星磨きウサギ/那須田淳・作 吉田稔美・絵/理論社/2007年
アレッポのキャットマン/アイリーン・レイサム カリーム・シャムシ・パシャ・著 清水裕子・絵 安田菜津紀・訳/あかね書房/2021年
シリアのアレッポで猫の保護活動をはじめた救急車の運転手アラーの実話です。
シリアというと、長く続く内戦とそこから逃げのびる人々がすぐに思い浮かびます。アレッポはシリア最大の都市ですが、そこで見捨てられた猫たちのために、なけなしのお金で新鮮な肉を買い求め水を運び、街に残っていた人々の協力や、ほかの国の寄付もあつめ、「ねこの家 エルネスト」を作ります。やがて街からにげなければならなくなった人たちは、自分たちの猫をつれてきました。
エルネストには、たくさんのお金が集まり、ほかの動物たちも、助けられるようになり、子どもたちの公園を作ったアラー。
戦争が始まる前の活気に満ちた市場と、その市場ががれきの山になっている風景があり、松葉杖をついていたり、包帯を巻いていたりしながらも笑顔の子どもたちがいます。
内戦というと悲惨なことしか浮かばなかったのですが、こんななかにも日常の生活があり逞しく生きている人々がいます。
山梨のむかし話/山梨国語教育研究会/日本標準/1975年
富士山ができるときの大噴火の様子です。
地震と雷が一緒に来たような噴火で、みんなが大目をあけてびっくりした村が大目村。
村中の者が、ああだこうだと賑やかに騒いだ村が賑岡村(大月市)。
噴火の音を嵐の音とまちがえたのが大嵐村。
うちのなかで耳をおさえて震えていたのが鳴沢村。
いやなことは明日見ようと寝てしまったのが明見村(富士吉田市)。
山梨県らしい地名の由来ですが、地元の方にとっては目新しくはないかもしれません。
ちいさなおばけ/作・画 瀬名恵子/教育画劇/1980年(8画面)
森の中で泣いているうさぎちゃんをみたおばけが、十五夜だからとすすきをかざりました。するとうさぎちゃんは、だんごがなくちゃいやだ!とまた泣きました。
おばけが、おだんごにばけたのはよかったのですが、おいしそうなだんごをみて、うさぎちゃんが かじってしまい こんどはおばけが あーんあーん。
でもそこへ、うさぎのおかあさんが、かえってきて みんなでおだんごをいただきます。
瀬名さんのおばけの絵本は、いつも小型本で見ていて、紙芝居になったらどんな風になるか興味がありました。大画面で見やすく、遠目にもよく見えそうです。
ちいさなヒッポ/マーシャ・ブラウン 内田莉莎子・訳/偕成社/1984年
感想を寄せている方のおおくがあげているのが、同じ作者の「三びきのやぎのがらがらどん」。「がらがらどん」がいかに親しまれているか再確認しました。
カバの親子の話。
何にも興味があるワニの子が、しだれにかかっている木の葉とあそびたくなったそのとき、波ひとつたてずにしのびよってきた大きなワニにしっぽにかみつかれてしまいます。あわや水の中に引き込まれようとします。おかあさんカバから、いつもいわれたように、「グッ グッ グァオ! たすけて!」大きな声で叫ぶと・・・。
いつも一緒で、カバの言葉をおしえてくれたお母さんの愛情がたっぷり。版画で描かれた半端ない動物の存在感が圧倒的です。
なかまのカバの子、しまうま、水牛に気軽に声をかける好奇心旺盛の幼いカバ。面白いことや恐ろしいことも自分で経験しないとわかりません。これからも多くの体験を重ねることでしょう。
あら、そんなの!/高橋和枝/偕成社/2021年
はじめて人間のお誕生日パーティーに招待された猫のプーでしたが、うれしい反面とまどいも。
はだかんぼうを心配すると、相談を受けた たまみさんは、「あら、そんなの!」と、ハンカチとリボンで素敵なドレス?を作ってくれました。
どんなプレゼントをもっていこうかと心配すると、「あら、そんなの!」と、たまみさんは、歌をプレゼントするよう提案。歌の練習をしているうちに歌詞もつくりました。
次の日、どきどきしていると、たまみさんは「あら、そんなの!」というおまじないを、おしえてくれます。
楽しいパーテイで、プーが歌を歌うと、それにつられて みんなが踊りだしました。
