全体をめらめらと燃やします。美しさにみとれて気がつくと、火は赤くしずかに燃えているようでした。が、あつく、あたたかくもありませんでした。それは花ざかり、つつじでしたから。
緑の蝶、花ざかりのつつじ、たき火の赤と、色彩と不思議な世界の物語です。そして夕暮れの静寂と夏の匂いも感じられます。
誰もいない部屋を次々にみていくと、ある部屋の円卓に立派な二房の黒葡萄をみつけます。
蜂蜜、そばの花の匂いをがする葡萄をたべはじめる赤狐。仔牛はコツコツと葡萄のたねをかみくだいていると、二三人がはしご段をのぼってくる音がしました。
赤狐は残りの葡萄の房をいっぺんにぺろりとなめて、いちはやく外にでてしまいます。
残された仔牛をみた伯爵の二番目の女の子が、仔牛が迷ってきたと思い黄色いリボンをむすんでくれました。
仔牛は、「こわいなあ」「僕は一向に家中へなんどはいりたくないんだが」「支那の地理のことを書いた本なら見たいなあ」「公爵の子どもがきていた赤い上着なら見たいな」などマイペース。
一方、赤狐はずる賢しそうにみえますが、自分一人だけでは行動できず、臆病なところもありそう。
あれ?という感じの結末ですが、もう一度赤狐と仔牛の再会はありそうですから、そのときどんな会話になるのやら。
版画で色のついているのは、表紙の淡い黄色いリボンだけです。