前作『旅する練習』でコロナ禍の旅を描いた乗代雄介の新作は今回も旅のお話。少女と彼女の叔父さんによる徒歩での鹿島までの旅を淡々としたタッチで描いたあの作品はなんだか不思議な無力感に溢れていた。旅の途上で出会う女性との3人旅になったり、再び彼女がいなくなってふたりになったり、サッカーボールでのリフティング、鹿島スタジアム、以前そこでした忘れもの。小さなこだわりの数々に何も意味はない。確固とした目的もない。でも、その旅がとても大切なものとなる。そんな体験だ。今回も、なんだかそんな不思議な予感がする。
高校の歴史研究部に所属する僕が、皆川城址でたまたま出会った不思議な中年男とこの町の秘密を探るささやかな旅に出るというお話。半年間にも及ぶふたりの交流は幻の書物である『皆のあらばしり』を巡るお話になり、最後はそれを探し出すまでのお話になる。『旅する練習』にようにこれも一種の旅もの、だとは思うけど、移動がないから少し退屈。お話は単純だけど、なんだか蘊蓄が読んでいてめんどくさい。博識で、でもなんだかうさんくさい大阪弁を操る男と、高校生なのに、同じように博識な少年が専門的な知識をひけらかし、対決したり、協力したりで、幻の本の行方にたどりつくミステリ。前半はおもしろかったのだが、後半はなんだか息切れしている。
ふたりのやりとりは確かに面白いけど、これならもっとエンタメでもよかったのではないか。まぁ、芥川賞候補作なので、そういうわけにはいかないのかもしれないけど。