どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

たこちゃん たこちゃん

2023年09月30日 | 紙芝居

   たこちゃん たこちゃん/脚本・絵・長野ヒデ子/童心社/2012年(8画面)

 

 「こども」とタコがでてきて、かくれんぼ、なわとびして遊んでいると、なわとびのなわが からみついて、タコちゃん 思わず すみをはいてしまいました。おかげでふたりは 真っ黒け。笑った後は、お風呂に入っていい気持ちです。

 こどもが「たこちゃん たこちゃん、あそびましょ。」というと、たこも「はい、あそびましょ。」、「たこちゃん たこちゃん、まっくろけ!」というと、たこも「はい、まっくろけ」と、おうむがえしが つづいて、とてもリズミカルな展開です。 

 

 子どもが少なくなって、「あそびましょ」と声をかける風景も見られなくなりました。


どうぶたちは しっている

2023年09月29日 | 絵本(外国)

   どうぶたちは しっている/イーラ・写真 マーガレット・ワイズ・ブラウン・文 寺村摩耶子・訳/文遊社/2014年

 

  1944年!!写真絵本の原点になったという絵本です。

 モノクロの動物たちが何かをみています。アシカとシカの目は上、しろくまはお休み中、ブルドックは横目で。

 カバ、ネコ、イヌ、キリン・・・

 あら、黄金の翼をもつゾウがいました。

 「サルがしっていた」というオチは 意味深です。

 

 動物の顔も、瞬間を切り取ると意外な面が見えます。


ひきがえるのおんがえし・・韓国・朝鮮

2023年09月28日 | 絵本(昔話・外国)

   ひきがえるのおんがえし/藤 かおる・文 みやもと ただお・絵/太平出版社/1999年

 
 
 おかあさんとふたりぐらしのむすめが、ある雨の日、手のひらほどのひきがえるをみつけ、母さんが追い出しておしまいというのをきかず、じぶんのたべものをすこしずつわけてやって、たいせつにしていた。
 
 ビッキと名づけらたひきがえるは、たべればたべるほどおおきくなり、こねこほど、やぎほどのおおきさになり、やがて小屋いっぱいのおおきさに。
 
 ある日、むらおさがやってきて、むすめが、奥山の大蛇の人身御供になるばんになったと告げます。
 とうとう その日がやってきて、むすめは ビッキに別れを告げ、村人のひく、こしにのって山道を すすんだ。なんと、そのあとを ビッキが のっこん のっこん ついていった。
 いくがいくと、ふかいやまおくにつき、ドー ドー ドトーッ と やまがなりひびくと 大蛇が現れ、むすめの こしに せまった。・・・
 
 
 報恩談ですが、大蛇と戦い、むすめの命を救ったビッキも 死んでしまうというお話。
 
 
 
 イェンナル(むかし)、イェンナレ(むかし)とはじまり、クー(おしまい)でおわります。
 ビッキと大蛇が迫力満点です。

キツネの恩返し・・東京

2023年09月27日 | 昔話(関東)

       東京のむかし話東京むかし話の会編日本標準1970年

 

 「むかし、中野というところは、字のとおりに、野原の真ん中だった。」とはじまるので、中野区の話でしょうか。

 タヌキやキツネが、ひとびととなかよくくらしていたころ。のっぱらの、真ん中にひとりの旅の坊さんが粗末な小屋を建てて住みついた。このあたりは、まるで寂しいところで、人かげはめったに見られない。坊さんは、ときどき「こうまでだれともあえんとは、さびしいことだ」といいながら暮らしていた。

 あるとき、坊さんのところへキツネがやってくるようになり、何年かぶりで生きものに出会った坊さんは、うれしくなって、じぶんのたべものを たべさせてやったりしていた。やがて、寒い夜など、坊さんが火をたくと、そのそばまでやってきて、手足をのばせるだけのばしてあったまって、ぐっすりと眠り、朝になるとかえっていた。

 あるとき、坊さんが、どうしても町へでかけなければならん用ができた。その日、とっぷりと日がくれ、夜道をかえってくると、じぶんの小屋からあかりがもれている。「これは、どうしたことだ。」と、小屋にはいってみると、キツネがちゃんとなかにいて、火を焚いて、湯までわかして、坊さんをまっていてくれた。

