Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

光を背にした紫色の唇

2007-03-06 | 雑感
つまらないことを考えて床に就いたのがいけなかった。明け方、悪夢を見た。大人向けの夢としては最も戦慄の走る部類のものではなかっただろうか。思い出しても背筋が凍るが、このまま放置しておくにはあまりにも印象が強すぎる。その直後に書けなかったのは、その恐怖から抜け出す術が無かったからである。

私は夜のプラットホームで列車を待っていた。小さな駅のようで、真ん中には、停車しない急行のために通過線が設けてある。人も虚ろな漆黒に沈むプラットホームは、乾いた風が吹き通り、辺りの熱を奪っていた。列車の接近を示す警告が空気を支配しはじめた。二つ目の投光器を光らせて、黒塗りの車両が進入してくる。運転席に座る男は帽子を深く被り、背後の客室からの光にその表情は黒く潰れていた。光は、客室から強くはじき出される。油付けされた鰯のように立錐の余地の無い客室の人々は、体が捩れ、手足は撒き付いているかのようで、あたかも植物のように明るい室内の光を吸収している。無表情のギッシリ詰められた乗客を乗せた列車は、そのまばゆいばかりの光と共に通過して行った。

一体、私が見たものは、丁度列車の中間ほどの車両の一つの大きな窓に映った、まるで静止したかのように視線が吸い付けられたものであった。そこには黒髪の目鼻立ちのハッキリとした女の顔がガラスに押し付けられて歪んだ表情を映し出していた。その苦悩の表情で以って、そして確かにこちらを観察していたのである。何か黒っぽいスーツのようなものを着込んでいた。紫系のどぎつい色の口紅の塗られた唇が見えた。車両は、風切り音を立てて高速で通過して行った。また違う通過線に進入を示す警告音が流れる。どうも全て同じ方向から次々と車両は近づいて来るらしい。

この情景に戦慄して、壁に囲まれた階下のレヴェルへと降りて行く。上階の寒風吹く情景とは違い、そこは空気が澱んで湿ってどんよりとしている。

間も無く車両の接近を知らせる警告音が鳴り響く。何気なしにある方を臨む。霧の中にぼんやりと一つ目の投光器の光輪が見えたかと思うと、みるみる内に真っ直ぐにこちらを目指して近づいてくる。

私は恐怖に慄き、その如何にも重量級の車両の足元で身をかわす。すると次ぎの瞬間には、あらぬ方向から同じように投光器がこちらを照らしだす。身をかわし構内の端の方へと逃げる。直に壁にぶち当たり、それを伝って、構内から抜け出そうとする。壁は、まるで洞窟のようにごつごつと湿っていて、足元もぬるぬると滑り易い。歪に破られた壁の穴からは違う空間が広がっていて、今度は上や下の方向から投光器がこちらを照らし、観察者である私に迫ってくる。何処へも逃げる事は出来ない。

目が覚めた。その異様な体験は、暫らく体に残っていた。
コメント
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