Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

18世紀啓蒙主義受難曲

2007-03-22 | 
バッハのヨハネス・パッションは、その内容からアンチユダヤ主義の疑惑がかかる受難劇オラトリオである。フランクフルトの定例会へ向かう途上、ラジオは演奏会場として復興したアルテオパーが、昨年度嘗てないほどの集客率に達したと報じていた。85%の座席占有率であるから、クラッシックブームと呼ばれるものなのだろうか?それに係わらず、予想通り今回も天井桟敷は疎らで、全体でも六割の入りであった。天候や出し物としてやや時期尚早であるなどの影響もあるが、バッハの受難曲としてはかなり入りが悪かった。

前回は、英国のガーディナー指揮のモンテヴェルディー合唱団のヨハン受難曲であったが、今回はオランダから以前はリコーダーを吹いていた音楽家が、主兵の古典派専門の演奏団体を引き連れてのツアーの一貫として催されたようだ。この音楽家の室内楽などは馴染みがあったが、古典派交響楽のコンサートに出かける事も殆どなく、録音なども他にも様々とあるので、名称からして「18世紀」や「啓蒙」と押し付けがましい名称の団体を初めて体験する結果となった。

漣がさざめくヴァイオリンの開始はバッハの数ある曲の中でも、強く印象に残る掴みであるが、流石に開演前三十分まえから舞台で音合わせし続けていただけのことあって(飛行機の到着が遅れての会場での音だしリハーサルが出来なかったのか?)、効果的な管弦楽を聞かせる。特に木管がハーモニーを織り成す綾はまさに古典派交響楽そのもので、それに弦が合唱をしっかりと音楽付けして模る。この音楽的彫塑がこの演奏解釈の頂点であった。それに比べ芸術的統率の効かない合唱がヘア(主よ)と叫ぶ、それがなんら音価以上の意味を持たないのも、当日の音楽解釈の全てを物語っていた。

そうした、器楽的正確さの古典的機能和声への芸術的信仰告白が、プロテスタント精神をバロック期に体現するバッハの音楽を汚染する。そのような結果、声楽の特にカウンターテノール等のソリストの不安定な音程が否応無く強調される。まさに大オーケストラと共演する嘗ての平均率的ハーモニを発する優等生スター歌手がどうしても必要と思わせるのである。

コラールにおいても、田舎の共同体の合唱団による言葉の表情にさえ至らないと思わせる、アーティクレーションへの無配慮は、今時珍しい楽譜の読みであって、偏狭なイデオロギーすらを感じさせる。だから、もし音楽的に何かが起こると、それを拡大してあざとく聴衆に見せるのである。その反対に、一曲目などのように合唱の交差する不協和なぶつかりは、大枠である協和の中に否応無く塗り込まれてしまう。これは、アーティクレーションへの軽視と無頓着の矛盾を意味して、それがドグマとさえなっている。

そうした矛盾は、レチタティーヴ部分にも散見されて、そのドラマトュルギーとしての抑揚が抑制される一方、モーツァルトのオペラに現れるようにゲネラルバッソが音楽的に強調されたりする。一種のネオ新古典主義的表現主義と呼べようか。

奇しくも、枯れ木のようにお腹を押さえながらよれよれと舞台に登場して指揮台の椅子に座り込み、朽ちた木造仏さんのような朴念仁の姿は、晩年の巨匠カール・ベーム博士がピットで寝ていたと言われるよりも遥かに意志薄弱で、その長い指二本を蟹の鋏ように広げてひらひらとさせる風景を以って、しばしば起こるテンポのゆれを伴い、舞台上の心配そうな楽員表情を双眼鏡で覗くこちらの眠気をも奪う。

26曲のコラール「私の心の奥底に」などは、その内容からして十分に実体感のあるソノリティーを得ているのは理解出来るのだが、逆にそうした箇所では和声進行が容易な協和に塗りつぶされる。同様にフガートとなると、本来の声部が逃げて行くのではなく、古典的な秩序の中で対立を作るように解釈される。28曲のコラール「彼は全てに良く心を配られた」の嘆きは、上のような演奏実践の特徴から、いかにも乾いたこせこせとした嘆きであって、あたかもいざこざを家庭裁判所に訴え出るような趣となる。

35曲「融けて流れよ私の心」のマイン・ヘルツ(私の心)のレラの四度音程は、39曲「憩え、安らかに。聖なるかばねよ」の冒頭の下降するファレラー、ソミラーで、この受難オラトリオの信仰告白ともなるが、その歌詞であるルート・ヴォール(安らかに眠りたまえ)へと引き継がれる。そして、1曲目と並んでマルティン・ルターから引き継いでいる要素が強くここに表れる。特にこの終曲コラール「ああ主よ、あなたの御使いに命じ」へと続くこの合唱曲で、このフレーズは変化されて何度も繰り返されることで、また上行する中間部をもって、特にシューマン以降のドイツロマン派へ与えた影響は無視出来ないだろう。

宗教改革からバロックへと、また後期バロックからロマン派へと引き渡される文化の歴史の中で、「18世紀の啓蒙」を名乗る音楽集団が、それ故に奇妙な事をしていても可笑しくはないのだが、番号付き通奏低音の豊かな流れがかき消されて、古典的調性システムの中に狭苦しく押し込まれるとき、我々は近代社会の構造の中に閉じ込められたような息苦しさを感じる。

それは同時に、杓子定規な正確な音程への希求から跳躍の経過を否定する、そもそも声楽などでは実現不可能な潔癖さや完璧さを目指していて、こうした音楽趣味がオランダという欧州でも文化先進国の内に、未だに行われている事に驚きを禁じえない。ある種の伝達情報を圧縮して、コミュニケーションを単純化したアイポットの聴視のようなものかもしれない。もちろん、そこに我々が求めている日常的な精神などは存在しないのは当然であろう。

追記:似たような楽団が異なる名称で営業をしているのでそれらを混同しているが、基本的には「古典」や「啓蒙」や「18世紀」を名乗るのは芸術的に殆ど変わらない行為であろう。

追記:教義化された聖痕の治癒 [ 文化一般 ] / 2007-03-24


参考録音・映像:
コルボ指揮ローザンヌ楽団、1984年アクサン・プリヴァンス、ラジオ中継
コープマン指揮アムステルダムバロック楽団
トーマスカントライ、ライプツィッヒ
カール・リヒター指揮ミュンヘンバッハ楽団
鈴木指揮バッハコレギウム東京 ―
1. Herr unser Herrscher
12. Von den Stricken meiner Sünden
14. Ich folge Dir
20. Ach mein Sinn
28. Ach grosser Konig
49. Eilt Ihr angefochtnen Seelen
59. Es ist vollbracht
アーノンクール指揮テルツ少年合唱団(1985, ORF制作) ―
1.Herr unser Herscher
7.Von den Stricken meiner Sünden
20.Erwäge wie sein blutgefärbter
24.Eilt, ihr angefochtnen Seelen
30.Es ist vollbracht
コメント (3)
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