どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

漁師と魔物・・アラビアンナイト

2019年08月02日 | 私家版

 アラビアンナイトは、昔話の枠組みを超えたストーリーの展開があって面白いが、語るとなるとどれも長すぎて手がでないものばかり。絵本も工夫されて短くなっているが、それでもボリュームは多い。

 それでも何とか話せるようになれないかと、「漁師と魔物」を、岩波少年文庫「アラビアンナイト 下 中野好夫訳」と「子どもに語るアラビアンナイト こぐま社」版を参考に個人用に編集してみました。15分ほどです。

 

 むかし、あるたいそう年をとった漁師がいました。とても貧乏でいくら働いても、妻と三人の子どもをかかえて、満足に食べていかれませんでした。

 毎朝早く漁に出ましたが、日に四回以上は網を打たないことにしていました。

 ある朝、いつものよう浜にやってくると、網を打ちました。そして網が水の中にしずんで落ち着くのを待ってから、たぐりよせました。けれども網の中には何もはいっていませんでした。

漁師は二回目の網をなげました。今度はなにやら手ごたえがありました。いそいでたぐりよせてみると、中にあったのはロバの死骸でした。

 三度目の網を投げました。が引き上げてみますと、石ころと貝殻と泥のほかは、何一つはいっていません。がっかりしたことといったら、ちょと口ではいいあらわせないくらいでした。漁師は浜にへたりこんで神さまにおいのりしました。「神さま、あなたさまは、私が、日に四回しか網を打たないのをご存じです。今度が最後の四回目です。どうか幸運をお授けください」

 お祈りが終わると、いよいよ四回目の網を打ちました。すると、今までとは違った手ごたえがありました。魚は一匹もかかっていませんでしたが、かわりに首の長い真鍮の壺がひとつはいっていました。手に取ってじっくりながめてみると、壺の口にはしっかりと鉛の蓋がしてあって、まわりに神さまのみ名をきざんだ封印がしてあります。漁師の顔はほころびました。「いもの屋へ行って、売り飛ばし、その金で麦を一袋買うことにしよう」。

 壺の外側を残らず調べたり、なにか中で音が出ないか、ふってみましたが、なにもきこえません。これは一つどうしても中身を調べてみなければと、ナイフを取り出し蓋を開け、口を下へむけてみましたが、いっこうになにもでてきません。いよいよもって、不思議です。漁師が壺を地面において、しげしげと眺めていますと、やがてひとすじの煙が、もくもくとでてきました。漁師は思わず二、三歩うしろへとすさりました。煙は雲にとどくまで立ち上り、それがひとつに集まり、かたまりになると、大きな魔物の姿になりました。

 なにしろ、こんなものすごい図体の怪物が現れたので、猟師はすぐにも逃げ出したかったのですが、あまりおどろいたせいでしょうか、じつはひと足も動けなかったのです。

 すると魔物は大声でわめきはじめました。「ソロモン大王様、どうかお許しください。二度と悪さはしません。ご命令には、どんなことでも、従います」。

 漁師は、またまたびっくりしてしまいました。なぜなら偉大なソロモン大王は,千八百年以上も昔に亡くなっているのです。

 「なにをいっているのだね?ソロモン大王が亡くなったのは、1800年以上もむかしの話だよ」

すると魔物は、おそろしい顔をむけていいました。「もっとていねいな口をきけ!」

 漁師は答えました。「なるほど、もっとていねいにだね?じゃ、なにかい おまえさんは、幸運のお使いだとでもいうのかい」

 「もっとていねいな口をきけというのに、わからないのか」と魔物はいました。「いずれ、そのうち、命はもらうつもりだが」

 「なんだって!」と漁師はさけびました。「そりゃ、またどうしてだ?たった今、お前を自由の身にしてやったわしじゃないか。まさか、わすれたわけでもあるまいに」

「いや、覚えているさ」と魔物はいいました。「が、だからといって、お前を殺すのに、なんの遠慮がいるものか。ま、頼みとあらば、きいてやれることが、ひとつだけはある」

「なんだね、それは?」と漁師は申しました。

魔物はこたえていいました。「お前にきめさせてやるのさ、どんな方法で殺してもらいたいかをね」

漁師はいいました。「だけど、なにがそんなに気に障ったのかね?あんなに親切にしてやったのに、そんなおかえしなんてあるもんかい」

魔物は答えました。「それがどうにも仕方がないのさ。納得いかないとあらば、おれの話を聞くがいい」。

 「おれはソロモン大王に逆らかったことがあった。忠誠を誓ったり、いいなり放題になったりするのは。ごめんだからだ。だがしょせん、ソロモン大王には勝てなかった。大王は、こらしめのために、おれをこの壺に閉じ込めた。そのうえ、逃げ出せないように鉛の蓋の上に神さまのみ名を彫ってある判まで押した。それから手下につぼをわたし、海に放り込めと、いいつけたもんだ。」

 封印されている限り、おれは壺からでられない。

 壺の中で、はじめの百年をすごすうち、おれは誓いを立てた。つまり百年たたないうちに、だれか、壺から出してくれるものがあれば、だれでもかまわない。きっと金持ちにしてやろう、とな。そいつが死んだのちまでも、金持ちにしてやろう、とな。ところが百年過ぎても、だれも助けてくれなかった。

 つぎの百年には、また別の誓いを立てた。自由の身にしてくれるものには、この地下のあらゆる宝をとりだして、くれてやろう、というわけだ。が、こんども、やはりだめだった。

 三百年目には、三度目の誓いを立てた。たすけてくれたものを、ひとつ権勢ならびない王さまにしてやろう。そして毎日三つまでは願いをかなえてやろう。よしそれが、どんな願いであろうともな。だがその百年も、前の二百年同様、無駄にすぎてしまった。おれはあいかわらず壺の中だ。長い間閉じ込められていたものだから、しまいにはむしょうに腹がたった。いや気が狂ったといったほうが、いいかもしれん。で、また四度目の誓いを立てた。今後、もしたすけてくれるものがあれば、これはもう情け容赦なく殺してやろう。そして、ただ、どんな死に方がしたいか、それだけはえらばせてやろう、とな。まあ、そんなところで、今日、じつはおまえがたすけてくれたのだ。だから、死に方だけはえらばせてやろう、と、そういうわけなのだ」

 聞くと、かわいそうに、猟師は、すっかりおろおろしてしまいました。

 「何と、まあ、運が悪いんだろう。せっかく親切にしてやったのに、相手が、こんな恩知らずだとはな。お願いだ、考えてもみてくれ。だいたいむちゃくちゃだぞ。そんな理屈にあわない誓いは、どうか取り消しにしてくれ。わしを許してくれれば、きっと神さまも、あんたを許すにきまっている。わしの命さえ助けてくれれば、あんただって命の危ない場合、きっと神さまが守って下さるにちがいないからな」」

 「だめだ、お前は死ぬことになっているのだ。死に方さえ、えらべばいいのだ」と魔物はいいました。

 魔物はがんとして、聞かない様子なので、漁師はすっかり悲しくなりました。自分自身はともかくとして、三人の子どもたちは、自分が死んだら、どんなにみじめなことになるだろう。それでもまだ、魔物の機嫌をとってみようと、懸命になっていいました。「さっきのわしの親切に免じて、どうかか哀れだと思ってくれ」

 魔物は答えました。「くどい、殺さなければならんのは、今いったようなわけがあるからなのだ」

 「それは、またわけのわからない話だよ」と漁師はいいました。「善に報いるのに、あんたは悪をもってするつもりなのか?恩を仇で返すと人はよくいうけれど、まさか、そんなことをするものがいるとは、おもわなかった。だって、そうじゃないか、これほど筋の通らない、世間のならわしからはずれた話は、まったくないからね。だが、いま、こんなむごい仕打ちを受けてみて、わしは残念ながら、はじめて、よくわかったよ。やはり、この諺が、ほんとうのことだってことがね」

 「ぐずぐずするな」と魔物はいいました。

 「いくら、つべこべいったところで、おれの心は変わらないぞ。どういう死に方をしたいか、さっさといってみろ」

 窮すれば通ず、とでもいうのでしょうか、漁師はうまい計略を思いつきました。「どうしても死ななければならないというならね」と口をきりました。「よろしい、それもあきらめよう。が死に方を決める前に、ひとつだけ、たのみがある。神のみ名に誓ってだよ、ひとつ、これから聞くことに、正直のこたえてもらいたのだ」

 こうまでいわれては、まさかことわるわけにもいきません。何を聞かれるのだろうかと、心配しながら、魔物は答えました。「なんでも聞け。だがぐずぐずするな」

 「おまえは、ほんとうに、この壺には入っていたのかね?わしは、それが知りたいのだ。神さまの名にかけても、誓えるかい?」

 魔物は答えました。「ああ、神さまの名にかけて、誓うとも。たしかに、その壺の中にはいっていたさ。正真正銘まちがいなしだ」

 「ところが、それが信じられんのだだよ。まったくのところね」と漁師は答えました。「こんなちっぽけな壺の中に、おまえみたいな大男が、足一本入れるわけがないじゃないか。どうしたって、そんなからだを、すっぽりおさめることなんて、できっこないよ」

 「なにをいうか、だれがなんといったって、たしかに、おれは、その壺の中にはいっていたのだ。これほどの誓いをたてているのに、それでもなお、おれのいうことが信じられないとは、いったいどういうわけなのだ?」

 「いや、どうしたって、信じられっこないさ」と漁師はいいました。「もっとも入って見せてくれるのなら、話は別だがね」

 と、たちまち、魔物の姿はみるみる白い煙になり、大きな煙のかたまりは、壺の口にすいこまれていきました。

 「どうだ、疑い深いやつめ。さあ、これで、すっぽり入ったぞ。まだ、信じないかな?」と、壺の中から魔物の声が聞こえました。

 漁師は、魔物の声などには、耳をかしませんでした。さっそく、鉛のふたを手に取ると、大急ぎで、ふたを閉めてしまいました。それから「やい、魔物!」とどなりました。「さあ、こんどは、おまえが命乞いをする番だぞ。どういう殺され方がいいか、早く決めるのだ。いや、それよりも、海の底に投げ込んでやるほうが、いいかもしれぬて。」

 魔物はカンカンに怒りました。なんとかして、壺から出ようとするのですが、封印があるので、そればかりは、いかに魔物でも、できない相談でした。魔物はいっぱいくわされたことに、やっと気がつました。そこで、これはひとつ、怒っていないようなふりをするにかぎる、そう思って、ネコなで声で申しました。

 「おじさん、おじさん、いくらなんだってそんないっちゃとおり、やられちゃ困るな。さっきのことだって、ほんの冗談だったんですからね。なにも、本気になって、怒ることはないじゃありませんか」

 「なんだと!この魔物め」と漁師はいいました。「たったついさっきまでは、お前は世にも恐ろしい魔物だったがな、もうこうなれば、なにひとつできまい?いまになって、そんなうまいことをいたって、その手はくわんぞ。さあ、海の底へ逆戻りだ。いままで、ずいぶん長いこと、海の底に沈んでいたという話じゃないか。そんなら、この世のおわりまでいたって、おなじことだ。わしは神さまのみ名にかけて、おまえに命乞いをした。だのに、おまえは、聞き入れてくれなかった。だから、おまえも、おなじ目にあわせてやるのさ」

 これは一大事とばかり、魔物はききめのありそうな言葉は、のこらずならべたてました。

 「ふたを開けてくれ。だしてくれ、たのむ!なんでも好きなように聞いてあげるからさ」

「なにをいうか、この裏切り者めが!」と漁師は答えました。「おまえみたいな奴のいうことを、真に受けて日には、わしの命のほうが危ないからな。わしは、おまえを助けてやった大恩人だぞ。それだのに、その大恩人をつかまえて、どうしても殺すといって、聞かなかった。今度は、わしの方で、血も涙もない仕打ちをしたからって、因果応報というもんだ」

 「そんなことをいわないでさ、おじさん」と魔物はこたえました。「もう一度たのむよ。後生だから。そんなむごいことは、しないでくれ。あのイマムとアテカの話、あれの二の舞だけはかんべんしてくださいよ」

 「ええ?そのイマムがアテカにどうしたというんだ?」漁師は聞き返しました。

「その話が聞きたけりゃ、まず、ふたを開けておくれよ。こんなせまっくるしい中じゃ、話をする気分なんかに、なれやあしないよ。だしてさえくれりゃ、いくらでも話はしてあげるよ」

 「だめ、だめ」漁師はいいました。「出してなどやるもんか。いくらいったって、むだだよ。さあ、海の底へ投げ込んでやるからな」

 「ちょっと待った!もう一言だけ、聞いてくれ」と魔物は叫びました。「約束するよ。けっしてひどいことはしやしない。いやそれどころか、どうすれば、大金持ちになれるか、それも教えてあげる」

 ひょっとすると、これは、みじめな暮らしともお別れすることができるかもしれないと、そう思うと、漁師も心が動きました。

 「おまえの約束に、信用がおけるものなら、聞いてやらないでもないがね」と漁師はいいました。「ひとつ、神さまのみ名にかけて、誓うがいい。約束はかならず果たしますから、とな。そうすればあけてやろう。そこまでの誓いを、破ることはあるまいからな」

 魔物は誓いをたてました。

 そこで漁師は、さっそく、蓋をとってやりました。と、たちまち煙が立ちのぼって、前と同じように、魔物の姿があらわれました。

 そして、まずいちばんに魔物のしたことは、壺を海の中へ蹴とばしてしまうことでした。

 それを見て、漁師は、きもをつぶしました。

 「これこれ」と漁師はいいました。「いったい、なんということだて?誓いを守らぬつもりか?たったいま、たてたばかりだというのに」

 びくびくしている漁師を見ると、魔物はカラカラとわらって、答えました。

 「いや、心配ご無用。ただちょっとやってみただけさ。それに、おじさんがおどろくかどうか、それが見たくてね。ま、それはともかく、さっきの約束は、でたらめではないよ。うそだと思えば、網をもって、ついておいで」いいながら、魔物は、先に立って歩きだしましたので、漁師も半信半疑ながら、網をもってついていきました。ふたりは、町を抜けて山の頂上へのぼり、それから広い平野におりていきました。すると、やがて、四つの丘にかこまれた、大きな湖のほとりにでました。湖のふちまできますと、魔物がいいました。

 「さあ、この湖に網を投げてみろ」

 漁師が網を手繰りよせせると、中には赤、青、黄、白の魚がそれぞれ一匹づつ、全部で四匹はいっていました。漁師は、すっかり、おどろいてしまいました。こんな魚にお目にかかるのははじめてでした。

 魔物がいいました。

 「この魚を王さまに献上するのだ。目もくらむほどの大金で、お買いあげくださるはずだ。毎日、この湖に漁にくるがよい。ただ、注意しておくが、日に一回以上、網を打ってはならないぞ。さもないと、とりかえしのつかないことになる。このことだけは、忘れないよう、用心するがよい。」と、これだけのことをいいおえると、トンと足で地面をけりました。すると地面がぽっかり口をあいて、みるみる魔物を呑んでしまいました。

 漁師は、魔物にいわれたように、赤、青、黄、白の魚を王さまに献上しました。

 王さまはたいそうよろこんで、たくさんの金貨をくださいました。

 それからというもの、漁師は、この湖で一日に一度だけ網を打っては四色の魚を取り、妻や子どもたちと幸せに暮らしました。

 


せかいいち うつくしい ぼくの村

2018年05月31日 | 私家版
 (あくまで個人的な私家版です)

