大阪では、たった3週間、しかも1日1回のみ。その上、昼間の上映で週によって時間もバラバラでの上映というなんだか無茶苦茶なスケジュールで公開された。どうしようかと思ったけど、最終日に見に行ってきた。ウィークデーのお昼前という微妙な時間だったけど、15人くらいお客が入っていた。まだ若い監督が岩井俊二の『love letter』に影響された作品というところに興味を惹かれた。
ユンヒへの自分では出せなかった手紙を伯母が投函するシーンから始まる。それを最初に受け取ったのはユンヒではなく彼女の娘だ。盗み読みして母の秘密を知る。40代になった母親と、次の春から大学生になる娘。両親の離婚後、母と二人で暮らしてきた。いつも寂しそうにしている母親を助けたいと思う優しい娘は母を初めての海外旅行へと(小樽へと)誘う。
手紙(これも一種のlove letterだ)がお話の始まりで、韓国の小さな町から日本の小樽へ。母と娘が旅に出る。20年前に別れた大好きだった人に逢いに行く旅。彼女はもう自分のことなんか覚えていないかもしれない。女性同士の友情から恋に至る物語がお話の根底にある。それを映画はとても淡いタッチで描いてある。だから、彼女たちの関係は明示されない。同性愛を生々しく描くのではない。20年前、両親の離婚から、父とともに日本へと移住して、それ以後、一切会うこともなかった。彼女の父親は日本人で、今はもういない。伯母と暮らしてきた。
雪に閉ざされた街で過ごす数日間。観光をするでもなく、のんびりと娘と二人で過ごす時間。彼女に逢いたい。だけど、逢う勇気はない。そんな母親をもどかしく思う娘はなんとかして二人を再会させようとする。娘の恋人も彼女を助けるために小樽にやってきている。
映画はいくらなんでもこれはないよ、と思うくらいにささやかなエピソードを静かなタッチで綴る。お話らしいお話はほとんどない。ドラマチックな演出や展開もない。ほとんど何も話さない。だから、何があったのかもわからない。想像するだけだ。でも、なんとなくは想像できるというのが、この映画のスタンス。いろんなことを敢えて淡く描いている。全編を彩る雪景色のように、色のない映画だ。だから、それをもの足りないと感じる人も確かにいるだろうけど、気にしない。これはそんな映画で、余白を味わうべき映画なのだろう。
ユンヒと娘の旅と並行して、伯母と二人暮らしのジュンの慎ましい生活が描かれる。結婚もせず年老いてきた伯母とふたりで静かに暮らしている。彼女は同性愛者であることを表面には出さず、20年間暮らしてきたようだ。ユンヒへの想いはきっとずっと続いていたのだろう。抑えられた秘めた想いが表に出ることはない。それはユンヒも同じだ。そんなふたりを見守るユンヒの娘、ジュンの伯母。大切な人と別れ別れになったけど、大切な人が寄り添い見守ってくれている。伯母がポストに入れた手紙を娘が受け取ることで始まる物語という構造が素晴らしい。そこに象徴される想いがこの映画の根底にある。ラストで韓国に帰る前日ようやくふたりは会う。20年ぶりの再会に言葉はない。ふたりで歩き出す姿だけで終わる。過剰な描写はここには一切ない。
監督は本作が長編2作目となるらしい新鋭イム・デヒョン。こんな無口で優しい映画を作る人がいる。それと、ユンヒの娘セボムを演じたキム・ソヘがとてもかわいかったことも最後に一言書いておこう。