ヨーロッパでは、傭兵が重要な役割を占めていたようですが、傭兵はいわば契約兵士。
戦が終われば無用となります。常時軍隊をかかえておくことは、莫大な費用が必要なので、きわめて便利だったにちがいありません。
次から次へと戦いが続くわけでもないので、お払い箱になった兵士の物語があってもおかしくありません。
・悪魔がヴァイオリンを教わった話(メドヴィの居酒屋 世界むかし話7 ドイツ/矢川 澄子・訳/ほるぷ出版/1979年初版)
長年つとめあげて除隊になった兵士と、悪魔がでてきます。
宿をたのむが、ことわられて、勇気あるなら城で休めといわれた兵士。この城は悪魔が采配をふるっていて、これまで行ったものは誰も帰ってこないという城。
さっそく馬の足をしてヤギの角をはやした悪魔がでてきて、兵士を怒鳴りつけるが、兵士は笑って、一夜の宿をねがいたいんでねと落ち着いて答えます。
ひどく悪魔に気に入られた兵士が、ヴァイオリンを弾きはじめ、悪魔にむかってまねをしろというと、悪魔もまねしてみるが、ひと指ごとに弦が切れてしまう。
指先のたこを少しけずりとったら、立派なひき手になれるだろうと、兵士は、万力に悪魔の指をはさんでしまう。万力をきりきりしめあげると、悪魔は痛みにねをあげて、もうヴァイオリンは教わらねえというが、兵士は城をあけわたすという約束をさせるという話。
小道具としてヴァイオリンがでてくるのが、ドイツの話らしいが、こどもに万力というのが理解できるか心配な点。
ヴァイオリンは、十字軍遠征以降にイスラム世界からもたらされ、相当に高価なもののよう。ヴァイオリンをかなでると人々が踊りだす話も、ヴァイオリンの歴史と重ねたい。
・悪魔のすすだらけの兄弟(グリム童話集 下/佐々木 田鶴子・訳/岩波少年文庫/2007年初版)
ある兵隊がお払い箱になり、お腹をすかして森にはいっていくと、年とったこびとの悪魔にであいます。
悪魔は「下男になれば一生困らない、七年間仕えたらまた自由になれる、だが七年間のあいだ、からだをあらってはいけないし、髪もとかしてもいけない、髪や爪もきってはいけない」と持ち掛けます。
兵隊は地獄で、罪人がゆでられている大釜の火を燃やし、家の中をきれいに掃除し、掃除したごみはドアの後ろにすてることになりました。ただ、悪魔は大釜のなかを絶対に見ないようにいいます。
兵隊が見てはならないといわれた大釜のなかをのぞくと、なかにすわっていたのは軍隊でどなり、殴り、食事をさせなかった下士官。兵隊は大釜のふたをしめると、火をかきたて、まきをたしてやりました。
二番目の大釜のふたを少しあけてのぞくと、いつもいばって命令し、すきなように兵隊をこきつかった見習士官。兵隊はふたをしめるとうんと熱くなるように丸太をたしてやりました。
三番目には軍隊でいちばんえらい将軍。兵隊は、ふいごで火に風をおくり、めらめらとよくもえるようにしました。
すぐに七年間がたちますが、悪魔は兵隊が大釜のふたをあけて、なかをのぞいたことに気がついていました。ただ兵隊が、まきをくべたから命が助かったことをおしえます。
さらに悪魔は、からだをあらわず、髪もとかさず、髪や爪もきらずに家に帰るようにいいます。さらにだれかからどこからきたのか聞かれたら「地獄からだ」、もし、おまえがだれだときかれたら「悪魔のすすだらけの兄弟で、おれの王さまだ」と答えるようにいいます。
七年間のお礼がこれだけかと不平たらたらの兵隊ですが、ドアのうしろにすてたごみを入れたリュックが重いので、中身をすてようとすると、地獄のごみはピカピカの金貨に変わっていました。
兵隊の身なりを見た宿屋でとまるのをことわられますが、金貨をみせると宿屋の主人の態度がころりかわって、一番上等の部屋に泊まることになりました。
ところが、案の定、兵隊は宿屋の主人にリュックをぬすまれてしまいます。
兵隊は、もういちど悪魔のところへいき、助けを頼むと、悪魔はからだをあらい、髪も爪もきって、さらにもういちど地獄のごみをいっぱいにつめたリュックをくれました。
兵隊はもう一度宿屋にいき「もし盗んだ金貨をかえさないと、おれのかわりに地獄に行くことになって、さっきのおれのようなかっこうになるんだぞ」と脅かしたので、主人は恐れ入って金貨をかえし、その上にいくらかたして、このことをだまってくださいとたのみました。
ずいぶん親切な悪魔ですが、兵隊に同情したのでしょうか。大釜をのぞくなというからには、怖いものがあらわれるかと思うと、軍隊時代のさんざんな扱いのお返しも用意していました。
この結末はだいぶあまく、王さまの末の娘とあっというまに結婚することになるのですが、ついでにつけくわえた感もあります。
・うかれぼうず(ねずの木 そのまわりにもグリムのお話いろいろ1/矢川 澄子・訳/福音館書店/1986年初版)
ぼうずとありますが、でてくるのは使途聖人。
おひまをもらった元兵士が、乞食にパンと銅貨をやること3回。この乞食は聖ペトルスが身をかえていたもの。聖ペトルスと元兵士が一緒に旅をすることに。
聖ペトルスはさまざまの奇跡をおこし、お世話になった人が、お礼をさしだすと断りますが、元兵士はもらえもらえとけしかけます。
「悪魔がヴァイオリンを教わった話」とおなじように、城にとまった元兵士が、城に住む鬼をやりこめる場面もありますが、この話は大分長く、後半元兵士が地獄にいくと、この鬼がいて、地獄入門はまかりならんという場面や天国でも入るのを断られるなど楽しい場面もあります。
ところで、兵隊がふるさとにかえる昔話は、日本にはみられないようです。