<特集ワイド>コーヒー・小麦・大豆、食料高騰の行方は 新興国の需要増が主因か
2011年3月3日(木)18:00
コーヒーや小麦、トウモロコシなど食料の高騰が止まらない。原因は投機マネーの流入だけでなく、中国や経済成長した新興国の消費が増えたためと見られている。どこまで上がるのか、「食料高騰」は「食料危機」の予兆なのか。【宮田哲】
◇増える肉の消費、飼料の需要も比例 やはり「投機マネー」見方も
「もうこれ以上の我慢は無理です」。東京都内でコーヒー豆専門店19店を展開する「やなか珈琲」の権藤則彦社長(46)は語る。注文ごとに生豆からばいせんして販売し、店内でも180円でコーヒーを出してきたが、18日からは10円アップし、豆も3~10%値上げする。「昨年6月から仕入れ値が高騰し、4割は上がった。仕入れを控えてきたがもう在庫が切れる」。近く、従来と同じ価格の新ブレンドも発売する。「お客様の財布のひもは固い。高騰が続くなら、手ごろな価格の豆を増やすことも考える」。大手のネスレ日本、キーコーヒーも今月値上げした。
先物取引で農産物を扱う「カネツ商事」(東京都中央区)のアナリスト、永田雄二郎さんは「経済発展した新興国の需要増が著しく、最大の輸出国でもあるブラジルは国内消費量が年3~5%伸び、来年は米国を抜いて消費量世界一になりそうです」と話す。
コーヒーだけではない。「あらゆる商品が上がっている。こんな事態は過去最高に高騰したリーマン・ショック(08年)の前以来」と永田さん。国内では砂糖が20年ぶりの高値。トウモロコシ、大豆も07年ごろの水準に上がった。
このほか、大豆の高騰で既に食用油が値上げ。輸入小麦も政府売り渡し価格が4月から18%上がる。大手製粉会社は業務用小麦粉の出荷価格を上げる見通しで、パンなど小麦製品にも影響しそうだ。
世界の食料価格を監視している国連食糧農業機関(FAO)の主要食料価格指数(02~04年の平均が100)は1月、7カ月連続で上昇し、史上最高の231を記録。深刻な影響が出ているのが発展途上国の貧しい人々だ。世界食糧計画(WFP)によると、ボリビアでは小麦価格が昨年から44%も上昇。昨年1月の大地震後、食料が高騰したハイチでは、一度下がった価格が再び地震直後の水準に。アルメニアの人々は元々、収入の半分を食費に充てていたのに、食料価格が26%上昇。エジプトなど中東や北アフリカでは、食料高騰が反政府デモの一因とされている。
永田さんは今回の急騰は、リーマン・ショック前の07~08年の状況とは異なるとみる。「前回は余剰資金が農産物の商品市場にまでつぎこまれた投機的な値上がりだった。今回は投機筋も介在しているが、ベースは大きな需要だ」
その根源が新興国だ。「米国の金融緩和策などで資金投入されたこともあり、高い経済成長で生活水準が上がり、消費が拡大している。先進7カ国の人口は7億人なのに、新興国はBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)で28億人と規模も大きい」
「食料高騰は、食物が奪い合いになる時代の予兆ではないか」と話すのが柴田明夫・丸紅経済研究所代表だ。
「一時的高騰ではない。穀物価格の均衡点価格が動く、構造的な変化が起きているのでしょう」。均衡点価格とは需給が一致する価格帯のこと。小麦は主に60年代は1ブッシェル(約27キロ)2ドル弱、70年代初めの食料危機以降は同3ドル周辺で、不作で一時的に上がってもまた戻った。それが「需要拡大で8ドル前後で推移する時代に入ったのでは」。
需要に供給が追いつけない証しが、期末在庫率の推移という。世界の穀物在庫は90年代末、30%だったが、00年代以降はほぼ10%台。需要を押し上げているのが肉の消費増だ。「豚肉1キロを生産するのに飼料のトウモロコシ7キロが必要。肉の消費が増えれば穀物需要も急増します」。80年代末に1億5000万トンだった世界の肉消費量は、03年に2億5000万トンに。特に中国では、85年に18キロだった1人当たり消費量は09年には49キロに増加。トウモロコシは輸出国から輸入国に変わった。
