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映画・演劇のレビュー

伊藤たかみ『秋田さんの卵』

2012-04-27 22:14:07 | その他
 関係が冷え切ってしまい、まるで会話もなくなった妻と、他人のフリをして、ブログで付き合う夫。嫌いになったわけではない、はずなのだ。仕事が忙しかったこともある。妻と妻の母親と、3人で温泉にでも行こうと計画した。だが、ぎりぎりでキャンセルしてしまう。急に仕事が入っていけないとか、言ってごまかす。「2人で行って来て」なんて言う。

 家に帰りたくなくなった男が主人公だ。彼はネットで、偶然妻のブログを発見し、そこに他人のフリして書き込みをした。そこに自分の知らない妻の一面を垣間見る。だが、この作品はそこを切り口にして、妻との関係を描くのではない。

 他人、と書いたがそうではなく、昔親しかった友人のフリなのだ。それがタイトルでもあるボギーだ。高校時代の友だちで、今はもう死んでいる。彼に成り代わって、今も生きてるボギーのフリをして、彼の日記をブログにして書く。もし、生きていたなら、と思うのではない。ただ、もうひとりの自分をそこに作るのだ。それは、ありえたかもしれないもうひとつの人生。

 死んだボギーの供養のために、友人と墓参りに行くことにする。この2人はボギーから騙し取ったお金をずっと持ったまま、今に至っている。彼らとボギーとの3人の関係が描かれる。過去の話と現在の話が交錯し、記憶の中にあるボギーの純愛が、今の薄汚れた自分と妻との関係に影響を及ぼす。温泉旅行をキャンセルして出来た時間を埋めるため2人は、かつて自分たちが生きた懐かしい場所へと、車を走らせる。表題作よりもこの併録された作品である『ボギー、 愛しているか』の方が、おもしろかった。

『秋田さんの卵』の方は、なんか乗れないまま終わった。なんとなく気になる秋田さん。彼女はこの病院で付添婦をしている。主人公は、謎の血尿でここに入院する男。そして彼の病室での仲間たち。彼らの退屈な毎日が、だらだらしたおしゃべりで描かれていく。その話題の中にいるのが秋田さんだ。もう中年の女性だが、なんとなく、ミステリアスで魅了的。気になる存在なのだ。彼女とのちょっとした関わりが描かれる。悪くはないのだが、ただあまり乗れなかったのは事実だ。何かが足りない。


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