正直言うとまるで期待しないで読み始めた作品だ。父親の経営していた町の小さな電気店を再開したいと願う女の子、萌絵。父親は事故に遭い店を閉めざる得なくなった。高校を出た彼女はまず家電量販店に就職し、電気店の再開を目指す。そんな彼女を主人公にした物語。
だから元気な女の子が主人公の「軽いお仕事小説(ミステリ仕立て、と帯にはある)」とたかをくくっていたのだが、まさかの思いもしない展開で、驚きを禁じ得ない。陰険な上司のもとで、頑張って働き、やがて認められていく、とかいう感じで、確かに最初はそんなよくあるパターン。2章の最後で半年の試用期間を終えた彼女が、なんと系列のガソリンスタンドに出向させられることに。さぁ、どうなるというこれまた予定調和の展開。だが、この小説はここからが本題なのだ。そこまでの主人公だった彼女はその後もう登場しない。(ショックで会社を辞めてしまい小説の中から退場する。)
そして、なんとそれまで彼女を苛めていた上司、水上係長が主人公になるのだ。彼がどうして今のような状態になったのかが語られていくことになる。そこから、さらに二転三転する予想外の展開はスリリングで、いったいこれはどこに向かっているのか、想像もつかない。家電量販店を舞台にして、そこで起きている問題に切り込む。これは特別なことではなく、もしかしたらこんなことが現実にあり得るのではないか、っと思わされるほど、リアルなのだ。それもそのはず、なんとこれは作者自身の体験した実話をベースにしているそうだ。
だが家電業界の内実を暴露するのが目的ではない。過酷な現場で働きながら、そこで何ができるのか、何をすべきなのかを、描くヒューマンドラマである。そして結果的にはエンタメ小説として楽しめるように作られている。水戸黄門みたいなラスト(いや、シャーロックホームズみたいな、というべきなのだろうけど)が単純な勧善懲悪になっているのは笑えるけど、そこまでの意外だらけの展開は凄い。いい人と思っていた人が実は、で、悪い人と思っていた人が、まさか、とか、そんなお話だなんて思いもしなかったし、主人公が3度も変わるなんて、そこも、まさかだ。
それぞれの背景もちゃんと描かれていて、善悪は単純ではない。だいたいこんな小説だなんて思いもしなかったから、ね。忘れられていた主人公萌絵ちゃんが最後にもう一度出てくるのも予定調和で安心できる。