 日本から西へ6200キロ離れたところにアフガニスタンという国があります。めったに雨が降らないので、乾いた土と砂ばかりの国のように思われています。でも、万年雪をかぶった高い山がつらなり、森や見わたすかぎりの大草原もあって、春になれば花が咲き乱れ、夏になれば、果物がたわわに実るうつくしい自然がいっぱいの国です。

 小さな男の子、ヤモの住むパグマンの村でも、毎年、風にゆれる 木の実の音を聞きながら、村の人たちは家族そろって、あんずや、すももや、さくらんぼをもぎとります。
ヤモも、兄さんのハルーンと競争でかごいっぱいのすももやさくらんぼをとります。
とりいれは 1年じゅうで いちばん 楽しいときです。この時期、村じゅうがあまいかおりにつつまれます。

 でも、ことしの夏、兄さんは いません。兵隊になって、戦いに行ったのです。
 アフガニスタンでは、もう何年も、民族どうしの戦争がつづいています。戦争は国じゅうに広がり、若者は次つぎと戦いにでかけていきました。

 あまいすももと 真っ赤な さくらんぼが、ロバのポンパーの背中で 重そうにゆれています。
 きょう、ヤモは はじめて ポンパーと、町へ果物を売りにいくことになりました。兄さんの代わりに、父さんの 手伝いをするのです。
 「母さん、いってきます」 ヤモは、父さんと朝早くでかけます。「おーい、ヤモ。おでかけかい」 村の人たちが声をかけます。
 「うん。とうさんと 一緒だよ」「そうかい、そうかい。たくさん売れると いいね」
 「さくらんぼは いかが! ちいさな あまい たいよう、パグマンの さくらんぼ!」
 ヤモは みちみち 父さんに 教わった文句を繰り返します。
 街道は 日がのぼって、急に 暑くなってきました。
 町へ向かうバスやトラックが、ヤモたちを追い越していきます。

 町につきました。羊の市もたって、にぎやかな こえが あっちからもこっちからもきこえてきます。戦争なんかどこにもないみたです。
 入り豆売りのおじさんが、大声をはりあげています。焼き肉やパンの焼ける匂い、絨毯や本の匂い。
 町の賑わいに、ヤモは むねが ドキドキします。
 人の いきかう 大きな広場で、いよいよ店開きです。
 「とうさんは この広場で すももを 売るから、ヤモは、まちの なかを まわって さくらんぼを売ってごらん」
 「ぼく ひとりで?」
 「ポンパーが ついているさ。ポンパーは まちじゅう しらない ところは ないんだから」
 しかたなく ヤモは、ロバのポンパーにひっぱられるようにして あるきだしました。
 ポンパーに つれられて、ヤモは まず 屋根付きバザールにいきました。色とりどりの小さな店が所狭しとならんでいます。
 買い物をする人。お茶を飲む人。
 「こんな ところで うれるかな?」 ヤモは心配になりました。
 勇気を出してよんでみました。
 「えー、さくらんぼ」 誰も ふりむいてくれません。
 もっと 大きな声で いわなくっちゃ。「さくらんぼー、パグマンの さくらんぼ!」
 果物屋の前を とおるときは 小さな声で、「・・・・さくらんぼ」
 りんりん、シャンシャン。「じゃまだ じゃまだ! あぶないぞ!」馬車タクシーが、鈴を鳴らして通り過ぎます。
 町は いそがしくて 目がまわります。さくらんぼは ちっとも 売れません。
 ヤモは がっかりして、道ばたに 座り込みました。すると、小さな女の子がやってきて「パグマンの さくらんぼ ちょうだい」と、いいました。
 ヤモはうれしくなって、うんとおまけをしてやりました。
 それから ヤモの さくらんぼは、とぶように 売れはじめました。
 「ぼうや、わたしにも おくれ。むかし、パグマンの近くで 果物をつくっていたんだ。なつかしいな」と、片足のない男の人がいいました。
 「おじさんは 戦争に いってたの?」
 「ああ、そうだよ。おかげで 片足をなくしてしまってね」
 ヤモはドキッとしました。ハルーン兄さんの顔が 思いうかびました。
 おじさんは すぐに さくらんぼを 口にいれました。
 「うーむ、あまくて、ちょっと すっぱくて、やっぱり おいしいなあ! パグマンの さくらんぼは 世界一だ」

 ヤモは、まだ半分以上も売れ残ったすももの前にいる父さんのところへいきました。
 「父さん! みんな 売れちゃった!」
 「そうか! それじゃ 一休みして、ご飯を食べにいこうか」
 父さんは となりのおじさんに 店番を たのみました。
 美味しい においのする食堂で、ヤモは 父さんと 遅い昼ご飯を 食べながらバザールであったことを話しました。
 「戦争で片足をなくしたおじさんも 買ってくれたんだよ。パグマンのさくらんぼは、せかいいちだって。父さんと 食べようと思って とっといたんだ。」
 ヤモは、ひとにぎりの さくらんぼを とりだしました。
 「よく 売れたようですな?」
 となりに すわった おじさんが 声を かけてきました。
 「いやあ、このヤモの おかげですよ。なにしろ うえの息子が 戦争にいってましてね」
 「それは 心配ですな。南の方の戦いは、かなり ひどいというし」
 「来年の春には 帰ると いってたんですがね」
 ヤモは 甘いお茶を 飲みながら、父さんたちの話を聞いていました。ハルーン兄さんなら 大丈夫、きっと 春には 元気にかえってくると、ヤモは信じています。でも、なんだかむねがいっぱいになってきました。
 「ヤモ、あとで びっくりすることが あるよ」
 そんなヤモに、父さんが そっと いいました。
 「え!? なになに。おしえて?」
 「さあ、その前に もう一仕事。残りのすももを 売ってしまわなくちゃ。」
 ヤモは 最後に残ったさくらんぼを 大切に食べると、おじさんに さよならを いって食堂をでました。

 「すもも!すもも! パグマンのすももだよ」
 広場のモスクから お祈りの声が ながれてきます。町は、静かで 落ち着いた色に つつまれました。
 ヤモは すももを売りながら、ずっと父さんの 言ったことを考えていました。
 「びっくりすることって いったい なんだろう?」

 ようやく、すももも 全部売れました。
 「さて、それじゃあ びっくりするところに いくと するか」
 父さんはまっすぐ 広場を横ぎっていきます。
 ヤモは とても じっとしてなんていられません。
 父さんの 肩の上で、大きな声で歌います。
 「♪なんだ、なんだ? びっくりすることって なーんだ?」
 そこは 羊の市場でした。父さんは、もうけた お金を全部使って、真っ白な子羊を一頭買いました。 ヤモのうちの はじめての 羊。こんな きれいな 羊は、村の だれももっていません。
 「さあ ポンパー、家へ かえろう。羊をみたら、きっと みんな おどろくよ」
 ヤモは大喜びで村へもどってきました。なつかしい においが します。たった一日 いなかっただけなのに、とても 長い たびから かえったような きがします。

「パグマンはいいな。せかいいちうつくしいぼくの村」
 ヤモは、そっとつぶやきました。

「ハルーン兄さん、はやく かえっておいでよ。うちの家族がふえたんだよ」
 ヤモは 父さんに たのんで、白い子羊に 「バハール」という名前をつけようと思いました。「春」という 意味の名前です。
 でも、春はまだ先です。

 この年の冬、村は戦争で破壊され、今は もうありません。

いたずらおばけ(私家版)

2017年05月25日 | 私家版
 「いたずらおばけ」の絵本をよんで、すぐに覚えてみたいと思いました。
 前に「ヘドレイのべこコ」を読んでいて、よくわからなかった最後。

 せなけいこさんの「わたしゃほんとにうんがいい」のフレーズも参考に、整理してみました。

 この私家版は、自分が語るためのあくまでプライベートなものです。

 日本の昔話には各地に同じタイトルの話があり、外国の翻訳では訳者によって訳し方も異なります。
 読む分にはそんなにこだわりはありませんが、自分が語るとなると、どうしても細かなところが気になります。

 この私家版は
 いたずらおばけ(瀬田貞二・訳 和田義三・絵/福音館書店/1978年月刊「こどものとも」発行)
 ヘドレイのべこコ/イギリスとアイルランドの昔話/石井桃子・編訳 J・D・バトン・画/福音館書店/2002年初版)
 わたしゃほんとにうんがいい(せな けいこ:・作・絵/鈴木出版/1992年)
 ジェイコブズ作(イギリス民話選/ジャックと豆のつる/木下順二・訳/岩波書店/1967年初版)
 を参考にさせていただいています。

 むかし、ある村に、ひとりのおばあさんがすんでいました。
 おばあさんは、近くのお百姓のおかみさんたちの 使い走りなどをして、やっとこ、暮らしをたてていました。お礼といっても、たくさんもらうわけでなく、あっちの家では肉を一皿、こっちの家出ではお茶を一杯というようにもらいながら、なんとか、かんとか、暮らしていました。
 それでも おばあさんは いつもニコニコして、この世に心配なんか、ちっともないというように見えました。

 さて あるばん、おばあさんが 家に帰ろうとトコトコ歩いていると、道ばたに、黒いおおきな壺を みつけました。
 「おや、壺だね。ものを入れとくにはおあつらえむきだよ。入れるものがあったらね。けどまただれが、おとしていったのかね」
と、おばあさんは 持ち主が いないかと あたりを みまわしましたが、誰もいません。
 「おおかた 穴が あいたんで、捨てたんだろう。そんなら ここに、花でもいけて、窓に おこう。ちょっくら もっていこうかね」
 こういって おばあさんは 壺のふたをとってみました。
 そして、びっくり仰天して、さけびました。
 「おやま、金貨が ぎっしりだ。なんてこったろう」
 まったく、壺のくちまで、金貨が どっさり 詰まっていたのです。
 しばらくのあいだ、おばあさんは どうしていいかわからないので、その宝のまわりをグルグル回って歩き、黄金の色にみとれたり、自分の運のいいことにおどろいたりしながら、二分おきには、こんなことをいっていました。
 「たまげたね、どうやら わたしゃ 金持ちになったようだよ、それも たいした 金持ちに」
 そのうち、おばあさんは、このお宝を どうやって もってかえるか、考えはじめました。
そして、重くて もてないので、肩掛けはしに ゆわえて、ごろごろ ひっぱって かえるほかはないと、おもいました。
 「もうじき 暗くなるだろう」
と、おばあさんは とことこ あるきながら、ひとりごとを いいました。
 「そうなりゃ 好都合さ。誰にもみられないし、わたしゃ ゆっくり 一晩、これからどうするか 考えられるというもんだ。大きなうちを買って、暖炉のそばで お茶を飲もう。女王様と おんなじように、もう 働らかなくて すむわさ。それとも この壺を 庭に埋めて、すこしばかり おかねを、暖炉の土瓶に しまっておこうか。それとも…ああ、たのしいね。すっかり 豪勢な 気分になって、なにがなんだか わからなくなったよ」
とちゅうで、おばあさんは すこし くたびれました。
 なにしろ ひっぱるものが 重いので、たちどまって 一息 いれました。
 そして お宝は大丈夫かとふりかえりました。
 ところが、目に入ったのは、ピカピカひかっている、銀のかたまりでした。
 おばあさんは、よくよく ながめて、目をこすって またながめました。
 「おや、そうだったのかい」と、やっと おばあさんは いいました。
 「これを 金貨のつまっている壺とばかり おもってたんだね。夢を みてたに ちがいないよ。だけど、こっちのほうがずっと世話が焼けないし、盗むたって手軽じゃないし、このほうが ずっとしわあせ。あの金貨だったら、しまっとくだけでも大騒ぎするとこだったよ。」
 そこで また おばあさんは トコトコ 歩きながら、どうつかおうとかと いろいろ楽しく考えました。
 けれども、またすこしいくと、くたびれてきて、ちょっと、一息つきました。
 そして ふりむいて、お宝らを ながめました。
 すると こんどは、鉄ころが あるばかり!
 「おや、そうだったのかい」と、おばあさんは いいました。
 「これを 銀だとばかり おもってたんだね。 夢を みてたに ちがいないよ。だけど、このほうが ずっとしわあせ。本当に 役に立つもの。鉄ころを 小銭にしよう。小銭になら 金や銀より、わたしには 使いやすい。それに 泥棒が怖くて、おちおち ねられないところだったが、小銭なら大丈夫。後生は楽々さ」
 そこで おばあさんは とことこ 歩きながら、どうして 小銭を つかおうとかと 考えているうちに、また つかれて、一休みしました。
 そして ふりむいて、お宝を ながめました。
 すると こんどは、おおきな石が あるばかり!
 「おや、そうだったのかい」と、おばあさんは いいました。
 「鉄だとばっかり おもってたんだね。 夢を みてたに ちがいないよ。でも よかった。門の扉を おさえて おけるよ ぶたや にわとりが やってきて 庭の畑を あらさないように 石が、とても ほしかったところだもの。ああ、いいものにかわったよ。あーあ わたしゃ ほんとに 運がいい」

そこで おばあさんは 門の扉をおさえておく石を はやくおこうと、とことこ 丘をくだって うちのまえに きました。おばあさんは 門を あけて ゆわえた肩掛けを ほどこうと、道においた 石の方に 振り向きました。
 おや? いいえ、ちゃんと ありました。
 石は石らしく、どっかり すわって、そこに ありました。そこで、おばあさんが かがんで、肩掛けをほどこうとしますと・・・

 「あら、ま!」
 いきなり 石は とびあがり、「ぎゃあ」と いって、みるまに 大きな馬ぐらいになりました。
 それから、ひょろ長い四本の足をニューとはやし、二つの長い耳をニョキニョキとだし、尾っぽをさっとふりたてると、ぴょんぴょん はねたり、キーキーいったり、ひんひん ないたり、けらけら 笑ったり、まるで いたずらぼうずのように、あばれて逃げていきました。
 おばあさんは、目をまるくしたまま、みえなくなるまで じっと みていましたが、やがて おばあさんまで けたたましく笑い出しました。

 笑って笑って、声もとぎれとぎれに いいました。
 「ああ、なんて しあわせなんだろう。このあたりで、わたしゃ いちばん運がいいよ。いたずらおばけが この目で みられるなんて。あれが思いっきり 楽しめるなんて! まったく、気が晴れ晴れしたよ、なんと 豪勢な もんだろ!」
 そういって、おばあさんは 家に はいって、幸せいっぱい、くすくす 笑って 一晩、すごしましたとさ。


つるかめ

2016年12月17日 | 私家版
 おはなし会で、なんとも面白かった藤田浩子さんの「つるとかめ」。
 もとのテキストで、悩ましいのは方言。流れの中で理解できるのですが、少し工夫が必要なようです。

 最後は(かもとりごんべえ/ゆかいな昔話50選/稲田和子・編/岩波少年文庫/2000年初版)から、いただいて、自分用に構成してみました。

 この手の話は、やっぱり聞くのが一番のようです。
 お住いの図書館やグループでのおはなし会も、よく気をつけていれば探すこともできます。
 これまで興味がなかった方も、一度足を運べば、何かしらの新しい発見ができると思うのですが・・・。

