前回の年金問題からの続きです。
■ 資本主義経済がもたらしたもの ■
資本主義は効率を優先します。
都市化は分散型社会よりも効率的です。
ですから、世界各地で大都市が発達します。
企業もスケールメリットを求めて巨大化して行きます。
効率化は人間のライフスタイルをも支配します。
60才までは都市部で働き、生活をします。
定年を迎えた時に、運が良ければ、住む家と、若干の蓄えと、年金の受給資格が残ります。
60才か65才以降は、働く事無く、旅行などをして楽しく過ごし、
70代後半で高齢者施設に入り、病気になるまではそこで余生を過ごします。
これが、政府の目指す最も効率的な「人間の一生」です。
これが幸せな人生であると、教えられてきました。
■ 資本主義のほころび ■
ほんの2年前までは、我々は社会主義に対する資本主義経済の勝利を疑いませんでした。
自由競争こそが利益を最大化し、我々の生活を豊かにすると確信していました。
しかし現在はどうでしょう。
資本注入で国営化される銀行。国営化される巨大自動車会社。
「大きすぎて潰せない」企業を、非効率を承知で生きながらえさせ、雇用を確保する。
まるで、何かの冗談かパロディーの様に、アメリカ自身が社会主義化しています。
しかし、社会主義経済も人を幸せに出来ない事を我々は歴史から学んでいます。
時間が経って、経済が回復し、BRIC'S諸国が巨大市場に成長すれば
又、資本主義は復活すると考える人は多いでしょう。
しかし、復活した資本主義の風景は、以前とはだいぶ違うものになるでしょう。
多極化した世界において、現在の先進国は以前の様な優位性を維持出来ません。
BRICS'S諸国の富を先進国に還流するシステムが無ければ、
先進国から、産業が新興国に移転してゆきます。
これは、イギリスやアメリカの歴史を見れば明らかです。
この状態で貿易と労働市場が自由化されていけば、
物の値段と、賃金は世界的に平均化してゆきます。
日本で生産される工業製品も、BRIC'S諸国と同じ値段となり、
企業が競争力を維持する為には、労働単価をBRIC'S諸国に合わせて行かなければなりません。
逆に円やドルはこれらの国の通貨に対して下落し、
食料や資源の輸入コストは増大して行きます。
日本の貿易収支は赤字に転落してゆくでしょう。(既に赤字化しています)
■ 所得低下の状況で現状の年金制度は維持不可能 ■
貿易収支が赤字化すれば、日本の国内の富は減少し、結果として所得が低下します。
現に日本人の平均所得は低下し続けています。
その様な状況下で、年金負担などの社会保障費は、少子高齢化の影響で巨大化してゆきます。
これは、今の年金システムの仕組みを多少変更した所で、
何十年後かには、年金システムがデフォルトしてしまします。
■ 国家がデフォルトしたロシア ■
ソ連崩壊後に、ロシアは国家がデフォルトしました。
ソ連時代の年金制度も崩壊し、高齢者は収入源を失いました。
しかし、ロシアは革命以前から「農民」の国でした。
人々はソビエト時代から、ダーチャと呼ばれる家庭菜園を持ち、
週末はダーチャで過ごす生活を送っていました。
このダーチャが年金崩壊後のロシアの老人を助けます。
食料をある程度、自給自足出来たのです。
■ 老人の労働力 ■
企業を引退した60才以上の老人も、簡単な農作業においては充分な労働力です。
現在の日本の農業を支えているのが65才以上の高齢者である事からも分かります。
現在の政府の方針では、定年延長によって年金支給年齢を引き上げようとしています。
しかし、それではただでさえ低下している企業競争力をさらに低下させます。
一般企業では、脳の働きの衰えた老人は、労働力として魅力がありません。
しかし、農業では60才はまだまだ若く、現役バリバリで、
その上の世代の生活を支えています。
■ 増え続ける耕作放棄地と休耕地 ■
一方、農村においては、労働力は不足しています。
農家の高齢化に伴って、非効率な農地から耕作放棄されています。
現在、日本の耕作放棄地の面積は、神奈川県の面積に匹敵し、
減反などによる休耕地の面性は、高知県の面積に匹敵します。
これらの農地の流動性を高めて、農業の効率化を図る為に、
農地法の改正が行われるでしよう。
低地の面積の広い農地は、資本力のある農業株式会社が買占め、
効率的な大規模農業を展開してゆく事でしょう。
ただ、ここで要求されるのは若い労働力です。
仕分け作業など、いくばくかの高齢者雇用はあったとしても