ところが、ひとりのもっていいたコップの水が、プーに すっかりかかってしまいました。プーはずぶぬれ。でも プーは大きな声で「あら、そんなの!」というと・・・。
柔らかな線の絵が落ち着いた感じです。はじめてのパーティに誘われたら人間だって不安な気持ちになるのはおんなじです。
「あら、そんなの!」というまじないは、魔法の言葉かな。
長野のむかし話/長野県国語教育学会編/日本標準/1976年
ずいぶんながいタイトル。誰がつけたかものでしょうか。
「おたのすけ」というのはいたずらずきのキツネ。
おかみさんからたのまれたあぶらげを買い込んで山道を歩いていたおやじさんに、お風呂に入るようにいい、おやじさんが気がつくと、そこは肥溜め。
てんぷらを買い込んで山道をあるいていた爺さまの持っていた提灯にいたずらをして、てんぷらをよこどり。
山道を歩いていた爺さまに、同じ道をぐるぐる歩くようにしたり。ほかに、道をなくしたりと、いたずら放題。
「じゅうにのかみ」というのは、なにかわかりません。
そして、キツネがでてくると、これを懲らしめようとする人がでてくるのが普通ですが、騙されただけでおわります。
さあ、犬になるんだ!/C・V・オールズバーグ・絵と文 村上春樹・訳/河出書房新社/2006年
全ページセピア色で写真よりも人物がリアルです。
誕生日の朝、カルヴィンは偉大な魔術師ロマックスのお昼の催眠術ショーの切符をママからもらい、隣に住んでいる仲良しのロドニーにといっしょにでかけました。
ロマックスが女の人にかけた催眠術をみたふたりは、妹トゥルーディー犬になる催眠術を試してみます。するとトゥルーディーは四つん這いになって舌をだし、わんわんとほえます。
はじめは喜んでいたカルヴィンでしたが、いざ催眠術を解こうとすると、トゥルーディーは犬のまま。
バケツの水を頭から浴びせてなんとか催眠術がとけます。
最後に妹の方が一枚うわてだったいうのがでてくるのですが・・。
黒人の兄と妹。妹が、舌をだらんとだし、よだれをたらす、四つん這いになってボウルに顔をつっこんで水をぺろぺろ飲む場面がリアルすぎてどうにもなじめません。
「さあ、犬になるんだ!」というタイトルといい、なにか後味が悪すぎます。
山梨のむかし話/山梨国語教育研究会編/日本標準/1975年
一人のお坊さんが、いくつも山をこして、石和の里に着いた。疲れていたし雨も降りそうだから、そのへんの家にいって宿をお願いしたがどこにいっても断られ、わけを聞くと、ひとだまがでたり、ゆうれいがでるという。
そこで、坊さんは石和川の土手にあるお堂にとまってみることに。お坊さんが横になっていると知らぬ間に、やせこけた年よりがだまってたっていました。
年よりがいうには、石和川で禁止されている魚をとり、筵にくるまれ川の中へぶっこまれてしまったという。反省はしているが、魂がちっとも言うことを聞かず、晩げになると歩き回るという。
つぎの朝、夕べと同じ川ばたにおりていった坊さまは、川のなかの小さい石を拾って、そのひとつひとつにお経を一字ずつ書いて、またもとの川に投げ込みました。お経はえらく長いので、そりゃあ時間がかかったと。晩になると年よりの泣き声。何日かそんなことが続き、おしまいの一字をかきおわると、おぼうさんは「なむみょうほうれんげっぎょう。なむみょうほうれんげっぎょう。なむみょうほうれんげっぎょう。」と拝むと、それまで聞こえていた泣き声がぴたったやんでしまったという。
かがり火であかるくなった川のなかでの鵜飼いの風景もでてきますが、山梨の鵜飼いも調べてみると興味深いものがあります。
おぼうさんがでてくると弘法太師というのが多いのですが、このお坊さんは日蓮上人という。
3びこのこいぬ/マーガレット・G・オットー・作 バーバラ・クーニー・絵 あんどうのりこ・訳/長崎出版/2008年
日本では2008年の出版です。色は最小限、小型本と地味な感じなのは、原著は1963年だからでしょうか。
ダックスフントの3匹のこいぬは、何をするのも一緒。
眠るのも、お買い物も、袋の中にはいるのも、散歩にいってリスやとりに挨拶するのも同時。
森の中に散歩にいって迷子になった3びき。でも、どこからか声がきこえてきて・・。
ストリーはシンプルで、持ち運びに便利ですし、犬が好きな子にはぴったりでしょうか。