 
 むかし、お大尽の家の一人息子が嫁さまもらうことになったんだと。
 なにしろ、お大尽の屋敷だから広い屋敷にお膳ずらあーと並べて、お客さまたくさんよんだんだと。
 床の間にはつるかめの置物、おきなおうなの人形飾って、床の間の前には、婿さまと嫁さまが座って、呼んだ人たちは まあ 飲んだり食ったり、歌ったり踊ったりしてたいそうにぎやかなことであったと。
 振る舞いがおわり一人帰り二人帰り、しまいには 皆お客様帰ってしまい、床の間の前に婿さまと嫁さまの二人きりになってしまったと。
 むかしのことであったから、婿さま、その嫁さまの顔、まだ ろくに見ていなかったんだと。
 おらの嫁さま、どうした顔しているかなあと思って 綿帽子の下の顔、のぞいてみると、まあ めんこいこと めんこいこと それでまあすっかりうれしくなっちまってな
「あね あね もう だれもいなくなったぞ そんなに離れていることねえ もうちょっとこっちにこらんしょ」と、こうゆったんだと。
すると、嫁さま 座布団の上に、座ったきり
「そんなことゆったって おらあ 恥ずかしいども」
と、いいながら ちょこっと婿さまの方によってきたと。
「いいから、だれもいねえんだから、もっとこっちに こらんしょ」
と婿さま、よばったが
「そんなことゆったって おらあ 恥ずかしいども」
といいながら またちょこっと 婿さまの方にきたんだと。
それでもういちど
「もうちっと こっちに こらんしょ」
と婿さまがいうと
「ほだこと ゆったってえ」
と言いながら、嫁さま すっと 寄ってきて、婿さまと嫁さま ぴたーっらこと くっついてしまったと。

 それを見ていた床の間のおきなとおうな、熊手をもっている爺さまがなあ、ほうき持っている婆さまの方みてなあ
「婆さま 婆さま あれ わけえもんは ええなあ あんなに ほれ ぴったらこと くっついてしまってよお おめえも そんなとこで 箒なんぞ持ってねえで もうちっと こっちゃきたらよかっぺ」
「なあにまず爺さま いい年こいて なあに語るんだべ ほんにい」
といいながら、婆さま ちょこっと こっちゃよってきたと。
「なあに おめえだって いまさら 恥ずがしがる年でもなかんべ もうちっと こっちゃきたらよかんべ」
「ほんに まず 爺さまは・・・」
と、言いながら、ちょこっと こっちゃ よってきてなあ それで とうとう 爺さまと婆様 ぴたらあーつこと くっついてしまたんだと。

 それを見ていたつるとかめ つるがかめに ゆったと
「見てみろ 見てみろ 若えもんはいいなあ あれ 二人とも ぴたらーつこと くっちいてちまってよ それにしても ほれ かめさん おめえも まだ独り者のようだし、おらの嫁さまになんねえが。そしたら高い空につれてあがって、世界中をみせてやる」
と こうゆったんだと。すると かめ
「うんにゃ」
と首をふる。
「なしてだ おらの この細くて なんげえ口ばし 気にいらねえだが」
「うんにゃ そんなことでねえ」
「それじゃあ このほそくて なんげえ首 気にいらねえだが」
「うんにゃあ そんなことでねえ」
「それじゃあ このほそくて なんげえ足 気にいらねえだが」
「うんにゃあ そんなことでねえ」
「それじゃあ なに 気にいらねえんだ」
「おめえさまが、気にいらねえわけではねえんだけどよ むかしから つるは千年、かめは万年ていうべ。おめえと一緒になったって、おまえの死んだ後で、九千年も、ひとりでくらすのは いやなこった」
と こうゆったんだと。

大工と鬼六

2015年09月26日 | 私家版
 「大工と鬼六」を語られる方は、松居直再話の絵本が定番のようですが、ネットに岩手版(語り 井上 瑤 再話 六渡 邦昭)がのっていて、こちらも印象に残りました。
 昔話には、その地域の言葉が生かされているのが味があって、聞いた時にリズムがでてくるようです。

 ほかのもの(大工と鬼/日本の民話7/妖怪と人間/瀬川拓男 松谷みよ子・編/角川書店/1983年)を参考にしてみました。

▼ むかし、あるところに、たいそう流れの速い川があったと。
何べんも橋を架けたことはあるのだが、架けるたんびに押し流されてしまう。「なじょしたら、この川に橋を架けられるべ」
村の人らは額を集めて相談したそうな。
「この近在で一番名高い大工どんに頼んだがよかんべ」
皆の考えがまとまって、その大工どんに頼みに行ったと。

 とびっきり腕のいい大工どんは、「よっし、おらにまかせてくれろ」と仕事を引き受けたものの、どうも心配でならん。
 そこで、橋架けをたのまれた川へ行って見たそうな。 川は、どっどっと波がおどり、ごーん、ごーんとうずがさかまいている。
 「なるほど、流れがきつい上に川の幅も広いと、きた。はてさて、これぁとんだ仕事を引き受けたわい」
流れの様子をみつめていると、川に大きなアブクがブクブク浮んで、ザバーと大きな鬼が現れた。
 「おぉい さっきから何を思案しとる」
 「うん、おれは今度ここへ橋架けを頼まれた大工だが、なじょしたらがんじょうな橋を架けられるかと思っていたところだ」
 「とんでもねぇ、お前がいくら上手な大工でも、ここさ橋は架けらんねぇ。けんど、お前がその目ん玉をよこすならば、俺が代って橋を架けてやってもよかんべ」
 「おれは、どうでもいいがの」
 大工どんは、目ん玉よこせとは、あんまりにも思案のそとの話なので、なま返事をして家に帰ったそうな。
 次の日、川へ行って見ておどろいた。何んと、もう橋が半分ほど架かっておる。
 また次の日、川へ見に行ったら、橋が立派に出来あがっとった。
 向こうからこっちまで、それは見事な橋だったと。
 大工どんがたまげてながめておると、川から鬼がザバ―と顔を出して、 「どうだ、こんな橋は人間には架けられんだろう。さあ、目ん玉 よこせ」というんだと。
 大工どんは、あわてて、「ちょ、ちょっと待ってくろ、今、目ん玉をやると、鬼の橋の架け方を見ることも出来ん。おれも大工だ、せめてもう一日、こんな見事な橋の架け方を見ておきたい」
「ほうか、んなら明日だぞ」 
鬼が川の中へ沈もうとしたら、「ちょ、ちょっと待ってくろ、お前は、鬼の世界でも、さぞかし名のある大工にちがいない。是非名前を教えてくろ」
 鬼は、名のある大工と言われて嬉しくなった。
 「俺の名前を当ててみろ、そしたら目ん玉は勘弁してやろう。明日までだぞ」
こう言って消えたと。
 大工どんは、「名前なんぞ分かる訳けねぇ、どうしたらよかんべ」と、独り言を言いながら当てもなく歩いとると、いつの間にやら山ん中に入っとったと。
山ん中を、あっちこっち歩いとると、遠くからわらしの唄う子守唄が聞こえてきた。
   
   おにろく おにろく おにろくどん
   はーやく 目ん玉ぁ もってこば えなあ
   おにろく おにろく おにろくどん
   はーやく 目ん玉ぁ もってこば えなあ

 大工どんは鬼の子どもたちが、輪になって、繰り返し繰り返し、うたっている歌を聞くと、「ほうか、そうだったのか」とうれしくなって家に戻ったと。
 さて、次の日、大工どんが川の橋のところへ行くと、すぐに鬼が浮いて出た。
「やい、早く目ん玉ぁよこせ。それとも、俺の名前を当てられっか?」 鬼は、そう言って、にかり、にかり笑ったと。
 「よし、大工が目ん玉を取られては仕事になんねぇ、お前の名前を当ててみるぞ」
 「いいか、お前の名前は橋仕掛けの名人、鬼太郎じゃ」
 大工は、口から出まかせを言ってやった。
 鬼は、子供のように喜こんで
 「うんにゃ、違う」
 「そんならお前は、鬼のおん吉」
 「やめとけ、やめとけ」
 「今度は当てるぞ いいかぁ」
 大工どんは息をいっぱい吸い込んでから、うんと大きい声で 「鬼六っ!」と叫んだ。 すると鬼は、ぽかっと消えて、それっきり姿を見せんようになったと。

 どんとはらい。

 子どもの唄。角川版では
   寝ろてばや 寝ろてばや 
   鬼にも 名はある
   涙をあるよ
   はよう寝た子にゃ 鬼六が
   目ン玉 おしゃぶり
   もってくる

 とあって、捨てがたいが、うまく歌えそうもない。ここでは宮川ひろさんの語りの歌にしてみました。 

 聞く人が多くない場合は、名前のところで、その人の名前を入れるのも楽しいと思うが・・・。



ベニスの商人(私家版)

2014年11月06日 | 私家版
 今年(2014年)はシェークスピア生誕450年の節目。
 こんな話が語れるといいと思った一つ。
 お話しの限界からすると、20分程度以内におさめられたらいいと思いつつ・・・。
 多彩な人物がでてきて捨てがたいが、そこをやむをえず、割愛してみました。
 シェークスピア劇を見たり、読んでみたいというきっかけになればというところです。

<ベニスの商人>
 アントーニオは、ベニスに住む裕福な商人でした。その船はほとんど世界中と取引をしていたのです。自分の富をほこってはいましたが、アントーニオは富をおしげもなく使い、友人たちが困っていると気前よく援助していました。友人の中でとくに親しいのはバッサーニオという貴族でした。バッサーニオは、親譲りの財産はわずかで、派手な暮らしのためいつも貧しく、困ったときはいつもアントーニオにたすけてもらっていました。
ある日、バッサーニオがアントーニオのところにきて、いいだすには、
「ベルモントに、莫大な遺産を相続したポーシャという女性がいる。世界中からいたるところから、名のある者が結婚の申し込みにやってくる。ポーシャは金持ちであるばかりか、美しく気立てもいいかただ。この前あった時、わたしは好意を持って見てもらえた。彼女が住んでいるベルモントへいく金さえあれば、私はライバルたちをおしのけて、その愛をかちとる自信があるのだが。」
 アントーニオにはそのとき持ち合わせがありませんでした。「わたしの財産は全部、海に出て行ってしまっていて、手元に金がない。けれど運のいいことに、わたしはベニスで信用がある。君に必要なだけ借りてあげよう」。
 そのころベニスに、シャイロックという名の裕福な金貸しがすんでいました。高利で金を貸しつけてはもうけます。薄情者で、借金のとりたてもきびしいので、みんなに嫌われていました。
 アントーニオはシャイロックが大嫌いで、たいそう軽蔑し、このうえなくあらっぽくとりあつかい、このうえない侮辱をしたのでした。
 シャイロックは、どんな侮辱的なあしらいにも、肩をすくめて、じっと耐えていました。しかし、心の奥では、裕福なとりしましたアントーニオに仕返ししたいという気持ちをいだいていたのです。
 だからバッサーニオとアントーニオがやってきて、三千ダカットの金を3か月、貸してくれとたのんだとき、シャイロックは自分の憎しみをかくし、アントーニオに向かってこういいました。
「あんたは、これまでわしを手荒にあつかってきなさったが、わしはあんたと仲良くしたいんでね。恥かかされたことなんて忘れて、ご用立てしますとも。しかも無利子でね」
 いかにも親切めかした申し出にアントーニオはびっくりです。シャイロックが親切ごかしでつづけるのに
「これもただ、あなたの愛がほしければこそ。このとおり三千ダカット。利息はなし。ただ万一返せなかったときには、あなたの体の肉一ポンドいただくってはどうです?。それもわしの好きな場所から切り取っていいってことにしていただきたいんだが」
 アントーニオは冗談のつもりで承知しました。「よかろう喜んで借用証書にサインをしよう。」
 バッサーニオはそんな危険な証文にサインするなといいましたが、アントーニオは「なあに、おそれることはないさ。借金の期限が来る1か月もまえに、わたしの船がもどってくるさ。」といいはりました。
 こうして、バッサーニオは、ベルモントに行って、ポーシャに求婚する金を手に入れました。
 バッサーニオが旅だったちょうどその晩、シャイロックのかわいい娘、ジェシカが恋人と手に手をとって父の家から逃げました。ジェシカは、父のたくわえのなかから、金貨や宝石のはいった袋をいくつか持ち出したのです。
シャイロックの嘆きと怒りは、みるもおそろしいものでした。娘への愛情は、憎しみにかわりました。
「宝石を身につけた娘が、わしの足元で死ねばいい。」
 いっぽう、バッサーニオはベルモントに着き、美しいポーシャの家を訪れていました。ポーシャの富と美しさのうわさをきいて、いたるところから結婚を申し込む者がやってきていました。
 ポーシャは、父親の遺言通りにすると誓う求婚者しか受け入れないという返事をしました。おおぜいの熱心な求婚者たちがおどろいて帰ってしまうような条件でした。というのはポーシャの心と手を勝ちうるものは、三つの箱のなかからポーシャの肖像画がはいっている箱をあてなければならないのです。正しくあてれば、ポーシャはその者の花嫁になる、まちがえた者は、今後誰に対しても結婚を申し込まない。また自分がどの箱をえらんだかけっしていわないという誓いをたてたうえ、すぐ立ち去らなければならないというものでした。
 箱は金、銀、銅でできていて、金の箱には「わたしをえらんだ者には、多くの男がほしいものをあげよう」
銀の箱には「わたしをえらんだ者には、その者にふさわしいだけのものをあげよう」
そして、鉛の箱には「わたしをえらんだ者は、持てるものすべてを出して、運試しをしなければならぬ。」という言葉がきざんでありました。
 勇敢なモロッコ王は、このテストをうける最初のグループに入っていました。王はいやしい鉛も銀も、ポーシャの肖像画にはふさわしくないと思い金の箱をえらびました。箱の中には、多くの男がのぞむものーどくろが、入っていたのです。
 その次には、ごうまんなアラゴン王がえらんだ銀の箱には、道化師の頭がはいっていました。
「わたしは、道化師の頭にすぎないのか?」と王はさけびました。
 しまいに、バッサーニオがやってきました。ポーシャはまちがったえらびかたをするかもしれないとおそれて、バッサーニオの箱えらびを、引き延ばせるものなら、引き延ばしたいと思いました。ポーシャもバッサーニオの人柄にほれこんでいたのです。
「しかし、」とバッサーニオはいいました。「いますぐわたしにえらばせてください。こうしていても拷問のような苦しみを味わうだけですから。」
 バッサーニオは宣誓をし、箱のほうに歩み寄りました。
「ただ見かけだけでえらぶのは、軽蔑すべきことだ。世の人びとは、相変わらず装飾品にまどわされている。けばけばしい金や、キラキラ光る銀は、わたしにふさわしくない。わたしは鉛の箱をえらぶ。結果が喜びでありますように!」
 鉛の箱をあけてみると、なかにはポーシャの肖像画がはいっていました。バッサーニオはポーシャのほうをむき、あなたがわたしのものであるのはまことですか、とたずねました。
「そうです。」とポーシャはいいました。「わたし自身も、わたしの持ち物もいまではあなたのものに変わりました。この屋敷もあなたのものです。この指輪と一緒に納め下さいませ」そういってバッサニーニオに指輪をひとつ贈りました。
 バッサーニオは、金持ちで気品あるポーシャが、財産もない自分を受け入れてくれたことに感激して、口もろくにきけなありさまです。この指輪は、けっしててばなさないぞと彼は誓いました。
 そのとき、バッサーニオのすべての幸せが、悲しみで打ち砕かれてしまいました。ベニスからの使者がやってきて、アントーニオの船が嵐で難破し、シャイロックが借用証書に書かれていることを実行するよう求めているというのです。
 ポーシャは、夫となる人の友人にふりかかった危険のことをきいて、バッサーニオとおなじくらい心を痛めました。
「まず、わたしを教会につれていって、あなたの妻にしてください。それからすぐ、あなたのお友だちを助けるために、ベニスにいらしてください。お友だちが髪の毛一本でもなくさないうちに、二十倍でも払ってやってくださいませ。お立ちになるまえに結婚してしまえば、わたしのお金はあなたのものですから」
 けれど、結婚したての夫がいってしまうと、ポーシャはアントーニオの身の上が心配で、法律家に変装してその後をおいました。そして、有名な法律家ベラーリオにベニスの公爵あての紹介状を書いてもらいました。
 ベラーリオはベニスの公爵が、シャイロックがアントーニオの肉一ポンドを要求したことから起きた法律的な問題に決着をつけるため、よんでおいたのでした。
 バッサーニオはシャイロックに、もし要求をとりさげるなら、借りた金の二倍の金額を提供するといいましたが、シャイロックはどうしてもアントーニオの肉一ポンドでなければと言い張ります。
 裁判の当日、変装したポーシャが到着しました。夫でさえも、その変装を見破れませんでした。公爵は偉大なベラーリオの紹介のため、ポーシャを歓迎し、この事件の裁きを若い法律家にまかせました。
 ポーシャは、高潔な言葉でもって、シャイロックに慈悲をもてと命じます。しかしシャイロックは、ポーシャの懇願にもきく耳をもたず「わしは肉をいただきます」というのが返事でした。
 シャイロックがナイフを研いでいるあいだ、ポーシャはアントーニオたずねました。
「なにかもうしのこすことはないか」
アントーニオは落ち着いてこたえました。
「なにもいうことはありません。死は覚悟しております。バッサーニオおさらばだ。この不運を悲しまないでくれ。立派な奥さんによろしく。」
 ポーシャは「肉の重さをはかる秤の用意はできたか」とたずね、さらに「シャイロックよ、医者も必要だろう。出血で死ぬかもしれないから」とはなしました。
 シャイロックはアントーニオを殺すつもりでしたから、その答えはこうでした。「証文にはそんなことは書いてありません」
 ポーシャが「証文にはないが、それくらいの慈悲はかけてやるものだ」とさとしても、シャイロックは証文にないとの一点張りです。
「ならば、アントーニオの肉一ポンドをそなたに与える。法律によって保障された権利だ」
「お若いのに、このうえなく正しいお裁きだ!」
 シャイロックはさらにナイフを研ぎ、アントーニオに「覚悟はよいか。」と糺しました。
「ちょっと待て。」ポーシャがさえぎりました。「この借用証書には一ポンドの肉とあるだけで、血は一滴もやると書いてないぞ。万一一滴でも血を流せば、そなたの財産は国に没収だ。」
 そんなことはもとより不可能です。
 シャイロックは残酷なもくろみが失敗したことがわかると、がっかりした様子で、金をせびりました。
「では、バッサーニオの申し出を受けることにいたします。」
「だめだ。」ポーシャはきびしい声でいいました。
「そなたには借用証書に書かれたもの以外は与えることができぬ。そなたのいうように、肉を一ポンド切り取れ。だが忘れるなよ。少しでも多すぎたり少なすぎたりすれば、たとえそれが髪一本の重さにしても、そなたは財産と命を失うだろう。」
 シャイロックは、いまはもう、すっかりおそろしくなっていました。
「わしが奴に貸した三千ダカットをください。そしてやつを釈放してやりましょう。」
 バッサーニオが金を払おうとしましたが、ポーシャがそれをさえぎり、「シャイロック、まだ申すことがある。そなたはベニスの市民の命をとろうとした。ベニスの法により、そなたの財産は没収。生命だけは公爵様のおぼしめしに任せる。ひざまずいて、公爵の許しを乞うがよい。」
 こうして形勢は逆転しました。アントーニオがいなかったら、シャイロックは、情けある取り計らいをまったくしてもらえなかったろう。公爵がくだした判決は、金貸しの財産の半分は国家に没収し、もう半分は、アントーニオがあずかって、シャイロックが死んだのち、娘の夫にまかせることになったのです。これで、シャイロックは満足しなければならなりませんでした。
 バッサーニオは、かしこい法律家に感謝するため、お礼をしようとしましたが、どうしてもともとめられるまま、妻がくれ、いつもはめていると約束した指輪をぬいて、法律家にわたしてしまいました。
 ベルモントにかえると、バッサーニオが指輪をしていないことに、ポーシャはひどく腹をたてたように「どこかの女にやったにちがいありませんわ」と皮肉をいいました。
 バッサーニオは妻の機嫌をそこねて、気が気ではありません。
 しかし、アントーニオのとりなしで、とうとうポーシャは、法律家に変装してアントーニオの命を救い、また指輪をとりあげたのはわたしですわ、と夫に話しました。
 バッサーニオは、妻の勇気と知恵でアントーニオが救われたと知って、おどろいたり喜んだりでした。
 ポーシャはあらためてアントーニオを歓迎し手紙をわたしました。偶然ポーシャが手に入れたその手紙には、難破したと思ったアントーニオの船が無事、港に着いたと書かれていました。
 
