<和歌山駅前、朝から呑める老舗酒場>
和歌山駅から徒歩数分のところにある、昭和二年(1927年)創業の老舗大衆酒場の「多田屋」。山形・酒田「久村の酒場」の創業が慶応三年(1867年)、名古屋の「大甚」の創業が明治四十年(1907年)、それには及ばないもののほぼ一世紀前の創業は立派だ。
それに、なんとその営業時間は午前九時から午後十時まで。横浜でも食堂なら早朝から呑めるけど、酒場は、24時間営業のチェーン店を除くとフツ―の店は残念ながら無い。
酒呑みなら誰でもちょっとわくわくしちゃう店構えである。
井出商店で念願の和歌山ラーメンを食べると、駅にとって返し、コインロッカーからザックを取り出して今夜の宿「ホテルシティイン和歌山駅前」に向かった。コンビニ、コインランドリー、カラオケ、大浴場(男性のみ)などの施設もあるビジネスホテルである。
フロント脇に設置してある機械で名前を打ちこみ、チェックイン。カードキーを持って、レシートに打たれたルームナンバーの高層階の部屋へ向かう。
(おぉー、広いじゃないか!)
ど平日なのでグレードアップしてくれたのかもしれない。ツインのシングルユース、喫煙。
広さ24㎡にバスとトイレはセパレート、そして広い洗面、これでほぼほぼ五千円とは嬉しすぎる驚きだ。ありがたい限り。
井出商店といい、この大当たりの部屋といい、なんかツイてるような気がする。腹一杯で酒呑みとしてはベスト状態ではないけど、このまま一気にゴールデンコース(順番が逆っぽいが)の二軒目、多田屋に突撃しちゃおう。
というわけで、フロントで道順を訊いて真っ直ぐたどりついたのである。なにとぞ坐れますように、と祈りながら引き戸を開く。
いきなりの大きなコの字カウンター、灰皿発見、吸っているひとも発見、嬉しい。最近は個人経営の酒場くらいしか喫煙できるところってなくなっている。
カウンター奥のレジスター横に三席あいているので、勇躍そこに陣取った。
まずは酒だが、ここは酒店でもあるので、大手三社のビール、ホッピー、焼酎は森伊蔵や魔王まで、日本酒は十四代、獺祭、田酒など揃っていて悩み放題である。
「とりあえず、芋の水割りを」
ここからが難しい。なにしろまだ腹一杯だから、残さない程度の少なめでいきたい。
壁に貼られた無数の短冊も頭を千々に乱す。
メニューにかかれた料理は、おでん、お刺身、くじら料理、うどん、鍋などこれでもかという夥しい品数で酒以上に目が眩むが、とりあえず軽め重視で、鮪の刺身と鰻の肝焼きを注文してようやく煙草に火を点ける。
入口が騒がしくなったので、みるとひとりの腰の曲がったお婆さんが手押し車で入ってきたところだった。店のひとが二人ほど甲斐甲斐しく手をとっている。
えっ、その歳でまだ呑むの? よろよろ歩いて、奥のテーブルに辿りつきメニューを穴が開くほど点検して、「鍋焼きうどん」を注文した。
そうだ。ここは食堂でもあったのだ。
ゲホゲホゲホと隣の席のひとが咳き込み始め、慌てて煙草をもみ消した。
「大将!」
隣席の串カツで飲んでいたおじさんから声がかかる。
「ん!?(えっ、なに、オレのこと?)」
