兵士のハーモニカ/ジャンニ・ロダーリ・作 関口英子・訳/岩波少年文庫/2012年
笑ったことのないお姫さまを笑わす昔話はよくありますが、ジャンニ・ロダーリ(1920-1980)のこの話では、笑い好きのお姫さまが目から涙をながすわけがありました。
王さまとお妃さまが15年目に恵まれた女の子は、アレグラ(よろこび)と名づけられ、快活で無邪気な子どもに成長しました。
ところがアレグラ姫は、おごそかな儀式の最中、階段で でんぐり返ししたり、総理大臣の背中に、魚の形を切り抜いた紙きれをはりつけたり、宮廷の窓から出入りしたりしていました。
そんなアレグラ姫でしたが、王さまはまわりの心配をよそに、気長に見守っていました。ところが王さまが病にたおれ、お妃まであとを追うように亡くなって、アレグラ姫はひとりになっていまいます。
16歳で女王になったアレグラ姫は大臣たちのなんのことかわからない会議に参加したり、舞踏会、演劇、コンサートなど次から次へと行事が続き、いつまでも悲しんでいるわけにはいかなくなり、むかしのように明るく無邪気な少女にもどっていきました。
ところが従兄のドリベルト公爵が、王位を奪おうと策略します。捕まえられそうになったアレグラ姫は、追いかけっこや、スキーで好きなだけ競争できるなんて なんて素敵だことと召使と真冬の森に逃げ出します。
アレグラ姫は、三年の歳月を森ですごしましたが、笑わない日が一日もないというほど、毎日愉快に遊んでいました。
ところが、王になったドリベルト公爵の悪政につかれた人びとが軍にはたらきかけ、軍がが反旗を翻しました。そしてアレグラ姫は、また女王としてむかえられました。こうして、アレグラ姫はこれまでように侍従長をからかったり、総理大臣のひげをひっぱたりしながら陽気に国を治めはじめました。
アレグラ女王が二十歳の誕生日を、むかえた日、大臣たちは、そろそろお婿さんをえらぶ時期だと伝えます。
結婚なんて考えただけでおかしくなるわと笑い出したアレグラ女王でしたが、大臣たちにおされ、条件をだします。
「貴族でも平民でも、異国の人でも、とにかく、わたしのことを笑わせずに、民衆の前で愛の告白をした方と結婚することにしましょう。わたしがその方の告白をずっと真剣に聞くことができたら、それできまり。その方が、わたしの結婚相手となるのです」。
きめられた日に、国の内外から王族や貴族があつまりました。
最初の若者が「女王陛下、わたしの心をあなたに捧げます・・」といいますが、それ以上言葉をつづけることができませんでした。プロポーズを熱心にきいていた女王が、いきなりたちあがり、玉座のまわりをうろうろまわりはじめました。「あなたの心がどこにあるのかさがしているの」という女王が、けらけら笑い出したのです。
二番目の若者が「わたしの心のなかで愛の炎が燃えさかり・・」というと、女王は「たいへんだわ!消防車をよんでちょうだい!」と愉快そうに叫びました。
こんな調子で求婚者たちは一人、また一人と、うちひしがれて去っていきます。
そのとき、女王の美しい顔が、とつぜん真剣になり、悲しそうな表情を浮かべました。
求婚者たちをからかって楽しんでいた最中に、女王の目は、ひとりの若者にとまったのです。その若者はいちども笑いませんでした。片方の腕がなく、上着の片方のそではからっぽのままだらりとたれさがり、先だけがポケットにしまわれていました。表情にも元気がなく笑顔をうかべることもありません。戦争でけがをした兵士でした。
大臣たちはアレグラ女王を悲しませないため、この国で起こったできごとについては誰も話しませんでした。ドリベルトは王位に就くと隣の国と勝ち目のない戦争をはじめ、おそろしい戦争をくりかえし、多くの若者の命が失われていたのです。
アレグラ女王は「どうしてそんなに大切なことを、これまでわたしにないしょにしていたの?」、「これほどの苦しみがまわりにあるというのに、何も考えずに笑ったり楽しんだりしているわたしを、なぜいままでほうっておいたの?」。
そして戦争で腕を失った若者をじっとみつめ、若者も目をふせることもなく敬意をこめた目で女王をじっと見つめ返します。それから女王は若者に歩み寄っていきます。
天衣無縫のように見えるアレグラ女王は、本当のことを知ってこのあと立派な王になったにちがいありません。
結末はやや甘いでしょうか。