アラビアンナイトは、昔話の枠組みを超えたストーリーの展開があって面白いが、語るとなるとどれも長すぎて手がでないものばかり。絵本も工夫されて短くなっているが、それでもボリュームは多い。
それでも何とか話せるようになれないかと、「漁師と魔物」を、岩波少年文庫「アラビアンナイト 下 中野好夫訳」と「子どもに語るアラビアンナイト こぐま社」版を参考に個人用に編集してみました。15分ほどです。
むかし、あるたいそう年をとった漁師がいました。とても貧乏でいくら働いても、妻と三人の子どもをかかえて、満足に食べていかれませんでした。
毎朝早く漁に出ましたが、日に四回以上は網を打たないことにしていました。
ある朝、いつものよう浜にやってくると、網を打ちました。そして網が水の中にしずんで落ち着くのを待ってから、たぐりよせました。けれども網の中には何もはいっていませんでした。
漁師は二回目の網をなげました。今度はなにやら手ごたえがありました。いそいでたぐりよせてみると、中にあったのはロバの死骸でした。
三度目の網を投げました。が引き上げてみますと、石ころと貝殻と泥のほかは、何一つはいっていません。がっかりしたことといったら、ちょと口ではいいあらわせないくらいでした。漁師は浜にへたりこんで神さまにおいのりしました。「神さま、あなたさまは、私が、日に四回しか網を打たないのをご存じです。今度が最後の四回目です。どうか幸運をお授けください」
お祈りが終わると、いよいよ四回目の網を打ちました。すると、今までとは違った手ごたえがありました。魚は一匹もかかっていませんでしたが、かわりに首の長い真鍮の壺がひとつはいっていました。手に取ってじっくりながめてみると、壺の口にはしっかりと鉛の蓋がしてあって、まわりに神さまのみ名をきざんだ封印がしてあります。漁師の顔はほころびました。「いもの屋へ行って、売り飛ばし、その金で麦を一袋買うことにしよう」。
壺の外側を残らず調べたり、なにか中で音が出ないか、ふってみましたが、なにもきこえません。これは一つどうしても中身を調べてみなければと、ナイフを取り出し蓋を開け、口を下へむけてみましたが、いっこうになにもでてきません。いよいよもって、不思議です。漁師が壺を地面において、しげしげと眺めていますと、やがてひとすじの煙が、もくもくとでてきました。漁師は思わず二、三歩うしろへとすさりました。煙は雲にとどくまで立ち上り、それがひとつに集まり、かたまりになると、大きな魔物の姿になりました。
なにしろ、こんなものすごい図体の怪物が現れたので、猟師はすぐにも逃げ出したかったのですが、あまりおどろいたせいでしょうか、じつはひと足も動けなかったのです。
すると魔物は大声でわめきはじめました。「ソロモン大王様、どうかお許しください。二度と悪さはしません。ご命令には、どんなことでも、従います」。
漁師は、またまたびっくりしてしまいました。なぜなら偉大なソロモン大王は,千八百年以上も昔に亡くなっているのです。
「なにをいっているのだね?ソロモン大王が亡くなったのは、1800年以上もむかしの話だよ」
すると魔物は、おそろしい顔をむけていいました。「もっとていねいな口をきけ!」
漁師は答えました。「なるほど、もっとていねいにだね?じゃ、なにかい おまえさんは、幸運のお使いだとでもいうのかい」
「もっとていねいな口をきけというのに、わからないのか」と魔物はいました。「いずれ、そのうち、命はもらうつもりだが」
「なんだって!」と漁師はさけびました。「そりゃ、またどうしてだ?たった今、お前を自由の身にしてやったわしじゃないか。まさか、わすれたわけでもあるまいに」
「いや、覚えているさ」と魔物はいいました。「が、だからといって、お前を殺すのに、なんの遠慮がいるものか。ま、頼みとあらば、きいてやれることが、ひとつだけはある」
