ポーランドに拘る。それは、そこに過去とそれに連なる今日が見えるからに違いない。
ステーティンは、ドイツとポーランドの国境を為すオーダー河口の港町で、ハンザ同盟の町であった。戦後直ぐのそこの住人の42%がユダヤ人であったようで、その三万一千人の一部は、1939・40年ソヴィエトに逃れもしくは輸送されていたようである。またその内の一部は、シオニストとしてイスラエルへと巨大な墓場と化した祖国から去り、また一部はスターリンの粛清を逃れてもしくは犠牲者となり、1957年には、ポーランド化したユダヤ人のみが残っていたと言う。
そして今回、世界中から当時の当地ユダヤ人学校の同窓生達が集められた。彼らは、イスラエルや西側へ1968年に追放されたユダヤ人である。彼らは、ナチの迫害を逃れ社会主義の実際に失望しながらも、祖国に同化して暮らしていたのだが、中東で六日戦争(第三次中東戦争)が始まると、イスラエルは敵国となり、ユダヤ人も差別されるようになる。こうして、再びポーランド全土から一万四千人のユダヤ系ポーランド人が旅立つことになる。
ロシアに向う、ポーランドの国民作家アダム・ミツケェヴィッチの上演禁止に反発した高校生は、ユダヤ人であるだけで監視される。同高校のバンドのメンバーで後にイェーテボリの物理学教授となるミエテク・リザークは、反イスラエルの声名を拒んだときから、今でも百パーセントの帰属を感じるポーランドに距離をおかざるを得なくなり、海外へと職を探すきっかけとなった。
ステーティンは、プロイセンの影響も多く新教化した町であるようだが、こうした事実は、現在のナショナリズムが勃興するポーランドの問題でもある。しかし、ポーランドの友人たちの反応を見れば分かるか、彼らにとってこうした仔細な問題は、どうでも良いのであって、出来る限り歴史的な地政学上の認識の内に曖昧にしておきたい問題であるかのように見える。決して明確に議論可能とは思っていないのである。
議論とその姿勢が必ずしも良い結果を齎すとは限らないのが、二十世紀のドイツの歴史とそのあまりにも明快な 選 択 と 処 理 に表れている。しかし、その反対に民族の素朴な信条を利用するような権力は、批判されるべきものに違いない。
そうしたあたかも納屋の影にいつもさりげなく置かれているような素朴さに、如何に照らす光を当てるかが問われているのであるが、それはその素朴さゆえに容易に提示出来る方法はなかなか無いのである。近代の商工業化された世界では、それは様々な媒体によって試みられる認知なのである。
参照:
"Sie glauben, sie seien ein Teil Polens" von Helga Hirsch, FAZ vom 1.8.97
時代錯誤の美しい国の傷 [ 雑感 ] / 2007-07-31
ステーティンは、ドイツとポーランドの国境を為すオーダー河口の港町で、ハンザ同盟の町であった。戦後直ぐのそこの住人の42%がユダヤ人であったようで、その三万一千人の一部は、1939・40年ソヴィエトに逃れもしくは輸送されていたようである。またその内の一部は、シオニストとしてイスラエルへと巨大な墓場と化した祖国から去り、また一部はスターリンの粛清を逃れてもしくは犠牲者となり、1957年には、ポーランド化したユダヤ人のみが残っていたと言う。
そして今回、世界中から当時の当地ユダヤ人学校の同窓生達が集められた。彼らは、イスラエルや西側へ1968年に追放されたユダヤ人である。彼らは、ナチの迫害を逃れ社会主義の実際に失望しながらも、祖国に同化して暮らしていたのだが、中東で六日戦争(第三次中東戦争)が始まると、イスラエルは敵国となり、ユダヤ人も差別されるようになる。こうして、再びポーランド全土から一万四千人のユダヤ系ポーランド人が旅立つことになる。
ロシアに向う、ポーランドの国民作家アダム・ミツケェヴィッチの上演禁止に反発した高校生は、ユダヤ人であるだけで監視される。同高校のバンドのメンバーで後にイェーテボリの物理学教授となるミエテク・リザークは、反イスラエルの声名を拒んだときから、今でも百パーセントの帰属を感じるポーランドに距離をおかざるを得なくなり、海外へと職を探すきっかけとなった。
ステーティンは、プロイセンの影響も多く新教化した町であるようだが、こうした事実は、現在のナショナリズムが勃興するポーランドの問題でもある。しかし、ポーランドの友人たちの反応を見れば分かるか、彼らにとってこうした仔細な問題は、どうでも良いのであって、出来る限り歴史的な地政学上の認識の内に曖昧にしておきたい問題であるかのように見える。決して明確に議論可能とは思っていないのである。
議論とその姿勢が必ずしも良い結果を齎すとは限らないのが、二十世紀のドイツの歴史とそのあまりにも明快な 選 択 と 処 理 に表れている。しかし、その反対に民族の素朴な信条を利用するような権力は、批判されるべきものに違いない。
そうしたあたかも納屋の影にいつもさりげなく置かれているような素朴さに、如何に照らす光を当てるかが問われているのであるが、それはその素朴さゆえに容易に提示出来る方法はなかなか無いのである。近代の商工業化された世界では、それは様々な媒体によって試みられる認知なのである。
参照:
"Sie glauben, sie seien ein Teil Polens" von Helga Hirsch, FAZ vom 1.8.97
時代錯誤の美しい国の傷 [ 雑感 ] / 2007-07-31