おもわず、なんでありますか将軍、と敬礼しながら答えたくなるが、相手の性格も酔い具合もまったくわからないのでやめておく。それにしても、「大将」なんてえのは、厨房の料理人に掛ける言葉で、客に掛ける種類ではないけどね。お見かけしたところ人生の先輩でもあるし、煙草の負い目があるのでここは低姿勢でいくか。
なんでしょうか、とばかり顔を向けた。
「大将、悪いね。咳き込んでしまったけど気にしないでね。」
「いえ、こちらこそすみません」
串カツさんは、田辺生まれであり、西日本でも大手の電力会社に入り数年前に永年勤めあげた。県だか市だかからタクシー券の配布を受けて、有効期限内にそれを使うために久しぶりに多田屋を訪問したとのこと。
一段落したところで、気になっていた冷蔵ショーケースのところを見にいく。広島あたりの食堂では、このショーケースにずいぶんお世話になったものだ。なんだ、こっちのマグロのブツのほうがよかったか。マカロニサラダをひと皿持って席に戻った。
「大将はなに、旅行で来たの? どっから? 和歌山はどこへ?」
こんどはオマエさんの番だぞ、みたいに矢継ぎ早に質問される。
横浜から来た、今日は井出食堂のラーメンに再挑戦してクリア、最終目的地は紀伊勝浦だと言うと、
「勝浦には、なんていったかなあ大きくて有名な洞窟の温泉があるね」
忘帰洞! オォ―ジツはそこに泊まるンです。もっともっと詳しく聞かせて。
「なにしろ小学高か中学校のころの話だからねぇ、船で行くホテルだったなあ。なんか部屋から温泉まで恐ろしく歩いた記憶があるよハハハ」
えっ、それって館内じゃなくて、忘帰洞まで外を歩いていくの? それとも洞窟内の危ない路? それと船ってどれくらい乗るの? もっと、詳しく教えて。
「あ、そろそろ次の予定があるンでボクはこれで。良い旅をね」
そんなあ・・・ここでやめるなんて、殺生な。
店を出て、夜の底に不夜城のように輝く酒場を振り返り、名残惜しげに歩きだす。
次の機会には、多田屋から井出商店の順番でゴールデンコースを巡りたい。そんでもって、その前に花山温泉の日帰り入浴を組み込めれば最高だな。
→「抹茶一服からの和歌山ラーメン(2)」の記事はこちら
→「名古屋、大甚で呑む」の記事はこちら
→「久村の酒場(1)」の記事はこちら
→「久村の酒場(2)」の記事はこちら
和歌山駅から徒歩数分のところにある、昭和二年(1927年)創業の老舗大衆酒場の「多田屋」。山形・酒田「久村の酒場」の創業が慶応三年(1867年)、名古屋の「大甚」の創業が明治四十年(1907年)、それには及ばないもののほぼ一世紀前の創業は立派だ。
それに、なんとその営業時間は午前九時から午後十時まで。横浜でも食堂なら早朝から呑めるけど、酒場は、24時間営業のチェーン店を除くとフツ―の店は残念ながら無い。
酒呑みなら誰でもちょっとわくわくしちゃう店構えである。
井出商店で念願の和歌山ラーメンを食べると、駅にとって返し、コインロッカーからザックを取り出して今夜の宿「ホテルシティイン和歌山駅前」に向かった。コンビニ、コインランドリー、カラオケ、大浴場(男性のみ)などの施設もあるビジネスホテルである。
フロント脇に設置してある機械で名前を打ちこみ、チェックイン。カードキーを持って、レシートに打たれたルームナンバーの高層階の部屋へ向かう。
(おぉー、広いじゃないか!)
