秘密の会話
知覧の町は平日の朝のせいか、静けさに包まれていた。広い道の両脇には鯉の
泳ぐ水路がある。いつか歩いてみたい、そうずっと思い続けていた知覧である。
気持ちは小走りするが、ことさらゆっくり噛みしめるように歩いてしまう。
武家屋敷の門をくぐりながら、ふと昨日の宿を思い出した。

吹上にあるその宿にも、入り口に立派な門があった。
広い敷地のまんなかに、白い水鳥が泳ぐ小さな湖というか大きな池がある。
みどり池という名前らしい。ぐるりと遊歩道がめぐらされたその池の片側に
いくつかの離れ形式の宿泊棟、広間の棟、温泉棟が配されていた。ほとりに
観音堂、男女それぞれの露天風呂もある。
ぽっかりあいた池の空間の周囲は、鬱蒼とした緑の樹木に埋めつくされている。
吹上温泉みどり荘。秘湯の宿である。

受付をすませ、藤棚の下を通り宿泊棟に案内される。もう半月もすれば
見あげる棚には、それはみごとな藤の花が咲くのだそうだ。残念ながら桜も
すこし前が最盛期だったようである。
案内された部屋は池に面している離れ風の広い部屋だった。棟割の半分の
大きさだ。
静かである。
出された茶で一服すると、さっそく、浴衣に着替えて温泉に向かう。
温泉棟を通り過ぎて、すぐさきの池のほとりに面した露天をのぞいたら、
ひとりだけだったのではいってみた。

石敷きの埋め込まれた小型プールといった感じである。源泉は池のほとりから
湧出している。無色なのだが、周りの新緑のせいか青みがかってみえた。
十人ほどはいれそうだ。硫黄泉のたまらなくいい匂いに、鼻がよろこんでいる。
もちろん顔も全身も、同じくニコニコ微笑んでいるのだ。
あっという間に七人ほどに増えたので、着替えて大浴場のある温泉棟に移動
することにした。日帰り湯の料金が四百円と驚くほど安いので、立寄る客が
多いのだ。
大浴場は横長で、浴槽の中が黒く変色し、黒い湯ノ花が浮いている。露天の
ほうもいいが、こちらもいいお湯である。池に面して細長い浴槽である。
十五人は楽にはいれそうだ。
夕食は新鮮な平目の刺身、蒸した地鶏とシャキシャキしたネギの大皿、豆乳の
鍋、パイスープ。どれもうまかったが、平目と地鶏のふたつが、箸がとまらない
ほど気に入った。ご飯も上等である。米も含め、ここの自家製のものが多い。
早朝、新緑の径を辿り、誰もいない露天風呂に身体を沈めた。どうやら、他に客
はひと組らしい。静寂。聞こえるのは野鳥の声ばかりである。遠く、鶯の声も
している。
「ケッキョ・ケキョ・ケキョケキョ、ホー、ホーケッキョウ。ケキョ・ケキョ」
誰もいないのをいいことに悪戯に、口笛で鶯の物まねをしてみる。道で猫を
見かけ、話しかけるとたいてい「ニャー」と応えてくれるように、鶯にも案外
気のいいヤツがいるのだ。
ホーホケッキョ。やがて、緑の奥から小さく応答がある。
しばらく見えない鶯と秘密の会話に熱中していたが、階段にひとの気配がした
ので切り上げて風呂をあがった。まったく、いいお湯である。いつでも入れる
のが嬉しい。もっとも夜遅くは濃密な暗闇で、鵺(ぬえ)でも出てきそうな
雰囲気だから大浴場のほうが無難である。
なんども堪能したここの温泉が効いたのか昨夜は深い睡眠がとれ、いまも
朝ごはんが待ち遠しい。
急に話し相手を失った鶯は、気になったのか近づいてきたようである。
鳴き声が近い。しかし鳴くのは雄だけじゃなかったかな・・・。
部屋への径をひろい歩きながら、寂しいオトコ同士、もうすこしヤツに
つきあってやることにした。
知覧の町は平日の朝のせいか、静けさに包まれていた。広い道の両脇には鯉の
泳ぐ水路がある。いつか歩いてみたい、そうずっと思い続けていた知覧である。
気持ちは小走りするが、ことさらゆっくり噛みしめるように歩いてしまう。
武家屋敷の門をくぐりながら、ふと昨日の宿を思い出した。

