8月13日に北アルプス・餓鬼岳に登り、山頂直下の山小屋に泊まり、14日に下山してきた。 登山ルートは白沢コースを往復です。
12日昼近い電車で妻とその友人が大町駅にやって来て、 昼食を一緒に食べた。 東京から大町に来るまでの道中の天候は曇り、 登山予定の明日からの天候もパッとしない予報。 そんな中で明日の登山をどうするか話し合っても決行に対して否定的な意見に傾いてしまうだろうから、 夕方まで様子見することにした。 午後、僕は「アルプス囲碁村会館」で囲碁の対局、 そして妻たちは僕の車を使って山岳博物館など市内見物ですごし、 やや回復気味の天候を見て、夕食を摂りながら登山決行の結論を出し、 市内のスーパーで果物や行動食を購入した。
13日、未明の3時半に起床、味噌汁付きの朝食を作って、しっかりと食べ、用便も済ませて、4時半にひのみのの家を出発した。
有明山の上空には満月に近い月が光を放っていました。
05:10 白沢コース登山口の駐車場を出発。
07:10 魚止めの滝を高巻き。
09:40 標高 1770m(GPSでの標高データ)
10:50 大凪山 2080m
13:00 標高 2260m
13:40 標高 2350m
14:30 標高 2510m
15:10 餓鬼岳小屋に到着
沢の途中の梯子登り
山頂に近い急登「百曲り」の上で、朝ほぼ同時刻に白沢登山口を出発した単独行の若者が下山して来たのとすれ違った。 聞けば唐沢岳(餓鬼岳から通常5時間コース)を往復しての帰り道で、これから車を置いた登山口まで降りると言う。 僕達はかなりの疲れで歩行ペースも落ち、餓鬼岳小屋にまだ距離を残していたのと較べると、凄いハイペースの登山者が居るものです。
まあ古希の僕を筆頭とした団塊世代3人グループの僕達は、 標高差1600mを登り切り、餓鬼岳小屋まで無事に到着した事で良しとします。
14日朝の餓鬼岳山頂での記念撮影、バックには立山・剣などが見えていました。
貧弱な高山植物しか咲き残っていなかった中で、唯一目を引いたコケモモの花。
続く・・・
12日昼近い電車で妻とその友人が大町駅にやって来て、 昼食を一緒に食べた。 東京から大町に来るまでの道中の天候は曇り、 登山予定の明日からの天候もパッとしない予報。 そんな中で明日の登山をどうするか話し合っても決行に対して否定的な意見に傾いてしまうだろうから、 夕方まで様子見することにした。 午後、僕は「アルプス囲碁村会館」で囲碁の対局、 そして妻たちは僕の車を使って山岳博物館など市内見物ですごし、 やや回復気味の天候を見て、夕食を摂りながら登山決行の結論を出し、 市内のスーパーで果物や行動食を購入した。
13日、未明の3時半に起床、味噌汁付きの朝食を作って、しっかりと食べ、用便も済ませて、4時半にひのみのの家を出発した。
有明山の上空には満月に近い月が光を放っていました。
05:10 白沢コース登山口の駐車場を出発。
07:10 魚止めの滝を高巻き。
09:40 標高 1770m(GPSでの標高データ)
10:50 大凪山 2080m
13:00 標高 2260m
13:40 標高 2350m
14:30 標高 2510m
15:10 餓鬼岳小屋に到着
沢の途中の梯子登り
山頂に近い急登「百曲り」の上で、朝ほぼ同時刻に白沢登山口を出発した単独行の若者が下山して来たのとすれ違った。 聞けば唐沢岳(餓鬼岳から通常5時間コース)を往復しての帰り道で、これから車を置いた登山口まで降りると言う。 僕達はかなりの疲れで歩行ペースも落ち、餓鬼岳小屋にまだ距離を残していたのと較べると、凄いハイペースの登山者が居るものです。
まあ古希の僕を筆頭とした団塊世代3人グループの僕達は、 標高差1600mを登り切り、餓鬼岳小屋まで無事に到着した事で良しとします。
14日朝の餓鬼岳山頂での記念撮影、バックには立山・剣などが見えていました。
貧弱な高山植物しか咲き残っていなかった中で、唯一目を引いたコケモモの花。
続く・・・