 ある冬、雪がしゃんしゃんふりつもる夜、トントントンと、戸をたたくものがある。戸の外にはキツネが、なにやら小さなふくろをかかえていた。「おお、つめたかろう。はいれ、はいれ、はいって火にあたれ。」ふくろのなかにはアズキと米がはいっていて、坊さんとキツネは、かゆをにて、あついかゆをふうふういいなっがらすすった。その夜、坊さんとキツネは、ひとつふとんにくるまってねた。ふとんのなかでキツネは、「坊さん、坊さん。こんなにしんせつにしてもらってありがたい。いままでの恩返しに、なにかしてあげたいが、おれにできることがあったらいうてみい。」といった。

 坊さんが、「そうじゃなあ。わしのように世を捨てたものにゃあー、何も望みはないが、暑い日にはすずしい風がほしいし、すこしさむい日にゃあ、あったかいおてんとさまの光がほしいのう。」というと、キツネは、「それは天がやることで、キツネができるもんじゃない。ほかには。」というた。そこで、坊さんは、「そうじゃなあ。ま、この小屋が火事にあわんように。それから、飲み水は、夏は冷たく、冬はぬるくしてほしいのう。そうなれば、わしらのような年寄りは、朝晩水をつかうときにたすかるわい」というた。「そうかい。それぐらいならできんこともないな。」キツネは、そういうた。

 それからというものは、中野では、どこのわき水も、夏は手がしびれるくらい冷たくて、冬は、ゆげがたつほどぬるくなり、火事もあんまりでないそうだ。

 

 昔話には珍しく、高望みがなくほっとする話。恩返しではなく、キツネが坊さんにつくす話。 


かくしたの だあれ

2023年09月26日 | 五味太郎

    かくしたの だあれ/五味太郎/文化出版局/1977年

 

 ぺーじの左側に、「かくしたの だあれ」とあって、右のページには動物や昆虫などがならび、そのなかから左側のものを あてていきます。

 たとえば、左側に ロウソクが二本あって 右側のページに並んだ五匹のキリンから ろうそくのあるキリンをさがすといった趣向。

 ちょっと難しかったのは、「とらんぷ かくしたの だあれ」と、十頭のチョウから トランプをさがすもの。

 先入観があると、ちょっと見つけにくいかも。そういっても簡単に見つかるのもつまらないので、作者の挑戦でしょう。


ジャスミンむすめ・・イラク

2023年09月25日 | 昔話(中近東)

    大人と子どものための世界のむかし話16/アラブのむかし話/池田修・康君子・編訳/偕成社/1991年初版

 

 強欲な金持ちの商人が、むすめたちをよんで尋ねます。「みんなからうらやましがれるほどの地位についているが、どうしてこれだけの財産があつまったかわかるかね。」

 うえの二人は、「おとうさまが頭がよくて、骨身をおしまずおはたらきになったからですわ」と、おせじをいいますが、末のむすめは、「まずしい人たちから、ようしゃなくとりあげたからです・・」と答え、家から追い出されてしまいます。ここまでくると、末のむすめが主人公になると思うと、ちょっとちがった展開で、むすめがうんだ女の子が中心になって話が続きます。

 すえのむすめが、おちちをあたえようと、赤ん坊のベッドに近づくと、ベッドの中はむせかえるほどによいかおりのジャスミンの花と、まばゆくひかる黄金でいっぱいになっていました。このむすめはやがて<ジャスミンむすめ>とよばれるようになります。

 ある日、とおい外国からバグダートにやってきたひとりの若者が、ジャスミンむすめと結婚を承諾してくれるよう、父親に申し出ます。父親から承諾された若者は一足さきにじぶんの国へ帰って婚礼の準備をすることになりました。このとき、はめていた高価な指輪をジャスミンむすめにおくり、ジャスミンむすめは若者に、ジャスミンの花束をおくりました。

 若者よりおくれて出発したジャスミンむすめの隊商には、おばがつきそっていました。おばは、若者からもらった指輪を見て、若者は身分の高い大金もちのむすこにちがいないと考え、ジャスミンむすめとおなじ年頃の自分のむすめを結婚させようと思っていました。

 おばは、砂漠の旅をつづけているうち、ジャスミンをラクダの背からつきおとし、かわりにじぶんのむすめをのせて、さっさといってしまいます。

 ジャスミンむすめは、まずしい若者にたすけられ、その若者の家で朝をむかえると、むすめの寝床はジャスミンの花と黄金でいっぱいになっていたので、その一家から、いつまでもとどまってくれとたのまれます。