もう一つは石油に代わるバイオ燃料の需要だ。力を入れるのは米国。07年成立の「エネルギー自立・安全保障法」で、トウモロコシが原料のエタノールなどの導入目標を示した。「米国は生産したトウモロコシのうち4割がエタノール向けになり、輸出に回せる余力が減っています」
国連推計では、人口は現在の70億人から、50年には90億人に増加する。どれだけ生産を増やせるか。「世界で穀物の耕地面積はほぼ横ばいです。単位面積当たりの収量を上げてきたが、これ以上伸ばすのは難しい。限られた食料が奪い合いになり、中国などに買い負ける時代が来るかもしれない。日本は約3000万トンの穀物を輸入しているが、米は減反で800万トン台しかつくっていない。いつまでも輸入できる保証はない。水田のフル活用を考えるべきです」
しかし、「世界で食糧は過剰生産気味です。長期的には価格は上がらない」とみる学者もいる。「『食糧危機』をあおってはいけない」と題した著書もある川島博之・東大准教授(開発経済学)だ。現状について「作柄がそれぞれ違うあらゆる作物がなぜ同じように乱高下するのか。高騰は投機マネーによるものです」。
人口増に対応できるのか。「この40年間で約40億人増えたが、今後40年間で20億人なら半分で、増加率は下がっている。しかも、窒素肥料を使った生産性の高い農業が行われている国はまだ一部で、増産の余地は十分にあります」
新興国の消費拡大も頭打ちとみる。「所得が増えたからたくさん食べる時代は過ぎた。中国の都市部で関心があるのはダイエットです」。食肉消費の増加の影響は「アジアの国々は増えても日本の消費量程度まででしょう。今、生産量が増えているのは鶏肉ですが、肉1キロを生産するのにトウモロコシ2キロですみ、穀物不足の原因にはなりにくい」。バイオ燃料についても「石油と同じエネルギーを生みだすのに、原料のトウモロコシ価格だけで石油の1・5倍かかり、コスト面から普及しない」と話す。
今後の食料価格は「さらに上昇する可能性がある」と柴田さん。片や川島さんは「中東の政治不安リスクを嫌って、投機的マネーが引き揚げられれば急落する」。価格高騰の先行きはまだ見えない。
いよいよ来るか~
2011年3月3日(木)18:00
コーヒーや小麦、トウモロコシなど食料の高騰が止まらない。原因は投機マネーの流入だけでなく、中国や経済成長した新興国の消費が増えたためと見られている。どこまで上がるのか、「食料高騰」は「食料危機」の予兆なのか。【宮田哲】
◇増える肉の消費、飼料の需要も比例 やはり「投機マネー」見方も
「もうこれ以上の我慢は無理です」。東京都内でコーヒー豆専門店19店を展開する「やなか珈琲」の権藤則彦社長(46)は語る。注文ごとに生豆からばいせんして販売し、店内でも180円でコーヒーを出してきたが、18日からは10円アップし、豆も3~10%値上げする。「昨年6月から仕入れ値が高騰し、4割は上がった。仕入れを控えてきたがもう在庫が切れる」。近く、従来と同じ価格の新ブレンドも発売する。「お客様の財布のひもは固い。高騰が続くなら、手ごろな価格の豆を増やすことも考える」。大手のネスレ日本、キーコーヒーも今月値上げした。
先物取引で農産物を扱う「カネツ商事」(東京都中央区)のアナリスト、永田雄二郎さんは「経済発展した新興国の需要増が著しく、最大の輸出国でもあるブラジルは国内消費量が年3~5%伸び、来年は米国を抜いて消費量世界一になりそうです」と話す。
コーヒーだけではない。「あらゆる商品が上がっている。こんな事態は過去最高に高騰したリーマン・ショック(08年)の前以来」と永田さん。国内では砂糖が20年ぶりの高値。トウモロコシ、大豆も07年ごろの水準に上がった。
このほか、大豆の高騰で既に食用油が値上げ。輸入小麦も政府売り渡し価格が4月から18%上がる。大手製粉会社は業務用小麦粉の出荷価格を上げる見通しで、パンなど小麦製品にも影響しそうだ。