 こうして、ベニスの商人の物語は、悲劇にはじまりながら、思いがけない幸運続きで、めでだしめでたしとなりました。
                                       (2014.12.13 3稿)

長ぐつをはいたねこ(私家版)

2014年03月18日 | 私家版
 「長ぐつをはいたねこ」も訳がいろいろあって、なやましいところですが、東京子ども図書館編の「おはなしのろうそく5」に入っているものを、自分用にしてみたものです。

 おそれおおいのですが、例えば

・「ねこのかわでマフをひとつこさえたら」は、マフを手袋としました。これはほかの訳にあったもの

・「ばかなうさぎ」という表現がありますが、すこしひっかかるので「そそっかしいうさぎ」へ

・「うさぎをたくさん放し飼いにしてある」とありましたが、人間が飼っているというイメージがあるので「うさぎがいっぱいいる野原へ」としました。

 時間からすると、もう少し短くできればとも思いますが・・・・。


<長ぐつをはいたねこ>
 むかし、あるところに、ひとりの粉屋がいました。その粉屋が死んだとき、三人の息子に残した財産といえば、水車小屋とろばとねこだけでした。
 一番上の息子が水車小屋をとり、二番目の息子がろばをとったので、末の息子には、ねこしか残りませんでした。
 末息子は、こんなわずかな分け前しかもらえなくて、がっかりして、いいました。
「兄貴たちは、一緒に組んで仕事をすれば、水車小屋とろばとで、けっこう暮らしていけるだろうさ。ところがおいらときたら、このねこを食っちまって、それから、こいつの皮で手袋をひとつこさえたら、あとにはもうなんにも、のこりゃしない。それでおしまいだ。あとは、飢え死にでもするより仕方ないや」
 ねこは、この言葉をちゃんと聞いていたのですが、聞こえなかったふりをして、おちつきはらった、まじめなようすでこういいました。
「何も心配することはありませんよ。ご主人さま。このわたしに袋をひとつくれませんか。それから、やぶのなかを歩きまわれるように、長ぐつを一足作らせてください。そうすれば、あなたのもらった分け前だって、そんなに悪くなかったとわかるでしょうよ」
 末息子は、この話を、それほどあてにした訳ではありませんが、このねこがいつもねずみを上手にとるので、ひょっとしたら助けてくれるかもしれない。ひとつ、ねこのいうとおりにしても、悪くはあるまいと考えました。

 さて、ねこは、頼んでいたものが手にはいると、長ぐつを格好よくはき、袋を肩にかけ、袋のひもを前足で持って、うさぎがいっぱいいる野原へとでかけて行きました。そして、袋のなかに、うさぎの好きなぬかとレタスを入れ、自分は、まるで死んだように地面に寝ころびました。こうして、まだ世の中のこわさを知らない若いうさぎが、なかのものを食べに、袋に飛びこむのを待っていたのです。
 ねこが横になったかと思うと、もう、うまくいきました。そそっかしい一匹のうさぎが、袋の中へとびこんだのです。ねこは、すばやく袋のひもをしめてうさぎをつかまえ、あっさり殺してしまいました。
 ねこは、このえものにすっかり得意になって、王さまの御殿へ出かけていき、お目どおりを願いでました。そして、王さまのおへやに通されると、うやうやしくおじぎをして、こういいました。
「陛下、これは主人のカラバ侯爵から、陛下にさしあげるよういいつかって持ってまいりましたうさぎでございます。(ねこは自分の主人に勝手にこんな名前をつけたのです)「ご主人に、どうぞよろしくお伝えしてくれ。けっこうな贈りものをたいそう喜んでおるとな」と、王さまはいわれました。

 また、ある日、ねこは、こんどは麦畑に出かけ、れいの袋の口をあけて待っていると、やまどりが二羽とびこみました。そして、これも前のうさぎと同じように、王さまにさしあげました。王さまはまたまた喜んで、この贈りものをうけとり、ねこにはほうびをくださいました。
 こんなふうにして、ねこは、二、三カ月のあいだ、たびたび主人の狩場からだといって、王さまのところへ、えものをお届けしました。

 すると、ある日のこと、ねこは、王さまが世界で一番美しい美しいお姫さまとご一緒に、川へ遊びにお出かけになるということを聞きこみました。そこで、主人にこういいました。「わたしのいうとおりになされば、運がひらけますよ。あなたは、ただ川へいって、わたしのいう場所で、水浴びをしていればいいんです。あとのことは、わたしが引き受けますから」
 末息子は、なにがなんだか、ちっともわけが分かりませんでしたが、とにかくいわれたとおりにしました。
 さて、末息子が水浴びをしていると、そこへ王さまの馬車が通りかかりました。すると、ねこは、きゅうに、火のつくようなかなきり声をあげてさけびたてました。
「助けてください。助けてください。カラバ侯爵がおぼれそうです」
 王さまは、その声を聞いて、馬車の窓から顔を出しました。見ると、しきりにどなっているのは、これまでに、何度も狩りのえもを持ってきた、あのねこではありませんか。そこで、王さまは、お供の者たちに、すぐカラバ侯爵をお助けしろ、といいつけました。
 みんなが、あわれなカラバ侯爵を川からひっぱりあげている間に、ねこは、馬車のところにやってきました。そして、主人が水遊びをしていると、どろぼうがやってきて、主人の服をみんなかっさらっていきました。わたしは声を限りに「どろぼう!どろぼう!」と叫んだのですがだめでしたと申し上げました。実をいうと、この利口なねこが、大きな石の下にこっそり服をかくしておいたのです。
 王さまは、さっそく衣装係の役人にいいつけて、カラバ侯爵のために、ご自分の一番上等の服をひとそろい取ってこさせました。そして、やさしく侯爵をいたわりました。
 侯爵は、-もともと顔だちもよく、体つきの立派な若者でしたからー王さまからいただいた服を着ると、いかにも侯爵らしい上品なひとがらになりました。それを見たお姫さまは、すっかり侯爵がすきになりました。
 そこで、王さまは、侯爵に、ぜひとも一緒に馬車に乗って、散歩の相手をしてもらいたいといわれました。
 ねこは、自分の計画がうまく運びそうなのをみると、大喜びで、馬車の先に立って走っていきました。そして、お百姓たちが、牧場の草を刈っているところにくると、こういいました。
「これこれ、草刈りの衆、もしも王さまがお尋ねになったら、この牧場は、カラバ侯爵のものですと、お答えするんだ。さもないと、お前たちみんな、一人残らず切りきざんで、こまぎれにしてしまうぞ」
 さて、案の定、王さまは、お前たちが草刈りをしているこの牧場は、誰のものかとお尋ねになりました。
「カラバ侯爵のものでございます」と、みんなは口をそろえて答えました。ねこのおどしにふるえあがっていたからです。
「なかなか立派な土地をお持ちじゃな」と、王さまは、侯爵にいわれました。
「ごらんのとおり、陛下」と侯爵は答えました。「この牧場からは、まい年、すばらしい収穫がございます」と申しました。
 ねこが、また先に走っていきますと、今度は、麦刈りをしている人たちに出会ったので、こういいました。
「これこれ、麦刈りの衆、もしも王さまお尋ねになったら、この麦畑は、カラバ侯爵のものでございますと、お答えするんだ。さもないと、お前たちみんな、一人残らず切りきざんで、こまぎれにしてしまうぞ」
 王さまは、ひと足おくれてそこを通りかかると、この麦畑は、誰のものかとお尋ねになりました。
「カラバ侯爵のものでございます」と、刈り入れの人たちは答えました。そこで、王さまは、また、侯爵をおほめになりました。

 こうして、ねこが馬車の先回りをしては、会う人ごとに同じことを言って歩いたので、王さまはカラバ侯爵の領地の広さにびっくりされました。
 やがて、ねこは、あるりっぱなお城にやってきました。この城の主人は、人食い鬼で、また大変なお金持ちでした。今、王さまのお通りになった土地は、全部、この人食い鬼のものだったのです。ねこは、前もって、この人食い鬼のことを、ちゃんと調べておきました。
 そこで、せっかくお城の近くまで来ながら、素通りしたのでは失礼だからといって、ご主人に挨拶がしたいと申し出ました。
 人食い鬼は、鬼としては精いっぱいていねいにねこを迎え入れ、まずすわるようにといいました。
「うわさによりますと」と、ねこはいいました。「あなた様は、どのような動物にでも姿を変えることがおできになるそうですね。例えば、ライオンとかゾウとか、そんなものにでも・・・」
「いかにも、さよう」と、人食い鬼は、ぶっきらぼうにいいました。「ひとつ、ライオンになって見せてやろう」
 ねこは、目の前に、いきなりライオンが現れたのを見ると、びっくり仰天。あわてて屋根の上にとびあがりましたが、長ぐつのままで瓦の上を歩くのは、とてもむずかしくて、たいそうあぶない思いをしました。しばらくして、人食い鬼がもとの姿にかえったのを見ると、ねこはやっとおりてきて、さっきは、本当にこわかったと打ちあけました。
「また、こんな話も聞きましたが」と、ねこは続けました。「あなたさまは、はつかねずみのようなごくごく小さい動物になることもおできになるそうですね。しかし、そんなことは、いくらなんでもとても信じられませんが」
「なに、信じられん?。よし、見ておれ!」と、人食い鬼は叫んで、たちまち一匹のはつかねずみに姿を変え、床の上をちょろちょろ走り出しました。ねこは、それを見るが早いか、とびかかって、ぺろりと食べてしまいました。
 そのとき、ねこは、お城のそとのはね橋を渡る馬車の響きを聞きつけて、お迎えに走り出て、いいました。
「陛下、カラバ侯爵の城へ、ようこそおこしくださいました」
「何じゃと、カラバ侯爵。この城もあなたのものなのか」と、王さまはいいました。
「この中庭といい、まわりの建物といい、これほど見事なものは見たことがない。よかったら、城のなかもみせてもらいたいが・・・」
 そこで、カラバ侯爵は、お姫さまの手をとり、王さまのあとから、段々をのぼって、大広間にはいっていきました。見るとそこには、すばらしいごちそうが並んでいます。じつは、このごちそうは、きょう、たずねて来るはずの友だちのために、人食い鬼が用意したものでした。けれども、ねこは、それがわざわざ、王さまやお姫さまのために用意させてあったもののように見せかけました。人食い鬼のお客たちは、王さまがみえたのを知って、遠慮して、かえって行きました。

 さて、王さまは、カラバ侯爵の立派なようすや人柄にすっかりほれこみましたが、お姫さまときたら、もう夢中でした。それに侯爵が大した財産をもっていることもわかったので、何杯かお酒を召し上がったあとで、王さまは、こういいだされました。
「どうであろうな、カラバ侯爵、わしの婿になってはくださらぬか」
 侯爵は、うやうやしくおじぎをして、王さまこのありがたいお言葉をお受けすることにしました。そして、その日のうちに、お姫さまと結婚しました。
 
 さて、ねこは、大貴族になって、それからというもの、ねずみを追いかけまわすなんてことは、もう遊びにしかしませんでした。

えんのぎょうじゃ・・・小川町の民話

2014年03月10日 | 私家版
 平成4年に発行されている「小川町の民話と伝説」。
 一度、このブログで紹介しましたが、小川高校郷土部の取材がもとになっているユニークなもの。
 せっかくなので、語ってみたいと思い、少しだけかえてみました。

