前作でありデビュー作でもある『檸檬先生』が新鮮で、19歳の女の子だから書ける世界だと感心した珠川こおりの新作。今度は姉と弟のお話。大学生の姉は高校2年生の弟のことが大好き。もしかしたら彼は男の子にしか興味を持てないのではないかと心配している。だから自宅に彼の親友(もちろん男の子)が訪ねてくるとドキドキする。ふたりきりで部屋で何をしているのか、気になる。恋人(彼女には素敵な彼氏がいる。彼はバイだが、今は彼女だけ)の妹にお願いしてダブルデートをしてもらい、彼の反応を確かめてもらう。軽く誘惑してね、って感じ。異性の恋人ができたら安心、とか、思う。そんな心配性のお姉さんのお話。
でも、そんな姉の心配なんてまるでどこ吹く風で、弟はマイペース。自分の「好き」に没頭。SNSでイラストを描いて人気だ。さらにはTwitterの裏アカウントでBL作品を創作。そこがまた姉の心配の糸口なのだ。コミケについていき、彼の知らざる私生活を覗き見する。
これをたわいない小説と一蹴してもいい。かわいい小説と受け入れてもいい。ここに描かれる姉の一方的な想いは、微笑ましいけど、なんだか微妙に怖い。ただのブラコンだが、一歩誤れば、大変なことになるような予感も。そんな危うさが心地よい。余裕のなさが、この小説の魅力だ。今ある日常のほんのすぐ先に、もしかしたら地獄があるかもしれない。彼女のしていることはもしかしたら綱渡りかもしれない。そんな不安が背中合わせにある。仲のいい姉弟という関係が壊れてしまう予感。でも、大丈夫。お互いがちゃんと距離を取っていたなら。
この小説だけではなく、最近読んだ数冊はなんだか危うい。村山 由佳の長編『星屑』を読んだが、エンタメ小説で400ページ越えの作品を一気読みした。読みやすくて、先が気になるから止まらない。70年代の芸能界を舞台にしたふたりの少女と彼女たちのマネージャーになる30代の女性のお話。スター誕生物語なのだが、読みながら、なぜこんな手垢のついたようなお話を今頃書くのか、と疑問に思う。書き手の本音が見えない気がしてなんだか、不安になる。
もう1冊。永良サチ『青の先で、君を待つ』も別の意味で危うい。YA小説によくあるパターンの青春小説なのだが、このおさまりの良さ、行儀の良さがなんだか読んでいて落ち着かない。ここでも書き手の本音が見えない。ウェルメイドなたわいもない小説でしかないのかもしれない。いじめによる自殺で、死んだはずなのに別世界にやってきて、でもそこは同じ学校、同じクラスメートのいる世界で、そこで以前と同じような時間を過ごす。だが、そこではいじめていたほうがいじめられるほうになっていて、個々の関係性が微妙に違う。お話はパターンから逸脱することなく終始するけど、その先が見えない。
なんだか本音を隠したまま、終わっているようで居心地が悪いのだ。安全圏で勝負しているというのではなく、本当はもっと違う何かを書きたいのに、そこに行きつかないまま筆を断っているようで、もどかしい。3冊ともそれぞれ確かに面白いのだが、怖さがたりない。そんな気がした。でも、それって何なんだろうか。