世界の食料価格を監視している国連食糧農業機関(FAO)の主要食料価格指数(02~04年の平均が100)は1月、7カ月連続で上昇し、史上最高の231を記録。深刻な影響が出ているのが発展途上国の貧しい人々だ。世界食糧計画(WFP)によると、ボリビアでは小麦価格が昨年から44%も上昇。昨年1月の大地震後、食料が高騰したハイチでは、一度下がった価格が再び地震直後の水準に。アルメニアの人々は元々、収入の半分を食費に充てていたのに、食料価格が26%上昇。エジプトなど中東や北アフリカでは、食料高騰が反政府デモの一因とされている。
永田さんは今回の急騰は、リーマン・ショック前の07~08年の状況とは異なるとみる。「前回は余剰資金が農産物の商品市場にまでつぎこまれた投機的な値上がりだった。今回は投機筋も介在しているが、ベースは大きな需要だ」
その根源が新興国だ。「米国の金融緩和策などで資金投入されたこともあり、高い経済成長で生活水準が上がり、消費が拡大している。先進7カ国の人口は7億人なのに、新興国はBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)で28億人と規模も大きい」
「食料高騰は、食物が奪い合いになる時代の予兆ではないか」と話すのが柴田明夫・丸紅経済研究所代表だ。
「一時的高騰ではない。穀物価格の均衡点価格が動く、構造的な変化が起きているのでしょう」。均衡点価格とは需給が一致する価格帯のこと。小麦は主に60年代は1ブッシェル(約27キロ)2ドル弱、70年代初めの食料危機以降は同3ドル周辺で、不作で一時的に上がってもまた戻った。それが「需要拡大で8ドル前後で推移する時代に入ったのでは」。
需要に供給が追いつけない証しが、期末在庫率の推移という。世界の穀物在庫は90年代末、30%だったが、00年代以降はほぼ10%台。需要を押し上げているのが肉の消費増だ。「豚肉1キロを生産するのに飼料のトウモロコシ7キロが必要。肉の消費が増えれば穀物需要も急増します」。80年代末に1億5000万トンだった世界の肉消費量は、03年に2億5000万トンに。特に中国では、85年に18キロだった1人当たり消費量は09年には49キロに増加。トウモロコシは輸出国から輸入国に変わった。
もう一つは石油に代わるバイオ燃料の需要だ。力を入れるのは米国。07年成立の「エネルギー自立・安全保障法」で、トウモロコシが原料のエタノールなどの導入目標を示した。「米国は生産したトウモロコシのうち4割がエタノール向けになり、輸出に回せる余力が減っています」
国連推計では、人口は現在の70億人から、50年には90億人に増加する。どれだけ生産を増やせるか。「世界で穀物の耕地面積はほぼ横ばいです。単位面積当たりの収量を上げてきたが、これ以上伸ばすのは難しい。限られた食料が奪い合いになり、中国などに買い負ける時代が来るかもしれない。日本は約3000万トンの穀物を輸入しているが、米は減反で800万トン台しかつくっていない。いつまでも輸入できる保証はない。水田のフル活用を考えるべきです」
しかし、「世界で食糧は過剰生産気味です。長期的には価格は上がらない」とみる学者もいる。「『食糧危機』をあおってはいけない」と題した著書もある川島博之・東大准教授(開発経済学)だ。現状について「作柄がそれぞれ違うあらゆる作物がなぜ同じように乱高下するのか。高騰は投機マネーによるものです」。
人口増に対応できるのか。「この40年間で約40億人増えたが、今後40年間で20億人なら半分で、増加率は下がっている。しかも、窒素肥料を使った生産性の高い農業が行われている国はまだ一部で、増産の余地は十分にあります」
新興国の消費拡大も頭打ちとみる。「所得が増えたからたくさん食べる時代は過ぎた。中国の都市部で関心があるのはダイエットです」。食肉消費の増加の影響は「アジアの国々は増えても日本の消費量程度まででしょう。今、生産量が増えているのは鶏肉ですが、肉1キロを生産するのにトウモロコシ2キロですみ、穀物不足の原因にはなりにくい」。バイオ燃料についても「石油と同じエネルギーを生みだすのに、原料のトウモロコシ価格だけで石油の1・5倍かかり、コスト面から普及しない」と話す。
今後の食料価格は「さらに上昇する可能性がある」と柴田さん。片や川島さんは「中東の政治不安リスクを嫌って、投機的マネーが引き揚げられれば急落する」。価格高騰の先行きはまだ見えない。
いよいよ来るか~