 ここに出てくる下里、腰越は当然のことながら、小川町の地名で、古寺というのも実際にあるお寺です。
 ここに住んであまり間がないので、なぜ「えんのぎょうじゃ」なのか説明できないのが残念ですが・・・

<えんのぎょうじゃ>
 むかしむかし、下里村の人が畑仕事をしていたときのことです。
ズシン!ズシン!ゴウ、ゴウ突然の地震です。
山々がたてに波をうっています。
畑仕事をしていた男も女も鍬を投げ捨てて叫びます。
「地震だ!竹藪に入れ。赤ん坊は大丈夫か」。
「わああ、きゃあ」
「コケコッコー」「ヒーン、ヒーン」動物たちも大騒ぎです。村は、ハチの巣をつついたようになりました。
やっと地震はおさまりました。そんなに長い間ではないのに、竹藪や押し入れで中でかくれていた人たちは、とても長く揺れていたように思いました。
そして、さっきの騒ぎがウソのような静けさがもどってきました。かくれていた人々は、しばらくはじっとしていました。それから口々に、いいあいました。
「おい、さっきの地震はすごかったなあ。」「田んぼのどじょうまでおどっていたぞ。でもなんか変な地震だったよなー。」「まるで大男でも歩いたみてえな調子だったよ」「それにしてもおっかなっかたよ。おらなんか声もでなかったよ」
 しばらくして、こんどはグオー、グオーという音が聞こえてきました。村の人たちは気味悪がって、誰も野良へ出かけようとしませんでした。夜がふけましたが「グオー」という音は消えませんでした。
次の日も、やはり「グオー」という音がしました。村人たちは、家の中でじっとしていましたが、べんぞうさんだけは、畑にでかけていきました。
次の日も、やはり「グオー」という音はやみません。地震のあった日から三日間も、その音は続きました。村人たちは気味悪くてたまりませんでした。
 村の人たちは、いつの間にか一つの場所に集まって、話し合いをはじめました。
「なあ、どうもあの音は、腰越のむこうからでているんじゃあないかな」
「うん、おらもそう思っただ」
「おらも」
「んだ、んだ」
「だれか腰越のほうに行って見てこいよ」
「おらやだ」
「おらもだ」
みんなだまってしまいました。
「そうだ、べんぞうにいかせるべー」
自分が行くのではないので、話はいっぺんにまとまりました。
 べんぞうさんはあまりいきたくありませんでしたが、みんなから、お願いされて、しかたなく、とぼとぼあるきだしました。べんぞうさんは腰越を越え、古寺にいきました。
 ズシン!ズシン!音が一段と強くなりました。
「オオオー!アアア!」
べんぞうさんは、言葉にならない言葉で叫んでいました。べんぞうさんは、なんと山より大きい大男を見てしまったのです。
「だれだ!」
鼓膜がやぶれるような、いや、地面まではりさけような声がしました。
べんぞうさんは恐ろしさのあまり、ペタリとすわりこんでしまいました。
しかし、大男はべんぞうさんには目もくれず、「いまいましい石ころめ!」と言いながら立ちどまり、ゲタの歯にはさまった石を、ポーンといせいよく蹴り上げました。石ころは、下里のほうまで飛んで行ってしまいました。大男は「ズシン!ズシン!」と足音をひびかせ、北へ北へと行ってしまいました。
べんぞうさんは、いちもくさんに村へ向かってはしりだしました。
 そのころ、下里ではべんぞうさんを心配して、村の人たちが走りまわっていました。
べんぞうさんが帰ってきたときです。べんぞうさんは、もう息もたえだえに、「え・ん・の・ぎょう・じゃ・が・げた・のあいだの石・・」と言っただけで、そのまま息をひきとってしまいました。
 村の人たちは、べんぞうさんの話と、飛んできた大きな石を見ながら、
「きっと、えんのぎょうじゃという大男が、腰越のほうの山にやってきたにちがいねえ。あの地震も、飛んできたあの石も、えんのぎょうじゃのしわざなんだんべえ。」
「それに、べんぞうの話からすると、その石はゲタの歯にはさまってんじゃあねえか。」
「それにしてもあれが、ゲタの歯にはさまった石かいのお。そんなに大きな男だったんだんべえか。」と、言い合いました。

アリババと40人の盗賊(私家版)

2014年02月27日 | 私家版
中学生のころ時間を忘れて、熱心に読んだ記憶のある千夜一夜物語。
 
 出だしの「ひらけ、ゴマ!」のフレーズは、多分、世界の子どもが知っていて、お話の世界に引き込んでくれる。モルジアナが、盗賊の手下がつけたドアの白や赤のチョークを発見して機転をきかして、ほかの家のドアのも同じ印しをつけて、アリババの家がどこかわからなくしたり、家にのりこんだ盗賊の一団が大きなかめに潜んでいたのを退治するところなど、よくわかっているシーンであるが、ドキドキさせられる。

 すでに、明治8年には、英語から翻訳されたものが出版されたとあります。調べてみるとアマゾンで取り扱っているだけでも、絵本だけで10種類以上の訳があり、その他のものも含めると相当数のものが出版されているようだ。

 しかし、この有名な話も、お話し会で聞いたことがないのが不思議なくらい。すこし長すぎるのでお話し会などでは話し難いのかも知れないが。

たまたまみた絵本(再話)が、話の流れを踏まえながらも、わかりにくいところが整理され、流れがイメージとしてあり、覚えやすいのではないかと思って挑戦してみた。
しかし、さすがに30分をこえると、初心者にはなかなか難物。時間のことも考慮して、下記の本を参考に私家版をつくってみました。
 (半年かけてなんとかおぼえました。このなかで整理していったものです 2014.9.4)

 タイトルは「アリババと40人の盗賊」が、一般的ですが、物語の構成からすると、こぐま社版の「アリババと召し使いのモルジアナに殺された四十人の盗賊」というのが内容をよくあらわしています。


   アリババと、召し使いのモルジアナに殺された四十人の盗賊/子どもに語るアラビアンナイト/西尾 哲夫 訳・再話  茨木 啓子 再話/こぐま社
   アリババと40人の盗賊/マーガレット・アーリー再話・絵 清水達也文/評論社
   アリババと40人の盗賊/アラビアンナイト 下/ディクソン 編 中野好夫 訳/岩波少年文庫/1961年初版
   アリババと40人の盗賊の話/アラビアンナイト/ケイト・D・ウイギン 阪井晴彦 訳/福音館書店/1997年初版

  (そのほか、菊池寛訳がネットにありました)


<アリババと四十人の盗賊>

 むかしペルシャに、カシムとアリババという兄弟が住んでいました。父親がわずかな財産を残して死んだので、二人はそれを半分ずつわけあいました。しかし、兄のカシムは結婚するとまもなく、おかみさんがたいそうな遺産を受けついだので、町でも指折り商人になりました。
 一方、アリババも結婚していましたが、貧しい暮らしを続けていました。アリババは近くの森で薪を集めると、唯一の財産である三頭のロバにつんで町に行き、これを売ってなんとか暮らしていました。
 ある日のこと、アリババがいつものように薪を集めていると、遠くの方に、土煙が巻きあがるのがみえました。見ると、馬に乗った大勢の男たちが、こちらに向かってきます。アリババは、ひょっとすると盗賊の一団かもしれないと思い、いそいでロバを木の茂みに隠すと、自分は岩山のそばの木によじのぼって、ようすをうかがいました。
 馬に乗った荒くれ男たちが、そばまでやってきました。アリババが数えてみると、四十人いました。顔つきを見ても、身なりを見ても、盗賊の一団にまちがいありません。男たちは馬からおりると、金貨や銀貨でずっすりと重い袋を鞍からおろしました。
 一人の男が、岩山の前に立ちました。アリババがかくれている木の真下です。きっとこの男が盗賊のかしらなのでしょう。男はアリババにもはっきり聞こえる大きな声でこういいました。
「開け、ゴマ!」
そのとたん、戸口がぽっかりと開いたのです。盗賊たちは中に入っていき、最後に頭も入ると、扉はひとりでに閉じました。
 アリババは、いつまた岩が開いて盗賊たちが出てくるかもしれない、と思うとおそろしくて、そのまま木の上でじっとしんぼうしていました。
 やがて、扉が開くと、四十人の盗賊が出てきました。今度は頭が先頭に立ち、そのあとから一団がぞろぞろとついてきます。さいごの一人が外に出ると、頭はまた大きな声で呪文をとなえました。
「とじよ、ゴマ!」
すると扉は、ぴたりと閉じてしまいました。
それから四十人の盗賊は馬にまたがると、頭を先頭に、きた道をもどっていきました。アリババは一団がすっかり見えなくなるまで、じっと目をこらしていました。
 アリババは、頭が扉をあけたり、とじたりするときにいっていた呪文をおぼえていましたから、自分もやってみたくなりました。
アリババは、木からおりると、岩の前に立ちました。そして大きな声でいいました。
「開け、ゴマ!」
すると、たちまち扉が開いて、大きく開きました。中は広い洞窟で、床から天井まで、うず高くつみあげられた絹織物やじゅうたん、それから、サンゴや真珠、色とりどりの宝石でできた装飾品に飾り物、その上、数えきれないほどの金貨や銀貨の袋でいっぱいでした。
この洞窟は、何十年何百年もかけて盗賊たちが集めた宝のかくし場所だったのです。アリババはぐずぐずせずに、やるべきことをすぐにはじめました。扉は、さっきアリババが中に入ると、ひとりでに閉じてしまいましたが、あけるための呪文を知っていますから心配はありません。アリババは金貨の入った袋だけを外に運び出しました。それから、袋を三頭のロバにつめるだけつむと、その上に小枝をのせてかくしました。これがすむとアリババは、岩の前にたって呪文をとなえました。
「とじよ、ゴマ!」
すると、扉は閉じました。扉は、人がはいると、ひとりでにしまるのですが、外に出ると開いたままになっているのです。

 アリババは家につくと、おかみさんの前に金貨の袋をどさりとおきました。おかみさんは、アリババが盗んできたかと思って、おもわずこういいました。
「なんてまあ、情けない、お前さんは!」
アリババは、金貨の袋を見つけたいちぶしじゅうを話して聞かせ、なにはともあれ、これはぜったいに秘密にしておかなければいけないといいました。おかみさんはすっかりうれしくなって、目の前の金貨を一枚残らず数えてみたくなりました。
「いったいどのくらいあるか知りたいの。枡をかりてくるわ」
おかみさんは、いさんで義兄さんのカシムの家に行きました。カシムのおかみさんは、アリババがひどく貧しいことを知っていましたから、義妹がいったい枡で何をはかるのだろうとふしぎに思いました。そこで、枡の底に油をぬっておきました。
 アリババのおくさんは家に帰ると、山ずみにした金貨を、はかり始めました。枡をいっぱいにしては、長いすの上にあけ、すこしずつはなして金貨の山をつくっていきました。全部をはかりおえると、アリババが金貨を袋に入れて、庭に掘った穴に埋めました。
 アリババのおくさんはすぐ枡を返すに行きましたが、枡の底に金貨が一枚くっついていることに気がつきませんでした。
 カシムのおかみさんは、枡の底を見ました。そして金貨がついているのを見ると、さけびました。
「まあ、なんてこと! 枡ではかるほどの金貨をアリババがもっているなんて」
 そして、カシムが帰ってくるとすぐに報告し、その金貨をみせました。金貨を見せられて、カシムはアリババがねたましくて、その夜は一睡もできませんでした。
 翌朝早く、カシムはアリババの家にでかけていきました。
「アリババ、何かかくしているだろう?貧乏暮らしをしていると思っていたが、枡ではかるほど金貨をもっているとはな!」
「なんですって、お兄さん」と、アリババはいいました。
「しらばっくれるな」カシムはあの金貨を見せていいました。
「いったいどれほどの金貨をもっているんだ?きのう貸してやった枡の底に、これがくっついていたぞ」
 これを聞いたアリババは、カシムとおくさんが、自分たちの秘密をかぎつけことがわかりました。人のよいアリババはカシムに、盗賊の宝のかくし場所をしったいきさつと、その洞窟に入ったり出たりするのに必要な、まじないのことばを教えました。
 カシムは翌朝、日の出も待たずに、十頭のラバに大きな箱をくくりつけて出かけました。宝ものをひとりじめしようと思ったのです。
 カシムはアリババから教えられた道を進み、やがて岩山につきました。カシムは、大きな声であの呪文をとなえました。
「開け、ゴマ!」
 すると扉が開きました。カシムが中に入ると、扉はひとりでに閉じました。
 洞窟の中には、アリババから聞いて想像していたよりもはるかに越える宝物が、ぎっしりとつまっていました。カシムはしばらくうっとりと見とれてしまいましたが、すぐに持てるだけの宝石や金貨の袋を、つぎつぎに入口のそばに運びました。ところが自分のものになる大金のことで頭がいっぱいになっていたので、扉をひらくための呪文が思い出せないのです。
 カシムは、ゴマではなく
「開け、オオムギ!」といってしまいました。
 扉は開くどころか、ぴたりと閉まったままです。あわてたカシムは、思いつくかぎりの穀物の名を、つぎつぎにいってみましたが、扉は少しもうごかず、とじたままです。カシムはとほうにくれてしまいました。そして、なんとか呪文を思いだそうと洞窟の中をせわしなく歩きまわりました。
 昼ごろ、盗賊の一団がもどってきました。岩の近くまでくると、背中に大きな箱をくくりつけた何頭ものラバが、あたりをうろついています。盗賊たちはおどろいて、ラバを追いちらすと、刀をぬいて、岩の前に立ちました。
 洞窟の中で、カシムは馬のひづめをの音を聞きました。盗賊たちが帰ってきたのにちがいありません。カシムはおそろしさのあまり、扉が開いたとたん外に飛び出し、盗賊の頭を投げ飛ばしました。しかしほかの盗賊の刃から逃れることはできず、その場で命をうばわれてしまいました。
 盗賊たちには、この男がどうやってここに入ったのか、またほかにも洞窟のひみつをしっている者がいるのか、まったくわかりませんでした。しかし、自分たちの宝はなんとしても守らなくてはなりません。盗賊は、カシムの死体を、四つに切り裂くと、見せしめのために、洞窟の内側にぶらさげておきました。
 さて、カシムのおかみさんは、一晩たっても夫が帰ってこないので、心配になってアリババのところへ行き、カシムの様子を見てきてほしいとたのみました。アラババはすぐに、三頭のロバをつれて森に向かいました。そして岩山の前に立つと、あの呪文をとなえました。
 扉が開きました。そこにあったのは、四つ裂きにされたカシムの死体でした。
 アリババは、兄の亡がらをていねいに布でつつむと、ロバの背にのせて、小枝でかくしました。そして、のこりの二頭には前と同じように金貨の袋をのせ、これも小枝でかくして、カシムの家に向かいました。
 アリババが、カシムの家のとびらをたたくと、若い女召し使いのモルジアナがでてきました。モルジアナはたいそうかしこく、どんなむずかしいことでも知恵と機転をはたらかせて、いつもうまく切りぬけるのです。アリババもそのことをよく知っていました。アリババは、カシムの身に起こったことをすっかり話してから、こういいました。
「これは、ぜったいに知られてはならないひみつだ。このつつみの中に、殺されたご主人の亡がらが入っている。みんなにカシムはふつうに死んだことにして、葬式をださなくてはならない。お前ならうまくやってくれるだろうね」
「わかりました」モルジアナは、おちついて答えました。
 さて、翌朝はやく、モルジアナは、町の広場でだれよりもはやく店をあける靴屋のムスタファじいさんのところに行きました。モルジアナは靴屋に金貨を一枚にぎらせて、いいました。
「ムスタファじいさん、ぬってほしいものがあるの。お道具を持って今すぐ一緒にきてくださいな。でも少し先までいったら、目かくしをさせてもらいますよ」
 これを聞いたムスタファは、眉根をよせました。
「おいおい、やましいことじゃあるまいね」
 モルジアナはさらに一枚、金貨をにぎらせました。
「やましいことを人にさせるなんて、神さまがおゆるしになりません。さ、こわがらずにいっしょにきてくださいな」
 モルジアナは通りをいくつか曲がると、布でムスタファに目かくしをし、手を引いてカシムの家につれていきました。そしてバラバラになったカシムの亡がらがおいてある部屋に案内すると、ようやくムスタファの目かくしをはずしました。
「ムスタファじいさん、これをぬいあわせてほしいの。そのためにきてもらったのよ。いそいでちょうだい。仕上げてくれたら、もう一枚金貨をおわたしします」
 ムスタファが仕事を終えると、モルジアナは約束どおり三枚目の金貨をにぎらせました。そして、また目かくしをしました。
こうしてモルジアナは、だれにも疑われることなく、カシムの亡がらを棺桶におさめました。カシムはていねいに埋葬されました。死体にきずは見られず、だれもカシムの死に方にうたがうものはありませんでした。
カシムの葬儀が終わってしばらくすると、アリババとおくさんはカシムの家にうつりすみました。カシムの店はアリババの息子にまかせることになりました。