吹上にあるその宿にも、入り口に立派な門があった。
広い敷地のまんなかに、白い水鳥が泳ぐ小さな湖というか大きな池がある。
みどり池という名前らしい。ぐるりと遊歩道がめぐらされたその池の片側に
いくつかの離れ形式の宿泊棟、広間の棟、温泉棟が配されていた。ほとりに
観音堂、男女それぞれの露天風呂もある。
ぽっかりあいた池の空間の周囲は、鬱蒼とした緑の樹木に埋めつくされている。
吹上温泉みどり荘。秘湯の宿である。

受付をすませ、藤棚の下を通り宿泊棟に案内される。もう半月もすれば
見あげる棚には、それはみごとな藤の花が咲くのだそうだ。残念ながら桜も
すこし前が最盛期だったようである。
案内された部屋は池に面している離れ風の広い部屋だった。棟割の半分の
大きさだ。
静かである。
出された茶で一服すると、さっそく、浴衣に着替えて温泉に向かう。
温泉棟を通り過ぎて、すぐさきの池のほとりに面した露天をのぞいたら、
ひとりだけだったのではいってみた。

石敷きの埋め込まれた小型プールといった感じである。源泉は池のほとりから
湧出している。無色なのだが、周りの新緑のせいか青みがかってみえた。
十人ほどはいれそうだ。硫黄泉のたまらなくいい匂いに、鼻がよろこんでいる。
もちろん顔も全身も、同じくニコニコ微笑んでいるのだ。
あっという間に七人ほどに増えたので、着替えて大浴場のある温泉棟に移動
することにした。日帰り湯の料金が四百円と驚くほど安いので、立寄る客が
多いのだ。
大浴場は横長で、浴槽の中が黒く変色し、黒い湯ノ花が浮いている。露天の
ほうもいいが、こちらもいいお湯である。池に面して細長い浴槽である。
十五人は楽にはいれそうだ。
夕食は新鮮な平目の刺身、蒸した地鶏とシャキシャキしたネギの大皿、豆乳の
鍋、パイスープ。どれもうまかったが、平目と地鶏のふたつが、箸がとまらない
ほど気に入った。ご飯も上等である。米も含め、ここの自家製のものが多い。
早朝、新緑の径を辿り、誰もいない露天風呂に身体を沈めた。どうやら、他に客
はひと組らしい。静寂。聞こえるのは野鳥の声ばかりである。遠く、鶯の声も
している。
「ケッキョ・ケキョ・ケキョケキョ、ホー、ホーケッキョウ。ケキョ・ケキョ」
誰もいないのをいいことに悪戯に、口笛で鶯の物まねをしてみる。道で猫を
見かけ、話しかけるとたいてい「ニャー」と応えてくれるように、鶯にも案外
気のいいヤツがいるのだ。
ホーホケッキョ。やがて、緑の奥から小さく応答がある。
しばらく見えない鶯と秘密の会話に熱中していたが、階段にひとの気配がした
ので切り上げて風呂をあがった。まったく、いいお湯である。いつでも入れる
のが嬉しい。もっとも夜遅くは濃密な暗闇で、鵺(ぬえ)でも出てきそうな
雰囲気だから大浴場のほうが無難である。
なんども堪能したここの温泉が効いたのか昨夜は深い睡眠がとれ、いまも
朝ごはんが待ち遠しい。
急に話し相手を失った鶯は、気になったのか近づいてきたようである。
鳴き声が近い。しかし鳴くのは雄だけじゃなかったかな・・・。
部屋への径をひろい歩きながら、寂しいオトコ同士、もうすこしヤツに
つきあってやることにした。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます