温泉クンの旅日記

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日中温泉 福島・喜多方

2006-07-23 | 温泉エッセイ
  < 立地な宿 >

 わたしは高所恐怖症である。だから飛行機には、まず乗らない。これも前にも
なんども書いた。

 高所恐怖症の重症な人は、船も駄目だそうだ。自分のいる海面から海底までの、
気の遠くなるような深さを埋め尽くす膨大な量の海水を、すべて取っ払って
「高さ」として想像するのだそうだ。ものすごい想像力である。たしかに海底から
計算すれば、海面がアルプス級高山のてっぺんに匹敵するような海溝がけっこう
ある。同病であるから、その恐怖心はすこしだけ理解できる。その高さを飛行機で
考えれば背中がゾクリとする。
 わたしの恐怖症はそこまではいかない。症状の程度としては軽めだと思ってい
る。

 福島県を縦に、記憶に間違いなければ山脈に沿って大きく三つにバックリ分け
て、向かって右の太平洋側地域を浜通り、真ん中を中通り、残りの新潟側地域を
会津と呼ぶ。地元の天気予報などはこの単位で予報される。
 その新潟側の会津で、喜多方から熱塩方面を通り山形県の米沢に抜ける街道沿い
の、ちょうど県境あたりに、山に囲まれた一軒の温泉宿がある。



 会津日中温泉「ゆもとや」という秘湯の宿だ。日中温泉は「にっちゅうおんせ
ん」と普通に読む。会津の北の端といっても、会津若松からでも小一時間ぐらいの
もので、わりと遠くは感じない。建物は蔵屋敷ふうの造りで、和室ばかりの二階建
てである。
 江戸末期に金鉱を探していて掘り当てたという秘湯は、立ち寄り入浴も二時半ま
で七百円で気軽にできる。

 その日は、幸いなことにわたしのほかに客がいなかった。秘湯の独り占めであ
る。
 タイル張りの内湯は源泉を四十二度ぐらいに加熱しているものだ。濾しているの
だろう、ほぼ透明である。この内湯で身体を充分温めてから、外の露天風呂へいく
ほうが高血圧のわたしには無難である。
 露天風呂はふたつあって、手前の狭い長方形檜風呂は源泉を加熱している。奥の
広めの丸い檜桶の露天は加熱していない源泉そのままだ。迷わず奥の源泉そのまま
のほうに向かって、すのこに踏み出した。

 すのこのうえには、歩きやすいように人工芝が貼られている。その先に土俵のよ
うな檜の露天風呂、そして裸にタオル一本のわたし・・・まるで、体格の貧弱な力
士の土俵入りである。
 丸い桶風呂には茶褐色の湯が満たされていて、湯口から間欠的に、ガボッガボッ
という音をあげて源泉が注ぎ込まれている。一度にかなりな量が落ちるので湯面が
波だっている。源泉温度は四十度、透明だが空気に触れるとすぐに濁る。泉質は
含土類弱食塩泉。



 露天なのですこしぬるいが、ゆっくり浸かっているとじんわり温まってくる。
 一定のリズムで落ちる源泉の音だけに満たされた露天風呂のなかで、ゆっくり
疲れがほどけていくのがわかる。そうして周りの景観に眼を巡らして、ぎょっと
する。それは、自然とは不釣合いな・・・人工の巨大ダムだ。
 押切川を堰きとめてつくった日中ダムは、ロックフィルダムといって、手近にあ
る岩石でつくられたそうで、だから工事費も安く済むのだそうだ。高さ101メー
トル、堤長423メートルの多目的ダムである。ダム湖は「日中ひざわ湖」と名づ
けられている。
 宿の裏手から、すぐに高さ百メートルの石垣がそびえている。足場がよさそう
で、元気な子どもなら楽によじ登れそうにもみえる。使われている石垣は城壁と
比べればありふれた小さめのものだ。

 ダムの真下とは、すごい立地の温泉旅館だと思う。
 戦争映画やアクション映画で、ダム決壊シーンなどなんどもみたのを次々となぜ
か思い出す。この宿に台風とか雨のシーズンに長逗留するのはさけたいものだ。
 豪雨が続いたある日、石垣の小石一個がカラカラ落ちてくるが雨音にかき消され
てしまう。つながれた犬が狂ったように吠え出す。――しばらくして、石垣の上部
から中くらいの石くれがポンと一個勢いよく外れて宿の屋根に直撃したが誰もその
音に気づかず、泊り客は宴会に興じていた・・・なんて想像すると怖いものがあ
る。しかし、安い工事費・・・ねえ。ぶるぶる。

 人声がしてハッと我に帰ると、内湯から数人露天のほうに出てきた。
 ぬるめの湯は苦手である。どこであがるのかが難しい。ぼんやりいつまでも浸か
っていると頭のなかの想像力だけが暴走するようだ。人気のある秘湯の宿に、いか
にも申し訳なく失礼な想像であった。(でも、豪雨の日にはきたくないなあ)
 効能ある湯で勢いよく顔をパンパン叩き洗って気合をいれると、土俵風呂から
続くすのこの花道をなぜか、勝ったときの高見盛そっくりに胸を張って熱めの内湯
に向かうのであった。


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