子供の頃から家の床の間にその画家の作品を飾ってあったせいか、当方とって馴染みの深い画家に、近代日本画を代表する中村岳陵と山口蓬春の二人の画家がいます。
先日は中村岳陵の色紙の作品(上記写真右の作品)を紹介したので、本日は山口蓬春の作品(上記写真左)の紹介です。
新冬 山口蓬春筆 その7
紙本水墨淡彩額装 色紙 共板 黄袋+タトウ
額サイズ;横465*縦495 画サイズ:横240*縦270
中村岳陵の色紙の作品は元々掛け軸であった作品を額装にしたものでしたが、本作品は色紙の共箱に収まっていた作品を額装にしたようです。
山口蓬春は西洋画、古典的なやまと絵から出発し、時代に即した新日本画の創造を目指しました。その画業においての最終的な課題は、和洋の真の融和であったといえるようです。その過程でやまと絵の文学的抒情性から抜け出すために、人物や動物は画面から消し去られていました。
蓬春は自著『新日本画の技法』(昭和26年)のなかで
「構図の為に殊更に鳥を配置するようなことはせず、たとえ烏が無くても、自然感の出るものは、強いて鳥を配する必要はない。」、
「従来の花鳥画には、無理に不自然な鳥を配するような悪習慣がある。」
と記述しています。
それが晩年に至り、《春》、《夏》、《秋》、《冬(枯山水)》の連作を描き始めてから再び登場する小鳥の姿には、伝統的な日本画の画題にあえて挑戦する蓬春の円熟した境地を窺うことができます。
現代の視点によって再び捉え直された花鳥画や同じモティーフにより繰り返し描かれた静物画などのテーマを絞り込んだ晩年の作品では、岩絵具の清澄な色彩はますます深みを増し、洗練された構図と共に、近代的な明るさに満ちています。それこそ蓬春が独自に到達した新日本画の姿と見ることができるのでしょう。
蓬春死後、美術評論家・河北倫明氏は「誰かが蓬春のレベルを維持しなくてはならない。」と語っています。現代の画家には私の知る限りではそのような力量を持ち合わせている画家は皆無ですが・・・。
蓬春芸術は、西洋画、日本画を超えた近代日本美術の一つの到達点ともいえるのでしょうね。
山口蓬春の妻の春子は蓬春の没後に葉山の邸宅や作品を継承し、1985年には蔵書や作品群などを鎌倉市の神奈川県立近代美術館に寄贈しています。
一方で邸宅などは1990年に東海旅客鉄道(JR東海)が運営する「財団法人ジェイアール東海生涯学習財団」に寄贈し、公開に向けた改装を経て、1991年10月15日に葉山の旧邸宅で「山口蓬春記念館」が開設されました。
その同年11月11日に春子が死去していますが、その後も記念館は運営され、蓬春作品を中心とした美術展示を続けています。
立派な額装となっており、前述のように色紙箱の共箱の箱書部分がタトウに同封されています。
共板には保護用にビニールシートが貼られていましたが、劣化するため剥がしておきます。
山口蓬春の最晩年の作品でしょう。
作品中の印章は珍しいもの・・???
いい作品にはいい誂えが施されているようですね。おそらく百貨店の美術商の扱いかと・・。
ついでながら当方では以前に似たような構図の作品で下記の作品を紹介しています。
梅二小禽図 山口蓬春筆
紙本水墨淡彩 色紙 タトウ
画サイズ:横240*縦270
紙本水墨淡彩 色紙 タトウ
画サイズ:横240*縦270
見比べてみるのも面白いでしょう。大きな作品は無理でもこのような小点の作品なら複数を入手して、それなりの愉しみ方をしています。