 何日かたって、盗賊たちが森の洞窟にきてみると、おどろいたことに、カシムの死体がなくなっていて、そのうえ、金貨の袋までへっていました。
「おれたちのひみつは知られてしまった」と、頭がにがにがしい顔でいいました。「泥棒は一人ではない。死体がなくなって、金貨の袋がへっているのが何よりの証拠だ。はじめの一人を消したように、そいつの仲間も消さなくてはならない。さもないと先祖代々苦労してためた、お宝すべてを失ってしまう」
 手下たちがうなずくと、頭はつづけました。
「おれたちが切りきざんだやつのことが、町でうわさになっているにちがいない。そいつがどこのだれかを、つきとめるのだ。そうすれば、そいつの仲間のこともわかるだろう。もし、しくじれば、おれたち全員の破滅につながる。だから、この役目を引きうけて、しくじった者は、死をもってつぐなわなわなければならない」
 すると、すぐに一人の手下がいいました。
「頭のいうとおりだ。おれが男として、命をかけてやってみよう。だが、万一しくじったとしても、おれが仲間のために勇気と誠をささげたことは、わすれてくれるな」
 こうして手下の男は出発し、空が明るくなるころ、町につきました。
 男が広場までくると、もうあいている店がありました。靴屋のムスタファじいさんの店です。ムスタファは仕事をはじめようとしていました。男は声をかけました。
「やあじいさん、こんなに早くから、もう仕事かい。いい年なのによく目がみえるね」
「どなたかは知らんが、わしのことをごぞんじないね」と、ムスタファがいいました。
「ごらんのとおり年はとっているが、目はまだ、むかしのままだ。ついこのあいだも、ここと同じくらい暗いところで、死人をぬいあわせたばかりさ」
 男は小躍りしました。町についてさいしょに声をかけた人物が、こちらの知りたいことを話してくれたのです。
「死人だって!」と、男はおどろいた声でいいました。「それはつまり、死人をつつむ布をぬったということですかい?」
「いやいや、そうじゃないさ」と、じいさんが答えました。「いったとうりのことだよ。だが、もうこれ以上しゃべりませんぞ」
 もはやまちがいありません。これこそ知りたかったことです。男は金貨を一枚、ムスタファの手ににぎらせました。
「あんたのひみつをさぐろうってわけじゃないさ。知りたいのはただ一つ、あんたが死人をぬった家のことさ。案内してもらえないかねえ」
「そりゃだめだ。お前さんののぞみをかなえようにも、できんのだよ。あるところまでいくと目隠しされてその家までつれていかれ、帰りもおのじようにしてつれもどされたからね」
「それなら」と、男がいいました。「もう一度目かくしをしたら、思い出すかもしれない」
そういいながら男は、ムスタファの手にもう一枚金貨をにぎらせました。
 二枚の金貨を目にするとムスタファじいさんは、のどから手が出るほどほしくなり、少しかんがえてからいいました。
「せっかくのたのみだらら、ひとつできるだけのことはやってみよう」
 男は布でムスタファに目かくしをすると、手を引いたり、自分が手を引かれたりしながら歩いていきました。やがてムスタファが足を止めると「うむ、このへんだったな」と、いいました。
 ちょうど、そこは、今でこそアリババが住んでいますが、もとはカシムの家だった真ん前でした。男は用意してきた白いチョークで、すばやく扉にしるしをつけました。
 ムスタファと手下の男が立ち去ってしばらくすると、モルジアナが買い物から帰ってきました。モルジアナは、扉のしるしに気がつき、不思議に思いました。
「このしるしは、何かしら?子どものいたずらとは思えない。だれかご主人さまに悪いことをたくらんでいるのではないかしら」
モルジアナは用心のための、近所の家の戸口という戸口に、白いチョークで同じしるしをつけました。
さて、手下の男が仲間をつれて町にきてみると、どの家にも同じしるしがついていて、見つけておいた家がどれかわかりません。
もくろみは失敗し、男はおきてにしたがい、いさぎよく死をもってつぐないました。
 すると、すぐに別の一人が、自分ならもっとうまくやってみせる、と名乗りをあげました。
この男も、前の男と同じように、ムスタファじいさんに金貨をにぎらせ、目かくしをしてアリババの家をつきとめました。そして、前よりもっと目立たない場所に、今度は赤いチョークでしるしをつけました。
 しかし、モルジアナの目は、この赤いしるしも見逃しませんでした。モルジアナはきのうと同じように、となり近所の家の目立たないところに赤いしるしをつけたのです。
 こうして、二番目の男も失敗し、前の男と同じように死のつぐないをしなければなりませんでした。
 頭は勇気ある仲間を二人も失ってしまい、今度は自分がやらなければならないと考えました。そしてまたも、ムスタファじいさんの力をかりてアリババの家をつきとめました。しかし、頭は、とびらにしるしはつけず、その家のようすを自分の目にしっかりときざみつけました。
 頭は森にもどると、あの家の者を皆殺しにする計画を話して聞かせました。2,3日たった夕方、頭は油売りに変装して19頭のラバをつれてアリババの家にやってきました。どのラバの背にも二つの大きな皮袋があり、その中の一つだけに油がはいっていましたが、あとの皮袋には使いやすい武器をもった盗賊が入ってかくれていました。
 盗賊の頭は、門の前で夕涼みをしていたアリババに、夜になって行き暮れたので、どうか一夜の宿をかしてほしい、とたのみました。アリババはこころよく旅人を迎え、ラバを中庭にいれるようにいいました。それからモルジアナをよんで、客人のために食事と寝床の用意をするようにいいつけました。
 さて召し使いのモルジアナは、いわれたことをすますと、台所でおそくまで、朝ご飯のスープをつくっていました。するとそのさいちゅうに、ランプの火が消えてしまいました。
油がなくなったのです。油の壷の中もからっぽでした。それで、あの庭にあるたくさんの皮袋から、少しくらいもらってもいいだろう、と思って、壺を持って庭へ出て行きました。
ところが、はじめの皮袋に近づくと、中から押し殺したような声がしました。
「頭、もう時間ですかい?」
 モルジアナは、はっとしましたが、とっさに機転をきかせ、同じように低い声でいいました。
「いや、まだだ、もう少しまて」
 となりの皮袋からも、同じ問いかけがありました。こうして、同じ答えを繰り返していくと、最後の袋からは声がなく、そこには油がたっぷり入っていました。
 いまや、モルジアナには、はっきりとわかりました。アリババが油商人だと思って家に招きいれたのは、三十八人の盗賊だったのです。なんとか、ご主人の命を守らなくてはなりません。
 モルジアナは、いそいで台所から大きななべを持ってくると、油をいっぱいに満たし、それをかまどの火にかけて、ぐらぐらと煮立てました。それから庭に運ぶと、皮袋の口へ、つぎつぎに油をそそぎこみました。盗賊たちはひとたまりもなく死んでしまいました。
 真夜中になると、頭は起き上がって庭をうかがいました。頭はいくつかの袋めがけて小石をなげ、手下に合図をしました。しかし、どの袋からも、だれもでてきません。頭は心配になって、庭に出て袋をのぞいてみました。全部の袋をつぎつぎにのぞきました。手下は一人のこらず死んでいました。
 頭はまさかの失敗に打ちのめされて、塀を乗りこえて逃げていきました。

 一息つくと頭は、このままですませるものかと、仕返しの次の手を考えました。
 頭は、町に一軒の店を出すことにしました。洞窟から絹織物やじゅうたんを運んで店に並べ、名前もハッサンとかえて、アリババの命をねらう機会を待ちました。
 この店はぐうぜん、アリババの息子の店のすぐ前にありました。それがわかると、ハッサンはアリババの息子にあいそよくあいさつし、だんだん親しくなって、ちょっとした贈り物をやったり、店に招いて食事をするまでになりました。息子は自分の方からもハッサンをもてなしたいと思い、父親に相談しました。すると、アリババは喜んで、自分の家に招待しようといいました。
 盗賊の頭は、殺そうとねらっている男の家から食事にまねかれたのです。男は長いひげをつけ、変装してアリババの家にやってきました。だが、モルジアナは、客をひと目みるなり、これはあやしいとにらみました。それによく気をつけてみると、上着の下には短剣までかくしているではありませんか。モルジアナは、料理を出しおわると、果物とお酒を運びました。

 食事がすむと、モルジアナは、踊り子の衣装を着て入ってきました。きらびやかな飾りと美しい衣装をつけ、銀の帯には銀の短剣をさしています。
 みんなは、モルジアナの美しさと風変わりな踊りにうっとりみとれていました。
 突然、楽しい宴の席に悲鳴があがりました。踊りながら客の前に進み出たモルジアナが、いきなり剣を客の胸に突き立てたのです。
アリババはあまりのことに、大声をあげました。
「アーツ、なんてことをするんだ!わたしたち一家にわざわいをもたらすつもりか!」
しかし、モルジアナは少しも騒がず、盗賊の上着から短剣を取りだして客の正体をあばいてみせました。


 こうして、かしこくて勇敢なモルジアナは、盗賊との知恵くらべに勝って、アリババ一家を守りぬいたのです。
 アリババは、モルジアナを息子の妻に迎えました。
 結婚した二人は、アリババを大切にしながら、運命がさだめたときがくるまで、楽しく幸せに暮らしました。
 

ブレーメンのおんがくたい(私家版)

2014年02月25日 | 私家版

 むかし、ある人が、ろばを 一ぴき飼っていました。その ろばは、これまで長いとしつき、休まずせっせと 麦の袋を 水車小屋に運んでいました。けれども、いまでは からだが弱って、だんだん仕事ができなくなってきました。
 そこで、飼い主は、もう餌をやってもいてもしかたがないと思いました。
 すると、ろばは、風向きが悪くなったのに、気がついて、家をとび出し、ブレーメンの町をめざして、ひとりで歩きはじめました。そこへいけば、町の音楽隊に入れるだろうと思ったからです。

 ろばが しばらく行くと、一匹の猟犬にあいました。犬は道に寝そべって、まるで 走りつかれたように、はあはあ息をしていました。
「おい、なんだって そんなに はあはあいってるんだ、かみつきやくん」と、ろばは聞きました。
「ああ、ああ」と、いぬはこたえました。「わたしが 年をとって、ひましによわり、いまでは 猟にでても、走れなくなったものだから、飼い主が おれをぶち殺そうとしたんだよ。だから、ひっしになって 逃げ出してきたんだ。でも、これから どうして 暮らしていったらいいだろうねえ」
「それじゃ」と、ろばが いいました。「わしは ブレーメンの町の音楽隊に入るつもりだが、おまえさんも一緒にいれてもらったらいいよ。わしは、太鼓をたたく。お前さんはラッパを吹きたまえ」
 いぬは それはいい考えだと思って、ろばと一緒にいくことにしました。

 しばらくいくと、一匹のねこにあいました。ネコは 道端に座って、雨が三日も降りつづいたような、なさけない顔をしていました。
「よう、なにを そんなに ふさいでいるんだね、ひげふきばあさん」と、ろばは 聞きました。
「自分の命が 危ないというのに、誰が うきうきしていられるものかね」と、ねこがこたえました。「実は、わたしは としをとって 歯が弱くなり、ねずみを おいかけるよりは、ストーブのうしろにすわって、のどを ごろごろならしているほうがよくなったんだよ。それで、うちのおかみさんたら、わたしを川へぶち込むと いうのさ。そこで こうして 逃げ出してはきたものの、さて、どっちへいけばいいのやら、うまい考えもうかばなくてね」
「それじゃ、わしらと一緒に、ブレーメンへいこうじゃないか。お前さんの夜の歌はすてきだから、きっと、まちの音楽隊にはいれるよ」
 ねこはそのとおりだと思って、みんなと一緒に いくことにしました。

 やがて、この三匹の宿無しが ある屋敷のそばを通りかかると、一羽のおんどりが 門の上にとまって、声をかぎりに ないていました。
「おいおい、きみのなき声は、骨のずいまで ひびくなあ。いったいどうしたんだね」と、ろばがたずねました。
「今日は、いいお天気になるとしらせたのだよ」と、おんどりがこたえました。「今日は マリアさまのひで、マリアさまが おさなごイエスさまの シャツをあらって かわかそうと なさる日なんだからね。ところが、明日の日曜日には、この家にお客がたくさんやってくる。そして、ねえ ひどいじゃないか。このわたしを スープにしろとおかみさんが、料理番にいいつけたんだ。 今晩、わたしはくびをちょんぎられてしまう。だからこうして なけるうちに、のどをふりしぼってないているのさ」
「それじゃ、あかあたまくん、わしらと一緒に いこうじゃないか。わしらはみな、ブレーメンへ いくところなんだ。どこにだって、死ぬよりましなことなら ころがっているさ。きみはいい声をしているし、わしらが一緒に 音楽をやれば、すばらしいものになるよ」
おんどりは、ろばのいうことが気にいったので、ついていくことにしました。でも ブレーメンの町は遠かったので とても、一日ではいけません。日が暮れる頃、大きな森へやってきたので、四匹は、森で、一晩をすごすことにしました。

 ろばと いぬは、大きな 木の下に 横になりました。ねこは その木の枝に のぼりました。けれども おんどりは、木のてっぺんに とびあがりました。そこが 一番 安全だと 思ったのです。
 それから おんどりは、眠る前に もう一度、四方八方を ながめました。すると、ぽつんと一つ、明かりがみえます。そこで 仲間たちに、明かりがみえるから、あまりとおくないところに 家があるにちがいないと、おしえました。
「それじゃ、いってみよう。ここは いごこちが よくないからねえ」と、ろばがいいました。
いぬは、「そこに 肉のついている骨が、二,三本あったら なおいいがなあ」と、いいました。
 みんなで 明かりのみえるほうへ歩きだしました。歩いていくと明かりだんだんあかるくなり、だんだん大きくなりました。そしてとうとう、こうこうと明かりをともした家につきました。
 そこはじつは 泥棒の家でした。
 一番体の大きな ろばが、窓にちかよって なかをのぞきました。
「なにか みえるかい、あしげくん」と、おんどりが たずねました。
「なにか 見えるかだって?」 ろばが こたえました。「すてきな食べ物や 飲み物が ならんでいる テーブルに、泥棒たちが ずらり すわって、ごきげんで 食べてるんだ」
「それが わたしたちのものだったらなあ」と、おんどりが いいました。
「そうとも そうとも。なんとかして そのテーブルにすわりたいね」と、ろばがいいました。そこで みんなは、泥棒をどうやっておっぱらったらいいだろうと相談して、とうとう いいことを思いつきました。
 ろばが まず 窓に前足をかけました。それから、いぬが ろばの 背中に とびのり、 ねこが いぬの背中に よじのぼりました。そして、最後に おんどりが 飛びあがって ねこの頭にとまりました。
 さて、すっかり用意ができると、4匹は、いち、にの、さんでいっせいに音楽をはじめました。ろばは、ひんひんとなき、いぬは大声でわんわんとほえたて、ねこはにゃあにゃあとわめき、おんどりは、こけっこうと、ときをつくったのです。それからみんなが窓から部屋の中へなだれこみました。窓ガラスががらがらと割れました。

