■ 国債市場と流動性 ■
市場流動性と国債市場(わが国の国債市場の改革に向けて)
----1999年 6月19日・証券経済学会第51回全国大会における日本銀行藤原副総裁講演(於慶應義塾大学 三田北新館ホール)
上の講演は1999年に当時の藤原日銀副総裁が慶応大学で行った内容を日銀のホームページに掲載されたものです。
1) 流動性の高さは、市場の効率性と安定性のための必要条件
2) 効率性とは迅速な情報に基づく価格決定能力
3) 安定性とはショック発生時の価格維持能力
4) 市場の効率性や安定性は「高い流動性」によって生み出される
5) 「市場規模が大きく」「商品が均質」な市場程、高い流動性を有する
6) 国債は発行規模が大っく、年限の違いはあれど発行元も共通で均質性が高い
7) 国債は「リスク・フリー」資産として金融市場の安定に貢献
8) 国債は金利リスクのヘッジの手段として金融市場の拡大に貢献
大変興味深い内容です。
アメリカ国債はドルに次ぐ流動性を持つ通貨の代替品とも言えますが、ある程度の規模を持つ国債市場は、その流動性の高さ故に金融市場のリスクヘッジの手段として活用され、金融市場の拡大に貢献してきたと言えます。
■ リスクヘッジとしての国債 ■
リスク・オフの局面で国債市場に資金が流入するのは「安全資産としての国債が買われ」という表現がされます。これは国債が破綻しないという「リスクフリー」の資産である事にも原因します。
リスクが高まって国債市場に資金が流入する事で国債価格が上昇します。一方、その様な局面では株式を始めとした資産市場の価格は低下しています。
特に国債先物を利用して金利リスクをヘッジする機能は、オプション取引やデリバティブ取引のリスクを軽減する手段として有効ですが、国債市場が自由な金利決定能力を失っている場合は、この機能が有効に働きません。
アメリカがいち早く金利の正常化に動いているのは、中央銀行の介入によって金利決定機能が麻痺した国債市場が金融市場に与える悪影響を無視出来ないからかと思われます。
■ 国債市場の価格決定機能を阻害する中央銀行の大規模緩和 ■
金融市場の健全化の為には国債市場の流動性を確保して健全な金利決定機能を働かせる必要が有りますが、リーマンショック以降の各国中央銀行はをれを損なって来ました。
特に日銀は日本国債の発行残高の3割を保有し、新規発行される国債ほぼ全てに相当する額を市場から購入する事で、国債金利をマイナスにまで押し下げています。
このまま日銀が異次元緩和を継続すれば、2018年中には日銀が残存国債の5割を保有する状況になり、市場で流通する国債がどんどん減って来ます。
■ 流動性の枯渇が市場崩壊に繋がる ■
流動性が枯渇した市場は不安手さを拡大します。売り手と買い手の思惑が乖離する事で、迅速に適正価格を見つける事が出来なくなるのです。その結果、価格(金利)はピーキーな乱高下を繰り返す様になります。
ヘッジファンドなどにはまさに絶好の収益機会となり、平時ではビクともしない日本国債市場でも、流通量(流動性)が低下した状態で売りが殺到する様な状況を作り出せば国債価格の大幅な下落(金利上昇)を演出する事が可能です。
先異次元緩和導入時の金利上昇はまさにこの様な状況で発生しています。日銀の前例の無い大規模な国債購入という市場参加者が疑心暗鬼になって流動性が一瞬低下した状況で売りを浴びせたのです。
■ 最後の買い手は日銀 ■
異次元緩和の実効以前は、日銀が国債を大量に買うと財政ファイナンスと判断されて国債価格が下落(金利が高騰)すると信じられていました。私もそう信じていました。
しかし、国債市場は巨大で、さらに生命保険や銀行などは「リスクフリー」の資産として有る程度の国債保有を必要としていますので、一時のショックが収まった後は日本国債市場は平静を取戻し、粛々と残存年限の長い国債から日銀の売却を続けました。
特にメガバンクは将来的な金利リスクの上昇にさらされる残存年限の長い国債をほとんど手放す事で国債リスクを最小限に圧縮しましした。一方、地方銀行や生命保険各社は、現状の金利水準では利益が確保出来ないので、ある程度のリスクは覚悟の上で中長期債を保有し続けています。