 一方、ジャスミンむすめをおきざりにしたおばは、じぶんのむすめと、花婿のすむ町につきました。結婚式の夜、若者は、はなよめにじぶんのおくった指輪をみせてくれるようにいうと、はなよめはなくしてしまったといいはり、かれることのないジャスミンは、一年のうち、きまった季節の数日間だけしか咲かないと言いのがれます。若者は、はなよめがジャスミンむすめでないことを知りましたが、ほんとうのはなよめのゆくへがわからないので、しかたなく、にせのはなよめと結婚式をあげました。

 ジャスミンむすめは、泊めてもらっている家の主人に、はなむこがすんでいる都にいってジャスミンの花を売ってほしいとたのみました。この花は、たしかにはなむこのところで買い取られますが、はなむこはまったくしらんかおしているばかり。

 じぶんのはなむこである若者に、なにごとかおこったのではないかと考えたジャスミンむすめは、じぶんをかわいがってくれた一家に、別れを告げ、都に向かい、やわらかなこもの着物をきて、はなむこの家の門までいきました。ジャスミンむすめが、門の前で、美しい声でうたうと、若者は、「あの声には、ききおぼえがあるぞ。」とつぶやき、.おこもすがたのジャスミンむすめは、その家においてもらうことになりました。

 ある日、若者が旅に出ることになり、召使に旅のたべものをつくるようにいいつけると、できあがったのはパンケーキ。おこもすがたのむすめが、できあがったパンケーキになかに、若者からもらった指輪をそっとさしこんでおくと、おこもがジャスミンむすめとわかった若者は、あらためてジャスミンむすめをはなよめとしてむかえいれます。

 

 「美しい」といっても受け取り方はさまざま。それにくらべ、ジャスミンというネーミングは、魅力的な女性を想像させてくれます。でてくる若者の正体も不明で、大金持ちとか王子でないのも好感が持てます。


たいふうこぐま

2023年09月24日 | 絵本(日本)

    たいふうこぐま/おくやま ゆか/ほるぷ出版/2023年

 

 町のちかくの山にすむこぐまは、なかなかの やっかいもの。ひとのうちの洗濯物を ぐしゃぐしゃにしたり、つりばで ひとのバケツをけっとばし、市場では わめきちらし、まるで台風のようだとまちのひとたちはめったにだれも よりつきません。

 こぐまは、ミックさんの 畑のお野菜を食べたり、大切な花を 引っこ抜いたりしていましたが、ミックさんは こぐまを きらいではありませんでした。

 ある日、ミックさんは ニュースで 本物の台風がやってくると知り、家のまわりをかたずけたり、こわれそうな窓に板を打ち付け、とおりかかったこぐまに 台風のことを しらせてやりました。ところが、こぐまは、ミックさんのいうことを無視して、つぎの日の朝、川に向かいます。

 風と雨がはげしくなり、さかなとりあみは おれてしまい、雨粒が目に入って前にすすめなくなったこぐまは、木の枝にしっかり つかまりました。そんなこぐまのようすをみたミックさんは、こぐまを家につれかえり、おふろにいれてやり、あたたかいミルクをいれ、ふかふかの ねどこを用意しました。

 翌朝、こぐまのねどころは からっぽ。台風がさって、ミックさんが あれはれた庭の手入れをし、ごきんじょの家も 修理してまわり、帰ってくると 玄関には、食べきれないほどのさかなが はいったバケツがありました。おどろいたミックさんが あたりをみまわすと、あわててかけていく こぐまの すがたが みえました。

 

 こぐまも、ひとりぼっちで さびしかったのかも。ミックさんのやさしさが つたわってきます。

 いつのまにか生活圏が だぶるようになって くまとの共生もむずかしくなりました。


ちがうでしょ

2023年09月23日 | 紙芝居

   ちがうでしょ/脚本・得田之久 絵・山本祐/司童心社/2019年(8画面)

 

 表紙は黄色ですが、このほか画面全部が緑、赤がでてきて、つぎの画面で、その色をしたものがでてきます。赤は、金魚やミニトマト。ただもう一工夫あって、赤ではタコウインナーやミニトマトが泳がないと、でてくるものの違いも。

 「ちがうでしょ」といわれて、色だけでは、すぐには気がつきません。

 さいご、弁当のなかみに、色が勢ぞろいします。


おなかにひびく和太鼓の音

2023年09月23日 | 日記

地元の地酒めぐりのイベントに参加。午前中、雨が心配でしたが、天候にはめぐまれました。

ワインと日本酒の試飲もあって大賑わい。町には、酒造会社が三軒ありましたが、昨年一軒が廃業したのは残念でした。

170年以上続くという酒造会社で、高校生の和太鼓の演奏がありましたが、すぐ目の前で聞く20人以上の迫力ある音がおなかに響きました。おもわず手拍子でした。

ワイン会社では、農薬をつかわない栽培方法の説明も。

ライブ演奏もありましたが、見たことのない楽器なので、聞いてみたら地元の竹でつくったものでした。


サンドイッチ

2023年09月22日 | 絵本(日本)