「なんだね、それは?」と漁師は申しました。
魔物はこたえていいました。「お前にきめさせてやるのさ、どんな方法で殺してもらいたいかをね」
漁師はいいました。「だけど、なにがそんなに気に障ったのかね?あんなに親切にしてやったのに、そんなおかえしなんてあるもんかい」
魔物は答えました。「それがどうにも仕方がないのさ。納得いかないとあらば、おれの話を聞くがいい」。
「おれはソロモン大王に逆らかったことがあった。忠誠を誓ったり、いいなり放題になったりするのは。ごめんだからだ。だがしょせん、ソロモン大王には勝てなかった。大王は、こらしめのために、おれをこの壺に閉じ込めた。そのうえ、逃げ出せないように鉛の蓋の上に神さまのみ名を彫ってある判まで押した。それから手下につぼをわたし、海に放り込めと、いいつけたもんだ。」
封印されている限り、おれは壺からでられない。
壺の中で、はじめの百年をすごすうち、おれは誓いを立てた。つまり百年たたないうちに、だれか、壺から出してくれるものがあれば、だれでもかまわない。きっと金持ちにしてやろう、とな。そいつが死んだのちまでも、金持ちにしてやろう、とな。ところが百年過ぎても、だれも助けてくれなかった。
つぎの百年には、また別の誓いを立てた。自由の身にしてくれるものには、この地下のあらゆる宝をとりだして、くれてやろう、というわけだ。が、こんども、やはりだめだった。
三百年目には、三度目の誓いを立てた。たすけてくれたものを、ひとつ権勢ならびない王さまにしてやろう。そして毎日三つまでは願いをかなえてやろう。よしそれが、どんな願いであろうともな。だがその百年も、前の二百年同様、無駄にすぎてしまった。おれはあいかわらず壺の中だ。長い間閉じ込められていたものだから、しまいにはむしょうに腹がたった。いや気が狂ったといったほうが、いいかもしれん。で、また四度目の誓いを立てた。今後、もしたすけてくれるものがあれば、これはもう情け容赦なく殺してやろう。そして、ただ、どんな死に方がしたいか、それだけはえらばせてやろう、とな。まあ、そんなところで、今日、じつはおまえがたすけてくれたのだ。だから、死に方だけはえらばせてやろう、と、そういうわけなのだ」
聞くと、かわいそうに、猟師は、すっかりおろおろしてしまいました。
「何と、まあ、運が悪いんだろう。せっかく親切にしてやったのに、相手が、こんな恩知らずだとはな。お願いだ、考えてもみてくれ。だいたいむちゃくちゃだぞ。そんな理屈にあわない誓いは、どうか取り消しにしてくれ。わしを許してくれれば、きっと神さまも、あんたを許すにきまっている。わしの命さえ助けてくれれば、あんただって命の危ない場合、きっと神さまが守って下さるにちがいないからな」」
「だめだ、お前は死ぬことになっているのだ。死に方さえ、えらべばいいのだ」と魔物はいいました。
魔物はがんとして、聞かない様子なので、漁師はすっかり悲しくなりました。自分自身はともかくとして、三人の子どもたちは、自分が死んだら、どんなにみじめなことになるだろう。それでもまだ、魔物の機嫌をとってみようと、懸命になっていいました。「さっきのわしの親切に免じて、どうかか哀れだと思ってくれ」
魔物は答えました。「くどい、殺さなければならんのは、今いったようなわけがあるからなのだ」
「それは、またわけのわからない話だよ」と漁師はいいました。「善に報いるのに、あんたは悪をもってするつもりなのか?恩を仇で返すと人はよくいうけれど、まさか、そんなことをするものがいるとは、おもわなかった。だって、そうじゃないか、これほど筋の通らない、世間のならわしからはずれた話は、まったくないからね。だが、いま、こんなむごい仕打ちを受けてみて、わしは残念ながら、はじめて、よくわかったよ。やはり、この諺が、ほんとうのことだってことがね」