こいぬは茶色で、あたたかい色使いです。
和菓子の絵本/平野恵理子・作/あすなろ書房/2010年
落語の「まんじゅうこわい」に、たくさんのおまんじゅうがでてきて、こんなにも種類が多いことを発見しましたが、まんじゅうはもちろん、おだんご、もち菓子、おせんべいなどの数多くが紹介されています。
さらには材料、作り方から季節ごとの和菓子、人生の節目のお菓子、地方の名産、和菓子の歴史まで満載。
いかに和菓子が、日本人の生活に溶け込んでいるのか知ることができて貴重です。
ただ、ちょっと心配なのは、和菓子の材料が輸入に頼っていないかということ。
そして、ライフスタイルの変化で、家庭で作る機会が減っているのではないかということです。
長野のむかし話/長野県国語教育学会編/日本標準/1976年
時代がいつかはっきりしないものが昔話ですが、この話は検地がでてきますから豊臣秀吉以降でしょうか。
舞台は八ヶ岳のふもと。
みんなからぬけ八とよばれていた八左衛門が、野良仕事をおえて家に帰る途中、一本の竹筒をみつけます。中には紙が入っていて「この竹筒を鼻にあててかぐと、なんでもわかる」と、かいてありました。何の仕掛けもない太いただの竹筒のように見えましたが、神さまのおくりものだからと、家にもってかえりました。
おっかあが馬鹿にするので、ぬけ八が試してみると、座敷の畳は昼間誰かが寝そべったにおい。おっかあは、ぬけ八といっしょのときには、せっせと働くが、ひとりのときは昼間から寝そべって怠けていたのです。さらにおっかあが戸棚の中にかくしていたあんころもちをみつけてしまいます。それからおっかあは、心がけのいい人になりました。
それから少したって役人が村の検地にやってきました。庄屋で一休みして、さて仕事にかかろうとすると検地に使う縄が見当たりません。村の人間を全部集め調べますが、縄は見つかりません。役人は、年貢を少なくするために誰かが隠したに違いないと、えらい剣幕で怒鳴り散らします。
そのとき、ぬけ八が探してみせますと、竹筒を鼻にかぶせてくんくんとあたりをかぎまわりました。そのうち柿の木につながれている牛のまえでいくと、牛の腹のあたりを何回もかぎまわり、「役人さま、はんにんはこの牛でごぜえます」といいます。
「おれたちをからかっているのか」と、役人はますますおこりました。「役人さま、嘘だと思ったら、牛のかみかえしのとき、しらべてくだせえ」というので、牛のかみかえしのとき口の奥をみると、ぬけ八のいったとおり、ちゃんと検地の縄が、こなごなになっていました。
「牛がくったなら、しかたがねえ」と、役人は笑って許します。
笑って許す温情のある役人です。
ちいさな きの ねがい/エリック・バテュ・作 神沢利子・文/フレーベル館/2004年
一人ぼっちの木のそばに みどりの草が芽を出しました。草はぐんぐんのびて、すぐに 蕾をつけました。
草には真っ赤な花がひらきました。蝶々もやってきました。小さな木も 花を咲かせたいとおもいますが、まだ はだかです。
冬が過ぎて、春が来ると木は少し大きくなりました。けれども花は咲きません。
草の花は「もっと おおきくなったら きっと はながさくわよ」と、なぐさめてくれました。
もういちど冬を越し、春が来ると 木はまたまた大きくなりました。
草の花は、「さあ、目をあけてごらん。あなたは もうちいさな きじゃないわ。あなたの まっていた はるが もうそこまで きたのよ」と、声をかけます。
そこには、この木に 花がいっぱいに 咲いていました。
シンプルな貼り絵です。隣で咲いた草にちょっと、うらやましさを感じた木。
花を咲かせたいと思いながら、なかなか思うようにならない木。しかし、いつかは望みがかなうというメッセージでしょうか。
小さな子が、大きな子にあこがれ成長していく姿と重なります。
青い花/安房直子・作 南塚直子・絵/小峰書店/2021年
岩崎書店から1983年に刊行された同作を南塚直子が銅版画で全面的に描き直したとありました。
裏通りに「かさのしゅうぜん」という大きな看板がかかった 小さいかさやがありました。
降り続いた雨が、やっとあがると、町中のこわれた傘の修理が、この店に舞い込みました。腕のいい傘屋の若者がいつもの三倍の傘を修理すると、いつになくたくさんのお金が残りました。