日本国債の金利は一時20年債までがマイナスとなりました。こうなると生保各社も国債で利益を確保する事が難しくなります。ですから金融機関は中長期債を購入しても、さっさと日銀に売却して金利差で利益を得る様になります。
■ 日銀は「魔法のポケット」か「打ち出の小槌か」 ■
結果として日銀は中長期債を中心に市場から国債を吸収し、イールドカーブを極端にフラットにする事に成功しています。これにより日本国債、特に長期債の発行コストが大幅に低下し、日本政府は借金のツケを30年、40年後に先送りする事が出来る様になります。
さらに、日銀は日本政府の子会社ですから、日銀の償還された資金は政府の収益となるという「魔法のポケット」か「打ち出の小槌」状態が発生しています。
さらに日銀は保有国債の償還分を再び国債購入に充てる(ロールオーバー)する事が出来ますから、これは永久国債と同じ事になります。このトリックはFRBも使っています。QEで購入した国債はロールオーバーする事によって米国債金利の急激な上昇を抑制しています。
■ 短期債市場で存在感を増した外国人投資家 ■
中長期債市場が日銀と国内金融機関の「出来レース」となる中で、マイナス金利となった短期債市場の主役は外国人投資家へと移っています。
円高を利用すればマイナスの金利でも十分に利益が出せる外国人投資家は、イギリスのEU離脱問題以降のリスクオフ局面で、資金の逃避先として日本国債を選択しました。尤も、彼らは日銀が近々「追加緩和を拡大する=国債価格上昇(金利低下)」を予測していたので、ショボイ日銀の追加緩和の発表で、慌てて日本国債売却に転じました。
■ 日銀の追加緩和は後1回程度だろう・・・という限界論 ■
今回日銀は年間80兆円購入する日本国債の買い付け枠を90兆円に拡大する事は出来たでしょう。しかし、新規発行額以上の国債を市場から買い付けると、流通国債がいずれは枯渇するという問題が発生します。
さらにはリスクオフ局面で日本国債に資金が逃避すると、日銀の国債買い入れが不達になる局面も発生します。その様な状況では国債価格は不用意に上昇(金利低下)するので、今度はリスクオフ局面で国債の価格下落圧力が高まります。
要は「池の中のクジラ」である日銀の存在感がさらに高まると、池の残された水の量が減り、流動性の欠如から日本国債市場の価格決定能力が損なわれるのです。
ですから、現在の国債発行水準では日銀の追加緩和はせいぜい後1回だと市場は予測しているのです。
■ ご都合主義のヘリコプターマネー待望論 ■
バーナンキ前FRB議長の来日で急激に膨らんだヘリコプターマネーへの期待ですが、その根底には異次元緩和の継続性への危惧が伺えます。
「このまま行けば日本国債市場で流通国債が枯渇して異次元緩和が続けられなくなる」という懸念が「日本国債の大量発行で流通国債を増やせば良い」という身勝手な願望に変わっていったのです。
一時は下火になったヘリコプターマネー待望論ですが、異次元緩和の継続性が疑われる度に頭をモタゲテ来るはずです。
■ 日銀による異次元緩和の総括 ■
日銀は9月に銀「金融政策の総括的な検証」を実施すると発表しています。市場は「テーパリングか」「異次元緩和の敗北宣言か」などと戦々恐々としていますが、私は「俺たちの戦いは未だ終わらない!!」的な曖昧は発表になるのでは無いかと妄想しています。
今の段階で日銀が「後ろ向き」な発表をすれば日本国債は暴落します。日銀が異次元緩和に踏み込んだ時点で、既に退路は断たれているのです。
ここから先は「一億玉砕」の太平洋戦争みたいなもので、日銀は何かと理由を付けて異次元緩和を継続しますし、その苦しさを見抜いている市場は日銀にさらなる緩和を突き付ける様な「おねだり」を連発するでしょう。
こうなると「ショボイ追加緩和」の度に日本国債金利が跳ね上がる状況になるので、黒田総裁としてはどこかの時点で「ヘリコプターマネー」的な政策に踏み込まざるを得ません。ただ、それは日銀単体では出来ませんから、政府が国債を大量増発する事で相補的に実行されますい。
そのタイミングで一番良いのが次の金融危機の発生時です。だから安倍政権は「リーマンショック前夜と似た状況」などという言葉を使ったのかも知れません。
最後に、ヘリコプター・マネーを望む声は「正義」では無く「市場の断末魔」だと付け加えたい。