スコッチの話しである。最も素晴らしい物の一つがモルティングの香ばしさである。それを知る前は、ブランディーの香りが良いと思っていた。ワインも分かってくるとそのワイン・ブランディーにはそれほど大きな価値を置くことが出来なくなった。モルティングは、何もウィスキーだけでなくビールの生産にも必要である。その香りはブリテン島のものである。しかし、スコッチ・ディスタリーのそれを知らない。見学の機会も無く、招待の懸賞などにも応募したが残念ながら未だに実現していない。
ピーク・ディストリクトやレーク・ディストリクトやエディンバラ・グラスゴー周辺は旅したことがある。しかし当時はウィスキーの飲み方をまだ良く知らなかった。旅行中は、ラガータイプだけでなくエールタイプのビーアを主に飲んだ。しかしモルティングの思い出は寧ろイングランドのイースト・アングリアでの経験である。古い工場や典型的なモルティングの横長の大屋根の建物に差し掛かると、車内までが前触れ無く香ばしくなる。唯一アダム・スミスの「見えざる神の手」を体感出来る瞬間である。車はさらに郊外へと、背丈ほどの生垣のある曲がりくねった小道へと突き進む。大地所の門を遥か遠くに臨みながら、シャーロックホームズが窃盗団の黒幕を訪ね早馬車を走らすかのように果てしなく行くと、突然曲がり角の向こうから重量級のロールスロイスが重心を横にずらしながら疾走してきてすれ違うのである。
こうして旅情に身を任せるまでも無く、ブリテン島の空気は距離以上に大陸とは異なり、独特の文化を育んでいる。むしろスコットランドはスカンジナヴィア半島との共通点もあるが、ウイスキーの文化的意味は大きい。ロウランド、ハイランド、アイランドと其々特徴があり、新鮮な良い水で注意深く作ったシングルモルトは素晴らしい。飲み比べるようになると、最終的な味の調整である熟成期間に拘らなくなる。スモーキーなものもあればピートを上手に使っているものもある。テースティンググラス風のものに注ぎ、室温の水で割ると柔らかい香りが優しく広がる。ピューアーで飲むよりも香りが楽しめる。