大阪ステーションシティシネマの今週の上映スケジュールを開いたら、いきなり知らないタイトルの映画が公開されているのを発見。これは何だろう、と調べるとなんと廣木隆一監督の新作だった。そういえばキネ旬でインタビューが載っていたな、と気づく。山本直樹原作のSM映画だ。廣木さんが好きそうな題材。
それにしても素敵なタイトルだ。今これが一番に見るべき映画だな、と思い劇場に行く。1月の『ノイズ』に続いて2か月連続の新作公開だ。素晴らしい映画だった。胸に突き刺さる。
40代の男(村上淳)が主人公。地方の市役所職員。毎日ノルマを淡々とこなして5時になると早々に退社する。(市役所なら退所かな。)古い家で寝たきりの母親(烏丸せつこ)と二人暮らし。結婚もせず、老いた母親の世話と、仕事だけの毎日。そんな彼の楽しみはSMクラブで女王様のミホ(菜葉菜)から虐められること、だった。だけど、今はそれだってマンネリ化して楽しめない。と、こんなところから映画は始まる。彼と彼の通うSMクラブの女王様である彼女のお話。
物悲しい光景が続く。町のたたずまいがいい。そこを主人公がとぼとぼ歩くシーンが何度も描かれる。特に両手におむつを抱えて坂道を上るシーンが象徴的で胸に痛い。SMシーンはあるけど、そこでだって高揚するものはない。映画が描くのは彼の退屈な日々のスケッチの積み重ね。それはまるで夕暮れの風景のようだ。今彼は人生の夕暮れ時を過ごしている。ベッドで寝たきりの母親の介護。食事の用意や、車椅子での散歩だけではなく、下の世話までしているみたいだ。この先何も楽しいことはない(だろう)。でも、文句ひとつ言わず耐える。母親との散歩の途中、坂道の上で一瞬、手を離した。ヒヤリとする。でも、すぐに正気に戻り、車椅子を追いかける。事なきを得る。
そんな彼が、ひとりではなくミホという「おともだち」と一緒にいられたのはラッキーだ。孤独な彼は(それでも)ひとりぼっちではない。それだけで、なんとか生き延びられる。彼女にとって彼は大事なお客である。でも彼女もただ仕事だからと、彼と付き合うわけではない。彼の孤独な心情と共鳴するものがあるからだ。だからプライベートでも付き合い始める。だけど、そこには恋愛感情はない。ふたりの関係は恋愛にはならない。あくまでも「おともだち」なのである。でも、彼らにとって「おともだち」は恋人以上のものだ。そんな微妙な関係が描かれる。依存するわけではない適度な距離感で過ごす。そうすることで、彼は介護ノイローゼになることもなく、なんとか耐えている。
そんなふうにして生きている彼にはある秘めた思いがある。以前この町にいた彼にとって忘れられない人(女王様)が戻ってくる。もう一度彼女に会いたいと思う。(そして、虐められたい。)やがて、彼女との再会が描かれる。映画はそんなお話になるから、必ずしもドラマチックな展開がないというわけではない。だけど、そこでもボルテージは上がらない。見ていて(彼自身も)まるで盛り上がらないのだ。たとえ死に導かれたとしても、である。何があっても彼はもう感情を震わせることはないのだろう。ずっと醒めたままで、ただ静かに時をやり過ごしていくだけ。そして、死ぬこともなく、このままここで埋もれて生きていく。
映画のラスト、ミホがこの町を去っていく。欲しかった車を買い、それに乗っていく。彼もまた同乗する。だけど、彼はすべてを棄てて彼女とこの町を出ていくわけはない。衝撃的なラストがある。それは今書いたところではない。それはひとりになった母親がベッドから起きだし、自分で食事の用意をするシーンだ。あれは一体何なんだろうか? それまでの彼女は何だったのか。息子を騙していたのか。なんだか白日夢でも見ている気がした。