習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『アーティスト』

2012-03-31 22:34:45 | 映画
 このモノクロ・サイレントの意図的に古くさい映画には、映画の夢がすべて詰め込まれてある。たしかにあざといことはあざとい。でも、ぎりぎりで受け入れることができる。というか、好きだ、と言ってしまってもいい。

 1920年代後半、映画がサイレントからトーキーに移行し、映画革命が起きた頃、当時、名声を浴び、得意の絶頂にあったひとりの大スターが、落ちぶれていくのと同時に、ひとりの名もない女優志願の若い女性がスターへの階段を一気に駆け上っていく。出口にいた男と、入り口に立つ女が、一瞬すれ違うようにして出逢い、そして別々の道をいく。だが、その出逢いが一生のものとなる奇跡が描かれていくのが、この映画だ。

 こういうラブストーリーが見たかった。胸が痛くなるような切ない物語だ。チャップリンの『街の灯』に匹敵する。お互いの気持ちを伝え合うこともなく、胸に秘める。男に至ってはそんな気持ちに気付くことすらなかった。しかし、出逢った瞬間に2人は恋に落ちている。なんてロマンティックなお話だろうか。モノクロスタンダードという小さなスクリーンがこんなにも心地よい。

 偶然の出逢いと、新聞のスクープ。女はその記事を勲章にして、エキストラの募集に行く。そこから始まる彼女の物語と、トーキーへの移行を受け入れず、自分の道を貫こうとした彼のドラマが並行して描かれていく。明暗がくっきりするわかりやすいお話だ。だから、あの幸福なラストシーンがうれしいし、素直に受け止められる。タップダンスを踊る2人の姿を捉えたほんの数分間の夢のような瞬間をあなたは目撃する。そして、その後、このセリフのないトーキー映画に初めて声が響き渡る。

 映画の夢。至福の時。どんなに時代は変わろうとも、技術がどれだけ進歩しようとも、人の心はかわらない。心を打つ感動は、昔も今も同じだ。そのことをこの「ハリウッドを描く小さなフランス映画」は、夢を忘れたアメリカ人に教えてくれる。このフランス映画が、本来ならアメリカ映画のためのものであるアカデミー賞の主要五部門を独占したのも当然の結果であろう。



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