コロナ感染、納棺・葬儀の国指針 「最後の対面」変わらぬ壁 ワクチン、治療は進歩
2022年10月8日 (土)配信毎日新聞社
新型コロナ:コロナ感染、納棺・葬儀の国指針 「最後の対面」変わらぬ壁 ワクチン、治療は進歩
政府は新型コロナウイルス感染者の全数把握を見直すなど「ウィズコロナ」を見据えた対応を進めている。一方で弔いの現場では、感染して亡くなった人の遺体が、遺族と「最後の対面」もないまま火葬されるなど、いまだ物々しいケースがある。その背景にあるとみられる葬儀業者らの対応を示した国のガイドライン(指針)を巡り、策定過程を知る専門家に話を聞いた。
取材したのは、民間の火葬会社に30年以上勤め、現在は東京で火葬場コンサルタントとして活動する川田明さん(63)。2020年7月に厚生労働省と経済産業省がまとめた指針の策定議論に加わった一人だ。
議論はいつ始まったのか。川田さんは「クルーズ船ダイヤモンド・プリンセスや屋形船などで発症する人が出て、残念ながら亡くなる人も出てきた時期だった」と振り返る。
国内の感染者で初めて死者が出たのは20年2月13日。神奈川県内の当時80代の女性で、東京都内で集団感染が発生した屋形船の新年会に参加した男性の親族だった。同じ頃、横浜港に停泊中のダイヤモンド・プリンセス(乗員乗客3711人)でも集団感染が起きており、2月20日には感染者の中から初めての死者が2人出た。川田さんの話では、このころから程なく、指針策定に向けて厚労省から声をかけられたことになる。まさに、列島が未知のウイルスの脅威におののいていた時期だ。
議論には、国立感染症研究所や全日本葬祭業協同組合連合会など九つの団体が加わった。「遺体からは飛沫(ひまつ)感染がなく安全」との認識を示していた医療関係者からは「呼吸器系の疾患なので、肺炎や結核と同じように対処すればいい」などとする意見が寄せられた。実際、最終的にまとまった指針にも「遺体からの感染リスクは低い」と記されている。
しかし、遺体から体液がしみ出すことを知っている葬儀や火葬関係者の反応は違った。遺体がせきこむわけはないが、体液に触れてしまえば感染リスクは一気に高まる。参列する遺族にも濃厚接触者がいないとは断言できない。業者側に感染が広がって業務がストップしてしまえば、火葬待ちの遺体が続出してしまう。業界からは慎重な対応を求める声が上がった。
複数回の議論の末、指針には、遺体は納体袋に入れる▽直接遺体に触れる人には長袖ガウン、手袋、フェースシールド着用を促す▽通夜や葬儀は密を避け執り行うか検討する▽24時間以内の火葬が可能――などが盛り込まれた。納体袋については、体液も含めてウイルスを完全密閉する「非透過性」の袋に収容することを推奨。遺族の心情に配慮し「少なくとも顔の部分が透明な納体袋を使う」とも記している。だが、その後も対面できないケースが相次いだとして、国は22年6月にも顔の部分が透明の納体袋を使用するよう再通達した。
しかし、複数の関係者によると、透明な納体袋は高価なうえに流通量が少なく、死者が増えるたびに業者に行き届かなくなっていたという。
第7波で死者が急増した。最初の死者が出てから今年6月末までの約2年5カ月で死者数は累計で約3万1000人に上ったが、その後の約3カ月で約1万4000人もの感染者が亡くなった。未知のウイルスと向き合って策定された指針が変わらないままで取り扱う遺体が増えれば、透明な納体袋を用意できない業者などで過剰な感染対策が続く可能性がある。
川田さんは「公共性の高い葬儀や火葬に関わる人はエッセンシャルワーカー的な存在で、集団感染して稼働が止まれば地域への影響は大きい。安全管理を尽くすのは仕方がない部分はある」と業者側の事情を代弁する。
川田さんによると、東日本大震災(11年)などの大規模災害時や感染症の流行など、これまでも取り扱いに注意が必要な遺体が多数出た場合の議論はあったが、遺体の対応を巡って具体的な指針が策定されたのは今回が初めてだという。その観点から言えば、大きな一歩を踏み出せたと川田さんは思っている。
ただ、指針の「はじめに」には「コロナに関する知見が蓄積されたら内容を更新する可能性がある」と記されている。川田さんは「ワクチン接種や治療方法などが進歩した今、業界の対応も変化していいはずだ。透明でない納体袋でも一定の距離を取り、顔の部分を開ければ対面できる。遺族のことを第一に考えれば、指針は絶対に更新しないといけない。政府はリーダーシップを取るべきだし、業界側も声を上げるべきだ」と訴える。
厚労省の担当者は「(指針更新は)今後考えていかなければいけないと思うが、現状はその見通しはない」と話している。【竹林静】