 泥棒たちは、このものすごい叫び声を聞いて とびあがり、ばけものがきたのだと思って、びっくりぎょうてん、森の中へ逃げていきました。
 4匹の仲間たちは、テーブルをかこんでごちそうを食べること、食べること。このさきひと月食べないでいてもいいくらい、どっさり食べました。
 
 4匹の楽隊は、おなかが一杯になると 明かりを消して、めいめいにすきな寝床をさがしました。
ろばは、庭のわらのやまのうえに、いぬは戸のかげに、ねこは暖炉の あたたかい灰のなかに、うずくまり、おんどりは、屋根の上にとまりました。そして、みんな旅の疲れで、まもなくぐっすりと眠りました。

 さて、真夜中もすぎたころ、逃げ出した 泥棒たちは、ようやく家のあかりが消え、音も しずまったのに気がつきました。
親分は、「あんなに あわをくうのではなかったわい」と、いって、手下を一人えらびだして、家をさぐりに やりました。
でかけた手下は、家中 ひっそりしているので、台所にはいって、明かりを つけようとしました。そして、ぎらぎらひかる ねこのめを、まだ炭が燃え残っているのだと思って、そこへ、マッチをおしつけて火をつけようとしました。
 こうなると、ねこは すましていられません。泥棒の顔へとびかかり、ふーっと うなって、ひっかきました。
泥棒は たまげて 裏口から 逃げ出そうとしました。ところが そこに寝ていた いぬが とびおきて 足に がぶりと、かみつきました。泥棒は 庭へ出て、わらのやまのそばを かけぬけようとしましたが、ろばが 後ろ足で、ちからいっぱいけとばしました。
そのうえ、この騒ぎで 目をさましたおんどりが 屋根の上から、「こけこっこう!」と、大声でなきました。
泥棒は、無我夢中で 親分のところへ 逃げもどって こう 話しました。
「いやはや、あの家には恐ろしい悪魔のばあさんがいますぜ。そいつが、あっしに息をふきかけ、長いつめで 顔をひっかきやした。おまけに 戸口には、ナイフを持った男がいて、あっしのことを 突き刺しやがるし、中庭には まっ黒のおばけがいて、こん棒で、あっしをぶったたくんで。そのうえ、屋根の上には裁判官がいて、「「泥棒をつれてこい」」と、どなるんでさ。あっしはもう命からがら逃げ出してきやした」
 
 これを聞いて、泥棒たちは、二度とこの家に、よりつこうとしませんでした。
 そして、四匹の音楽家たちは、ここが、たいそう気にいったので、それからずっと、そこにすみつづけたということです。

 このお話は、いま、聞いたばかり。話してくれた人の口からは、まだゆげがたっていますよ。



 お話を語る場合、最初はテキストの選択からはじまるが、あまりあたりはじれ?がないのは、グリムの昔話。ただ、多数の訳がだされており、どれを選ぶかに悩む。
 どの訳にもよさがあり、いいとこどりをしていくと、わかりにくくなることもあって、私家版として整理しています。
 この話は、福音館書店の同名絵本、岩波少年文庫グリム童話集上、こぐま社の子どもに語るグリムの昔話4を参考にさせていただきました。


ジャックと豆のつる(私家版)

2013年10月13日 | 私家版
昔話を語る場合、どんなテキストを選ぶか苦労するところ。最近は「語る」ことに重点をおいた本も多く出ていて参考になるが、外国の昔話を訳したものは、有名?なものでは、数多くの訳があり、どれをつかうか迷う。
 ところで、「ジャックと豆のつる」を覚えてみたいと考えていたが、ピンとくるテキストがなかった。木下順二(岩波書店)訳を読んで昔話風方言のつかいかたやリズム感に魅力を感じていたが、話すとなるとなかなかむずかしい。そこで石井桃子(福音館書店)訳を参考にして個人的な「ジャックと豆のつる」にしてみた。
 パソコンに自分で入力すると、これまで気がつかなかった微妙な言葉づかいや文の区切りがどれほど考えられているのかに、あらためてきずかされたのは、今回の副産物である。

 ところで実際にシュミレーションしてみると思った以上に時間がかかった(20分)。そこで今回こまかく修正してみた。(2014.1.8)

<ジャックと豆のつる>  

 むかし、あるところにジャックという男の子が、おっかさんと二人で暮らしていました。
 この親子の暮らしといったら、め牛がだしてくれる牛乳だけがたよりで、それを市場で売ってほそぼそと暮らしていました。
 ところがある朝、め牛が牛乳をだしてくれなかったもんで、さあ、親子はどうしたらいいかわからなくなりました。
 「どうしたもんだ、どうしたもんだ」とおっかさんは両手をにぎりしめながらいいました。
 「元気だしなよ、おっかさん。おいらどこかで仕事をみつけてくるからよ」と、ジャックがいいました。
 「そんなこた、前にもやったよ。けど誰もおまえなんかをやとってくれなかったじゃないか。こりゃめ牛を売るしか仕方ねえな。その金で店なんかはじめるさ。」
 「よしきた。今日は市の立つ日だ。おいらすぐめ牛をうってくるで。それからどうするか考えようや」
 そこでジャックは、め牛をひいて市場にでかけました。
 しばらくいくと、へんな見かけのじいさんに声をかけられました。
 「おはよう、ジャックくん どこへいくね」
 「おはよう、ウシを売りに市場へ」とジャックは答えてから、あれ、なんでこの人おいらの名前を知っとるんだろうと思いました。
 「なるほど」とじいさんはしゃべりながら、ポケットから妙な見かけの豆をとりだしながら言いました。
 「どうだね、この豆とそのウシをとりかえねえか?」
 「よしなよ、うまいことをいってら」とジャックがいうのへ、じいさんは「ははあん、あんたはこれがどういう豆だか知らんのだな。こいつを埋めて一晩おいておくと、翌朝にはちゃんと天までのびとるぞ」
 「ほうとうかね? まさか」
 「いんや、そうなんだよ。もしうそだったら、ウシをかえしてやるよ」
 そこでジャックはウシと豆をとりかえて、うちにもどりました。
 そこでうちにもどりましたが、そう遠くまでいったのでもなかったから、ドアのところに帰りついても、まだ日暮れというわけでもありませんでした。
 「もう帰ったんかい?ジャック」と、おっかさんが言いました。
 「め牛がいないとこをみると、売れたんだね。いくらになったね?」
 「おっかさんにあたるもんか」と、ジャックは言いました。
 「そんなこというもんじゃないよ。5ポンドかい? それとも十ポンド? 十五ポンド? まさか二十ポンドじゃ」
 「あたりっこないといったろ? 売るかわりに、おいら魔法の豆と、とっかえてきた。これを埋めてひと晩おくと・・・」
 「なんだと!」おっかさんがどなりました。
 「肉にしたって最上等のあのウシを、そのくだらない豆つぶととっかえてきたたァ。こんちくしょう!こんちくしょう!こんちくしょう! 何が大事な豆つぶだよ。窓からほうりなげちまえ! さあ、さっさと寝ちまうんだ。今夜ばかりァ、ひと口だってなんにも飲ましちゃやんねえし、ひとっかけだって食わせるもんか」
 そこでジャックはすっかりしょげて豆を庭にほうりだすと、すきっ腹をかかえたまま、屋根裏の部屋で寝てしまいました。

 次の朝、ジャックが目を覚ましてみると、部屋のようすが奇妙です。
 ところどころ日がさしこんでくるのに、あとは大変暗くて陰になっています。そこでジャックは窓のところにいってみました。庭には豆のつるが生えていて、それがまた、のびたものびたも空へ届くまで伸びていました。
 あのおじいさんのいったことは本当でした。
 豆のつるは、ジャックの部屋の窓のすぐ近くをのびていましたので、手をのばせばすぐ豆のつるにとどきました。そこでジャックはおおきなはしごみたいにかかっているその豆のつるへとびついて、よじ登ってよじ登ってよじ登って、よじ登ってよじ登ってよじ登って、またよじ登って、とうとう空に行きついてしまいました。さてそこまできてみると、長い広い道が投げ槍みたいに一直線に突き抜けていました。そこを歩いて歩いて歩き続けていくと、最後にすごくでっかくて背の高い家に行きつきましたが、その入り口のところには、すごくでっかくて背の高い女の人がたっていました。
 「お早ようございます。おばさん」とジャックはうんとていねいな調子で言いました。
 「あのう、朝ごはんを食べさせてもらえんでしょうか?」何しろジャックは、ゆうべから何も食べていませんでしたから、お腹がぺこぺこでした。
 「朝ごはんがほしいだなんていっていると・・」と、そのすごくでっかくて背の高い女の人はいいました。「お前さんが朝ごはんになってしまうよ。わたしのだんなは人食い鬼だからさ。男の子をあぶってパンにのせたのが一番の好物なんだよ。どっかに行っちまわないとすぐやってくるよ」
 「なあおばさん、何か食べるものをおくれよおばさん。きのうの朝からなんにも食べてないんだよ。ほんとにほんとだよおばさん」とジャックはいいました。「死にそうにおなかがすいちまってるだよ、あぶられちまったほうがいいくらいだ」
 さて、人食い鬼のおかみさんは悪い人ではありませんでした。
 ジャックを台所につれていってくれて、パンとチーズのかたまりと、一杯のミルクをくれました。けれども、まだジャックが、このごちそうを、半分も食べ終わらないうちのことです。どしん!どしん!どしん!と、だれかがやってくる足音がして家じゅうがゆれだしました。
 「あれま、たいへんだ!わたしのだんなだよ!」と鬼のおかみさんがいいました。「早くこっちへきて、このなかへ飛び込みな」
 そして、おかみさんがジャックをかまどの中へおしこんだところへ、人食い鬼がはいってきました。なるほど、こいつはでっかいやつでした。腰のベルトには子牛を三匹、足でくくったのがぶらさげてありました。鬼はそれをほどくとテーブルの上に放り投げていいました。「こいつで朝ごはんをつくってくれ。やあ!なんだ?このにおいは。
  ふうん、へえん、ほおん、はあん
  人間の血の匂いがするぞ
  生きとろうと死んどろうと
  そいつの骨でパン粉をこねてやる
 「ばかなことをいいでないよ」とおかみさんがいいました。「あんた夢でも見てるんでないの? でなければ、ゆうべの晩御飯においしがって食べたあの小さな子どもの残りがにおってるんだよ。さあ、手を洗って身なりをなおしといで、それまでに朝ごはんをつくっておくからさ」
 そこで、人食い鬼は、いってしまいました。
 ジャックが、かまどからとび出して逃げようとすると、おかみさんが、「うちの人がねむるまで、おまち。朝ごはんがすむと、いつも、ちょっと、一休みするんだからさ」といって、とめました。
 さて、人食い鬼は、朝ご飯がおわると、大きな箱のところに行って、金貨の入っている袋を2つとりだしました。それからどっかりすわりこんで、あとからあとから金貨をかぞえているうち、頭をコックリ、コックリさせはじめ、やがて、いびきをかきはじめたので、家じゅうがガタガタゆれました。
 そこでジャックはソーっとかまどからはいだしました。それから鬼のそばを通るとき、金貨の袋を一つ、こわきにかかえこむと、豆のつるのところまで、わき目もふらずにとんでいきました。そして、豆のつるをすべりおりすべりおりして、とうとう家に帰り着き、おっかさんに金貨を見せながらこういいました。
 「どうだいおっかさん、この豆、おいらのいったとおりだろ?やっぱり魔法の豆だったんだよ」
 そこで、親子は、しばらくのあいだ、金貨をつかってくらしていましたが、とうとうそれもおしまいになったので、ジャックは、もう一ぺん豆のつるのてっぺんまで登って行って、運をためしてみようと決心しました。

 そこである晴れた朝、ジャックは早く起きると豆のつるにとっついて、よじ登ってよじ登ってよじ登って、とうとうまたあの道のところに出て、それから前に行ったあのすごくでっかくて背の高い家に行きつきました。そこには、またあのすごくでっかくて背の高い女の人が入口のところに立っていました。
 「おはようございます。おばさん」とジャックはずうずうしくも声をかけました。
 「あのう、何か食べるものをもらえんでしょうか?」
 「こんなところに立ってるんでないよ」と、でっかくて背の高い女の人はいいました。「でないとうちのだんなが、お前を朝ごはんにたべちまうによ。だけど おまえいつかきたことのあるあの子だな? あの日に、うちのだんなが金袋を一つなくしちまったんだけど、おまえ知らないかい?」
 「そいつはおかしいね。おばさん」とジャックはいいました。「でもそのことで何かおしえてあげること、あるかもしれんけど、何か食べんことには、おなかが空きすぎててものがいえないや」
 するとでっかくて背の高い女の人はすごくそのことが聞きたくなって、ジャックを家につれていって食べさせてくれました。
 ところが、ジャックがなるべくゆっくりと口をもぐもぐやりかけておるところへ、どしん!どしん!どしん!と、あの大きな奴の足音がひびいてきたので、おかみさんはジャックをかまどの中にかくしました。
 全部がこの前のとおりでした。この前のとおりに人食い鬼がはいってきて「ふうん、へえん、ほおん、はあん」といって、朝ご飯に、あぶったお牛を三匹たいらげてしまいました。
 それからおかみさんに「金のたまごをうむメンドリをもってこい」といいました。
 そこでおかみさんがメンドリをもってくると、鬼は「たまごをうめ!」といいました。するとメンドリはコロリと、まじりけのない金のたまごをうみました。そのあとで、鬼はコックリコックリやりはじめ、やがていびきをかきはじめたので家じゅうがガタガタゆれました。
 そこで、ジャックはソッーと、かまどからはいだすと、金のたまごをうむメンドリをひっつかみ、目にもとまらぬはやさで、どんどん逃げだしました。けれども、こんどはメンドリが「コケッコ、コケッコ」と鳴いたので、鬼は目をさまし、ちょうどジャックが家をとび出したとき、「わしのメンドリをどうしたんじゃ?」と鬼がいってる声がしました。するとおかみさんが「なぜ、そんなこと聞くんだよ、おまえさん?」といいました。
 ジャックは、ここまで聞いただけで、あとは夢中。豆のつるところまでとんでいき、まるでおしりに火がついたように、すべりおりました。
 それから、家につくと、おっかさんにその不思議なメンドリをみせて、「たまごをうめ!」といいました。するとジャックが「たまごをうめ!」というたびに、メンドリは、金のたまごを一つずつうみました。