ど平日なのでグレードアップしてくれたのかもしれない。ツインのシングルユース、喫煙。
広さ24㎡にバスとトイレはセパレート、そして広い洗面、これでほぼほぼ五千円とは嬉しすぎる驚きだ。ありがたい限り。
井出商店といい、この大当たりの部屋といい、なんかツイてるような気がする。腹一杯で酒呑みとしてはベスト状態ではないけど、このまま一気にゴールデンコース(順番が逆っぽいが)の二軒目、多田屋に突撃しちゃおう。
というわけで、フロントで道順を訊いて真っ直ぐたどりついたのである。なにとぞ坐れますように、と祈りながら引き戸を開く。
いきなりの大きなコの字カウンター、灰皿発見、吸っているひとも発見、嬉しい。最近は個人経営の酒場くらいしか喫煙できるところってなくなっている。
カウンター奥のレジスター横に三席あいているので、勇躍そこに陣取った。
まずは酒だが、ここは酒店でもあるので、大手三社のビール、ホッピー、焼酎は森伊蔵や魔王まで、日本酒は十四代、獺祭、田酒など揃っていて悩み放題である。
「とりあえず、芋の水割りを」
ここからが難しい。なにしろまだ腹一杯だから、残さない程度の少なめでいきたい。
壁に貼られた無数の短冊も頭を千々に乱す。
メニューにかかれた料理は、おでん、お刺身、くじら料理、うどん、鍋などこれでもかという夥しい品数で酒以上に目が眩むが、とりあえず軽め重視で、鮪の刺身と鰻の肝焼きを注文してようやく煙草に火を点ける。
入口が騒がしくなったので、みるとひとりの腰の曲がったお婆さんが手押し車で入ってきたところだった。店のひとが二人ほど甲斐甲斐しく手をとっている。
えっ、その歳でまだ呑むの? よろよろ歩いて、奥のテーブルに辿りつきメニューを穴が開くほど点検して、「鍋焼きうどん」を注文した。
そうだ。ここは食堂でもあったのだ。
ゲホゲホゲホと隣の席のひとが咳き込み始め、慌てて煙草をもみ消した。
「大将!」
隣席の串カツで飲んでいたおじさんから声がかかる。
「ん!?(えっ、なに、オレのこと?)」
おもわず、なんでありますか将軍、と敬礼しながら答えたくなるが、相手の性格も酔い具合もまったくわからないのでやめておく。それにしても、「大将」なんてえのは、厨房の料理人に掛ける言葉で、客に掛ける種類ではないけどね。お見かけしたところ人生の先輩でもあるし、煙草の負い目があるのでここは低姿勢でいくか。
なんでしょうか、とばかり顔を向けた。
「大将、悪いね。咳き込んでしまったけど気にしないでね。」
「いえ、こちらこそすみません」
串カツさんは、田辺生まれであり、西日本でも大手の電力会社に入り数年前に永年勤めあげた。県だか市だかからタクシー券の配布を受けて、有効期限内にそれを使うために久しぶりに多田屋を訪問したとのこと。
一段落したところで、気になっていた冷蔵ショーケースのところを見にいく。広島あたりの食堂では、このショーケースにずいぶんお世話になったものだ。なんだ、こっちのマグロのブツのほうがよかったか。マカロニサラダをひと皿持って席に戻った。
「大将はなに、旅行で来たの? どっから? 和歌山はどこへ?」
こんどはオマエさんの番だぞ、みたいに矢継ぎ早に質問される。
横浜から来た、今日は井出食堂のラーメンに再挑戦してクリア、最終目的地は紀伊勝浦だと言うと、
「勝浦には、なんていったかなあ大きくて有名な洞窟の温泉があるね」
忘帰洞! オォ―ジツはそこに泊まるンです。もっともっと詳しく聞かせて。
「なにしろ小学高か中学校のころの話だからねぇ、船で行くホテルだったなあ。なんか部屋から温泉まで恐ろしく歩いた記憶があるよハハハ」
えっ、それって館内じゃなくて、忘帰洞まで外を歩いていくの? それとも洞窟内の危ない路? それと船ってどれくらい乗るの? もっと、詳しく教えて。
「あ、そろそろ次の予定があるンでボクはこれで。良い旅をね」
そんなあ・・・ここでやめるなんて、殺生な。
店を出て、夜の底に不夜城のように輝く酒場を振り返り、名残惜しげに歩きだす。
次の機会には、多田屋から井出商店の順番でゴールデンコースを巡りたい。そんでもって、その前に花山温泉の日帰り入浴を組み込めれば最高だな。
→「抹茶一服からの和歌山ラーメン(2)」の記事はこちら
→「名古屋、大甚で呑む」の記事はこちら
→「久村の酒場(1)」の記事はこちら
→「久村の酒場(2)」の記事はこちら
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