新人作家の第1作を読むのは、ワクワクする行為だ。それは初めて見る劇団の芝居を見る時と同じだ。そして、新人監督のデビュー作も同じ。要するにそこにある『初めて』。それがすべての理由。新しいてあい。知らなかった世界が広がる。
ミステリーは好きではないけど、ミステリータッチは大丈夫だ。植物を巡るお話というのも新鮮でいい。最初のエピソード(『春の匂い』)がとてもよかった。高校2年の男の子が主人公。サッカー部に入っていたが、ある事情から退部して暇を持て余している。彼は庭に沈丁花の咲く家を探している。昔(高校入学前のことだ)あるお婆さんに助けてもらった。自転車でうっかり転倒した時、怪我の手当をしてもらったのだ。ちゃんとお礼も言えないままだった。でもなんで今頃になって思い出したのか。それは今、暇だからだ。サッカーを辞めて退屈な日々を送っている。することがない。いろんなことを後悔している。17にして人生を見つめ直す。
そんな彼が偶然、あるお婆さん(さっきのお婆さんとは別人)とその孫である大学生に出会う。ふたりに協力してもらい、あの日のお婆さんを探し出す。これがこの小説の導入になるエピソードだ。ささやかすぎるエピソード。沈丁花の咲く庭を探すために。自転車に乗っての小さな旅。入学前のあの日をたどる。そこでの小さな出会いから、今ある状況が変化していく。
2話からは少しお話に無理が生じる。1話のさりげない偶然はいいけど、どうしてもその先は作った偶然の連鎖になり嘘が入る。明らかに話を作っているのが、バレバレ。さりげなさはない。高校生の航大が、植物探偵の大学生拓海さんに助けられてさまざまな謎を解き明かすというパターンになる。消えた鉢植え、呪われた花壇、つたの絡まる密室の小屋、という感じ。一応ミステリーだから、仕方ない。
だが、最初にあった鬱屈と退屈、大好きだったサッカーを失って空っぽになった高校生活から彼が脱却していくという核心を担うドラマが後景に沈む。草花と出会い、航大は少しずつ変わっていく。彼が生き生きしてくる姿が素敵だと思う。ここでは事件なんかは二の次だ。だけど、そんな彼のドラマからお決まりの緩いミステリーになってしまった。しかも、最後のエピソードは拓海の秘密。彼の母との仲違いが描かれる。一応ふたりが主人公だから、こういうまとめ方もありだろうが、少し残念。
全体は5つの短編連作による長編というよくあるパターン。安心して読めるけどそれだけ。お話にもう少し奥行きが欲しい。ミステリーとしてもイマイチ。せっかくの面白い発想が、活かしきれないのはやはり残念だ。次回作に期待しよう。