 さてジャックは、これでも満足できませんでした。そこで、まもなく、またもう一度、運をためしてみようと決心しました。
 そこである晴れた朝、ジャックは早く起きると、豆のつるにとっついて、よじ登ってよじ登ってよじ登って、てっぺんまでいきつきました。ところが行ってみると、きょうはあのすごくでっかくて背の高い女の人はいませんでした。そこでジャックは台所にしのびこんで、大鍋のなかにかくれました。
 するとじきに、まえと同じに、どしん!どしん!どしん!という音がして、人食い鬼とおくさんがはいってきました。
 「ふうん、へえん、ほおん、はあん、人間のにおいがするぞ」」と鬼はどなりました。「においがするぞ、かみさん、においがするぞ」
 「ほんとかね?」とおかみさんはいいました。「だとすると、あの金袋と金のたまごをうむメンドリを盗んだチビすけが、きっとかまどのなかにはいっとるんだよ」。
 そこで夫婦は、かまどにかけよりました。けれども、運よくジャックはそこにはいませんでした。
 そこで鬼のおかみさんは「あんたのふうん、へえん、ほおん、はあんもあてにならないね。あんたがゆうべつかまえてきて、けさのごはんにわたしがあぶってやった子どものにおいにきまっとるよ。わたしも忘れっぽいけど、あんたもこれだけ年をとってるのに、生きとるもんと死んだもんの区別がつかないのは、ずいぶん間のぬけた話だね」
 そこで人食い鬼はテーブルにすわって、朝ご飯を食べ始めました。けれどもときどき口の中で、こうつぶやいていました。「いいや、まちがいなしに・・・」、そうして立ち上がっては、食糧部屋やら食器戸棚やらあちこちを探しまわりましたが、大鍋のことだけは考えつきませんでした。
 朝ご飯がおわると、人食い鬼は大きな声で「わしの金のたてごとをもってこい。」といいました。
そこで、おかみさんがたてごとをもってきてテーブルの上におきました。そして鬼が「歌え!」というと、たてごとはじつに美しい音で歌いだしました。 すると人食い鬼は、いいきもちでコックリコックリ寝てしまいました。
 そこでジャックは大鍋のふたをソッーともちあげて、よつんばいでテーブルのところまで行くと、はいのぼるようにしてたてごとをつかみ、ドアのほうへ走りはじめました。ところが、たてごとが大きな音で「だんな!だんな!」とさけびだしたので、人食い鬼は目をさまし、ちょうどジャックがたてごとを持って逃げていくところを見てしまいました。
 ジャックは夢中でにげだしました。人食い鬼も風を切っておいかけてきました。しかし、ジャックは、だいぶさきにかけだしていましたし、自分のゆきさきもわかっていましたから、とうとう、つかまらずに、豆のつるのところまできました。そのとき鬼はジャックから20メートルとは離れていませんでした。そのうち、きゅうにジャックが消えたように見えなくなったので、鬼が道のはしまでいってみると、ジャックは命からがら豆のつるをおりていくところです。けれども鬼は、そんなあぶないはしごをおりていかれないで、立ちどまってみているうち、またまたおくれてしまいました。
 ところがちょうどそのとき、また、たてごとがさけびました。
 「だんな!だんな!」
 鬼が身をひるがえして豆のつるにとっついたので、その重みで豆のつるはユッサユッサゆれました。ジャックはどんどん、すべりおり、鬼もそのあとをおいかけました。それでもジャックはどんどんすべりおり、家のちかくまで来ると、大きな声でさけびました。
 「おっかさん!おっかさん! オノをくれ、オノをくれ!」
 おっかさんはオノを手にしてとび出してきましたが、雲のすきまから人食い鬼の足がみえたので、こわくなって一歩も動けなくなってしまいました。
 けれども、ジャックは地面にとびおりるなり、オノをひっつかみ、豆のつるにたたきつけたので、つるは半分ぐらいまで切れました。豆のつるがユラユラゆれると、鬼は何事が起ったのかと思って、途中でとまって下をながめました。そのときジャックがもういちどオノをたたきつけたので、豆のつるはぷっつり切れて、人食い鬼はどしん!と真っ逆さまに墜落して死んでしまいました。

 それからジャックはおっかさんに金のたてごとを見せました。そして、そのたてごとを人に見せたり、金のたまごを売ったりして、大変な金持ちになりました。
 
 やがて、ジャックは、えらいおひめさまをおよめにもらって、それからのちは、しあわせにくらしましたとさ。


私家版・・すてきな三人ぐみ

2013年05月16日 | 私家版
 中川李枝子さんや松谷みよ子さんのおはなしには、不思議な魅力があり、やさしく楽しい語り口は、そのもとになっている昔話の世界を広げてくれる。
 
    <読んであげたいおはなし/松谷みよ子の民話 上・下/筑摩書房/2002年初版>
    <よみたいききたいむかしばなし 1のまき 2のまき/中川李梨枝子・文 山脇百合子・絵/のら書店/2008年初版>

 こうしたものを読んだからというわけではないが、以前読んだ絵本「すてきな三人ぐみ」が、お話として語れるのなら楽しいだろうなという思いがあり、私家版として文をつくってみました。文をつくってみると作者の苦労がしのばれるところ。

<すてきな三人組>

あるところに三人組の泥棒がおったと。
泥棒のいでたちは、黒いマントに、黒い帽子で、黒い帽子の下には、目玉だけがギラギア光っていた。
一人目はらっぱ銃をもち、二人目はこしょう・ふきつけ、三人目は大きな赤いオノをもっていた。
暗いまっくろな夜になったら、獲物をさがしに、でかけていくんだと。
泣く子も黙る三人組にであうと、女の人はびっくりして気をうしない、男も犬もあわててにげだす。
三人組が狙うのは、馬車。広くてまっすぐな道を走る馬車を馬に乗って追いつき、まずは めつぶしに、こしょうをたっぷりふきつけ、馬車がびっくりして止まると、おつぎは 大きな赤いオノで車輪をまっぷたつし、おしまいにラッパじゅうを かまえて、
「さあもっているものを出せ」
こうして奪った宝物を山のてっぺんの洞穴にもっていった。泥棒の家の大きな箱には 金銀、宝石、指輪に お金に 首飾り、宝物が、ざっくざくとあった
ある日のこといつものように馬車をとめ、中にむかって
「さあもっているものを出せ」
そのとき馬車に乗っていたのは、美しいお妃さまと侍女。
侍女たちは大騒ぎした。
「どうして、どうしてこんなことをするの」
お妃さまは
「私が誰か知っているの、どうしてこんな目にあわせるの」と言ったが、
三人組は、お妃は知らなかったので、いつものようにいただくものをいただいて家に帰った。
もったいないことに、三人組は美しい女性に、興味をしめさなかった。
それからしばらくたった日、あるすみをながしたような夜のこと、三人組は、いつものように馬車をとめて、
「さあもっているものを出せ」
といおうとしたが、馬車にのっていたのは小さい子どもだけ。
三人組はがっかりして
「おまえさんの名前は」
その子はこたえた。
「テファニーよ」
「なんでこんな夜に馬車にのっているんだ」
「これからおばさんのところにいくところよ」
テファニーは、母親と二人だけだったのが、母親がなくなったので、おばさんと暮らすことになっていたのです。
他に獲物は何にもなかったので、三人組は、テファニーちゃんを大事にかかえて隠れ家へかえった。いじわるなおばさんのところにもらわれて、いっしょに暮らすはずだったので、それよりは、このおじさんたちのほうが何だか面白そうとテファニーちゃんはよろこんだ
ふかふかのベッドでテファニーちゃんは、ぐっすり眠ったが、次の日、目をさますなり三人組の宝の山にきがついた。
「まああ こんなにいっぱい、どうするの」
テファニーちゃんに聞かれて、三人組は 顔をみあわせ考えた。
というのは、別に使うかうあてもなかったからだ。
そこで 三人組は、さびしく、かなしく、暗い気持ちで暮らしている捨て子やみなしごをどっさりあつめた。そして、みんなが住めるように すてきな大きなお城を買った。
子どもたちには、赤い帽子に赤マントを着せて、お城につれていった。
お城のうわさは、すぐに国中にひろがり、子どもはお城に次から次へとやってきた。
三人組は住むところだけではなく、牛や鶏を飼い、畠には野菜を植えて子どもたちの食料も自分たちで作って毎日を過ごしていた。
しばらくして、この国の王様が、兵隊100人を引き連れて三人組を捕まえにお城にやってきた。
というのは、王さまのお妃さまが。馬車に乗っていたとき、三人組に首飾りや宝石を盗まれ憎んでいたからだった。
王さまは
「盗んだ首飾りや宝石をだせ」
といったが、泥棒が集めた金銀、宝石は子どもたちのために使ってしまったから何にもなくなっていた。王さまは怒って、三人組を連れて行ってしまった。
「どうしよう、どうしよう」
「これからどうして暮して行ったらいいの」
子どもたちは大騒ぎになってしまった。
そのとき、テファニーちゃん
「泣いてもばかりいてもしょうがないわ。自分たちでなんとかしなくっちゃ」
そこで、みんなは料理係、掃除係、畑仕事係、牛の世話係、鶏の世話係に分かれて仕事をすることにした。
始めのうちは料理ができず、牛乳もよくしぼることができなかったのが、毎回失敗することでだんだん上手くなっていった。子どもたちの食事はそれはそれはにぎやかでしたよ。50メートルもある3つのテーブルにすわりパクパク。
牛からはミルクを、ニワトリからは卵を頂戴し、牛や鶏の糞は畑の肥料にしたから、野菜もよく育った。
こうして、いくつもの季節がすぎて、やがて、こどもたちは すくすく育ち、次々に結婚した。
そして、お城のまわりに家をたて、村をつくった
小さな村はどんどんおおきくなった。
ある日、テファニーちゃんはみんなを集めて相談することにした。
「私たちがこうしてうまくやっていけるのも、あの三人組のおじさんたちのおかげだわ。なにか記憶に残るものを残そう」
そこで、みんなはどうしたらいいか相談し、屋根がとんがり帽子で、三人に似た塔をたてましたよ。

ありがたいこってす!

2012年10月30日 | 私家版

 「ありがたいこってす!」(マーゴット・ツェマック・作 渡辺茂男・訳 童話館出版 1994年初版)という絵本。楽しい話で、語ってみたいと思い、すこし整理してみました。あくまでボランティア用としてのものです。

 

 むかし ある小さな村に、貧しい不幸な男が、母親と おかみさんと 6人の子どもたちといっしょに、一部屋しかない小さな家に住んでいた。

 家のなかが あんまり 狭いので、男と おかみさんは 言い争いばかり していた。子どもたちは こどもたちで、がたがた うるさくて 喧嘩ばかり。

 冬になると、昼間は寒いし 夜は長いし、暮らしは ますます みじめになった。

 小さな家は、わめき声と 喧嘩騒ぎで われんばかりだ。 

 ある日、この貧しい不幸な男は、とうとう 我慢できなくなって、なにかいい知恵は ないものかと ラビ(ユダヤの法律博士、先生)のところに いった。

 「ラビさま」と 男は わめいた。「いろんなことが うまく いかなくなって、ひどくなるばかりでがす。わしらあ ひどく 貧しいもんで、おふくろと。かみさんと がきが6人と この おれが、みんないっしょに ちっぽけな小屋に すんでいるんでがす。その狭くて うるせえことときたら! ラビさま たすけてくだせえ。おっしゃるとおりに いたしますだ」

 ラビは ひげをしごいて かんがえて、しばらくたって こう いった.

 「おまえは 動物を飼っているかね。にわとりの1羽か 2羽でも?」

 「へえ」と 男はいった。「おんどりが一羽、それから ガチョウが一羽 おりますんで」

 「それは けっこう」と ラビは いった。「では 家に帰り、おんどりと ガチョウを なかにいれて、いっしょに 暮らしなされ」

 「おっしゃるとおりに いたしますだ」と 男はいったものの すこしばかり 驚いた。

 貧しい不幸な男は、いそいで 家に帰り、とり小屋から おんどりと ガチョウを連れてきて、自分の家の中に入れた。 

 小さな家の暮らしは、まえより ひどくなって、これまでの 喧嘩さわぎと わめき声に くわえて、ぐわぁぐわぁ、こけこっこう。スープのなかには とりの はね。

 一週間たつと、貧しい不幸な男は もう 一刻も がまんならんと、また ラビに 知恵をかりにいった。

 「ラビさま」と 男は わめいた。「ひでえことに なりましたでがす。喧嘩騒ぎに わめき声、ぐわぁぐわぁ、こけこっこう。スープの中にゃあ とりのはね。こんな ひでえことは ねえでがす。ラビさま たすけてくだせえ。おねがいだ」

 ラビは 男のいうことをきいて、かんがえて、しばらくたって いった.

 「もしや おまえは、やぎかっておらんかね?」

 「へい おりますとも。たしかに おいぼれやぎが 一匹。やくたたずでがすよ」

 「でかした」と ラビはいった。「では 家に帰り、おいぼれヤギを なかにいれて いっしょに暮らしなされ」

 「とんでもおない! ラビさま じょうだんは やめてくれ!」と 男はわめいた。

 「いやいや、おまえは 私のいうとおりに するがいい」と、ラビはいった。

 貧しい不幸な男は、あたまをたれて とぼとぼと 家にかえり、おいぼれヤギを なかにいれた。

 小さな家の暮らしは、もっともっと ひどくなって、喧嘩さわぎに ぐわぁぐわぁ、こけこっこう、ヤギが暴れて、つので おしたり つついたり。

 三日たつと、貧しい不幸な男は もう 一刻も がまんならんと、また ラビに 知恵をかりにいった。

 「ラビさま、たすけてくだせえ!」と 男は 悲鳴を上げた。

 「こんどは、ヤギが暴れまわって まるで 悪い夢を みているようでがす」

 ラビは 男のいうことをきいて、かんがえて、しばらくたって いった.

 「きくのもむだだとおもうがの。もしや おまえは、牛を飼っておらんかね?若い牛でも おいぼれ牛でもかまわんよ」

 「へえ たしかに 牛が 一頭 おりますでがす」と 哀れな男は おそるおそる いった。

 「では 家に帰り」と ラビはいった。「牛を なかに いれなされ」

 「とんでもおない、そんな むちゃな!」と 男はわめいた。

 「すぐ そうするのじゃ」と、ラビはいった。

 貧しい不幸な男は、鉛を飲んだような気持になって、よろよろと 家に帰り、牛をなかにいれた。ラビは 正気のさたとは思えねえな?と 男は思った。

 小さな家の暮らしは、まえより くらべものにならないほど ひどくなって、喧嘩さわぎは ひきもきらず、おんどりとガチョウは つつきあい、ヤギは暴れる、牛はなんでも ふんづける。

 一日たつと、あわれな男は こんな不幸が あっていいものか、とおもった。とうとう 堪忍袋の緒が切れて、ラビに 助けてくれと たのみにいった。

 「ラビさま」と 男はさけんだ。「たすけてくれ すくってくれ。この世の終わりだ! 牛は なんでも ふんづける。もう 息をする すきまもねえ。地獄に おちたようでがんす!」

 ラビは 男のいうことをきいて かんがえて、しばらくたって、こう いった。

 「家にお帰り あわれな男よ。そして、動物たちを、外に出しなされ」

 「だしますとも だしますとも たったいま」と 男はいった。

 貧しい不幸な男は、いそいで 家に帰り、牛と ヤギと ガチョウと おんどりを 家の外に 追い出した。

  その夜、あわれな男と 家族のものは、ひとり残らず ぐっすりと 休むことができた。こけこっこうもなければ、ぐわぁぐわぁもなし。すきまも タップリあって 息もらくらく つけた。

 次の日、男は ラビのところへ はしっていった。

  「ラビさま」と 男は 大きな声で いった。

 「おまえさまは おれのくらしを らくにしてくださった。家のなかには、家族のものが いるだけで、しずかで ゆったりで 平和なもんでさあ・・・・・・ありがたいこってす!」