「ぐずぐずするな」と魔物はいいました。
「いくら、つべこべいったところで、おれの心は変わらないぞ。どういう死に方をしたいか、さっさといってみろ」
窮すれば通ず、とでもいうのでしょうか、漁師はうまい計略を思いつきました。「どうしても死ななければならないというならね」と口をきりました。「よろしい、それもあきらめよう。が死に方を決める前に、ひとつだけ、たのみがある。神のみ名に誓ってだよ、ひとつ、これから聞くことに、正直のこたえてもらいたのだ」
こうまでいわれては、まさかことわるわけにもいきません。何を聞かれるのだろうかと、心配しながら、魔物は答えました。「なんでも聞け。だがぐずぐずするな」
「おまえは、ほんとうに、この壺には入っていたのかね?わしは、それが知りたいのだ。神さまの名にかけても、誓えるかい?」
魔物は答えました。「ああ、神さまの名にかけて、誓うとも。たしかに、その壺の中にはいっていたさ。正真正銘まちがいなしだ」
「ところが、それが信じられんのだだよ。まったくのところね」と漁師は答えました。「こんなちっぽけな壺の中に、おまえみたいな大男が、足一本入れるわけがないじゃないか。どうしたって、そんなからだを、すっぽりおさめることなんて、できっこないよ」
「なにをいうか、だれがなんといったって、たしかに、おれは、その壺の中にはいっていたのだ。これほどの誓いをたてているのに、それでもなお、おれのいうことが信じられないとは、いったいどういうわけなのだ?」
「いや、どうしたって、信じられっこないさ」と漁師はいいました。「もっとも入って見せてくれるのなら、話は別だがね」
と、たちまち、魔物の姿はみるみる白い煙になり、大きな煙のかたまりは、壺の口にすいこまれていきました。
「どうだ、疑い深いやつめ。さあ、これで、すっぽり入ったぞ。まだ、信じないかな?」と、壺の中から魔物の声が聞こえました。
漁師は、魔物の声などには、耳をかしませんでした。さっそく、鉛のふたを手に取ると、大急ぎで、ふたを閉めてしまいました。それから「やい、魔物!」とどなりました。「さあ、こんどは、おまえが命乞いをする番だぞ。どういう殺され方がいいか、早く決めるのだ。いや、それよりも、海の底に投げ込んでやるほうが、いいかもしれぬて。」
魔物はカンカンに怒りました。なんとかして、壺から出ようとするのですが、封印があるので、そればかりは、いかに魔物でも、できない相談でした。魔物はいっぱいくわされたことに、やっと気がつました。そこで、これはひとつ、怒っていないようなふりをするにかぎる、そう思って、ネコなで声で申しました。
「おじさん、おじさん、いくらなんだってそんないっちゃとおり、やられちゃ困るな。さっきのことだって、ほんの冗談だったんですからね。なにも、本気になって、怒ることはないじゃありませんか」
「なんだと!この魔物め」と漁師はいいました。「たったついさっきまでは、お前は世にも恐ろしい魔物だったがな、もうこうなれば、なにひとつできまい?いまになって、そんなうまいことをいたって、その手はくわんぞ。さあ、海の底へ逆戻りだ。いままで、ずいぶん長いこと、海の底に沈んでいたという話じゃないか。そんなら、この世のおわりまでいたって、おなじことだ。わしは神さまのみ名にかけて、おまえに命乞いをした。だのに、おまえは、聞き入れてくれなかった。だから、おまえも、おなじ目にあわせてやるのさ」
これは一大事とばかり、魔物はききめのありそうな言葉は、のこらずならべたてました。
「ふたを開けてくれ。だしてくれ、たのむ!なんでも好きなように聞いてあげるからさ」
