[岸田流政治]検証1年<2>コロナ対策司令塔「乱立」…エース級 連携なら力発揮
2022年10月4日 (火)配信読売新聞
白紙に
「公費負担をなくすなんてあり得ないでしょう」
8月22日、首相官邸の一室で、木原誠二官房副長官(52)は、財務省出身の藤井健志官房副長官補(59)や厚生労働省幹部らが示した案を突き返した。新型コロナ医療の公費負担を縮小し、部分的に患者の自己負担を求めるというものだったが、世論の反発は容易に想像できた。
公費負担の縮小は、全感染者の氏名などを確認する「全数把握」の見直しとともに、ウィズコロナの目玉として厚労省が検討していたものだ。コロナ担当の宇波弘貴首相秘書官(57)にも話を伝え、コロナ感染で療養中の岸田文雄首相(65)が24日に発表するという段取りを描いていたが、白紙となった。
寝耳に水
一方、「全数把握」見直しを巡っては政府内の不協和音が露呈した。
宇波らと厚労省は8月下旬までの調整で、全数把握は9月下旬をめどに全国一律で見直すが、希望する都道府県には先行実施を認める2段階方式を固めていた。全国知事会や日本医師会にも根回しした。
24日の発表の直前まで、発表内容は揺れた。最終的な打ち合わせで、木原は宇波に、「感染者が増えている今の状況で先のことまで言うべきではありません」と先行実施だけの発表を主張した。
宇波は「全体の流れを示さないと分かりにくくなります」と食い下がったが、最終的に折れた。
モニターを通じて行われた岸田の発表では、全国一律の見直しは「取り組みを進めていきたい」と曖昧な表現となっている。
ところが、全国の多くの知事にとっては都道府県ごとの「先行実施」自体も寝耳に水だった。根回し不足は明らかで、「聞いていた話と違う」「国が一律で判断してほしい」と戸惑いの声が噴出した。
結局、岸田は3日後、記者団に「もとより全国一律で導入することを基本としている」と述べ、火消しに走ることになった。
木原は衆院当選5回、岸田派所属の最側近だ。霞が関では「副長官がひっくり返した」とささやかれたが、木原は「感染状況と世論の動向を見極め、発信は柔軟に変えるべきだ」と、逆に官僚の対応に納得がいかなかった。
もともと全数把握の見直しは水際対策の大幅緩和などとともに、第7波収束後の適用を想定していた。だが、第7波は想定より長引き、8月下旬は感染者が再び増加に転じている時期だった。木原は「このタイミングでウィズコロナを打ち出すのはおかしい」と考えていたが、官邸内で共有されていなかった。
広い裁量権
官邸内の意思決定プロセスは、政権運営の安定を左右する重要な要素だ。第2次安倍政権では、今井尚哉首相秘書官(64)が各方面ににらみをきかし、絶大な影響力を発揮した。菅政権では、首相の菅義偉(73)が自ら仕切った。菅が決断すれば話が早い反面、抱え込みすぎると目詰まりする欠点もあった。
岸田は8人の首相秘書官に広い裁量権を与え、自身は最終段階で決断するスタイルをとる。元経済産業次官の嶋田隆首相秘書官(62)を筆頭に、局長級など各省庁のエースをそろえた。さらに、調整役として元国土交通次官の森昌文首相補佐官(63)、元警察庁長官の栗生俊一官房副長官(63)が脇を固め、木原は政治的観点から決定に参画する。重量級の参謀がそろい、本来のまとめ役である松野博一官房長官(60)の影は薄い。
「チーム岸田」は昨年11月の水際対策の強化など、歯車がかみ合えば迅速な意思決定に力を発揮したが、意思疎通が滞ると、ブレが目立つ。夏以降の内閣支持率の低下は官邸の求心力低下を招き、省庁からは「司令塔が乱立している。誰かに話を通しても、ほかの誰かが『俺は聞いていない』と言えばひっくり返る」(財務省幹部)との不満が半ば公然と聞こえ始めた。
コロナ禍からの復興に向け、岸田が再びチームをまとめられるかどうかが問われる。(敬称略)
「ウィズコロナ」規制正常化へ…公費負担の縮小 一時検討
岸田内閣は、新型コロナウイルスの感染「第7波」の収束を見据え、コロナと併存しながら日常を取り戻す「ウィズコロナ」の取り組みを進めている。
現在主流の変異株「オミクロン株」は従来株より重症化リスクが低く、一般疾病に近づいてきている。これに合わせて、様々な規制や制度を徐々に正常化するのが内閣の目指す方向だ。
コロナ医療は医療保険と公費で賄われ、患者の自己負担はない。感染拡大防止のために入院や自宅療養を要請するなら、費用は国が負担すべきだという考え方に基づく。8月下旬までの厚労省の検討では、入院や検査は公費負担を続け、外来診療のうち検査費以外の部分は通常医療と同じ扱いにする案がまとまっていた。