新型コロナウイルス感染で療養中の高齢者が退院できる状況になったのに、受け入れ先が見つからない――。病床 逼迫ひっぱく につながるそうした事態を避けるため、介護老人保健施設(老健)が受け皿となる動きが広がっている。(板垣茂良)
東京都練馬区の老健「カタクリの花」(定員100人)は昨年6月、退院した高齢者を受け入れ始めた。入院前に住んでいた特別養護老人ホームから、ほかの利用者や職員への感染懸念を理由に再入居を断られた人など、今年4月までに計9人を引き受けた。
同施設で働く看護師横山実美子さん(48)は「地域の介護施設として社会的な責任を果たしたい」と話す。
老健では、理学療法士らによるリハビリや、栄養管理を一体的に受けられ、入院中に低下した身体機能の回復を図ることができる。医師や看護師もいるため、病院から自宅での暮らしに戻るための「中間施設」に位置づけられる。
今年4月に練馬区内の病院を退院して入居した70歳代の男性は、約2か月の入院で筋力が著しく衰えてしまい、車いすを使うようになった。現在、「自宅に戻って暮らす」ことを目標に、歩行やズボンの上げ下げなど自力でトイレに行くためのリハビリを重ねている。
同区の練馬光が丘病院では、稼働する262床のうち、コロナ患者用に64床を確保している。ただ、常にほぼ満床の状態で、これまでに複数の退院患者をカタクリの花に受け入れてもらった。光定誠病院長は「回復後の行き場がなければベッドを空けられず、新たな患者を受け入れられない。引き受けてくれるのは本当にありがたい」と話す。
専用の個室で対策
医療機関の病床の効率的な活用を目指し、国は2月に改定した新型コロナに関する基本的対処方針で、国の退院基準を満たした患者の高齢者施設での受け入れ促進を明記。協力する介護施設に、受け入れた高齢者1人あたり約15万円上乗せして介護報酬を支払う制度も導入した。
全国老人保健施設協会が3月に公表した調査では、3594施設の45%(1625施設)が受け入れに協力する意向を示した。都内では178施設のうち76施設が協力を表明している。
ただ、高齢者施設でひとたび感染者が出ればクラスター(感染集団)の発生につながりかねない。施設側に不安があるのも事実だ。
東京都豊島区の老健「安寿」(定員106人)は3月、近隣の病院からの要請に応じ、80~90歳代の男女2人を受け入れた。2人には空気の流れを制御してウイルスの飛散を防ぐ装置を備えた専用の個室を用意。出入りする職員はゴーグルや手袋、ガウンを身に着けて対応した。他の入所者が誤って近寄らないようにパーティションも設置した。
厚生労働省の担当者は「発症から1週間以上たつなどすれば、感染を広げる恐れはないことがわかってきた」と説明する。しかし、中本譲施設長は「国の退院基準を満たしても、絶対に安全という保証はない」と慎重な対応を続けている。
近隣に、新型コロナ感染者を受け入れる病院が多く立地していることもあり、中本施設長は「病院が必要な人の治療に専念できるように、万全の態勢を整えた上で、退院する高齢者の受け入れを続けていきたい」と表情を引き締める。
◆国の退院基準=新型コロナウイルスに感染し、症状が出た人は原則、発症から10日間、かつ、症状が治まって72時間経過していることが必要。入院中に人工呼吸器を使用した場合は、さらに厳しい基準がある。
職員向けに検査キット
重症化のリスクが大きい高齢者が生活し、退院後の受け皿にもなる介護施設。感染拡大を防ぐ取り組みの重要性は高まっている。
厚生労働省は5月の専門家会議で、全国の特別養護老人ホームや介護老人保健施設、医療機関などを対象に、新型コロナの抗原検査の簡易キット約800万回分を配布する方針を示した。
鼻の粘液にウイルス特有のたんぱく質(抗原)が含まれているかどうかを調べる検査で、約30分で判定できる。原則、のどの痛みやだるさなどの症状が出た職員が検査の対象で、配布は都道府県を通じて行う。
今年2~3月には、東京や大阪、埼玉など10都府県を中心とした約2万1000か所の福祉施設で、職員らを対象に新型コロナの集中検査も実施された。「無症状の陽性者を見つけることができ、クラスターの防止につながった」などの報告が自治体から寄せられている。