温泉クンの旅日記

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遠い夏の日

2017-09-14 | 雑文
  <遠い夏の日>

 氷できりきりと冷たく締めた冷麦を啜りこむと、きまって思いだす風景がある。



 氷を使った冷蔵庫でさえ町内で持っている家は何軒かしかなかったころ、子どもにとって一番辛いお使いが氷を買いにいかされることだった。氷屋は近場にはなく、ひと通りの少ない大学構内を抜ける近路を選んでも片道十五分はかかる、鎌倉街道を越えた町までいかねばならなかった。



 アブラゼミの喧しいほどの蝉しぐれのなか、焼くような陽射しを避けて木陰を拾うように少年が歩いている。麦わら帽子をかぶったランニングに半ズボンのわたしは、ときどき立ちどまっては腕を交代させて重い氷を運んでいる。買って歩き始めたころは軽いとさえ思えたものだが、もう腕が抜けそうな重さになっていた。運びやすく縄で結わえた半貫の氷を包んだ新聞紙はじっとり冷たく濡れて、雫が足に落ちたり氷が日焼けした脚に触れたりすると飛びあがるほどどっきりしてしまう。行きの倍の時間を掛けて家に辿りつくと台所の隅の暗いところに運び、金盥にいれられた氷で食べ物や果物を冷やした。たった一杯の水でさえ、割った氷の欠片を入れるだけで別物と変わり、ゴクゴクと喉を鳴らすほど格段に旨かった。



 冷麦を残さずに食べ終わると、冷たい水のなかの透きとおった宝石のように浮かんでいる氷を大事に、大事にカリカリと噛みしめるのも子どもたちの楽しみのひとつだったのである。

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