あぁ、この切なさ。また、あの夢の世界へといざなわれる。そこは、どこでもない町。そこに暮らす人たち。彼らの静かな日々。ひっそりと生きる姿。ただ、彼らに寄り添うように、本をめくる。お話らしいお話なんかない。そんなものはいらない。
ここで彼らと一緒に暮らせたらいいのだけれど、そんな夢はかなわない。だから、ゆっくりと、この小説を読む。ずっと読み続けていたいけど、それもかなわない。あっという間に、終わる。仕方ないことだ。吉田篤弘は、いつも変わらない。なのに、それはルーティーンにはならない。大事なのは、お話ではなく、この不思議な感触だ。彼らのたたずまい。この世界は僕たちが生きる世界ではないけど、どこにでもある僕らの暮らす世界だ。
そこで記憶の底にある懐かしい風景に出会う。これは魂の旅だろう。もちろん初めて出会うのに、なぜか懐かしい人たち。今ここにある現実と少し離れる幻想の世界。でも、それはいつか見たできごと。8ミリ映画として残された風景を彼らが見る時感じるものを、僕らはこの小説を読みながら感じる。200年前の鯨の記憶もそうだ。それは、見たことはないけれど確かに知っている。鯨の骨をかき集めても、かってここにいた鯨の姿を再現する。ことは、出来ないだろう。でも、それでいい。