「なにをいうか、この裏切り者めが!」と漁師は答えました。「おまえみたいな奴のいうことを、真に受けて日には、わしの命のほうが危ないからな。わしは、おまえを助けてやった大恩人だぞ。それだのに、その大恩人をつかまえて、どうしても殺すといって、聞かなかった。今度は、わしの方で、血も涙もない仕打ちをしたからって、因果応報というもんだ」
「そんなことをいわないでさ、おじさん」と魔物はこたえました。「もう一度たのむよ。後生だから。そんなむごいことは、しないでくれ。あのイマムとアテカの話、あれの二の舞だけはかんべんしてくださいよ」
「ええ?そのイマムがアテカにどうしたというんだ?」漁師は聞き返しました。
「その話が聞きたけりゃ、まず、ふたを開けておくれよ。こんなせまっくるしい中じゃ、話をする気分なんかに、なれやあしないよ。だしてさえくれりゃ、いくらでも話はしてあげるよ」
「だめ、だめ」漁師はいいました。「出してなどやるもんか。いくらいったって、むだだよ。さあ、海の底へ投げ込んでやるからな」
「ちょっと待った!もう一言だけ、聞いてくれ」と魔物は叫びました。「約束するよ。けっしてひどいことはしやしない。いやそれどころか、どうすれば、大金持ちになれるか、それも教えてあげる」
ひょっとすると、これは、みじめな暮らしともお別れすることができるかもしれないと、そう思うと、漁師も心が動きました。
「おまえの約束に、信用がおけるものなら、聞いてやらないでもないがね」と漁師はいいました。「ひとつ、神さまのみ名にかけて、誓うがいい。約束はかならず果たしますから、とな。そうすればあけてやろう。そこまでの誓いを、破ることはあるまいからな」
魔物は誓いをたてました。
そこで漁師は、さっそく、蓋をとってやりました。と、たちまち煙が立ちのぼって、前と同じように、魔物の姿があらわれました。
そして、まずいちばんに魔物のしたことは、壺を海の中へ蹴とばしてしまうことでした。
それを見て、漁師は、きもをつぶしました。
「これこれ」と漁師はいいました。「いったい、なんということだて?誓いを守らぬつもりか?たったいま、たてたばかりだというのに」
びくびくしている漁師を見ると、魔物はカラカラとわらって、答えました。
「いや、心配ご無用。ただちょっとやってみただけさ。それに、おじさんがおどろくかどうか、それが見たくてね。ま、それはともかく、さっきの約束は、でたらめではないよ。うそだと思えば、網をもって、ついておいで」いいながら、魔物は、先に立って歩きだしましたので、漁師も半信半疑ながら、網をもってついていきました。ふたりは、町を抜けて山の頂上へのぼり、それから広い平野におりていきました。すると、やがて、四つの丘にかこまれた、大きな湖のほとりにでました。湖のふちまできますと、魔物がいいました。
「さあ、この湖に網を投げてみろ」
漁師が網を手繰りよせせると、中には赤、青、黄、白の魚がそれぞれ一匹づつ、全部で四匹はいっていました。漁師は、すっかり、おどろいてしまいました。こんな魚にお目にかかるのははじめてでした。
魔物がいいました。
「この魚を王さまに献上するのだ。目もくらむほどの大金で、お買いあげくださるはずだ。毎日、この湖に漁にくるがよい。ただ、注意しておくが、日に一回以上、網を打ってはならないぞ。さもないと、とりかえしのつかないことになる。このことだけは、忘れないよう、用心するがよい。」と、これだけのことをいいおえると、トンと足で地面をけりました。すると地面がぽっかり口をあいて、みるみる魔物を呑んでしまいました。
漁師は、魔物にいわれたように、赤、青、黄、白の魚を王さまに献上しました。
王さまはたいそうよろこんで、たくさんの金貨をくださいました。
それからというもの、漁師は、この湖で一日に一度だけ網を打っては四色の魚を取り、妻や子どもたちと幸せに暮らしました。