屋根の修理、新しいカーテン、油絵具、新しいギターと ほしいものは まだまだたくさんありました。
ほそいほそい雨がふるなか、街に買い物に行く途中、小さい女の子が 垣根にもたれてぽつんとたっているのをみつけました。傘もささずに 遠くを見つめてみていました。
傘のこととなると 人一倍夢中になる若者は、女の子に雨傘をつくってあげようと、傘に貼る布を探します。女の子が選んだのは とても高い値段がついた青いきれでした。
傘ができたら届けてあげようと、家の場所をきくと、女の子は「さっきのまがりかど」でいいといいます。
買い物の目的も忘れ、若者は、夜遅くまでかかって雨傘をつくりました。
「海の色に にているわ」水色の服の女の子は傘をさしてかえっていきました。
それから不思議なことがおこります。たくさんの女の子が青い雨傘をもとめてきたのです。その日から若者は眠る暇もないくらい青い傘をつくりつづけます。お客があとからあとからやってきて、十日もたたないうちに 若者は たいへんな お金持ちになりました。
新聞の記事にもなって青い傘を求める人がたえません。そのうち傘の修繕をことわるようになります。前に修繕を頼んだ人が、傘を取りに来ても壊れた傘は ひとつも直っていませんでした。
ところが、ある日、とつぜん 青い傘が見向きもされない日がやってきます。新聞に「雨の日には レモン色のかさをさしましょう。 ○○デパート」という広告がのったからでした。
裏通りの小さなかさやにやってくる人は、だあれもいなくなります。ほそい雨がふっていた日、店に 雨に濡れた小さいお客がやってきました。「あたしのかさ なおっていますか」といわれても、はじめは気がつきませんでしたが、さいしょに青い布をえらんだ女の子でした。
その夜、女の子の青い傘をていねいになおし、若者が 前のところへいくと水色の洋服がみえてきました。若者が雨の中を一目散にかけだし ちかづいてみると そこには だあれもいませんでした。曲がり角の 低い垣根には、いつの間にか、あじさいに花がまるで、大きな青いまりのように咲いて、雨にぬれていました。
安房作品にはかかせない小さなお店、職人、そして花。
お金持ちになって、いつのまにか傲慢になっていた若者におとずれた寂しさ。忘れてしまっていた大事なことに気がついた若者でした。
紫陽花の花言葉のひとつは「移り気」。町中の傘が、青からレモン色に変わるのに どきっとしました。
梅雨の時期に読みたい作品です。
各地にみられる巨人伝説。巨人伝説には、その地方の人にはなじみの山や川がでてきます。
・ダイダラ坊(茨城のむかし話/茨城民俗学会編/日本標準/1975年)
大きさを表すのもいろいろですが、声をかけてもなかなか声が届かないダイダラ坊というのは、どのぐらいのおおきさでしょうか。
南に高い山があって、日があまり当たらず作物も十分にとれなかった貧しい村のために、ダイダラ坊は、汗だくになって山を北の方に移してしまいます。(この山が朝房山)
ところが山を動かすとき、ダイダラ坊が指で土を掘ったので、そのあとさ水たまりができて、雨が少しでも多く降るたんたびに、その水があふれて大騒ぎ。そこでダイダラ坊は水が流れるように川をつくり、その下の方に湖を一つつくりました。(この湖が千波湖)
また村人が、洪水を防ぐため堤をつくっていると、ダイダラ坊は土運びを手伝い、堤づくりは うんと早く終わってしまいます。この仕事の時、かごから少し土がおっこちて、それが峰山になったという。
もうひとつ、ダイダラ坊は、貝を食べるのがとても好きで、食べた貝殻をすてたところが大洗町という。
・デーランボー(長野のむかし話/長野県国語教育学会編/日本標準/1976年)
浅間山と碓井峠の山のおくに住んでいるデーランボー。碓井峠に腰をかけると、足は妙義の谷間。
・大力男(山梨のむかし話/山梨国語教育研究会/日本標準/1975年)
八ヶ岳のふもとに、えれえ力持ちの男が住んでいただと。村中の人がみんなでとっかかっても建てられない氏神様の石の鳥居を一晩で建てたという。たばこをすっているとき、追剥にあい、立ち上がると、その追剥は、隣村の釜無川の河原まで吹っ飛んでしまいます。