出来心?で衝動的に入手した昭和期の電話台? 我が家の玄関のあまびえ様の雛壇に・・。
おそらく材質は桑・・。
応接室の腰壁に使われていますが、今ではこれほどの幅広の材料を集めるには古民家の古材で集まめるしかないかもしれません。
骨董に携わる者は日本の木材くらいは知っておきたいものですね。
さて本日紹介する作品はかなり小ぶりな五彩系統の作品(下記写真右)です。描かれているのはおそらく「霊昭女」でしょう。「魚籃観音」の可能性もありますが、おそらく「霊昭女」。
他の明末赤絵の作品と比べても解るように、口径が10センチにも満たない小さな作品です。
明末天啓赤絵 霊昭女之図三寸皿(平盃)
誂箱
口径98*高台径41*高さ30
「親孝行・・しいては忠孝」の象徴として描かれた「霊昭女」の図。
「霊昭女」とは中国唐代の龐居士の娘の霊昭のことで、龐居士に劣らぬ禅学者であり、禅宗に帰依していました。時代は唐の元和頃で、年老いた父母に孝養を尽くすため、貧しさから町に出て竹籠を売って生計を支えていたと言われます。その時の端正な少女が腕に竹籠を提げ、手に銭を持った図が親孝行としての題材となり、古来より多くの画家に描かれています。
本ブログでは幾つかの作品が紹介されていますが、その中に下記の作品があります。
霊昭女之図 狩野常信筆
絹本金泥着色絹装軸二重箱入
画サイズ:横347*縦900
絹本金泥着色絹装軸二重箱入
画サイズ:横347*縦900
本作品の上部には太陽が描かれています。これは明末赤絵に共通しているデザインです。
古染付の上に色絵の赤と緑・・。
虫喰いもよく出ています。
胎土の状態の悪さが天啓赤絵の大きな特徴です。
釉薬のスレが時代の古さを物語っています。
大きさが小さいのでいくつか揃いであったのでしょう。
高台の外輪が太いために明末の赤絵に分類するには異論のある方がおられるかもしれません。
高台内にはこの時期の特徴である鉋の跡があります。
天啓赤絵自体がとても数が少ない作品群ですが、これほど小さな天啓赤絵の作品も少ない。
平盃としても使えそうです。本来は大きな作品がほうが評価が高いのですが・・・。
同図の作品がインターネットオークションに出品されていました。もともと何客かの揃いであったものでしょう。
天啓赤絵にしろ、南京赤絵にしろ、現在では以前ほどの人気は廃れ、お手頃のお値段で入手できるようになっています。