温泉クンの旅日記

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空の奥 ②

2006-05-05 | 旅行記
  2章 憂鬱

 昨年末に離職して、六ヶ月を経とうとしていた。
 
 家は賃貸マンションで、家族構成は四人家族とメス猫一匹である。昨年、息子の
就職が本人の希望通りのところへ無事にきまり、娘が卒業まで半年を残して短大を
退学したのも、わたしが退職願を書いた一因かも知れない。親としては最低の責任
を果たしたのかとも思う。息子はクリスマスに航海士としてタンカーに乗船し、
アラビアと日本を往復している。新人なので勤務がきつく、家に戻れるのはこの夏
になるらしい。アラビア海あたりからときおり、元気だとの素っ気無いメールが
くる。船に乗るのが彼の、高校生のころから追い続けたそしてかなった夢だった
のだ。
 
 ここ数年の間、勤めていた会社でリストラの嵐が吹きまくったが、不思議と
わたしは無風状態にいた。無風といっても、リストラ対象の順位が低かったという
ことで、人が減っても仕事は減らず、きつい労働環境であったことは間違いない。
そうして毎年職場から先輩が激減していった。上が減った分だけリストの順位は
自動的にあがる。なんと実力と経験だけでは競争には生き残れなくなったのだ。
人生のここらですこし休養をとって若いころの夢を追ってもいいかと数年前に
思い始め、数年思い続け、昨年末ついに思い切ったのだった。



 最初の二、三ヶ月ぐらいは世間体を気にして、通勤時間帯に家をでて図書館や
映画館で時間をつぶし夕方帰るようにしたりしていた。新年会や送別会のやり残し
もあったりした。働いているときには定期をもっていたので気にしていなかった
が、一回出かけるたびの交通費が昼食代ほどかかるのに気づき、図書館までの定期
を購入した。しかし継続することもなく、日々の出費を抑えるために家に引きこも
るようになった。日々の出費を抑えるのは他に大きく使う目的があるため、無収入
にふさわしい超質素な暮らしぶりを演じているのだ。よっぽど断れない相手に
誘われない限り、外で飲むのを殆ど止めてしまった。

「海ちゃん、弁当買いにちょっと出かけるけど、すぐに帰ってくるからね」

 でかパン状態のバミューダをジーパンに着替えると、書架の上で捩れた尻尾を
たらして、しどけない格好で寝ている猫に声をかける。猫にはなるべく話しかける
ほうがいいらしい。性格が歪みいじけるという。
 海は頭をすこし上げていかにも面倒くさそうに、声がきた方角あたりに目を向け
る。それから視線をさまよわせ、焦点を声の主にちょっとの間あわせる。素直に
まっすぐわたしを見つめることは無い。いまさら話しかけても無駄で、生まれつき
にこいつは性格が歪んでいると確信しているのだが、まあ、それでも昼間はいつも
一緒だから折れるしかない。
 
 すぐだからね、ともう一度言いベランダへ出るサッシの戸締りを確認して外出
する。 
 小遣い稼ぎのパートとアルバイトで母娘ともに昼過ぎまでいないので、当然自分
で昼食を算段しなければならない。料理はまったくダメである。手ごろな定食屋が
まわりにないので、好きなものを食べてしまう。栄養がかたより第一不経済である
ので、安価だが栄養計算のとれた弁当にすることが多くなっていった。自宅の近所
には、五分以内でいけるところにコンビニが二軒、スーパーが二軒、それと
デパートがひとつある。こちらは顔を知らないが向こうは知っていることもある。
毎日買いにいって余計な話題を提供しないように、一日おきに店を変えて弁当を
買うように配慮している。

 六月はサッカーに夢中になった。たぶん日本中の人が一喜一憂、熱狂した
だろう。
 日本の応援もかなわず三位決定戦はトルコが勝利した。韓国も燃え尽きた
ようだ。
 サッカーのテレビ観戦で明け暮れたが、日本が負けたころから徐々にわたしの
サッカー熱がさめていった。サッカーがあったので全国どこへいっても道が混むと
思い、旅を自粛していたのだった。
 
 しとしと雨と曇り空の繰り返しが、湿った薄紙を重ねるように心を重くして
いった。

 わたしは本当ならいまごろ、畑を耕していたのだ。信州で、農園つきのログ
ハウスを借りて一年間畑仕事をやるはずだった。昨年調べておいて今年の一月
応募、面接をした。格安なので応募者も多いので抽選であり、当選したら家族に
話すつもりだった。
 もうすぐ結果が送られてくるという一週間前に、山形に嫁いだすぐ上の姉が
他界した。葬儀で横浜と山形を往復しているうちに、家に通知がきていた。
抽選にもれたのは、通知をみるまでもなかった。スポーツの試合とか博打でいう
いわゆる「流れ」である。
 
 流れにさからってもしょうがない。頭をさげてひたすら、つぎの流れの気配を
全身の感覚を総動員して感じとる。こころを平静にしてつぎの流れを待つので
ある。流れは風とおなじように見えないのだ。
 気分をかえるのもいい。すっきりと気分を変えに旅行へ行きたかったが、
ワールドカップがあったのでじっとしていたのだった。
 毎日の天気予報も、関東地方については雨か曇りそのどちらかを口にしていれば
間違いないようである。天気図の、東北と北海道の晴れマークが目に焼きついて
いく。

 晴れか・・・。抜けるようなきれいな青空、みたら気分が変わるだろうな。 

 そうだ。この汗じみた薄汚い布団綿のような梅雨空の果てに、奥にある、青空が
猛烈にみたい。よし、早いほうがいい。

「明日から東北へ出かける、着替えを四泊分用意してくれ」


  →空の奥③に続く
  →空の奥①はこちら

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