   サンドイッチ/わだことみ・作 森田みちよ・絵/岩崎書店/1939年

 

 今では図書館だけでしかみられない貴重な絵本。もしかすると寄贈されたものかもしれません。

 原寸大のサンドイッチの大きさ、三角形の絵本。これだけでもインパクトがあります。

 ひらいていくとハムやキュウリ、ゆでたまごなどの具材が出てきます。

 1939年に こんな色彩が使われていることに、感動しました。


チュワカのウサギと北のウサギ・・タンザニア

2023年09月21日 | 昔話(アフリカ)

    大人と子どものための世界のむかし話13/タンザニアのむかし話/宮本正興・編訳/偕成社/1991年初版

 

 昔話のオチは、ほっとしたり、わらったり、なるほどとうなずけるものがおおいが、なかには、どううけとめるか とまどうものも。

 

 ザンジバル島のチュワカのうさぎと北のウサギが、ばったりとであい、北のウサギは、自分の村へ遊びにくるようさそいます。北のウサギは、客人を村へ連れて行けば、きっとうまい料理が出されるはずだと、考えたのです。

 村へ向かう途中、北のウサギは、「ねえ、きみ、じつをいうと、ぼくにはこまった持病があるんだ。頭が痛いと言ったら、きみはこのあたりまで引き返してきて、薬草を集めてほしい、もし、歯がいたいといったら、やっぱりここまでひきかえしてきて、あそこの薬草をつんでほしい」と、チュワカのウサギにいいます。

 村につくと、二匹のウサギは、北のウサギの目論見通り、たいそうなごちそうがふるまわれました。食事の用意ができると、二匹のウサギは食べはじめますが、北のウサギは一口食べたとたんに「頭が、頭がいたいよう。」とさけびます。村へ来る途中、北のウサギと約束したチュワカのウサギが、あの野原までもどり薬草をあつめて、村へ引き返すと、北のウサギは、皿の料理の半分までたいらげていました。

 チュワカのウサギがこしをおろして食べようとすると、北のウサギがまたさけびます。「歯が、歯が痛いよう」。それをきいたチュワカのウサギは、またあの野原にもどって薬草をあつめました。薬草をもって村へ引き返すと、皿はどれもからっぽで、なにひとつ残っていなく、北のウサギは皿のそばでぐうぐういびきをかいてねていました。

 北のウサギは友だちにひもじい思いをさせ、自分だけが満足したのでした。

 

 チュワカのウサギの逆襲を期待していると、二匹のウサギは、しばらくその村にいて、それからまた旅に出るところで おわります。まるで肩透かしをくった感じ。だまされても友だちでいられるのは何よりですが・・・。


わたしたちをつなぐたび

2023年09月20日 | 絵本(外国)

   わたしたちをつなぐたび/イリーナ・ブリエル・文 リチャード・ジョーンズ・絵 三辺律子・訳/WAVE出版/2023年

 

 深い谷をこえ、森をぬけたそのさきに、母親とふたりで暮らす女の子がいました。お母さんが女の子を思う気持ちは、岩より強く、花より優しく、満月よりも満ち足りていたのです。

 女の子は、森の生き物たちをよく知るようになると、どの動物にも、お母さんとお父さんがいることに気がつきます。

 ある夜、お母さんがぬいものをしているのを見ると、はりから糸がするりとぬけるように 質問がとびだしました。「どうして わたしには お母さんしかいないの?」


 「コウノトリがつれてきてくれたの」「お母さんの夢からまれたといえばいいかしら」。お母さんは女の子をハグしました。いつもなら、こうしていると、心配事はすべてふきとびます。

 お母さんがいったことをずっと考えていた女の子は、草原に舞い降りたコウノトリをみつけ、どこからきたか知りたいと 尋ねます。コウノトリは、リスからあずかり、リスはサケから、サケはキツネと、おしえてくれました。キツネが案内してくれた建物の門のところにすわっている男の子がいました。男の子は「まっているんだ。ぼくをむかえにきてくれる人を、毎日、こうやってね」

 女の子は、ぜったいに もどってくると約束し、「いっしょにお母さんをさがそう。このせかいのどこかに、あなたのことを考えて、あなたとであえるようにとねがって、あなたのゆめをみている人がいるから。わたしのおかあさんみたいに」と言って、お母さんのもとへ走りだしました。

 

 男の子のいた場所は児童保護施設。自分の出自がわかっても、「これからのことはわかってる。お母さんがずっといっしょだって。お母さんが、わたしをみつけてくれたから。お母さんが、わたしのお母さんだもん。お母さん、大すき。」

 

 自分を捨てた親のことはなにもいわず、そだての親と生き続けようとする女の子の強い決意がつたわってきました。

 両親と幸せに暮らす子がいれば、子を虐待する親もいて、何らかの理由で、生まれた子を手放す親もいて、複雑な世の中になりました。


ふしぎなさかな・・モロッコ

2023年09月19日 | 昔話(アフリカ)

    大人と子どものための世界のむかし話11 モロッコのむかし話/クナッパート・編 さくまゆみこ・訳/偕成社/1990年初版

 リビアの水害で目立たなくなったモロッコの地震(2023.9.8)ですが、100年あまりで最大の規模になったといわれています。早い復旧ができますように。

 

 まずしい漁師が、むすこのアリーと漁に出かけ、おおきな魚を網でひきあげました。大きな魚で、魚を運ぶため荷車をもってこようと、アリーに魚の番をするよう言い残し漁師は家に向かいます。

 アリーが見張りをしていると、魚はまるで人間のように涙を流しています。アリーは魚がかわいそうになって海へ戻しますが、そうしてから両親や弟、妹がおなかをすかし食べ物をまっていることにきづき、じぶんのようなやくだたない者は、どこか遠くへいってしまったほうがいいとおもい、どこまでもどこまでもあるいていきました。

 大きな岩山のかげで一人の男とあい、いっしょに都へ向かいます。都について宿屋に部屋を取りますが、アリーはお金を持っていません。いっしょになった男は、「お金はわたしが持っているよ。身寄りのないわたしには、きみがいっしょにいてくれるだけでも、たのしいのさ。」というのでした。

 都をあるきまわり、アリーが布地を売っている店を見て、じぶんもこんな店をもって、にしき織や、インドの絹や、そんなものを売って暮らすことができたらすばらしいだろうなと、つぶやくと、男は空き家になっているところで店をはじめようといいます。アリーの店は有名になって、おおぜいの客でごった返しになり、荷車も通れないほどこみあうようになりました。

 ある日、スルタンが、姫にあたらしい衣装をこしらえてやろうと、アリーの店から品物を持ってこさせました。姫は、一番高い布地をえらび、この商人をつぎの日もよんでほしいと、スルタンにねだりました。つぎの日、昨日よりさらに上等な品々を見せると、姫はふかい青色の生地にダイヤモンドをぬいつけた布地をえらびました。姫が選んだのは夜会服で、つぎの日、誕生日の宴会にきるドレスの布地をえらぶことにします。恋におちたアリーが、お姫さまの誕生日の宴会に、よんでもらいたいとつぶやくと、いつかアリーが助けた魚が、「姫がえらんだ布地を、誕生日の贈り物としておまえからさしあげたら、姫の宴会に招待されるだろう。」というと、すがたをけしました。

 アリーへ宴会場の招待状がとどきますが、アリーは、「ああ、ぼくは、あのお姫さまがすきになってしまったんだ。けれども、ぼくにはたかい身分がない、いったいどうしたらいいんだろう。」と、うかない顔をしています。そんなアリーを見て、男が、「人間というものは、ひとつ望むがかなうと、つぎの望みがわいてくるものだよ。きみはたしかに、良家の生まれではない。でもりっぱな商人だ。だいじょうぶ、スルタンに、姫をくれるようにたのんでみてごらん。」と、いいました。

 アリーがスルタンにじぶんのねがいをつたえると、スルタンのおきさきが、じぶんのもっている大きな真珠よりも美しさおいても、値打ちにおいても これにおとらない真珠を持ってきたら、姫の夫としてふさわしい。そうした力がああるかためしてみるようにいいます。

 アリーが、いまはともだちになった男に相談すると、「スルタンのおきさきは、それとおなじ真珠がないことを知っているのだろう。そうだな、今夜、浜へ行ってごらん。またあのかしこい魚にあえるかもしれからね。」

 魚にあえると思っていると、意外な展開。魚には会えず、いつも相談にのってもらっていた友だちの男があらわれ、「わたしはさかな。そしてきみの友だちだよ。きみはわたしのいのちをすくってくれた。そこでわたしは、人間にすがたをかえて、きみをたすけてあげたのだ。わたしには、きみのさがしている真珠を見つけることができる。でもそれは、わたしのいのちとひきかえのしごとになる。そこでわたしは、きみにさよならをいいにやってきたというわけなのだ。」

 海の王がもっているという真珠を手に入れることができればお姫さまと結婚できるが、そのためには、友だちを失うことになるアリーの選択は?。

 

 創作を思わせますが、友だちを選択したアリーの目の前に、ひとりのむすめが、あらわれるのは昔話でしょうか。


赤いボタン

2023年09月18日 | 絵本(社会)

    赤いボタン/写真・文 岡本央/大月書店/2023年

 

 長崎で原爆が落とされたとき、3歳だった竹下芙美さんは、爆心地から7キロ離れた村に疎開していましたが、戦争が終わると長崎にもどります。井戸水を飲み、庭でとれた野菜を食べて育ち、放射能の影響で、つぎつぎに病気にかかり不安がつづいているといいます。

 芙美さんは、40代半ばのころ、沖縄の戦争遺跡をめぐり、真実を伝えようとするなら、頭のなかで想像するだけでなく、目で見て、手をふれて、体をとおして体験することが、どれほど大切か学んだといいます。原爆でなくなった人たちの遺品も、どんなちいさなかけらであっても、言葉以上の力をもって、戦争の愚かさ、原爆のおそろしさを語ってくれるはずと、被爆品や遺骨をたくさん収集してきました。

 1996年、長崎市の爆心地公園をつくりなおす工事が始まったとき、地面の中から、お茶碗などに台所道具といっしょに、おとなの背骨がでてきました。芙美さんは、市の許可をもらって、工事現場で遺骨や遺品をさがすことにします。朝早くからおそくまで土をほる日、この中に、ボタンやおはじきがあったのです。

 芙美さんがあつめた遺品の数々が、写真で紹介さています。ボタンやおはじき、割れたガラス瓶、歯ブラシ、目薬、炭になった着物、溶けてひとかたまりになった鉄くず、焼け土。

 原爆が落とされる前、ここにはどんな暮らしがあったか、芙美さんは想像します。

 

 さらに、芙美さんは、「一回言ってだめでも、100回言ってもだめでも、1000回言えば、人は動いてくれる」と、いつも自分にこう言い聞かせているというのにも、流れに掉さすことができない自分に反省です。


九百九十九リアルのもうけ話・・タンザニア

2023年09月17日 | 昔話(アフリカ)

    大人と子どものための世界のむかし話13/タンザニアのむかし話/宮本正興・編訳/偕成社/1991年初版

 

 アブヌワスはタンザニアのトリックスターでしょうか。

 アブヌワスは、「神さまのおめぐみがあって、たとえ九百九十九リアルをいただけることになっても、わたしはちょっきり一千リアルでなければ、おうけしないつもりだ」と、町の人びとにいいふらしていました。

 この話を聞いた、あるものずきなお金持ちが、皮袋の中に九百九十九リアルだけ入れ、アブヌワスの家の前にそっと置いておいたのです。

 しばらくして、お金持ちは、皮袋に九百九十九リアルあったはずと、かえしてくれるよういいますが、もちろんアブヌワスは、返そうとしません。

 アブヌワスの言い分は、こうでした。「このお金は神さまからのおめぐみなのですよ。わたしがおねがいした一千リアルの一部です。九百九十九リアルもくださるものなら、慈悲深い神さまのこと、あとの一リアルだって、お貸ししておけば、ちかいうちにくださらないはずがないでしょう。」

 ペテンにひっかったお金もちは、王さまのところへ行って訴えることにします。アブヌワスは、「わたしのような貧乏人は宮殿にきていく服がありません。あなたとおなじようなりっぱな着物とターバンと、それにロバをわたしにくださいますか。」といい、お金持ちから着物とターバン、それにロバを手に入れ、王さまの宮殿にいきます。

 王さまの前で、アブヌワスは言い立てます。「いやはや、世間の連中はゆだんがなりません。このお金持ちはわたしをペテンにかけようとしているのです。皮袋がこのお金持ちのものだという証拠など、何もありません。おまけにこのロバも、着物も、このターバンも、みんなじぶんのものだといいふらそうとしているのです。」

 さてさて、王さまのおさばきは?

 

 リアルは、円に換算するといくらぐらいになるでしょうか。