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映画・演劇のレビュー

『バースデー・ワンダーランド』

2020-05-06 10:26:01 | 映画

原恵一の最新作なので、ぜひ見たいと思っていた。昨年のGWに公開されたのだが、まるで興行は振るわず、すぐに打ち切られた不遇の1作である。なぜ、そんなことになったのかは、明白だ。映画があまりに中途半端すぎた。これでは誰をターゲットにしたのか、わからない。たぶん誰もが楽しめるエンタテインメントを目指したのかもしれないが、それが映画をつまらなくした。妥協なんかしないで、もっと心のままに撮れなかったのかと悔やまれる。

映画はお金がかかる。そんなこと、わかりきっている。だから、お客さんを集めて興行的に成功させなくてはならない。でも、わかりやすくとか、家族向けのファミリーピクチャーを目指すとか、それが足枷になり、自由な発想を妨げたのなら、本末転倒だ。実際のところ、この映画はヒットしてない。妥協なしの傑作である前作『百日紅Miss HOKUSAI』と較べて、これが大きな動員を可能にしたわけではない。

お話はありきたりの域を出ない。少女の不思議な冒険を描くというこの手のファンタジーなら、ディズニーが『不思議の国のアリス』でしているし、さんざんスタジオジブリもやり尽くしたこと。そんなことを今更ここで踏襲してどうするのだろうか。敢えてそれをやるのなら、先行する作品を超える「何か」がなければ意味はない。わかりきった話だ。原監督らしいシニカルな視点と驚くほどピュアな視線。それらが混在し、見慣れたはずのお話が思いもしない世界へとつながる。そんな映画が見たかった。

12歳の少女の冒険。この手のお話としては年齢的にぎりぎりだろう。ボイスキャストを松岡茉優が演じるから少し大人っぽくなる。そこは狙いかもしれない。こんな世界を信じられないけど、それが現実なら受け入れていくしかない。少し斜に構えて、距離を置きながら、向き合う。これは一瞬の夢だ。プレッシャーに負けてしまい、引きこもる王子は現実世界の彼女自身でもある。今いる世界に意味を見いだせず、このファンタジーの世界にも溶け込めない。王子と出会い、ふたりで壁を乗り越えていくという図式は定番だが悪くはないだろう。ボーイ・ミーツ・ガールのラブストーリーという定番を回避するためかもしれないが、王子の登場までが長い。しかも、敵である悪党が実は王子だったという設定が思ったほど生かされない。だから、ただまどろっこしいだけになるのも、なんだか解せない。

前作に続いて杏をボイスキャストに起用したにもかかわらず、そこも生かせていない。不思議の世界へ誘われるもうひとりの存在である彼女が、ただの付き添いでは意味がない。大人の彼女がそばにいることで、この世界にいることが安心になる、という程度の設定でも意味がない。そこに彼女がいることで、この世界がただのファンタジーにとどまらず、現実と地続きのものとなるべきなのだ。

やがて人は大人になる。そのとき、誰を目指すのか。その指針となる人間が彼女なら、彼女と共にこの冒険に出たことで、少女は何を得ることになるのか。映画が描くべきものはそこに尽きるのではないか。ファンタジーを素直に信じてそれを楽しめる大人となることで、現実の世界は夢の世界になる。この映画が描く夢の世界が困難に直面するように、現実世界もまたさまざまな困難に直面するだろう。そこでそれを乗り越えていく力はどこにあるのか。この映画が描くのはそこではないか。エンドタイトルでささやかな成長が描かれる。でも、ほんとうならそこで泣けるくらいに感動させて欲しかった。いろんな意味で中途半端なので、描こうとしたものは伝わり切れないのがもどかしい。


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