<別府・鉄輪温泉連泊④>
④続・隣人
廊下の冷蔵庫から冷えた水をごくごく飲んでいると9号室の隣人の部屋の扉が
スーッとあいて、またもやギクリとしてしまう。
「あなたね、あたし、高崎山に行って帰ってきたの」
出てきたレイの女性が話しかける。どこかウキウキして声が弾んでいる。
「あ、はあ・・・」
よかった。てっきり朝の件でこっぴどく攻められるのかと思った。「そうです
か。あのサルで有名な」。水のボトルを冷蔵庫に戻しながらなんとなく質問のかた
ちで答える。
「そう。歩いて行ってきたの。往復とも」
「エーっ、たしか片道十五キロぐらいあるんじゃないですか!」
さすがに眼を剥いてしまう。別府は傾斜地である。途中、坂道もあるから片道
五時間はかかるだろう。いまが夕方だから朝一番、ほぼわたしと同じ時刻に宿を
出たことになる。
すこし開いた扉の隙間からみえる部屋のなかは真っ暗で不気味だ。連れの男性で
もいるのだろうか。それとも秘密めいた黒魔術の祭壇があったりして。
「あたし、電車とかバスとか乗り物はすべて使わないの。自分の足で歩くのよ」
「へぇー、そうなんですかあ。すごいですね」
「薬も注射も手術も、身体になにか変なものは入れないのよ。温泉だって、入らず
浴びるだけなの」
なるほど・・・、だから朝、湯が張ってなくてもよかったわけだ。温泉の入浴の
スタイルもひとによって違うものだ。思わず新潟の「貝掛温泉」での出来事をチラ
ッと思い出す(『土座衛門』の記事参照)。薬も注射も拒否する、というところに
はなにか宗教めいたところも強く感じる。
それにしても、朝に初対面だったのにずいぶんと打ち解けている。まさか、昔の
時代劇映画じゃあるまいし、肌を見られたから、なんてワケでもないだろうなあ。
「あなた、どこから」
「えっと、横浜ですけど」嘘をついてもしょうがない、正直に答えた。
「あら、そう! あたしは、東京からよ」
東京からほんとうに歩いてきたのですか。その質問はぐっと飲み込んだ。あまり
話が長くなって、「お茶でも」などと部屋にでも誘われてもまずいし相当に怖い。
「なんで、別府が気に入ってずっといるかわかる?」
どこか楽しそうだ。温泉でないとしたら、わたしにはぜんぜん見当もつかない。
「・・・いえ」
「地獄、蒸し・・・よ」
なんか、もの凄く不気味に聞こえる。背筋がぞくりとしてしまう。「地獄蒸
し・・・ですか」
「肉でも野菜でも魚でも、どんなものでも蓋をして、数分たてば、それはそれは
美味しくいただけるの、よ!」
オマエもそこにいれて蓋すれば数分で、ご馳走に早変わりするのよ。なぜか、
そう、聞こえてしまう。レクター博士の女性版だったらどうしょう。朝の一件で
思いもかけぬ恨みを持っているかも知れぬ。最近の日本も猟奇的な犯罪は多いの
だ。
「あの、ちょっと予定がありますんで。失礼します」
時計をみながら早口で言ったてまえ、部屋にカメラを置くとそそくさとおはぎの
店に向かうのであった。
→別府・鉄輪温泉連泊①はこちら
→別府・鉄輪温泉連泊②はこちら
→別府・鉄輪温泉連泊③はこちら
④続・隣人
廊下の冷蔵庫から冷えた水をごくごく飲んでいると9号室の隣人の部屋の扉が
スーッとあいて、またもやギクリとしてしまう。
「あなたね、あたし、高崎山に行って帰ってきたの」
出てきたレイの女性が話しかける。どこかウキウキして声が弾んでいる。
「あ、はあ・・・」
よかった。てっきり朝の件でこっぴどく攻められるのかと思った。「そうです
か。あのサルで有名な」。水のボトルを冷蔵庫に戻しながらなんとなく質問のかた
ちで答える。
「そう。歩いて行ってきたの。往復とも」
「エーっ、たしか片道十五キロぐらいあるんじゃないですか!」
さすがに眼を剥いてしまう。別府は傾斜地である。途中、坂道もあるから片道
五時間はかかるだろう。いまが夕方だから朝一番、ほぼわたしと同じ時刻に宿を
出たことになる。
すこし開いた扉の隙間からみえる部屋のなかは真っ暗で不気味だ。連れの男性で
もいるのだろうか。それとも秘密めいた黒魔術の祭壇があったりして。
「あたし、電車とかバスとか乗り物はすべて使わないの。自分の足で歩くのよ」
「へぇー、そうなんですかあ。すごいですね」
「薬も注射も手術も、身体になにか変なものは入れないのよ。温泉だって、入らず
浴びるだけなの」
なるほど・・・、だから朝、湯が張ってなくてもよかったわけだ。温泉の入浴の
スタイルもひとによって違うものだ。思わず新潟の「貝掛温泉」での出来事をチラ
ッと思い出す(『土座衛門』の記事参照)。薬も注射も拒否する、というところに
はなにか宗教めいたところも強く感じる。
それにしても、朝に初対面だったのにずいぶんと打ち解けている。まさか、昔の
時代劇映画じゃあるまいし、肌を見られたから、なんてワケでもないだろうなあ。
「あなた、どこから」
「えっと、横浜ですけど」嘘をついてもしょうがない、正直に答えた。
「あら、そう! あたしは、東京からよ」
東京からほんとうに歩いてきたのですか。その質問はぐっと飲み込んだ。あまり
話が長くなって、「お茶でも」などと部屋にでも誘われてもまずいし相当に怖い。
「なんで、別府が気に入ってずっといるかわかる?」
どこか楽しそうだ。温泉でないとしたら、わたしにはぜんぜん見当もつかない。
「・・・いえ」
「地獄、蒸し・・・よ」
なんか、もの凄く不気味に聞こえる。背筋がぞくりとしてしまう。「地獄蒸
し・・・ですか」
「肉でも野菜でも魚でも、どんなものでも蓋をして、数分たてば、それはそれは
美味しくいただけるの、よ!」
オマエもそこにいれて蓋すれば数分で、ご馳走に早変わりするのよ。なぜか、
そう、聞こえてしまう。レクター博士の女性版だったらどうしょう。朝の一件で
思いもかけぬ恨みを持っているかも知れぬ。最近の日本も猟奇的な犯罪は多いの
だ。
「あの、ちょっと予定がありますんで。失礼します」
時計をみながら早口で言ったてまえ、部屋にカメラを置くとそそくさとおはぎの
店に向かうのであった。
→別府・鉄輪温泉連泊①はこちら
→別府・鉄輪温泉連泊②はこちら
→別府・鉄輪温泉連泊③はこちら
その心は、期待した場面が放映されずに引っ張られた50分間。
そして無駄に過ごした50分のため、確実に睡眠時間が減ったことに対する、砂を噛むような後悔。
鉄人9号とは、その後どうなったんですか!!!
もう、腹が立って、膨らんだしっぽが元に戻らないですにゃぁ!
この試験管ブラシを何とかして欲しいですにゃぁ!
食べ物のほかに、混浴露天風呂とかこういう話題に必ず食いついてきますね。
わたしは元来真面目な性格で温泉一筋のため、いつもにゃあさんのご期待には残念ながら添えないのであります。
(だいたい、そんなことここに書くかよ)
いつも失敗の巻なのですよ。
すみませんねえ。
これに懲りず、なにとぞ今後ともご愛読くだされ。