効率化を優先する企業としては労働生産性の高い労働者を雇用します。
■ さらに増える耕作放棄地 ■
高齢化し、後継者の無い農家は、効率的な農地は農業株式会社に売り、
非効率な農地は耕作放棄して、廃業して行くしかありません。
その結果、非効率な耕作放棄地がどんどん増えていきます。
■ 食料危機がやってくる ■
しかし、一方で世界の食料供給はひっ迫してきます。
BRIC'S諸国の生活レベルの向上は、食料消費を押し上げます。
既に中国は完全な食料輸入国に転じています。
これらの国々が大量に食料を輸入すれば、輸入食料の価格は高騰します。
さらに、BRICS'S諸国の通貨の価値が上がれば、日本が食料を買い負ける事態が発生します。
現在、スーパーに行けば安い中国野菜が並んでいます。
しかし、日本の野菜の価格は、海外に比べて安価です。
私はアメリカのスーパーで、野菜や果物のあまりの高さに驚きました。
スーパーの客寄せに使われる為、日本の野菜は極端に安価に設定されています。
中国とて、国内需要が増大したり、ASEANが高値で野菜を買う様になれば、
いつまでも日本に野菜を安値で輸出はしません。
この様に、為替の変動や、需給バランスの変化によって、
現在、世界中から食料を買いあさっている日本の食卓は非常に危険な状況となっています。
■ あまり想像したくない老後 ■
現在のまま年金制度が崩壊すれば、
私達が老後を迎える頃は、小額の年金で、高い食料を購入するのが精一杯の状況となります。
貯金を切り崩して生活し、体が不自由になっても高齢者施設に入るお金もありません。
都市はこの様な老人で溢れる事になります。
既に、昭和40年代に建てられて公団住宅では、現実の社会問題化しています。
これは、はたして豊かな老後でしょうか・・・。
効率優先で、狭いケージで一所懸命卵を産んだニワトリが、
年を取って、狭いケージの中に、押し込められて日々を過ごす姿を想像してしまいます。
■ 老後は田舎で畑仕事 ■
しかし、ちょっと視点を変えてみましょう。
1)農地は余っている。
2)老人も農業では労働力となる
3)仕事は人に生き甲斐を与える
4)体を動かす事は健康に良い
5)採り立ての野菜は美味しく、健康にも良い
老人には老人の適した仕事があります。
家庭菜園くらいなら、70歳、80歳でも充分働く事が出来ます。
本格的な農業は無理ですが、稲作以外の自給的農業ならば可能です。
農作業で体を動かし、作りたての野菜を毎日食べれば、
健康に悪い訳がありません。
運動と食生活の改善は、病気を予防し、医療費を抑制します。
■ 行政のやるべき事 ■
今、行政がやるべき事は、定年後のIターンのサポートをする事です。
農地法を改正し、農地私有の強すぎる権利を抑制し、
休耕地や耕作放棄地をまとまった面積で借り上げ、
農村に高齢者施設を作り、高齢者の生活と仕事の場を確保する。
高度医療を施さない、コンパクトな終末期医療を制度化し、
人として、生きて、働いて、死ぬという自然なサイクルを取り戻す事が重要です。
当然、老人だけのコミニュティーは存続不可能ですから、
若年者の雇用も同時に生み出します。
現在の行政の問題点は、高齢者を非生産者として捕らえている事です。
昨日まで毎日畑仕事をしていた田舎のお婆ちゃんを、
都会の老人ホームに移住させたら、
見る見るうちに、老化とボケが進行し、
ベットに寝たきりになる事は想像に難くありません。
耕作放棄地が減るという事は、
有事の食料管理体制の増強にも繋がります。
■ 都市と農村の循環型社会 ■
今まで、都市へ流出した人は田舎には帰って来ませんでした。
行政が行う地方の産業振興は、若者主体のものでした。
しかし、いくら地方に若者を定着させようとしても、
楽に現金収入が得られ、娯楽の多い都会がある限り、若者は流出します。
しかし、田舎を上手く活用すれば、
老人には魅力的な場所となります。
但し、都会と同じ利便性を田舎に要求する事は、巨大なムダを発生させます。
田舎で暮らすという事は、何かを諦める事でもあります。
高度医療をあきらめ、消費主体の生活を諦め、息子夫婦と生活する事を諦める事。
そして、国や行政が面倒をみてくれるという考え方を諦める事。
結局、従来型の価値観を捨てなければ、
都市と農村の循環型社会は実現しません。
座して、「悲惨な都会の老後」を待つのか、
それとも、「豊かな田舎の老後」を実現するのか?
いずれにしても、農地法の観点からも国家レベルで取り組むべき問題だと思います。